表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
64/89

取り戻す戦い2

 辺りを埋め尽くす閃光と轟音が鎮まった後、久遠満ぼくは覆い被さっていた姿勢から、すぐに脇へと身体をどけた。


「神宮寺さん、大丈夫!?」

「う、うん……まぁ、その、それなりに」


 すごく歯切れの悪い返答に、僕は慌てる。

 だって、神宮寺さんの性格なら本当は辛いのに、無理してる――なんてことがあっても不思議じゃないからだ。

 それを、こっちに歩いてくる聖女――ウィルセントが何てことのないように告げてきた。


「心配いらないよ、ミツル。ミス・ジングウジからすれば、ちょっとした幸運なんだから」

「え――幸運?」

「ちょっと! 変なこと言わっ――っぅ……」

「ほ、ほらぁ! やっぱり我慢してたんじゃん、神宮寺さん!」


 脇腹の辺りを抑え、神宮寺さんは顔を歪めている。

 あまり知識はないけど、流血はない――とすると、打ち身とか骨折とかだろうか。


「あ~、これ完全にアバラやったわぁ……」

「むしろ肋骨程度で済んでよかったじゃない。はい、まだ終わってないんだから、シャンとしてよ」

「くっそぉ……アンタ、いつになく厳しいじゃん」

「まぁね。感動の再会のところ、水を差すようで悪いけど……まだ、ミス・クオンを元に戻す大仕事が待ってるんだよ」

「……え、麗華さんが、どうかしたんですか?」


 僕が不安げに聞くと、寝転がったままの神宮寺さんが、申し訳なさそうな表情を浮かべて、押し黙ってしまう。

 「手を貸して」と言われ、彼女が身体を起こす手伝いをすると、言葉を探しているのか黙ったままの神宮寺さんに代わり、ウィルセントが手早く説明をしてくれた。

 麗華先輩が、僕を助け出す為に人間の姿を捨ててしまったこと。

 何事もなく元に戻ればいいが、二人の表情を見るに、そう簡単な話ではないようだった。


魔法使い(ウィザード)、さっきの光と爆音――どう見る?」


 ウィルセントが踵を返した先を見やると、そこには厚手のローブに身を包んだ男の人が立っていた。

 長い白髪が一瞬だけ老齢を思わせるが、すぐにそれは見間違いだと分かった。

 その人物は険しい表情で数秒、考え込むように目を伏せた後。


「健在、だろうな。感じ取る魔力量は、もはや学園基準で考えるのが馬鹿馬鹿しくなる総量だ」

「……はぁ、それはそれで難儀だね。一つ、ミス・クオンの元に向かう前に、話しておきたいことがある」


 僕らがきちんと注目していることを確認すると、ウィルセントは話し始めた。


「多分、敗れたのは鑑孝文だ。そうなると、ケルビムの卵は標的を一つに絞り込むことになる」

「唯一の影響下にある久遠先輩が、その標的ってこと?」

「その通り、ミス・ジングウジ。まずいのは、そうなると孵化が早まる可能性があるってこと。そして更にマズいのが、今まで孵化したことはないけど……ここまで来ると、何となく想像がつくってこと」


 話が見えずに、僕は神宮寺さんの身体を支えていると、ウィザード――そう呼ばれた男の人が口を挟む。


「想像も何もあるまい。ケルビムとは、その本質に愛を持つ天使の名だ。その卵、そして孵化とくれば、残るは完全な物質化。愛の具現化だ。つまり、愛と愛を競い合わせる殺戮場が、ケルビムの卵――その証紋の領分だ」


 愛と愛を競い合わせる……。

 その言葉には、もはや隠しきれない不穏さが漂っている。


「えらく詳しいね」

「舐めるなよ、偽善者が。ある程度学園内で権力を持てば、タナトスの情報は嫌でも触れることになる。……まぁいい。現状から見て、ケルビムの卵はクオンの具現化を試みることになるだろう。当然、それだけで孵化はしない。孵化に必要なのは、他の愛の犠牲だ。そうやって、自分の愛を具現する為、他の愛を潰して回る最悪のデスゲームが、ケルビムの卵の全容だ」


 なんて、残酷な事を……。

 そんな馬鹿げた真似を、そのケルビムの卵とやらはさせようとしているのだろうか。


「そのゲーム、流行らなそー」

「流行るわけがあるまい。具現したところで、それがどんな存在かなんぞ、なんの保証もない。人の皮を被った怪物かもしれんし、そもそも望むカタチで産み落とされるかすら分からん」

