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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
68/89

大人の責任

「やってくれたな、この悪ガキども」


 僕が麗華さんと一緒に戻ると、そこには既にたくさんの人で溢れかえっていた。

 慌ただしく大人達が入り乱れる中、僕を含め総勢五人の不死者達を前に、煙草を咥えた川倉さんが開口一番、怒気を孕んだ声を放った。

 ピンクのショートヘアに眼鏡、白のブラウスに黒のスカート、そして白衣という、以前お会いした時と同じ格好のその人は、僕らを殺し屋のような目つきで睨みつけながら続けた。


「禁足地に無許可で立ち入り、おまけに一騒動巻き込まれるとは、いい度胸だ。例え本家であろうと、始末書程度では済まないことくらい想像はつくだろうに」

「……返す言葉もありません。ですが、久遠家当主として一つよろしいでしょうか」

「つまらん保身でなければな」

「ありがとうございます。仰る通り、覚悟の上でした。以上です」


 麗華さんは、簡潔にキッパリと告げる。

 全部分かった上でやりました、と。

 それはもう、ほとんど開き直りに近いものだった。


「……覚悟の上、か。血統はお墨付きだが、子供ガキの立場を分かっていないと見える。親の顔が見てみたい、と言いたいところだが、生憎と私はお前の親とは顔見知りでね。……親が親なら子も子だな」

「…………」


 そ、そんな言い方……。

 思わず麗華さんの表情を伺うが、川倉さんの言葉はどこ吹く風、といった感じで顔色一つ変えずに聞いていた。


「優秀なのは結構だが、周囲の責任も考えろ。毎回毎回、お前の血筋ところはそこを軽んじる」

「御紋会に忖度をしろと?」

「筋を通せ、と言っている。本家の身分や立場は、都合の良い権力ではない。利用するなら、責任を持て。お前達が生きて戻らなかったら、禁足地の管理を任されている分家がどんな自責の念を背負うか……その視点が抜けているんだ、この馬鹿者」

「……」

「お前達が今回したことは、善良な人間の善意や弱みに甘える行為だ。責任は取るだと? 笑わせる。遺体で戻った時、どう責任を取るつもりだ」


 ――軽々しく、責任などという都合の良い手札を切るな、と。

 川倉さんは厳しい口調を貫く。


「お前達の命は、死んで終われるほど容易くはない。残された者、関わった者を時に左右する命だということを覚えておけ」


 そこまで言われて、僕は禁足地に入る時のお爺さんを思い出した。

 ……川倉さんの言う通りだ。

 僕らは「責任」という言葉を便利に使って、あの人の善良な部分を利用した。

 もし生きていなかったら、あの人はその時の判断に対して、一生十字架を負うことになるかもしれなかったんだ。


「ったく、怪我人がいなければ、あと小一時間は説教をしてやるところだ」

「……あ、あのっ!」

「――なんだ?」


 意を決して声を上げると、鋭い眼光が飛んでくる。

 うぅ……しっかりコワイ。

 けど、ここで黙ってしまっては、後がもっと恐かった。


「僕の、せいなんです。僕が、神宮寺さんと久遠さんにお願いしたんです」


 だから、ちゃんと自分のしたことを自分の言葉で伝えたかった。

 ごめんなさい、と。

 それを。


「……勘違いをするな、阿呆。自分の非を明らかにし、謝罪をすることがみそぎと考えているなら、碌な大人にならんぞ。そんなものはな、『早く自分の責任を果たして楽になりたいだけの人間』の所業やることだ」


 川倉さんは、卑怯だと断じた。


「久遠満。お前に必要なのは、自分の過ちを他人に謝罪することではない。それすら出来んのなら、話しにすらならない、というだけのラインだ。……いいか、そもそも誤るな。常に何が最善かを考え、最良の為に全力を尽くせ。もし不足があったならば、謝罪ではなく結果で示せ」

「…………はい」

「死んだ人間は戻らん。お前は誰よりも身近な人間で、その意味をよく知っているはずだが」

「っ……はい」

「禁足地の管理を任されていた男性はな、異変が察知されてすぐ、御紋会本舎に直談判をしに来た。――『若者達を行かせた自分が馬鹿だった。お家はどうなってもいい。どうか助けて欲しい』とな」

「――――」


 ――――え?


