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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.1 死霊術師
6/89

遭遇

 僕は、暗く静まり返った街を走っていた。

 向かう先は、閑静な住宅街。

 それが何処かなど、知らないというのに自分を止められなかった。

 脳裏で、血溜まりに転がる誰かを想像した瞬間、今までの不安が消し飛ぶように突き動かされたのだ。

 まともではない。自分でも感じている。

 なのに、僕の「直感」は正確に目指している場所があるらしい。

 それが先ほど、報道で見た場所だと信じながら、ひたすら脚を動かし続ける。

 どれほど走っただろうか。

 目指す場所は、まだ遠い。

 ふいに立ち止まった場所を、僕は見渡した。

 肩で息をしながら、そこが川沿いの遊歩道であることを認識する。

 街灯が等間隔で並ぶそこは、昼間であれば穏やかに過ごせる場所なのだろうが、人気を取り払った夜の気配に呑まれると、途端に不気味さを増す。


「――――」


 僕が目指している場所は、ここではない。

 だが、直感ではなく本能が、今度は――「ここがお前の終着点だ」と告げていた。

 足音もない、息づかいもない、衣擦れの音すらさせず。

 まるで、瞬きの間にパッと現れたようにして、街灯を二つほど挟んだ先に、人影があった。

 そしてそれは、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 街灯を避け、わざわざ闇に溶けるようにして歩を進める姿は、普段なら見過ごしてしまいそうなほど存在感が薄く、それでいて目が離せないくらい、今は異常に見えた。

 悪寒がする。手足の指先が痺れていく。

 この感覚はなんだ――一体、僕は何に怯えているんだ。


「クドウ、ミツルだな?」


 その人影は、僕の名前を感情のない声で呼んだ。

 ぞくり、と全身が総毛立つ。

 名前を呼ばれただけで、今自分が命を握られていることを悟らされた。

 何者か、と聞き返すよりも早く。


「その身、納めさせてもらうぞ」


 動きは一瞬。

 指を鳴らす、腕を上げる、何らかの合図があるのが定石だ。

 マンガやアニメの知識ではあるが、状況が現実性を逸脱しているなら、むしろこちらの方が適任と言っても過言ではない。

 だからこそ。


「捕らえろ」


 たった一言で状況を変える。

 それが、何よりも恐ろしいことだと、脳が理解する。

 数体の気配が、呻き声を上げながらのそりと鎌首をあげた。


「な、なんだ!? こいつら!?」


 輪郭は人。

 だが、緩慢ながらも迫る気配に知性は感じない。

 街灯から伸びる人工光が、その全容を薄らと暴いていく。


 ――濁った瞳。腐った表皮。それは、死して尚、動くヒトガタ。


 冗談だろう、と両目を見開く。

 異能? 超能力?

 馬鹿げている。

 ・・・・・・死体を操っているとでも言うのか――!