「でも、よく今まで孵化しなかったね。他人を殺しても、自分だけの愛を蘇らせたい、なんて人間は世界中で見れば少なくはないだろうに」


 さらり、とウィルセントが恐ろしいことを言う。

 いや、そりゃそうかもしれないけど……。


「……本当にそう思うか?」


 男の人が睨み付けるようにウィルセントを見やる。


「実の所、孵化なんてものはない。私はそう見ている。卵という表現は、あくまで内部の視点だ。おそらく、魔力で満たされているのは、内部では大概の神秘を具現するため。まだ分からんか? この空間は完結している。中身を世に放つ理由がない」

「……本気? ハッ、悪い冗談だね、それは」


 ウィルセントが、静かに拳を握りしめるのが見えた。

 僕も神宮寺さんも、視線が低いから、それがよく分かる。

 今にも血が滲みそうなほど、強く握り絞めているのだ。


「怒り、なんて感情は用意されていないんだけど、少し混乱してるよ」

「……」

「つまり、ケルビムの卵は、そこが限界。愛の具現の為に殺し合う人間同士を、ただ眺めるだけのコロシアムってことでしょ?」

「そうだ。故に、内部に限り死者の蘇生さえ、いや第一紀の存在であろうと具現させる。……愛は燃え上がれば燃え上がるほど、見所があると言いたいのだろうよ」


 話している男性でさえ気分が悪いのか、最後は吐き捨てるように言い放ち、視線を逸らしてしまう。

 なんて場所だ……。

 だとしたら、一刻も早く脱出しないと。


「エレム公、脱出方法は?」


 神宮寺さんが立ち上がろうとするので、僕は急いで肩を貸す。

 聞かれた男性――エレム公は、首を横に振って答えた。


「知らん。だが、簡単に逃げられると考えるだけ無謀だろう」

「ってことは、どうにかして卵――その不死者自体をぶっ倒すしかないってわけ」

「けど、ケルビムの卵自体は完全変態を遂げた不死者だよ。事象に成った人間を、どう殺すって言うのさ」


 考えが堂々巡りになりかけていた時、ウィルセントが閃いたように「あっ」と声を上げた。

 当然、僕と神宮寺さんは彼女の方を見る。


「ミツルなら、何とかなるのか」

「…………はい?」

「いや、ミツルしか出来ない。だって、ミツルは勇者の証紋を持ってる。事象であっても、『敵』と認識さえ出来れば手は出せるはずだ」

「ちょ、ちょっと待って! 全然話が飲み込めてないんだけど――」


 僕が慌てふためくのを、「小僧」と呼ぶ声が一喝する。


「勇者には、運命に対抗する力――対運命と呼ばれる神秘がある。三法の世界における、究極のジャイアントキリングだ。不可能であればあるほど、対運命はその性能を際限なく発揮出来る」

「……でも、どうやったらそんなこと」

「聞けば答えが返ってくると思うな、馬鹿者。勇者は人類における一点物の犠牲だ。自らで考え、踏み出し、戦うしかない」


 厳しい物言いに、僕は萎縮するしか出来ない。

 そんな時だった。


“大丈夫、君なら出来るよ”


 ふと、声が聞こえた。

 伏せがちだった顔をあげ、周囲を見渡すけど、声の主らしき人物は見当たらない。


「あのさ……使い物にならなくなった私が言うのもなんだけど、クドウくん一人に負担させるのは、賛成出来ない。勇者は人類の便利屋じゃないの」

「……ふん、無論だ。私とて、こんな小僧一人に救われるなど名誉に関わる」

「え、そうなの? ボクは割とミツルに頼り切るつもりでいたけど」

「アンタ……そこは嘘でも取り繕えって!」

「あはは、ごめんごめん。けど、ちょっと元気が出たみたいでよかった」


 静かだった神宮寺さんが苦しげながらも声を張った姿を見て、ウィルセントはどこか嬉しそうに謝る。

 あれ、もしかして……元気づけるためにわざと?