「驚くことか? その男性は孫のいる身だ。当然、親の立場も経験している。本家で尚且つ事情があれど、『今回のような事態で最悪の結果が招かれない為』に管理人がいる。情にほだされた結果、まだ成人すらしていない若者が自分の判断のせいで死んだとなったら、悔やんでも悔やみ切れんだろう」

「…………」

「命を懸けることを美談にするな。自分の命の重さを見誤るな。大人を信頼しろ、とは言わん。だが、信用はしろ。……まったく、何の為の御紋会だと思っている」


 川倉さんの言葉は、どこか……エレムさんと似ていた。

 言い方はもの凄く厳しいし、容赦がない。

 けど、その根底には温かいものがあるように感じる。

 決して、僕らが取り返しのつかない場所にいかないようにするために。


「神宮寺薫、お前は久遠麗華と一緒に病院へ行け。――足は久遠の人間に任せてある」

「久遠の人間――まさか、井村?」

「あぁ。優秀な案内人だったぞ。本来、お前達三人には拘束命令が出されているが、彼の功績に免じて護衛車両一台で勘弁してやる」


 麗華さんが聞き返すと、川倉さんはそれを肯定した。

 護衛車両ってきっと監視役なんだろうけど、それでも井村さんが運転する車で移動するなら、これ以上ない安心だ。


「久遠満、お前はこちらが用意した移送班と共に御紋会本舎へ出頭しろ」

「は、はい。分かりました」

「あの、ボクも同席していいですか?」


 張り詰める空気をぶった切るように、ウィルセントさんが割って入る。

 すごい、よく今のタイミングで割り込めるなぁ。


「込み入った話が多くなる。三法機関はご遠慮願おう」

「え~、じゃあ御紋会に不利な報告を本部にしてもいいです? ボクとしては、ミツルとは友達同士だし、どうせおっかない大人に囲まれてひどい目に合うのは、火を見るよりも明らかじゃないですか」

「…………」

「あ、そういうゴミを見るような目で他人ひとを見るの、止めた方がいいですよ? ボクはミツルの味方なんで、ついつい反抗したくなっちゃいますし」

「味方? 手駒の間違いじゃないのか?」

「いいえ、味方です。ミス・カワクラ、貴女の言い分は正しい。だからこそ、ミツルを一人では行かせられないなぁ」


 ウィルセントさんは、明らかに僕を庇う言動で川倉さんと対峙する。

 有難いけど、それは彼女の立場も危うくするのでは、と心配するところに。


「俺も同席する。本来は本家筋の人間に用があるのだろう? それに、満に関して御紋会は伏せている情報があるな? 大人を信用しろ、とはよく言う。その前にそちらも通すべき筋があるのではないかな」