「っ! くそっ!!」


 反転し、その場からの退避を肉体に提案する。

 動きが鈍かろうがなんだろうが、こっちは一人。

 多勢に無勢。

 逃げるしか道はないと、考えなくても分かるほどに縋る戦力がない。


「逃げるか。見た目ほど能無しではないな」


 決死に腕を振り、脚を掻くような状況でも、男の声は嫌に耳に入る。

 そもそも、あのゾンビ共はどっから沸いて出たんだ。

 処理出来ないどころか、処理法もないような情報が神経に詰まり、エラーを起こしているようだ。

 運動は勉強に比べれば、多少の覚えがある。

 ドのつく田舎育ちであるからか、昔から体は頑丈だった。


「――!?」


 数メートル先で、影がふらつきながら立ち上がるのを見る。

 急いで振り返ると、少し距離は離れたが先ほどの動く死体は、変わらず僕を追って、その腕を前に突き出しながらよたよたと歩いていた。

 動きは、本当に遅い。

 だが、問題は数だ。

 どんな絡繰りかはこの際考えても仕方がない。

 言えることは――このままだと逃げ道を失うということ。


「・・・・・・」


 相手もそれが分かっている。

 速度で僕を捕らえようとしているのではなく、配置で勝負を決める腹積もりだ。

 加えて、ゾンビ共はあの見た目だ。

 一定の距離を保っていないと、とてもじゃないが恐ろしくて体が動かない。

 今はまだ距離があるから脳が働くが、近づけば近づくほど負担も大きくなる。


「そら、脚が止まっているぞ」

「――――」


 件の男は、ムカつくほど冷静だ。

 既に背後は王手をかけられている。

 たったさっき、前方もやられた。

 今は左右から、新たな死体ゾンビがゆらりと立ち上がっている。

 状況は秒単位で悪くなり、選択肢も同じ早さで僕の手から滑り落ちていく。


「安心しろ。殺しはしない」

「・・・・・・そんなわけ、あるか」


 誰が、この状況で信じるものか。

 だが、男は僕の返答が気に入ったのか。


「同感だ。後のことは、此方の与り知る所ではないからな」


 薄く嗤い、僕の終わりを予言する。

 だが、もし――殺さないのではなく、殺せないのだとしたら。

 あの男は、死体に「捕らえろ」と命じている。

 もちろん、捕まった後の話は別だ。


「・・・・・・動いて、くれよっ」


 恐怖で震える脚を、手で叩く。

 捕らえる瞬間、それまではあのゾンビ共に殺傷能力はないのだと、死に物狂いで自分に言い聞かせる。

 そうして、僕は男に再び背を向けると、真っ直ぐに駆けだした。

 目前まで迫る異形。

 それが覆い被さるように襲ってくるのを、瞬時に方向転換することで、なんとか身を躱した。

 息が震える。

 抜けた――うまく、躱せた!