「さぁて、それなら聖女として最大限、バックアップさせてもらおうかな」

「ちょ、ちょっと、一人に負担させるなとは言ったけど、無策で行こうとは言ってないってば」

「何言ってるのさ、ミス・ジングウジ。おそらく、相手は変異したミス・クオンとケルビムの卵だよ。対抗策がある方がおかしい。あのね、『無策』じゃなきゃ勝てない相手だ」

「…………」


 ウィルセントの言っていることは、かなり言葉を選んでも、無茶苦茶だと僕は思う。

 けど、その眼差しや声音には、企みのような様子はない。


「万策尽きて当然。万難を排して挑んで、尚も必敗。初めから勝利のない戦い。……勇者が立ち向かう勝負たたかいなんて、どれもこれもそんなものばかりだよ。ミツルを支えるなら、ボクらこそ同じ土俵に立つ覚悟が必要なんだ」

「…………ぃ」

「ん?」

「やったろうじゃないって言ったの! 骨折くらいでへばってたのが馬鹿らしいじゃん! あー、くっそ! めっちゃ痛いけど、アンタにデカい顔される方がムカつく! なんかプライド的な問題だわこれ!」


 僕に支えられながら、神宮寺さんはワーギャーと騒がしく暴れ始めた。

 個人的にはすごく心配だけど、なんだろう……僕がいない間に、神宮寺さんとウィルセントには見えない絆のようなものがあるように見えた。

 自然と、頬が緩んでしまう。


「なんだか、仲良いね、二人とも」

「あ、分かる?」

「どこをどう見てそうなんの!?」


 ほら、息ぴったりだ。

 そのおかげかもしれない。

 確かに自分に自信はないけど、僕に出来ることがあるなら、何でもやりたい。

 試せるものがあるなら、逃げずに試してみたい。

 そんな気持ちにさせてくれる。


「あ、あの――」


 だから、まずは第一歩。

 僕は、まだ名前らしい名前を聞いていない男性に声を掛ける。

 勇気を振り絞った甲斐があって、振り返るその人の睨みにもなんとか持ちこたえた。


「僕、久遠満って言います。助けてくれて、ありがとうございましたっ」


 自己紹介と共に、頭を軽く下げる。

 そんな僕を、その人は一瞥すると「くだらん」と踵を返し、歩き始めた。

 そして少ししてから立ち止まり。


「エレム・オルペリアだ。感謝をするなら、生身でありながら受け止めたそこの小娘と、奇跡を祈り続けた聖女にでもしておけ」


 そう言うと、再び歩き出してしまった。

 とはいえ、向かう先は一緒なので、僕らも彼の後に続いて進み出す。

 その道中。


「ちょっと、ウィル――あいつ、なんかキャラおかしくない?」

「さぁ、元の人物像を知らないけど、そうなの?」

「私と久遠先輩が会った時は、歩く自尊心みたいなヤツだったけど」

「じゃあ、ミツルはなんだかんだで認められてるんじゃない?」

「まるで私と先輩は認められてない、みたいな言い草じゃん」

「そりゃあ、勇者と比べればねぇ……」

「異論はないけど、文句は山ほどあるなぁそれ」


 ひそひそ話をしながら歩く二人と、僕一人。

 これからきっと激戦の地に赴くというのに、どこか欠けた緊張感のまま不気味な石造りの空間を進むのだった。


-------------------------------------------------------------------------------


 しばらく歩くと、一つの明かりが見えた。

 道中も照明スタンドで照らされているのだが、上から真っ直ぐ伸びるその光の柱は性質が違う。

 ぱっと思い浮かぶのは、人工照明と自然光の違い。

 冷たい白色の蛍光灯とは違い、光の柱はどこか暖かみを感じさせる。

 そして、その先――一身に光を浴びる石床に、神々しい鹿が一頭、立っていた。

 目を細め、気持ちよさそうに光を浴びる姿は、近寄りがたいほどに神秘的だ。

 光の根元を見ると、どうやら高い天井に大きな穴が空いているらしく、そこから伸びている様子だ。


「……久遠、先輩」


 ――え?