 と、雲月君の援護射撃が入るのだった。

 聖女と剣士の組み合わせは異様ながらも、それぞれ違ったベクトルで弁の立つ二人に、川倉さんは紫煙をくゆらせながら不機嫌そうに頷いた。


「当たり前だ。だから、こうして出張ってきたんだろうが。……ったく、十八年前から龍御岳ここは私にとって忌み地だな」


 険しい表情はそのままに、川倉さんは数名の人達を呼びつけ、手早く指示を出していく。


「つまらん説教は終わりだ。そら、とっとと行け」


 話は終わった、と川倉さんは虫を手で払うようにシッシッとジェスチャーをする。

 徹底した扱いに、周囲の大人達からは少し同情の視線が向けられていた。

 けど、もしかすると……あえて自分がそういう立場を貫くことで、広い目線では僕らの責任を少しでも軽くしようとしてくれているのかもしれない。

 川倉さんの口ぶりなら、僕らのしたことはもっと色々な人から怒られて当然のことのように思えるし……。

 反省の念を負いながら、スーツ姿の男性に誘導され、僕とウィルセントさん、雲月君はその場を後にする。

 その背中に、川倉さんの「そうだ」と、何かを思い出したような声がかけられ、ふと振り向いた。


「黒木にはよく感謝をしておけ」


 ぶっきらぼうにそう言い残すと、川倉さんは僕の返答も待たずに踵を返すのだった。


------------------------------------------------------------------------------


 黒塗りのゴツい車に乗せられ、揺られること一時間ちょっと。

 御紋会本舎に到着するや否や、出迎えてくれたのは警察車両の前で電話をしていた黒木さんだった。

 下車する僕らを見つけると、すぐに電話切って駆け寄ってくる。


「よぅ、お疲れさん」

「お疲れ様です、黒木さん」


 なんで警察が、と思ったけど、禁足地の公的な管理は美小野坂市が担っているのだから、表側の処理に必要な人員なのだとすぐに察することが出来た。

 同時に、立派な違反行為だという感覚が鮮明になっていき、自分でも顔が青ざめていくのが分かる。


「その様子じゃあ、川倉のヤツにこってり絞られたみたいだな」

「ご迷惑をお掛けして……」

「ははっ、そんなこと気にするなって。尻拭いは大人の仕事だ。……んで、お呼びじゃねぇそっちのお二人さんは――」


 僕の後ろに控えていた二人へ振り向くと、ウィルセントさんも雲月君も「何か問題でも?」とばかりに堂々としている。

 それを見て、黒木さんは「やれやれ」と大袈裟に肩を竦めたあと。


「優秀なお付きってワケか。こりゃ余計なお節介だったかな」

「……え」

「こっちの話しだ。俺も本舎に用があってな。お互い、野暮用はとっとと済ませちまおう」


 そう言うと、黒木さんはスタスタと本舎の敷地内へ入っていく。

 その後を追うように僕らも入って行くと、建物内は中々に慌ただしかった。

 視線こそ向けるものの、ほとんどの人達は何かしらの仕事を抱えた状態のようで、会釈が返ってくればマシ、というくらいの混乱ぶりである。


「大事だねー、こりゃ」


 まるで他人事のような聖女の発言に、黒木さんは「市長も予定をキャンセルして、出張先からこっちに向かってるからな」と、大変胃が痛くなるようなことを教えてくれる。


「ま、場所が場所だからな。美小野坂にとっちゃあ、龍御岳はそういうトコロなんだよ。十八年経ってもまだ、色々燻ってんのさ」


 トラウマってやつだな――と、黒木さんは背中越しに困ったような笑いを見せる。

 僕はもう、満足に言葉を返すことさえままならないでいた。

 このままだと胃に穴が空くどころか、吐いてしまいそうだ。

 完全に萎縮する中、僕はいつだったか足を踏み入れた板張りの広間に辿り着く。

 そこには既にいくつものテーブルとパイプ椅子が並べられ、それこそ刑事ドラマとかで見る対策本部のような光景が広がっていた。

 集まる視線を一身に受けながら、最奥で構える和装姿の男性に前で、僕らは足を止める。


「お疲れ様です、神宮寺さん」

「お疲れ様です。この度は御紋会の者が大変なご迷惑をお掛けしており、誠に申し訳御座いません」


 開口一番、神宮寺頭領は黒木さんへ深々と頭を下げる。

 それに、黒木さんは「いえいえ、恐縮です」と同じ動作で返す。


「ま、俺がここに来たのは独断です。一応、龍御岳に関連のある人間として」

「お心遣い、痛み入ります」

「じゃあ、本題に入りましょう。今回の件、彼らの責任は不問にしてやってくれませんか」


 それは、僕らはもちろん、周囲の人達も数名、動きを止め言葉を失う提言だった。

 神宮寺頭領は、表情を変えることこそないものの、「どういうことでしょうか」と聞き返す。


「そのままの意味です。龍御岳事件に関して、責任を負うべきはこの子らじゃないでしょう、神宮寺さん」

「お言葉ですが、今回の件は龍御岳事件とは別けて考えております。禁足地は本家であろうと、無許可での立ち入りは厳罰の対象です。それを緩めることは、他の者に示しがつきません」

「えぇ、そりゃご尤もです。でも、あそこを完全に浄化出来なかったのは、紛れもなく俺達の責任ですよ」


 黒木さんの言葉に、神宮寺頭領は無言のまま視線の圧を強めた。

 ……静かだけど、明らかに二人が対立しているのが傍目でも分かる。

 大人の戦いって、こういう感じなのかな……もの凄い緊張感で、手汗が止まらない。


「失礼ながら、警察という立場でありながら公私を混同する発言は、御紋会としては理解しかねます」

「事の背景の時点で公私が混同してるんですから、当然でしょう。とはいえ、これじゃあ埒があきませんね。もう少しハッキリと言いましょうか。――十八年前、俺と川倉はこんなことの為に犠牲を払ったんじゃありませんよ、神宮寺宗也さん」

「…………」

「貴方の考えは分かる。あの時も、俺と川倉は御紋会の命令で動いた。結果、首の皮一枚繋がった結果だったじゃないですか。もっと上手くやれていれば、そもそも今回の一件は起こらなかった。いや、それだけじゃないでしょう。あの地で起こる一連の出来事を阻止出来たはずです」

