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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
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黄金の神角

 魔力が、収束を始めていた。

 竜巻のように逆巻く無色透明に近かった魔力ソレは、やがて砂金を混ぜたような黄金を帯びていく。


 ――魔力って言うのはね、複合素子って言って、世の中の不思議な出来事の構成を一手に担うもののこと。


 いつだったか、神宮寺薫わたしがクドウくんへ魔力について説明したことを思い出した。

 三法でさえ、その全容を解明するに至ってはいない、この世界の構成要素。

 主に人々が超常や幻想と呼ぶものの、原動力そのもの。

 その中で、判明している部分が「色」だった。

 何色であるかは、正直なところ直目すべき点ではない。

 重要なのは、色を宿したという事実そのものだ。

 元来、魔力そのものは大気のように無色に近い。

 集まれば肉眼で視認することも出来るが、基本的には色らしい色を持たないのが特徴だ。

 では、魔力における「色」とは何か。


「……流石は希代の魔法使い、クォンカーシュ門下の血筋だ。魔力に指向性が現れたね」


 隣で、聖女――ウィルが静かに呟く。

 魔力における色とは、彼女の言うとおり指向性だ。

 その魔力が誰に向いているか――つまりは、魔力の所有権を意味しているのである。

 シェオルや魔剣クレオンがそうだったように、明確な使用者がいる魔力は、その者が抱くイメージや感情に反応し、様々に発色する。

 そもそも、魔力とは惑星ちきゅう由来のものであり、大部分は自然環境と大差はないのだ。

 では色がつくことで、何が得られるというのか。

 繰り返すが、文字通り「所有権」そのものだ。

 通常の魔力はあくまで反応と作用を発生させているに過ぎない。

 しかし、指向性を持った魔力は所有者の「利用目的」に対して強烈に活性化する特性を持つ。


 荒れ狂う黄金の風はやがて、光の束に。

 光の束は久遠麗華を包み込んだかと思うと、その輪郭を変えていく。


 つまり、通常の魔力では成し得ない神秘さえ、発現が可能になる。

 そして当然、それは誰でも出来るような事ではないし、そもそも努力で辿り着ける境地かも分からない。

 第一、一般的な異能であれば自身や大気中に霧散する魔力で事足りるのだから。


「――素晴らしい。勇者とは違うが、成る程。これが不老不死を目指したという、あのヴァシル・クォンカーシュの秘奥か」


 巨躯の天使がその背の白い翼を大きく広げながら、緩慢な動きで立ち上がる。

 それと相対するように、天使と私達の視線の中心には、一頭の牡鹿が音もなく立っていた。

 左右二つ、頭部から伸びる角は幾重にも枝分かれし、その先々には銀の鈴が赤い糸で吊されている。

 そして何よりも幻想的なのは、角全体が内側から黄金色に淡く輝いている点と、その角に似合わぬ牝鹿のようなフォルムであった。


「角が生えてるのに、身体は牝の鹿?」


 あまりの出来事に、只でさえ別件のショックで脳内が真っ白な私は、なんとも緊張感のない疑問を口にしてしまう。