 そのまま、とにかく距離を稼ぐ。

 遊歩道は直線距離が長い。

 ここを脱して、もう少し逃げ手に有利な場所へ移動出来れば、本当に勝機があるかもしれない。


「ほぅ、面白い。・・・・・・では、その努力に報いるとしようか」


 ぱちん、と指を鳴らすような音が小さく聞こえた。


「ガァァァアアアアア!!」


 途端、獣のような咆哮があがる。

 何事かと背中越しに見やると、そこにはもう、よくいる動きの鈍いゾンビなど、どこにもいなかった。

 グルグルとケダモノじみた唸り声をあげて、それぞれが全力疾走でこちらを追ってくる。


「なっ――あの、ヤロウ!」


 始めから、僕を弄んでいた。

 否、どうせ逃げられないと手の内を隠していたのだ。

 それで、僕は上手くいけば逃げられると勘違いをしていただけ。

 そこからは、勝負ではなく一方的なワンサイドゲーム。

 あっという間に追いつかれ、手を、足を、頭を、身体を押さえつけられてしまう。

 遊歩道の冷たい石畳の上に、うつ伏せのまま磔にされているように動けない。

 くそ、死体のくせにゴリラみたいな怪力だ。

 違う――死体だからこそ、脳のリミッターが存在しないのだ、きっと。


「立ち回りは、悪くない。始めから結果が決まっていただけで、足掻き方に落ち度はなかったぞ、少年」


 こつん、こつん、と。

 男の靴音が、まるで死のカウントダウンのように聞こえ、近づいてくる。

 恐怖が迫り上がる。

 脳を麻痺させる。

 ――ここに来て、僕の異変が運命を決定づける。


「怯えているのか」


 僕の身体の震えを、男はそう分析したらしい。

 悲しく、悔しいことに、それは事実だ。

 僕はひどく臆病で、事態がここまで最悪な方へ傾くと、もう身体は自由に動いてくれなくなる。

 ただ怯え、蹲ることしか出来なくなる。

 だからもう――僕はここで――――。


「ホント、どいつもこいつも、弱い者イジメばっか」


 ――刹那、白銀の光が視界を染めた。


 何が起こったのか、一瞬では理解が出来ない。

 誰かの声が聞こえて、視界が白くなって、なんだが頭上で衝撃音やら獣の悲鳴やらが聞こえた気がする。

 けど、ふと気づいた時に一番の変化は、身体が動くことだった。


「・・・・・・・・・・・・」


 僕は言葉を発するよりも、肉体を動かす方が重要と判断したらしい。

 ほとんど本能にも近いその采配の結果、僕はうつ伏せで倒された状態から、なんとか仰向けになり上半身を起こすことに成功する。

 そこで、強い夜風が吹き抜けた。


 ――なびく髪の尾。僕を庇うようにして立つ、神宮寺薫の姿が、そこにあった。


「貴様、この街の不死者か」

「そういうアンタは、この国の人間じゃないでしょ、死霊術師ネクロマンサー

「・・・・・・目障りな鼻だ」

「ハッ、死臭まき散らしてるヤツの言うこと? よく鼻が曲がらないよね」


 神宮寺さんは、臭いを手で払うような仕草をしながら、声だけを僕に向けた。


「怪我はない?」

「・・・・・・う、うん」

「なら、よし。後は、目の前の敵をぶちのめせば終わりだね」


 言いながら、両手に御札みたいな長方形の紙を数枚、手にして構える。


「あの数をやるとはな。ただの死体だったとはいえ、侮れぬ証紋だ」

「それはどうも。なら、アンタが奥の手を出す前にやられてくれると助かるんだけど」

「それは出来ない相談だ。私も、目的があってこの地を踏んでいる」


 いつまでも尻もちはついていられない、と僕はその場でなんとか立ち上がる。

 その時とほぼ同時だった。


「すまない、ファーティマ。手を貸してくれ」


 男が一転、優しく囁くように呟くと。

 音もなく、その背後に――巨人が現れた。


「・・・・・・ちっ」


 神宮寺さんが舌打ちをすると、僅かにその背が重心を低くした。

 おそらくは警戒の意思が体勢に反映されたものだと思うが、僕からすれば警戒云々の話ではないように感じる。

 男の背後に、突如として現れた青白い巨人は、先ほどのゾンビ共とは何もかもが違って見えた。

 腕が左右合わせて六本、足は二本だが、あちこちに継ぎ接ぎのような痕がある。

 そして、その貌はと言うと、目があるはずの部分はのっぺら坊であり、そのまっさらな仮面をくり抜いたように、耳まで裂けた口からは長い舌が伸びていた。

 化け物あるいは怪物という表現が、ここまでしっくり来るほどの異形など、そうはいまい。

 警戒どころか、あれは明確に驚異であることを怪物自身が物語っている。


「また、とんでもないモンを飼ってるなぁ」

「言葉に気をつけろ、娘。・・・・・・飼っているなど無粋な。彼女は、私の全てだ。貴様らの死生観では、この美しさを理解も出来まい」

「それはそれは・・・・・・ちょーマニアックな趣味だね」


 軽口を叩きながらも、その声音に余裕はない。

 無理からぬことだ。

 ゾンビであれば、素体が人間だと分かる。

 だが、あの青い巨人は人型でこそあるが、元人間である面影など僅かでしかない。


「死ね」


 単純シンプルな処刑宣告。

 たった二音で発せられた命令は、故に従う側の思考を必要としないのか。

 大気の弾ける音がしたかと思うと、急に巨人の影が大きくなる。

 速い――見た目通り、人間の基準など優に超えてくる速度で、巨人は神宮寺さんへ襲い掛かる。

 しかし、彼女の反応速度もまた、僕の想像を遙かに超えた先にあった。

 巨人が目前に迫る頃には、彼女の両腕が振りかぶった状態から、袈裟に振り下ろされる。

 迎え撃つは、先ほどの白銀。

 光の弾丸は同じ色の軌跡を残しながら、怪物めがけて飛翔する。

 着弾と同時に光は弾け、衝撃が後ろに控える僕の身体まで届いてくる。


(・・・・・・なんだ、これ)