 今、隣で神宮寺さんが麗華さんのことを呼んだ気がするけど。

 目を凝らして鹿さんの周囲を見てみるが、それらしき人影はない。


「クドウくん、落ち着いて聞いて。あの大鹿が、久遠先輩が変異した姿だよ」

「――――」


 言葉を失いこそするが、混乱まではいかなかった。

 神宮寺さんが言うのなら間違いはないはずだ。


「それで……どうやって元に戻すの?」

「まぁ、よくあるのはある程度消耗させたりすると元に戻るらしいけど、この手のケースは希少だから、私も確実な手段は思い浮かばない」

「そ、そっか……じゃあ、消耗ってことは、戦うってことだよね?」

「うん。なんだけど……あれ、天使が負けるワケだよ」


 大鹿との距離は直線で五百メートル以上はある。

 遮蔽物らしい遮蔽物はないけど、あちらが気づく様子は見られない。


「ウィル――勘違いなら、ごめん。先輩、神格化してない?」

「残念、ボクとしては勘違いの方に一票入れたかったところ。けど、アタリだ。おそらく、鑑孝文との戦闘で更に変異が進んだのかもね。今のところ、正真正銘――あそこにいるのは、神獣の一種だよ」


 神獣。

 アニメやマンガの世界でしか聞かない単語に、ごくり、と喉が鳴った。


「それって、その……よくないんだよね?」

「よくないって言うか、本格的に勝ち筋がない。シンカクって言うのは、神様の神に人格の格で、神格。ざっくり言うと、あそこにいるのは神様の側にいる獣ってこと。当然、見た目は大きな鹿だけど、ほとんど生物とは呼べない……はず」

「ボクからも補足。性質としては、いわゆる精霊に近いとされてる。精霊って言うのは、自然が超常として具現したもののことね。ま、第一紀での話だけど。……だから、あれはもうミス・クオンとは呼べないね」


 曰く、魔剣使いの時のように、あくまで久遠麗華を素体として受肉したものに過ぎない、とのこと。

 ただ、魔剣使いの時との違いは、目に見える明確な根源がないこと。

 あれは魔剣が牛島剛の肉体を乗っ取って受肉した結果だが、今回は魔剣的な代物は存在しない。

 つまり、久遠麗華は元々、あの神獣にまつわる因子を持っていた、ということになる。

 そう、二人は結論付けた。


「そこら辺は、考えるのやめましょ。とにかく、元に戻す為にはどうするか、よ」

「そう言ってもねぇ……まさか、生きてる間に神獣を拝めるとは、さすがに聖職者でも想定外だよ。ミス・ジングウジは分かってると思うけど、神格持ちなら逆立ちしても、ボクら人間には勝ち目がない」

「え、ど、どうして?」

「いいかい、ミツル。神様って言うのは、『特別』であることが強さなんだ。神の性質を持つ時点で、人間には勝てないように世界が創られている。だから、実力や戦略で覆せるものじゃないんだよ」


 それはつまり。


「……僕でも?」

「いや、ミツルは別」


 ってあれ、僕ならもしかしたら、があるの?

 早速失いかけた希望が、復活の兆しを見せることに期待する。


「けど、ミツルに神獣を抑えてもらうとなると、ボクらだけでケルビムの卵をどうにかしないといけなくなる」

「……あっ」


 そうか。

 僕は、実体のないケルビムの卵とやらを、どうにかしないといけないんだった。

 けど、僕以外では神獣の相手が務まらない……可能性が高い。

 今の情報と状況をまとめると、こんなところだろうか。


「あの天井の穴、絶対にあの神獣がやったんでしょ。分かる、ここ地下よ? 物理的にあんな大穴空けるのなんて、地中貫通爆弾バンカーバスターくらいしか思い浮かばないっての」

「ギリ文明圏内ならマシなんじゃない? 本気になれば、山一つ消し飛ぶとか、そんな感じだと思うよボクは」

「どっちにしろ即死だって」


 非常に幸先の悪い会話が繰り広げられる中、魔法使いの男性――エレムさんが一つ、提案をしてきた。


「小僧、あの獣を抑えろ」

「……え、いいんですか?」

「事情が変わった。相手が神獣となると、勇者以外では太刀打ちが出来ん。ケルビムの卵相手の方が、まだ勝算がある」

「比較しての話でしょ。実体もないのに、どうやって見つけて仕留めるつもり?」


 神宮寺さんの質問に、エレムさんは床を杖で軽く叩きながら続ける。


「復元空間は限定的だ。つまり、我らは閉じ込められている。この世界はそう広くなく、内外を隔てる『壁』が存在するはずだ。そこを破壊する」

「方針としては賛成してもいいよ、ボクは。ただ、どうやって破壊する? 卵内部の魔力だって、馬鹿にならないよ。十中八九、自力で修復してくるはずさ。自己再生速度を超える威力をぶつけるしかないけど……」

