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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
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愛の去ったあと

 光に灼かれる手の平から、刺すような痛みが伝わり、思わず息が詰る。

 奥歯を噛み、明滅する視界の中で久遠満ぼくは更に、つのを握り絞める手に力を込めた。

 いつだっただろう。

 ボクの手を引いてくれた麗華さんの姿が浮かぶ。

 あぁ、そうだ。

 ゴールデンウィークの時だ。

 麗華さんと神宮寺さんと……街に出て、クレープを食べて……。

 鬩ぎ合うこんな状況ときに、そんなことを思い返すのはきっと、神様を倒す為に戦っているワケじゃないからだ。

 あの楽しい日々を取り戻したいから。

 なんてことのない日常を守りたくて、それが命を懸けるほど尊くて、どうしようもないほど眩しくて……。

 だから、離さない。

 だから、離れない。

 今、この手を離してしまえば、もう二度と麗華さんと会えない気がする。


「……っ、麗、華……さ、んっ!」


 このままでは命に障ると痛みが発する警告を抑え込み、絶え絶えになりながらも名前を呼び続ける。

 まだ、麗華さんは消えてなんていない。

 理由も根拠もないけど、神獣を通じて僅かに、「別の拒絶」を感じ取っていた。

 それは久遠満ぼくへ向けたもので、けどその感覚を頼りに呼び続ける。

 僕を遠ざけたい理由は分からない。

 でも、それならこんな形じゃなくて、きちんと言葉にして欲しい。

 そうじゃないなら……きっと、それは自分よりも僕を優先しての拒絶だと思うから。

 だとしたら尚更、そんなことは頷けない。


「麗華、さん! 麗華さんっ!!」


 そらで暴れ回る神獣――その角にしがみつきながら、何度も名前を呼んだ。

 痛みが引いていき、手の平の感覚も同時に消えていく。

 もう、それが後戻りの出来る傷なのかさえ、僕には分からない。

 でも、そんなことは最初から二の次だった。


「戻って来てください! 麗華さん、戻って来て――!」


 僕だけじゃない、皆も麗華さんに戻って来て欲しいと思っている。

 だから何度絶望的な状況に陥っても、考えることを止めないで、その度に抗った。

 それが全部無駄になるなんて、嫌だ。絶対に嫌だ。

 「悲しみ」で終わるなんてもう、そんな結末は十分だから。


 ――砂嵐のような記憶の中で一つ、大事に掬い上げたものがある。

   ずっとずっと、仕舞い込んできた悲しい記憶。


 ――白い病室。あの地獄のような場所とは違って、優しい匂いのする病室。

   そこで、僕のともだちがたくさん泣いていた。


 ――動けない僕に縋りついて、受け入れられないように何度も頭を振り乱して。


 もう動くことも、話すことも出来なくなった僕は、それがひどく悲しかった。

 大丈夫だよ、と――言ってあげられなかった。

 ありがとう、と――言ってあげられなかった。


 また一緒にサッカーしようね、と。

 言って、あげられなかった。


「嫌だよっ、嫌だ! やっとまた会えたのにっ! やっと、思い出せたのに!」


 思えば、あの時に僕は本当の意味で死んでしまったのかもしれない。

 動くことも、喋ることも出来なくて、ただ在るだけで誰かを悲しませてしまうなら。

 そんな自分はいっそ、いなくてもいいんじゃないかって。

 でも僕は上手うまく死ぬ事も出来なくて。

 結局、色々なことを奥底に閉じ込めたまま、気づいたらひっそりと、何かに怯えるように生き続けていた。

 それが、何かの拍子に思い出すことに怯えてなのか、あるいは別の理由なのかすら、自分でも判断がつかないほど空っぽになって。

 再び動き始めた日から、僕は手当たり次第に隙間を埋めていった気がする。

 爺ちゃんや婆ちゃんとの思い出。

 小学校、中学校の思い出。

 それらは僕にとって、大切なことを思い出さないようにする為の重石だった。

 胸を裂くような悲しみに耐えられないから、他の記憶で塗り潰すように。


「お願い、戻って来てよ! ――麗華くん!!」


 でも、それもようやく終わりを告げる。

 重石代わりだった思い出だって、これでちゃんと僕の人生の一部だって、胸を張って言える。

 思い出したくない記憶を封印する為の思い出だ、なんて言わなくてもよくなる。

 辛いことも、悲しいことも、楽しいことも、嬉しいことも。

 全部、きちんと僕の人生なんだ。

 だから忘れない。

 もう手放さない。

 必死さ故か、流れる視界が天から地へと墜ちていき、背中から地面叩き付けられたことを気づいたのは、その衝撃で咳き込んでからだった。


「――ゴホッ、ゲホッ――!」


 証紋の力がなければ、おそらく命はなかったと思う。

 思わず角から手を離してしまうほど、渾身の一撃。

 大鹿は僕に跨がるように立ち、黄金に染まる双眸で僕を見下ろす。

 黄金の神格が眩く閃光を放ち、トドメの一撃と察知した僕は、思わず目を瞑る。


「――――?」


 数秒、沈黙が続いたことで不思議に思い目を開けると、そこには大鹿の顔があった。

 一瞬ぎょっとして呼吸さえ止まってしまったけど、すぐに様子が変わっていることに気づく。

 大鹿は僕の匂いを嗅ぎ、どういうワケか……波がひくように、先ほどまでの戦意が鳴りを潜めていくのを感じる。

 わ、分からない。

 特別動物に好かれた経験はないけど、神獣は何かを確かめるように胸の中心あたりでスンスンと鼻を鳴らすと、次にゆっくりと僕を覗き込むように顔を近づけ――。


 ――黄金の双眸から、唯一黄金色ではない液体が一筋を作った。


 (……涙?)