 ――――なんなんだ、この、戦いは。

 巨人は確かに、恐ろしいまでの運動能力を持っている。

 あんなもの、それこそダンプカーが突っ込んでくるのと大差はないだろう。

 しかし、神宮寺さんもまた、僕にとっては規格外そのものだ。

 一息の間に距離を詰めてくる怪物を相手に、的確な光の射撃でそれを相殺する。

 まだ、相手が自分に向かってくると分かっている分だけ、あとはタイミングを合わせるだけだ、とでも言いたいのだろうか。

 だとしても、立ち尽くすだけでも精一杯な僕からすれば、あの怪物が恐ろしくないのか、と聞きたくなるほど、彼女には気後れがなかった。


「成る程。そこの少年とは違い、相当の戦闘訓練を積んでいるな、娘」

「そりゃあね。こっちは、アンタみたいな法外連中をとっちめるのが仕事だし」

「・・・・・・やはり、そう上手くことは運ばんか」


 男が、「ファーティマ」と怪物の名前らしき呼称を発声すると、巨人は主の元へ瞬時に飛び退いて戻っていく。

 そして、決して晒さなかったフードの下を、ついにこちらへ見せた。


「忌々しいが、こちらも覚悟の上だ」


 男は、白髪でこそあるものの若い顔立ちだった。

 印象的な目は、どこか異国の――中東の風を思わせる。

 黒いローブの懐から短剣を抜いて見せると、それで反対の指先を切りつけた。

 人差し指を伝う朱い筋を、巨人の長い舌が絡みつくように舐め取る。


「魔力供給――!」


 その行為を見ていた神宮寺さんが、聞き慣れているような、でもやはり聞き慣れていないことを口にする。

 魔力って、あの魔力だろうか・・・・・・。

 それが具体的に何を意味するかは不明だが、穏やかな印象は持っていない。


「魔力、などという言い方はやめて頂こう。血は液状の魂だ。これは――命を吹き込む、崇高な行いだ」


 男が言うや否や、巨人が黒い星空へ向けて咆哮をあげる。

 僕は魔力やそういう話は分からない。

 けど――『印象』の話であれば、知識の有無は必要なかった。

 その巨人は何も変わってはいない・・・・・・いないはずなのに、何かこう、もの凄く・・・・・・嫌な予感がする。


「じ、神宮寺さん――ダメだ。アイツに、近づいちゃダメだ!」


 返る言葉も、素振りもない。

 ただ、未だ僕の前に立つその背中は、自分よりも後ろには決して行かせないと、髪の尾を揺らしながら一歩たりとも動かない。

 巨人が主であろう男よりも数歩前で出ると、初めて戦術ちしきらしき動きを見せた。

 獣じみた無鉄砲な突撃ではなく、こちらを睨み据えるように直立し、緩慢な動きで重心を落とす。

 入念な予備動作。張り詰める、必殺の気配。

 それは、本能が捉える漠然としていながらも明確な「驚異」への警告。


「――――」


 それに応えるように、神宮寺さんの右手が、髪の結び目にゆっくりと伸びた。

 彼女も、相手の意図を察してか、何らかの対抗手段を用意しているのだろう。

 それを、僕はただ黙って見ていることしか出来ない。

 おそらくは数秒後の未来に、鮮明な不吉を感じ取っていながら。


「やめておきなさい、死霊術師」


 それは、聞いたことのある声だった。

 自然、全員がその声の方角へ視線を向ける。

 相対する二組の間に割って入るように、美小野坂高校の制服が立っていた。

 セミロングの黒髪が夜風を受けて横になびく。

 そこには、久遠麗華の姿があった。


「加勢か」


 憎々しげに、死霊術師の男が呟く。


「えぇ。手間取り過ぎたわね。これ以上続けるならば、そこの怪物と一緒に殺して差し上げるけど?」

「・・・・・・分からんな、この状況で我らを見逃すというのか」


 まさか、と。

 麗華さんは自然な動作で黒髪をかきあげ、分かりやすく相手を見下しながら。


「逃げる算段を終えているのは、そちらでしょう。手の内を明らかにしていない鼠を追い詰めるほど、向こう見ずでもないわ。ただし、奥の手を晒せばその限りではないでしょうが」