「小娘、どうだ。お前から見て、ケルビムの卵の『壁』が魔力的構造だった場合、証紋の力で対抗は可能か」

「魔力部分ならね。ただ、物理部分は無理。ケルビムの卵の外殻が分からないけど、復元空間みたいに物理的に具現されてると厳しい」

「魔力が元でも、か」

「言い方が悪かった、ごめん。要は魔力を元にしていても、原子単位で再現されちゃうと、無理ってこと。その場合、完全に物質として存在してることになるから。逆に、見た目がハリボテの中身が魔力なら私の領分」


 そこまで話を詰めて、エレムさんは頷く。


「なら、物理部分の破壊は私が担えば問題あるまい」

「自己修復系だと、私の証紋が作用してる間しか効果ないけど? あと、その場合はおっさ――じゃなくて、エレム公の魔法も無効化してしまうし。第一、脱出は考えるだけ無駄って言ってたのに、外殻壊してどうするの?」

「限定的、という時点で実体があるだろうが。あくまで肉眼での視認に不都合があるというだけで、証紋的に存在している事実が重要だ。ダメージを受ければ、必ずなんらかの反応を示す。修復をするならば、魔力の流れも感知出来る。そうすれば、おのずと事象の全容が見えてくる」


 ケルビムの卵に付き合うつもりはない、とエレムさんは冷徹に言い切った。


「……そうか。もしかして、完全変態っていう情報も疑うべきかもね」


 聖女が頷くと、エレムさんは当たり前だとばかりに頷く。


「相手はタナトスだ。情報は有力だが、考え無しに信用は出来ん」

「おびき寄せて発動させるタイプの証紋だと仮定すると、急に発動したり、内側だけなんでもアリな空間ってことも辻褄が合うっていうか……。相当な前準備が施されていたとしたら、『ケルビムの卵』っていう存在自体が架空である可能性もあるんじゃない?」


 神宮寺さんの仮説は、まさしく前提条件を覆すものだ。

 けど、そのケルビムの卵とやらが不死者が事象化したものではなく、実際には大がかりな舞台準備を整えた上での証紋によるものだとしたら。

 僕からすれば飛躍した考えだけど、三法の世界を生きてきた聖女と魔法使いの二人には、そうでもないようだった。


「だとすると、ボクの手持ちの情報はガラクタばかりかも」

「ウィル、それってどこ調べなの」

「大部分は本部からの提供品だよ。あとは個人的に集めた情報もの

「個人的に集めた情報ってのは?」

「ケルビムの卵の証紋効果とかかな。愛の物質化とか、設置型とか。孵化うんぬんは、本部から過去の事件を元に受けた情報提供だけど」

「それってさ、アンタの証紋の力で集めた情報?」

「そうだけど?」

「じゃ、その分はある程度信用出来ると思う。一応、私が身を以て味わってるからね、アンタのその謎の調査能力」

「となると、本部からの提供分は信憑性に難あり、かぁ。やっぱり疑う手間を省いたのは失敗だったかなぁ」


 聖女は難しい顔をして、がっくりと肩を落とす。


「落ち込むのは後回し! 総合的に見れば、エレム公の言う通り、外殻を壊す選択肢は有効だと私は思う。脱出が難しいなら、相手には尚更、閉じ込めておきたい意図があるワケだし」

「その通りだ。少々遠回りをしたが、まぁ及第点だな」

「すっげー上から目線、どうもありがと」


 怪我をしていなければ拳の一つでも飛んでいそうな勢いの神宮寺さん。

 でも、これで方針がハッキリとしてきた。

 ケルビムの卵が実体ある不死者の証紋によるものなら、まだ希望がある。

 ひとまずの目標は、その使い手を見つけ出し、倒すこと。


「それなら、全員で行動した方がいいんじゃない? 無理にクドウくんが神獣を抑える必要ある?」

「ケルビムの卵が完全変態したものでないなら最悪、この状況は相手の不死者の『想定範囲』ということになる。神獣をけしかける手段がないと考えるのは早計だな」

「――じゃあ何。相手は最初から、久遠先輩があの大鹿に変異するって、知ってたってこと?」

「最悪の場合だ。ケルビムの卵は、タナトスの第十三席に名を連ねる不死者。連中は自身の権威や名誉に関しては五月蠅い。それを偽っても行動しているとなると、それ相応の目的や信念があると考えるのが普通だ」