「それは――」

「――俺達の責任です。龍御岳事件に関与した大人の責任です。まぁ、俺は当時、尻の青い若造でしたけど」


 黒木さんの断言に、神宮寺頭領は少し眉を顰めた。

 十八年前、龍御岳を巡る争いに二人とも関係があることは間違いないようだ。

 ただ、その詳細を僕は知らない。

 知らないが、元を辿ればという面で黒木さんは責任の所在をはっきりとさせようとしているのだろう。


「ミスター・ジングウジ、ボクも口を挟んでも?」


 そこに、ウィルセントさんが一歩前へ踏み出す。


「秘跡調査会から、シスター増員の報告は受けていないが」


 美小野坂の土地を預かる組織の長として、神宮寺頭領は秘密裏に街へ潜り込んだであろう不死者へ厳しい視線を向ける。

 しかし、ウィルセントさんはそれに一切怯むことなく、むしろ当然として頷いた。


「でしょうね。シスター・マリアはその点、抜かりはありません。駐日英国大使館経由で外務省に報告は済ませてあります。そこから先は、日本政府そちらの問題かと」

「復興支援の公的手続き完了を待たず、美小野坂の地を踏んだと証言しているぞ、それは」

「はい、そう言っています。ですが、『緊急の記憶治療』を再三要請してきたのは、美小野坂市ですよ?」


 そこで、神宮寺頭領の表情が一段階、緊張を強める。

 黒木さんに至っては、「相変わらずえげつねぇやり口だな」と誰に向けるわけでもなく呟いていた。


「ミスター・ジングウジ、無駄な問答です。御紋会と市政の足並みが揃っていなかった時点で、我々の介入は避けられません。それを今糾弾した所で、既に一定の成果はあがっています。それとも、御紋会よりも市民を優先した市長に責を問いますか?」

「…………話しを続けろ」

「聡明な判断、ありがとうございます。龍御岳事件の件に話しを戻しましょう。秘跡調査会はこの事件に関して、詳細な情報を持っています。霊媒地としての価値は未だ健在。十八年前の幕引きは、あくまで敵勢力の殲滅という形です。つまり、根本的には何の解決もされないまま、今に至っているということです」

「それは、調査会側も納得しての結論だったはずだが」

「はい。秘跡調査会の最高顧問、十二の聖者達(カーディナル・サイド)の満場一致を以て決定されました。重要なのは、その根本原因が地続きのまま今に至る、という点です。シスター・マリアはかねてより霊媒地の悪用を警戒していましたので、ボクを動員したわけです」

「この場にいるのは、それが理由だと?」

「はい。事実、既にケルビムの卵という錬金物が設置され、ボクらはまんまとその罠にかかったわけですから。……ミスター・ジングウジ、仮にあのまま放置されていたら、どうなっていたと思いますか」


 聖女の問いかけに、神宮寺頭領は押し黙ったままだった。

 僕らが禁足地への進入を断念していたら、どうなっていたのだろう。

 そもそも、ケルビムの卵を使って、何をしようとしていたのか。


「その可能性は低い。御紋会も犯人の特定には至っていないが、明確な意図があっての行為だ」

「そうです。貴方の言う通りだと、ボクも考えています。偶然巻き込まれたのではなく、おびき寄せる意図があったのでしょう。つまり、相手にはボクらの動向を推測出来る情報ざいりょうがあるということです」

「……内通者がいると?」

「そこまでは言えません。ただ、ほとんどの人間には日常生活があります。一般社会に紛れて情報収集が行われていれば正直、対策という対策は打てないでしょう。だから、貴方はミツル達を罰することで御紋会の監視下に置こうとしているのではないですか? ミスター・クロキはそれに反対しているのだと思いますよ。……ボクも含めて」


 ……なるほど、そういうことか。

 神宮寺頭領が厳しく対応するのは、僕たちを守る為なんだ。

 あくまで厳罰に処す、という姿勢で行えばあらゆる方面に正当性が主張出来る、という側面も持つだろうし。


「神宮寺さん、確かにこの子らは子供です。自分自身で責任を負いきれない立場です。けど、それを逆手にとって一方的に守るやり方は納得出来ません。まして、当主としての自覚があるなら尚更です。……彼らの行いを悪し様に断ずるのは、少しばかり人情に欠けやしませんかね」


 黒木さんの訴えは、警察としてよりも、一人の人間としてだと伝わってくる。

 きっと、それは神宮寺頭領も分かっていると思う。

 けど、素直に頷けない背景があるのもまた、沈黙が続く膠着状態から察することができた。

 そこに、一歩引いて聞いていた雲月君が声をあげる。


「神宮寺頭領、大家当主陣に隠していることがあるな?」

「…………」

「鑑総合病院を調べる中で、霊安室の存在が出てきた。それだけではなく、満があの病院に連れてこられた『原因』そのものも不明なままだ。……貴方は一体、何をそこまで頑なに隠し通そうとしている?」


