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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
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黄金の神角2

 地表よりも少し深く。

 地表よりも少し近く。

 地球という惑星の内側で、天使と金鹿が互いの信念を貫いていた。

 天使はその歌声こえで破壊をもたらし。

 金鹿はその鈴鳴りで神聖な滅びを弾き返す。

 双方、人の身を失い、いつ忘我に陥ってもおかしくはない中、いずれも人を保つのは魂そのもの。

 あえて人の側に寄り添って表現するならば、それはどちらが意地を通すかの戦いであった。


「この感覚――勇者の証紋反応が消えた?」


 天使が宙を舞いながら、異変に気づく。

 馬鹿な、と舌打ちを零すが、完全に天使化した自身の直感を疑うのもまた、途惑われた。

 となると、異形の天使は認めるしかなくなる。

 勇者の証紋――その暴走は、何らかの手段で止められた、と。


「やはり、大家ほど目障りなものはないな。九年前も、大家さえいなければ……今頃、世界は平穏に満ちていたっ」


 天使は、吠える。

 お前達のせいだ、と。


「この世は犠牲を払わねば、成り立たないのだ! なぜ、なぜ人はそれを認めない! 僅かな犠牲、尊い生贄の先にこそ未来はある! 人々が思い描いた――鑑の家が理想と打ち立てた、『誰もが笑って過ごせる世界』があるというのに!!」


 天使が一つの真理を叫ぶ。

 それを学ぶだけの歴史じかんは、十分にあったはずだ。

 それから目を背け、いつまでも堂々巡りをしているから、この世から涙は消えないのだと。

 それを、天使とは違い人の言葉を発しない金鹿は、どのような心境で聞いているのだろうか。


「死が生を繋ぐ。託されたものを握り絞め、今をひた走るのが生者の責務だ。勇者という役割は、人類の幸福の――必須条件なのだよ。神聖な生贄。誰もがその死を愁い、しかしてその死を活力に前を向けるような……そんな存在が、弱き者達には必要なのだ!」


 返る言葉はない。

 天使の主張は、堰を切ったように続いていく。


「それを創り上げる。そのどこに、間違いがあろうか! 外道? 非人道的?」


 ――笑わせるな、と天使の咆哮こえが一際強く、たった先ほどまで金鹿が立っていた場所を薙ぎ払う。


「天才や英雄に牽引を任せ続けてきた民草じゃくしゃこそ、悪辣非道そのものではないか。己を守る『常識』や『秩序』、『道徳』を盾に個人的な幸福を追求する。今世において、人間を種族という単位で俯瞰出来る個人がどれほどいる? 本当に、誰もが擦り切れるほどの努力をしているのか? 人類の未来の為に、燃え尽きるほどの日々を送っているのか? 自身に降りかかる火の粉以外は全て、対岸の火事と思っているのではないか?」


 人が、優しくなればなるほど、弱い者達は牙を剥く。

 強さが劣れば、弱さが台頭する。

 それが、人類の限界なのだと、天使は言った。


「人は人以上の存在を創らねば、納得の出来ぬ悲しい生き物なのだ。どう足掻いても『完全』にはなれないのならば、自身よりも崇高で完璧な勇者だれかが犠牲にならねば、使命感を持って生きていけないのだ。人間は常に、『託される側』にしかなれんのだ!」


 勇者だけが救われない世界。

 それつまり、全ての人が(ゆうしゃいがいが)笑って過ごせる世界(すくわれるせかい)


「二千年以上の年月れきしの果てに、ついぞ辿り着いた答えを、どうして邪魔立てする。大家も同じく、社会を維持する役割を後生大事に抱え続けているだろうに!」


 そこでようやく、金鹿が反応を見せた。

 双眸が瞳の色を失い、黄金に染まっていく。

 黄金の風が、まるで砂金の嵐のように逆巻始める。

 機敏な動きは鳴りを潜め、足を止めた金鹿の角が輝きを強めていた。


「あくまで……あくまで、受け入れるつもりはないということかっ」


 憎々しげに、天使は金鹿を見下ろす。

 どれほど語り聞かせようと、納得の様子は一切ない。


「鑑の家が……私の先祖が、どれほど夢見たと思う。最愛の人の笑顔ではなく、名も顔も知れぬ笑顔の『数』を選んだことを。それを……お前達は、そうまで『過ち』と呼びたいかっ!!」


 故に、その男が最後に流れ着いた姿が天使だったのは、当然だったのかもしれない。

 始まりから終わりまで、目指したものは眩く、尊かった。

 その過程で悩み、苦しみ、挫折し、藻掻き、狂い、それでも諦めなかった。

 悲劇と言えば悲劇だろう。

 もはや不死としての異能すら微弱であったその一族はしかし、誰よりも人類という種族を愛した。

 例え狂気に墜ちようとも、その信念だけは手放さなかったのである。


「――――――」


 言葉にならない歌を、天使が紡ぐ。

 今はもう忘れ去られた、福音という証紋の一部。

 本来はレプリカの域を出ないはずのそれは、ケルビムの卵の影響を利用し、オリジナルの領域へと踏み込む。

 世界に語りかける、神の歌(ゴスペル)

 ロストアーツと呼ばれる失われた最高峰の証紋群。

 その一つが今、産声をあげようとしていた。


「――――」


 対するは、黄金の神角。

 人は知る由もあるまい。

 かつて大地の化身として森を治め、ありとあらゆる『害』を祓ったとされる神獣が再び、顕現していようとは。

 故に、その大鹿の真価は黄金の双角にある。

 触れれば病がたちまち消え失せ、折れた一部を煎じて飲めば、間際の怪我人さえ無傷に戻る。

 そんな人智を越えた獣の怒りに触れれば、どのような災いが起こるかなど、考えるまでもない。

 簡単な話だ。


 お前が、その獣にとっての「害」になる――それだけのこと。


 視界を焼くような閃光を、神角が帯びる。

 神の歌が、世界に命じる。


「――<消えろ!!>――」


 天使が、存在の消滅を歌う。

 ゴスペルは惑星に語りかけ、世界の力でそれを実現する証紋である。

 例え神獣であろうと、これに抗うことは出来ない。

 しかし。

 しかし、である。


 高く、金鹿が前足を振り上げ、頭を振る。


 それが「害」と呼べるに相応しい限り、彼の獣の土俵であることもまた、事実なのである。


 振り下ろした黄金の神角から、閃光が迸った。

 黄金の奔流は一直線に天使へと伸び、圧倒的な魔力の物量としてゴスペルごと押し潰していく。


「――――――ァ」


 一瞬であった。

 拮抗する間さえなく、金鹿の放った黄金の瀑布は全てを呑み込んでいく。

 両者、力は互角だった。

 しかし、勝敗を分けたのは残酷にも、想いの差。


「――――そう、か」


 天使は、光に焼かれながら理解した。

 自分の愛は、間違ってなどいなかった。

 自分の愛は、決して顔を伏せるものではなかった。

 ただ一つ。


 人々にとって、害悪であったこと。


 それだけが、金鹿――その素体となった人物との差だったのだと。


「――ぁ、――、」


 天使体が燃え尽き、魂さえ輪郭を失いつつある中、鑑孝文の中に最期まで残っていたのは、ずっと仕舞い込んだまま忘れていた――。


「ごめ――、ん――――」


 ――――れん。


 息子への、悔恨の想いだった。

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