 確かめるよりも早く、環境の変化がそれ以上の追求を許さなかった。

 見上げる大鹿の更に後ろ。

 空がひび割れ、崩れていく先から溶けるように消えていくのを見る。

 あぁ……みんな、やったんだ。

 ケルビムの卵を、たおしてくれたんだ。

 そうして、再び神獣に視線を戻すと――。


「呼びすぎだ、バカ。んな大きい声出さなくても、聞こえてるよ」


 ――そこには、久遠麗華の顔があった。


「れ、麗華くん……」

「……オレのことなんて、なんで思い出すんだよ」


 僕に向けられた表情は、複雑なものだった。

 嬉しいのか、悲しいのか。

 今にも泣き出しそうに揺れる瞳は、そのどちらも含んでいるように見えたから。


「だって、友達だもん。一緒に、サッカーしようって……約束、したもん」

「はは、お前な……いつの約束だよ、それ」

「むかし。ずっと、昔の約束。でも、大切な約束だよ」


 そう、大切な約束。

 誰がなんと言おうと、僕にとっては大切な約束なんだ。


「……オレ、お前のこと守ってやれなかったんだぞ」

「ううん、ずっと守ってくれてたよ」

「嘘つけ」

「嘘なんかじゃないよ。だって、麗華くんとの思い出だから、ちゃんと抱えていられたんだよ」


 例え、奥底に仕舞い込んだとしても。

 決して無くすことだけは、ないようにと。


「ずっと、傍にいてくれて、ありがとうね」


 僕は弱いから。

 記憶の中だったとしても、たくさんの人達との思い出に支えられているから。

 だからちゃんと、お礼を言いたかった。


「あっ、あと! ……お誕生日、おめでとう。えへへ、遅くなっちゃったけど」


 鹿の人形(プレゼント)だけは、先に届いていたみたいでよかった。

 麗華くんは呆気にとられたような表情を一瞬浮かべたあと、唇をきつく結ぶ。

 それが嗚咽を堪えるためだというのは、目の端から次々に溢れる涙ですぐに分かった。


「バカ、お前っ――もう、十六だぞ……っ」

「そうだね。でも、ちゃんと伝えたかったから」

「伝わってるよ、はじめから」


 あぁ……それなら、よかった。

 最後に会った記憶が悲しいものだったから、折角のお祝いをちゃんと喜ばしいものに出来たなら、昔の僕も安心出来るだろう。


「……ホント、変わんないな、満」

「そ、そうかな?」

「うん、変わんないよ。オレの知ってる満だ」


 それは……つまり、九年前から進化がない、ということだろうか。

 いや、そんな意味ではないのだろうけど、あんまり自信がないのが痛いところである。


「はは、なんて顔してんだよ。すげー複雑そう」

「え、いやっ、だって……その、昔から成長出来てないのかなって」

「そんなわけないだろ」

「なら、いいんだけど……」


 そう安堵しかけた時だった。


「うっわ、すごい場面」


 そんなウィルセントさんの声で、僕はようやく、狭窄していた視野が元に戻っていくのを感じる。