 そこで、聖女はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。


「地位に価値を感じないタイプとなると……錬金方面の不死者が最有力だね」

「げっ」


 続いて、神宮寺さんも同じように、まるで虫でも見つけたみたいな顔をする。


「一応聞いておくけど、ミス・ジングウジ。ボクが学校で石と土をよく調べてみてって忠告したの覚えてる?」

「…………おぼえてます」

「あぁ、こりゃ何もアクションは起こさなかった感じだね、うん」

「そんな暇がなかったの! アンタのせいでクドウくんは倒れるし、その晩にはそこの魔法使いがアポ無し訪問してくるし! こっちは暇人じゃないっての!」

「いやいや、別に責めてるワケじゃないよ。ただ、あれが布石だと考えると、点同士が全て線で繋がるって言いたいの。環境に手を加えるのは、錬金術師の十八番だ。おまけに、この土地は鑑の血筋を辿れば行き着く先でもある。加えて、鑑家の源流にあたる錬金術師の血筋は、既に途絶えている……もちろん、誰も確かめたことはない。なにせ、それは有名な『悪魔の証明』に他ならない」


 ぽつり、とエレムさんが「シェイハメドか」と呟いた。

 それを、聖女は聞き逃さずに頷いて答える。


「錬金の聖地メッカ、アラビア半島にその名を残す大錬金術師。当人が生きているとまでは言わないけど、その正当な血筋――日本で言えば、本家筋がタナトス十三席の本当の列席者だったとしても、不思議はない」

「回りくどいやり方すんなぁ」

「本音が漏れ出てるよ、ミス・ジングウジ。ま、錬金術師からすれば有名税なんてのは、百害あって一利無し、だからね。世界の片隅でひっそりと、世界を滅ぼすような研究に没頭するのが本懐なわけだし」


 それはまた、迷惑極まりない本懐である。

 特にひっそりと、というあたりが困りものだ。

 どうせなら、よくいる悪の研究者みたいに堂々と世界へ宣戦布告でもしてくれた方が、まだマシだろうに。


「じゃあ整理するけど、今の仮説は二つ。一つは当初の通り、ケルビムの卵が完全変態を遂げた不死者のパターン。もう一つは、その逆でケルビムの卵自体が証紋によって運用されているパターン。んで、比較した時に何とかなりそうなのが後者……って感じ?」