 聞き覚えのない固有名詞よりも、僕は神宮寺頭領の表情を注視していた。

 常に冷静沈着だった表情が、僅かに目を細め、凄みを増す。


「……どこでその情報を得た、雲月賢史」

「そちらが洗いざらい話すなら、手の内は明かすが?」


 交換条件だ、と雲月君は言う。

 しかし、神宮寺頭領はそれにも素直には頷くことはなく、しばらく重たい空気が双方の間に流れていく。

 痺れを切らした雲月君が「話にならんな」とため息を吐いた直後だった。


「頭領」


 今まで少し離れた位置から傍観していた人物が、割って入ってくる。

 さらりとした長い黒髪を揺らしながら歩み寄るその人は、整った顔立ちではあるもののしっかりと声も含めて男性だと分かる。

 神宮寺頭領が「鑑」と呼んだことで、雲月君が「鑑蓮かがみ れん」と呟いた。

 なんだか、名前としてはどこかで聞いたことがある。


「つい先ほど、確認が取れました。久遠満君は、鑑総合病院での記憶を取り戻したようです」

「…………」

「こうなっては、今までのようにはいかないでしょう。不要な介入を諫める為にも、説明の場を設ける形で今回は納得していただくのはどうでしょうか」


 鑑さんの報告と提案のすぐ後、神宮寺頭領は僕の方へ向き直り。


「……大丈夫か?」


 と、聞いてきた。

 まさか、一番最初に聞かれるのが僕の心配とは思わず、「えっ」と間抜けな声が出てしまう。

 慌てて取り繕うように「は、はいっ」と返すと、神宮寺頭領は「そうか」と考え込むように目を伏せ数秒。


「後日、御紋会として正式に説明の場を用意する。関連するのは、神宮寺、久遠、雲月の三家のみである為、他の大家には簡易的な説明に留めるとする。……それでいいか」


 神宮寺頭領の提案に、異論を唱える声はあがらなかった。

 条件付きではあるものの、現状が進展したのは喜ぶべきことだと思う。


「今は御紋会そしきとして、現状把握と事後処理に注力せねばならん。係りの者に送らせる。今日はもう休め」


 その一言で、僕らはその場を後にすることにした。

 来た時と同じように黒木さんの背中を追う形で歩いている時だった。


「待ってくれ」


 そう、呼び止める声があった。


「鑑、さん?」


 振り返ると、そこには先ほどの男性が足早に駆け寄る姿が映る。


「唐突にこんなことを言われても困るかもしれないが、言わせて欲しい。……父を止めてくれて、ありがとう」


 確かに、僕らからすぐに言葉が返ることはなかった。

 そもそも、あそこで起こった出来事を、この鑑さんはどこまで把握しているのだろう。

 でも、鑑という苗字に、父となれば自ずと推測は定まっていく。


「何が起こったのか、私はこれから知ることになる。だが、それでも鑑の人間である以上、あの地で父が関連しないはずはないと、その確信だけはある。……私は、九年前も自分自身であの人を止めることが出来なかった」

「……鑑さん、それは」

「いいんです、黒木さん。霊安室が関与したことを掴んでいるなら、遅かれ早かれ分かる事です。……久遠満君、私の家は君に対して大きな罪がある。罪滅ぼしという訳ではないが、君が知りたいと望むなら、その手助けをするつもりだ」


 鑑さんの眼差しは、とても真剣だった。


「それと……頭領にも――いや、我々にも覚悟を決めた内容ことがある。それを私の口から説明することは許されていないが、決して君達を軽んじている訳ではない。どうか、それだけは忘れないでくれ」


 ひとしきり話すと、鑑さんは「呼び止めてすまなかった」と軽く頭を下げ、返答を待つこともなくその場を後にする。


「何か知っているのかな、ミスター・クロキ?」

「警察としてならな。だから、話せねぇぞ。守秘義務ってやつだ。……まぁ、この感じじゃあ俺の出る幕はなさそうだ。きちんと、事実を受け止める準備だけはしとけよ」


 ウィルセントさんの追及をサクッと躱し、黒木さんは再び歩き始める。

 今日は本当に色々な事が一気に起こった。

 神宮寺頭領の言う通り、今は休んだ方がいい。

 僕だけじゃなく雲月君も同じなのか、特に足を止めることもなく、再び先導する背中を追って行く。


 ふと、その背中がある人と被って見えた。


(……そっか、黒木先生と兄弟なんだっけ)


 登校初日、僕を案内してくれた背中とよく似ていることに、そんなことを思い出すのだった。

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