 しかし、幸いにしてそれは意味のある疑問だったのか、ウィルから呆れた反応ではなく、まともな返答が返ってくる。


「雌雄同体を意味しているのだろうね。三法いずれでも、『完全な存在』を意味する表現さ。つまり、あれはミス・クオンの血筋が辿り着いた境地だよ」

「……あれが、先輩の?」

「おそらくね。もっとも、ケルビムの卵の影響もある。あくまで現環境下だからこそ、成し得た可能性は高いけど」

「そっか……愛の物質化って――」

「そう。面影はともかくとして、鑑孝文という故人がああやって蘇生しているんだ。生きている人間であれば、奇跡の一つや二つ、踏み込んだとしてもおかしくはない」


 だとしたら、人の姿から今の姿に変異したのも納得がいく。


「なんと神々しいことか。……しかし、私も偶然とは言え再度の機会を得た身だ。悪いが渡せんな、勇者カレは」


 翼が大気を打つ音が礼拝堂という地下墓地に響き渡る。

 馬鹿げているが、あの巨躯で異形の天使は空まで飛べるらしい。

 そこからは、不死者である私でさえ、気後れするような戦いが眼前で始まった。


「――――――!!」


 黄金の鹿が鋭い高音――鳴き声をあげたかと思うと、大人一人分はあろうかという角の重さを感じさせない、軽快なステップで天使と対峙する。

 蹄が触れる床部分からは、その度に砂金のようなものが舞い上がり、胴体部分も二メートル以上はある巨体でありながら、スラリとした四肢が駆ける音は微塵も聞こえてこない。

 肉薄しようとする金鹿に対し、異形の天使は声で迎え撃つ。


「――ッ!?」


 理解するより、早く私は耳を両手で覆っていた。

 赤子の鳴き声だが、その性質は超音波に近い。

 しかし、それを金の鹿はステップ一つで避けてしまう。

 あれは、私達みたいに大地を脚で駆けているんじゃない。

 滑るように奔っているのだ。

 それも、信じられないことにまるで大地そのものが味方でもしているように、速度から何まで思いのままらしい。

 どこの世界に、初速からトップスピードで移動出来る生物がいるというのか。


 天使の咆哮にはインターバルが存在するのか、その隙を突いて、金の鹿が前足を大きく持ち上げたかと思うと、その反動を利用してつのを大きく振り下ろす。

 すると、角先に吊された銀の鈴が一斉に鳴り響き、周囲に亀裂が入った。


 最初こそ、天使と同じような音による物理攻撃かと思ったが、すぐに違うことに気づく。


「――これって」


 亀裂は、床や天井だけではない。

 何もない空間にさえ、ガラスを奔るようなヒビが見て取れた。


「チッ、その鈴鳴り――破魔の属性か!」


 天使が悪態をつくとほぼ同時に、今までの景色がガラガラと崩れていく。

 そうして現れたのは、何度目かも分からぬ息を呑む光景だった。


「こっちが表側か。酷い有様だね」


 ウィルの落ち着いた口調が信じられないが、隣の私はそれに助けられている節があった。

 基本的な構造は変わらないが、照明が蝋燭ではなくスタンド型の蛍光照明に変わり、あたりには夥しい数の骨が散乱している。


「空間歪曲、よね? これって」

「だね。まぁ、一種の結界さ。おおかた、自分の居城に立ち入った相手を裏側に引きずり込んで、有利に立ち回ろうって算段だったんでしょ。それなら、ミツルの身柄だけ器用に攫う、なんて芸当も不可能じゃない」