「うん、そう。改めて考えると、ほとんど博打だねぇ」


 僕は聞いているだけでも不安と緊張でガチガチになりそうなのに、ウィルセントは台詞の割にのんびりとした口調だった。

 修羅場になれていると、こうまで物腰に差が出るものなのだろうか。


「…………」


 神宮寺さんは少し考え込むと、一旦その場から離れるように提案をした。

 来た道を戻り、神獣からは見えないくらいまで後退した場所で、彼女はゴソゴソとトレッキングウェアの内ポケットを探り始める。


「どうしたの、ミス・ジングウジ」

「ちょっとした閃き。私、これでも錬金をかじってるから、錬金術師って聞いてピンときたんだよね」


 そう言って神宮寺さんが取り出したのは、小さな試験管とパケ袋。

 試験管は空で、パケ袋には白い粉が入っている。


「……なんか、テレビで見たことあるかも、僕」

「クドウくん、麻薬じゃないから。これ、錬金反応見る為の簡易セット」

「わぉ、日本の不死者はマルチだねぇ」

「三法機関ほど巨大組織じゃないからね。自警団みたいなもんだから、万年人手不足。これくらいは出来といて損はないってだけ」


 それから神宮寺さんに言われ、僕もその錬金反応を見る為のお手伝いをする。

 まぁ、試験管のコルク栓を開けて、パケ袋の中身を移すだけなんだけど。


「ウィル、テキトーに骨拾ってくれる?」

「えぇー……普通、シスターにさせるかなぁ、それ」

「アンタみたいな図太いシスターがいてたまるか」


 聖女は「偏見だ」と抗議の声をあげながらも、両脇に広がる人骨の山からリレーのバトンサイズを一本拾い上げ、戻って来る。

 神宮寺さんは聖女からそれを受け取ると、エレムさんへ向き直り、骨を差し出した。


「一時的に復元を遅めることって出来る?」


 エレムさんは無言のまま骨を受け取ると、それを足元へ無造作に放り投げた後、杖の先で突いた。

 パキッと乾いた音をあげて、骨がボロボロと崩れていく。


「クドウくん、なるべく粉末状に近い骨を試験管に入れてみて」

「う、うん」


 言われた通りにすると、最終的に試験管には少しばかり色合いの違う、白い粉が二種類入る。

 そこへ、神宮寺さんがいつの間にか左腕の傷口からすくい取った血なのか、赤く染まった人差し指を試験管の口に滑らせた。

 二度それを繰り返すと、ゆっくりと試験管の中を赤い筋が上から下へと伝っていく。

 粉末に触れた瞬間、ぱちぱちと小さく泡立ち、透明に液状化したかと思うと青紫色に変色する。最終的には液体も粘り気のあるものに変わり、神宮寺さんが試験管のお尻を手の甲で触れて険しい顔をした。

 僕も後に続いて触れてみると、ほんのりと熱を帯びているようだ。


「やっぱり……もっと早く気づくべきだった」


 神宮寺さんの口調には、悔しさが滲んでいる。


「この復元空間、錬金物よ。少なくとも、不死者じゃない」

「え、どういうこと?」


 珍しく、聖女が「嘘だぁ」みたいな顔で聞き返した。

 それだけで、神宮寺さんのやったことが簡単に見えて、凄いことなのかも、と察する。


「判別薬の調合は私がしたんだから、間違いない。ケルビムの卵は、錬金術で造られた『被造物』だよ。例え不死者が事象になったとしても、そこには必ず人間ほんにんの意志が介在する。コレは、証紋かどうかを見るものだから」


 僕の持つ試験管を指差して、神宮寺さんはハッキリと言い切った。

 それに対し、聖女と魔法使いはそれぞれ違う表情を浮かべている。


「ミス・ジングウジ……錬金術師アルケミストに鞍替えした方がいいんじゃない?」

「別に好きでやってるワケじゃないよ。私の証紋の有効範囲外が、物質同士を掛け合わせる『調合』くらいしかないからさ」


 どうやら、ウィルセントは神宮寺さんに対して感心している様子だ。

 ちらりと魔法使い――エレムさんの方へ視線を向けると、眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。


「最悪の場合、を引き当てたか」

「私の落ち度だわ。錬金の知識があるのに、真っ先に試さなかった。……クドウくんを助けるのに夢中で、冷静でいたつもりだったんだけどな」


 本業が錬金術ならこんな初歩的な判断ミスはしないのに、と神宮寺さんは細い声で呟く。


「違うよ」

「……クドウくん?」

「違う。ミスじゃないよ、神宮寺さん」


 本心だった。

 僕からすれば、それはミスじゃない。

 僕だって同じ助ける側だったら、同じ判断をすると思う。


「結果だけでなら、いくらでも間違いだったって言える。……僕だって、自分のしたことだけを振り返れば、きっと……正しかったことなんて……」


 全部を思い出したわけじゃない。

 けど、神宮寺さんが僕を止めてくれた後、少しだけ霧が晴れたような気持ちなのだ。

 僕は、人殺しをした。

 変えようのない事実だ。

 その過程や事情なんて、奪われた命の視点から見れば関係のないこと。

 それは間違いだし、正しかったと言ってはいけないもの。

 でも、こうも思う。


「前に進まなきゃって、言ってくれたのは神宮寺さんだよ」


 後悔があるなら、前を向かないと。

 後悔も時には大切だ。

 それだって、僕らに必要不可欠な感情だから。

 けど、それは決して――誰かを救うものじゃない。

 立ち止まって、自分の背負っているもの、背負わなきゃいけないものを確認する為の感情じかんだと思う。


「正直言うとね、恐いとか不安とか……その辺りは何も変わってないんだ。全部じゃないけど、自分が何をしたのかは思い出せた。それが許されないことだって、ちゃんと分かってる。だから、僕も戦いたい。きちんと前を向きたいんだ」