「あと、大きいとは思ってたけど、裸だとよりすごいね、ミス・クオン」


 ――ん、ハダカ?

 ハダカって、あの裸?

 秒単位で脳が警戒レベルを引き上げていく中、それでも視線の動きを止められないのは男の性か。

 僕に覆い被さるような位置関係だった麗華くんが、ゆっくりと上半身を起こそうとする。

 当然、そのまま一糸纏わぬ姿が目に入る――。


「わっ……」


 ――と思われた瞬間、僕の目をおそらくは麗華くんの手の平が覆う。


「それはどうも。ただ、見世物ではないのだけれど?」


 次に聞こえてきた口調は、いつもの麗華さんに戻っていた。


「もちろん。ボクだってその手の趣味はないよ。はい、魔法使い(ウィザード)からもぎ取ってきたローブ」

「……ありがとう。で、魔法使いって誰のことかしら?」

「フェーヴノリアの大公様だよ。面識あるでしょ?」

「あの男が? ……よくローブを手放したわね」

「まぁ、彼も魔力はスッカラカンみたいだし。それに、えーっと……ワシメだ。彼女が、ミス・クオンが社会的に死にそうな格好してるから、羽織るモノ用意しろって言ってくれたおかげだよ」

「ワシメ……そう、鷲目先輩も助けに来てくれたのね」

「さ、皆の所に戻ろう。そろそろ御紋会が到着する頃合いだ。ボクは先に戻ってるからね」


 一連のやり取りが終わった後、麗華さんの手が離れていった後も、瞼をきつく閉じたまま硬直していた。


「満君、もう目を開けて大丈夫よ」

「は、はいっ」


 言われ、恐る恐る目を開ける。

 オレンジ色の空が視界に飛び込み、そのまま上体を起こすと、すぐ傍で屈んだまま僕を見つめる麗華さんがいた。

 厚手のローブですっぽりと覆われているものの、すぐに素足だと気づく。


「ごめんなさい、気を遣わせて」

「い、いえ、そんな。……その、怪我とかないですか?」

「えぇ、お陰様で。貴方は?」

「僕は……なんともないです」


 地面に叩き付けられたはずだが、痛みや違和感は一切ない。

 光に灼かれた両手も同様で、何故か傷一つない自分に首を傾げる。


(これも勇者の証紋ちから……?)


 こうして振り返ると、改めて証紋という異能の凄さが生々しく感じられた。

 僕の返答を聞いて、麗華さんは安堵したように胸をなで下ろすと、その場で立ち上がる。


「皆の所に行きましょう。そろそろ御紋会が来るそうだから」

「分かりました。あの、おんぶ、しましょうか?」


 麗華さんの足元を見ながら、遠慮がちに提案する。

 すると、少しだけ驚いたような表情を浮かべた後、彼女は柔らかに微笑んで。


「平気よ。でも、ありがとう」


 そう、僕に返した。

 それは夕陽を受けていたせいもあってか――。


 ――思わず見惚れるくらい、眩しい笑顔ひょうじょうだった。


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