「今更だけど、何でもアリじゃんもう。……ある意味、今となりにいるのがアンタでよかったかも」

「あはは、気持ちは分かるよ、ミス・ジングウジ。普通、不死者やっててもこんな規模の異能や現象はまず経験しないもんねぇ」


 賛同してくれるのは有難いが、残念なことにちっとも嬉しくない。

 改めて目の前で繰り広げられる、人外同士の猛烈な攻防を観察しながら、私は両手で思い切り頬を引っぱたいた。

 自分でやっておいて何だが、ちょっと涙目になりそうなくらい頬がじんじんと痛い。


「あー、目ぇ覚めた。よし、今はクドウくんを探そう」


 鑑孝文は今すぐにでも叩きのめしたいが、純粋な戦闘能力は向こうが優勢だ。

 私の証紋は魔性や魔的なものには抜群に効くのだが、ああいった神聖属性には効き目が薄れる。

 大元は同じ魔力なのだが、三法の中でも信仰とは唯一相性が良くないのだ。

 何故なら、信仰の多くは魔力を燃料として「信仰心」という別の力に変換されている。

 この辺りの絡繰りは込み入っているので省くが、詰る所、私の証紋「破魔」も――彼らと同じ属性の代物ということだ。

 属性によるブーストはなし。

 威力倍率は等倍なのだから、そりゃ有利属性相手より威力は劣るというわけ。


「お、いいね。この場面でそういう判断が出来るのは、ボク的には好感持てるなぁ」

聖女アンタに好かれても嬉しくないっての。それよりも、クドウくんはどこら辺にいそう? 最下層ここにいるんでしょ?」

「あぁ、ミツルなら向こうだよ」


 ウィルが指差す方を向くと、そこにはどこまでも続いていそうな柱と空間が伸びている。


「なんか……こんなに広かったっけ?」

「ううん。けど、ミツルは向こうにいるよ。構造的に、あの女神像から奥側は碌でもない空間っぽいね」

「その碌でもない空間指差しながら、楽しげに言わないでくれる?」

「ひどいな。せめて少しでも気楽に行けるように、ボクなりの気遣いだけど」

「その気遣いが逆効果だっての」


 文句を垂れながらも、私達は駆け出す。

 横目には、変わらず一進一退を繰り広げる天使と金鹿。

 攻め手としては天使の方が有利だが、機動力が尋常ではない相手を捉え切れていない様子だった。

 音による攻撃を前に、的確な回避行動を取るところを見ると、あの金鹿には「視えている」のだろう。


「大丈夫。どんなカタチであれ、先輩が簡単にやられるワケない」


 自分に言い聞かせ、私は一度、完全に視線を切った。

 冷たいスタンド照明に照らされた地下墓地を駆け抜ける。

 両脇には足の踏み場もない程の人骨が散乱しており、どれほどの年月、どれほどの犠牲者がここに葬られたのか、考えるだけで気が遠くなりそうなほどだ。

 まるで死の道でも進んでいる錯覚を覚えながら、どれほど駆けただろうか。

 数分に一度、足を止めないながらも背中越しに振り返ると、聖女は息を切らしながらも一生懸命に着いてきている。

 正直、それほど鍛えているようには見えない分、よくやっていると感心してしまった。

 普通の人間なら、とっくに音を上げてもおかしくはない。


「ミス・ジングウジ!」


 名前を呼ばれ、ハッとして前を向く。

 そこには、遠目に――二つの人影があった。


「クドウ、くん?」


 一つは、服装や顔つきから高確率で久遠満本人と思われる。

 いまいち自信がないのは、その様子があまりにも獣じみていたから。

 石床に四肢を這わせ、もう一つの人影に対して絶影の動きで交錯戦を仕掛けている。

 まるで、猟犬か何かのようだ。

 直線的で読みやすい動きだが、その速度や衝撃音から威力は必殺の域だと簡単に推測できる。

 少なくとも、人体が耐えられる威力ではあるまい。


「……どうした、勇者。その程度では、魔法使い(わたし)ごときすら殺せんぞ」


 そして、対峙するもう一つの人影は、どこか背格好や声に覚えがある。

 時代錯誤な木製の杖に厚手のローブ姿。

 時代がかった教会だからこそ、嫌に馴染んでいるその人物には、一つだけ私の記憶と一致しない点があった。


「たかが人工、されど人工。もとより人という種が産み落としたものなれば、紛い物と言えど大差はあるまい。見せてみろ、人類の守護者よ――貴様の価値を証明してみせろ」


 それは、そこに私や久遠先輩へ向けたような嘲りは一切ないこと。


「う、うぅっ―――があぁっ!」


 唸りと共に飛びかかるクドウくん。

 それを、ローブ姿の魔法使いは僅かに身を捩らせて躱す。

 いや、当たっていたのだが、結果として躱している。


「わぉ、ボクが言うのも変だけど、神様の考えは時に分からなくなるね。どうしてまた、フェーヴノリアの大公なんかがここに?」

「やっぱ、見間違いじゃないんだ、あれ」

「うん。ミス・ジングウジは面識あるでしょ?」


 ある。

 あるかないか、と問われれば、ある。

 そりゃもう、思い出すと腹が立つ程度には、滅茶苦茶面識あるヤツだ。

 エレム・オルペリア。

 あの、自尊心プライドが服を着て歩いているような魔法使いその人が、経緯は不明だが暴走状態らしきクドウくんと戦っているのであった。

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