 逃げるつもりはない――なんて言えば、嘘になる。

 弱気な僕は、そんな簡単には変わらない。

 それが分かったから、その為に努力をする大切さを見つけた。

 例え状況が絶望的だって、僕一人じゃ何も変えられなくたって。

 諦める理由にはならないんだ。

 諦めなくてもいいんだ。


「大変だったけど、何とかなったって――笑えるように、僕も頑張るから」


 だから神宮寺さんの言葉を借りて、笑いかける。

 いつも勇気づけられる側だったから、うまく笑えているか、自信はない。

 もしかしたら、逆に不安にさせてしまうくらい、ぎこちないかもしれない、なんて内心焦り始めたときだった。


「その通りだ。後悔など、生き延びてから一人で幾らでもしろ。私をお前の後悔や絶望に巻き込むな。……そんなものは、十分過ぎるほど間に合っている」


 そう、エレムさんが真剣な表情で言った。

 変わらず、厳しい物言い。

 なのに、その声音にはどこか……優しさがあるように感じる。


「チッ、くだらんな。実にくだらん。……気の迷いだ、忘れろ」


 エレムさんは舌打ちをして踵を返すと、僕らから距離を置いてしまう。

 その背を見ながら、聖女――ウィルセントは「やれやれ」と苦笑いをしながら、肩を竦ませた。


「ボク知ってるよ。ああいうの、日本だとツンデレって言うんでしょ」

「いきなりコワイこと言うのやめてくれる?」


 一転、身の毛もよだつ、とばかりに顔を青くする神宮寺さん。

 しかし、聖女はそんなことは気にも留めず、肩掛け鞄から包帯を取り出すと「気になってたんだよねー」と言いながら、慣れた手つきで神宮寺さんの左腕の傷を処置し始めた。


「ボクの証紋はね、『願い』。自分の願いを犠牲にして、誰かの願いを叶える。そういう奇跡だよ。一応、簡単な願いを支払って止血はしてたけど、あんまり自分を粗末にするものじゃないよ、ミス・ジングウジ」

「…………」

「はい、終わり。聖水で祝福した包帯だから、ひとまず心配はいらないよ」

「…………な」

「ん?」

「なんで話したの!? そんな大事なこと!」


 骨折も忘れる剣幕で詰め寄る神宮寺さんは、すぐに顔を歪めて蹲る。

 慌てて僕はそれを支え、一緒になって聖女を見上げた。


「ボクがそう判断したから。こうなったら一蓮托生でしょ?」

「そういう問題じゃないっ。そんな……じゃあ、奇跡の度に自分の願いが消えていくってことじゃん、それ!」

「うん、そうだよ。でもね、ミス・ジングウジ。君は勘違いをしてる。ボクはね、そういう風に造られてるんだ。そもそも、君だって知りたがってたじゃない」

「そりゃ、そうだけど……」

「知らない方が幸せって言ったでしょ? でも、もう遅い。知らないままだと戦略も立てづらいだろうし、贅沢言っていられる状況でもない。少なくとも、ボクは君やミツルを仲間だと思ってる。なら、大事なことを話しておくのは当然だよ」

「……いきなり距離詰められても困るって」


 言いながら顔を伏せる神宮寺さんを心配で覗き込むと、唇を噛んだままその瞳は揺れていた。

 聖女かのじょの言うことが本当なら、既に何度か、僕や神宮寺さんの為に自分の願いを犠牲にしている。

 そんなことも知らず、簡単に「奇跡にでも祈って」と頼ったことを後悔しているんだ。


「じゃあ、こうしよう」


 もう一歩、聖女は歩み寄ると同じく膝を折って目線を低くする。


「二人とも、ボクの友達になってよ」

「…………」


 僕と神宮寺さんは、目を丸くしながら見返し、言葉を失う。

 なんか……今、すっごく場違いなお願いをされたような。


「えー? まさか嫌なの?」

「いや、そうじゃなくて……アンタ、それ今じゃなきゃダメなの?」

「失敬だなぁ! 聖女って意外と窮屈なんだよ? それに、友達が出来ればボク自身の願いも増えるし、いいことずくめだ」

「……」


 僕自身は、そんなことでいいなら、と頷きかけて、ハッと言葉を呑み込んだ。

 それで聖女の願いが増えても、そんな「友達」の願いを犠牲になんて出来るワケがない。

 それを。


「大丈夫。そんな簡単に、願い事は品切れにならないさ。……生まれた時から一度も、友達なんていたことがないボクが言うんだから、間違いない」


 なんて、屈託のない笑顔で聖女は語った。

 数秒の沈黙のあと。


「分かった。じゃあ、これで今から、私達は友達ね」

「お、やったぁ! ついに人生初の友人が出来たぞぉ」


 その場で小躍りでも始めそうな聖女を前に、神宮寺さんが覚悟を決めたような顔で告げる。


「絶対、アンタの願い事の方が過剰在庫になるようにしてやるから」

「はは、いいね。それは何て言うか――うん、幸せそうだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