 そう、相手の思惑を見抜いていた。

 それが死霊術師にはどう映ったのか。

 ファーティマと呼ばれていた巨躯の怪物が、複数ある腕の一組で主を抱えたかと思うと、飛び退いて闇に消えていった。

 助かった――僕は、その安堵の気持ちが、真っ先に全身を巡る。


「先輩、どうして逃がしたんですか」


 そんな僕を他所に、神宮寺さんは真剣な声でそう、問い質していた。


「貴女、分の悪い賭けがそんなに好みなのかしら。最悪、死んでいたわよ」

「その時は、相手も生きてはいません」

「そうね。別に、そこまで覚悟が整っているなら、貴女は好きにすれば? その死を受け止めるのは、そこの大馬鹿者だけれど」


 ・・・・・・麗華さんが僕に横目で視線を向けると、神宮寺さんもハッとしたように、こちらに向き直る。

 最初こそ、お互いに視線や表情の意味は違ったものの、秒単位でそれは渾然一体――いや、同じ感情へと変化していく。

 責める視線。明らかな不満を漲らせながら、僕の戦いはまだ、終わってなどいなかった、と知るのであった。


--------------------------------------------------------------------------------


 場所を変え、ここは久遠の屋敷。

 時刻はとうに三時を過ぎ、あと数時間の内には朝日が昇る。

 壁に掛けた時計の針音がやけに響くリビングの床に正座をし、僕は二人の女の子を前に、視線を上げられないでいた。

 肌で感じるだけで十分な程の、威圧。

 まるで重石でも乗せられているかのように、身体が重かった。


「クドウくん、ちゃんと警告したのに、どうしてあんな時間にお散歩してたんですかぁ?」


 にこにことした声音で、青筋を立てたような口調が神宮寺さん。


「本当、呆れて物も言えない。貴方が、そこまで生存本能に欠けているとは、想定外だったわ」

 不満を隠すつもりもなく、ド直球にぶつけてくるのが麗華さん。

 共通点は一つ。

 ――こわい。ただ、ひたすらこわい。


「黙っていないで、顔を上げ、弁明なさい」


 家主の言葉に怯えながら視線を上げると、そこには貼り付けたように笑う神宮寺さんと、処刑人みたいな目で僕を見下ろす麗華さん。

 なまじ二人とも美人なだけに、迫力が常人の域を超えている。

 全身から冷や汗が吹き出るのも、納得の形相である。


「・・・・・・ご、ごめんなさい」


 それが、精一杯だった。

 というか、弁明をしろと言うものの、こんな状況では何を言ったところで焼け石に水なことくらいは、僕でも分かる。

 先行する思考が辿り着く答えは、常に同じ。

 謝罪。謝罪によるゴリ押しである。


「そんなことは分かっています。謝ることすら出来ないなら、まだ見捨て甲斐もありますが、きちんと反省の意思を持てるなら、話は別です。貴方、どうして外に出たの。屋敷にいるように、話はしたはずだけれど」


 僕の唯一である謝罪戦法をあっさりと受け流し、麗華さんは話を進める。

 しかし、僕にはそれが難しい一面もあり、同戦法に縋るしかなかったのである。

 ・・・・・・あの不穏。嫌な想像を、どう説明したものか。


「寝付けないから、ぼんやりテレビでも見て眠くなるのを待とうかなって。そしたら、たった今あった事件の報道をしてて・・・・・・学生の可能性があるって聞いたら、もしかしたら、その・・・・・・久遠先輩なんじゃないかって」

「私?」

「はい。嫌な想像が浮かんだんです。不安で、心配で。だから、気づいたらお屋敷を飛び出していました」


 僕はまだ、美小野坂の街をよくは知らない。

 なのに、あの時――まるで白紙の地図に目印だけある、みたいな感覚だった。

 目的地を知らないのに、向かうべき地点は分かる。

 振り返っても、本当に不思議な感覚である。


「・・・・・・だそうですけど、先輩?」

「そのニヤついた頬に、平手をお見舞いしてもいいのよ、こちらは」


 ふと、緩んだやり取りが、僕の思考を引き戻す。

 そこには、「心配でたまらなかったんだねー」と一転楽しげに笑う神宮寺さんと、僅かに顔を赤くしながら不遜な後輩を睨み付ける麗華さんがいる。

 その反応で、僕も遅れて自分の発言にハッとした。

 しかし、心配で居ても立ってもいられなかったのは、事実だ。

 それを今更否定する方が失礼な気もして、僕は俯きながら押し黙ってしまう。


「とにかく。・・・・・・心配をしてくれた事は、分かったわ。無鉄砲が過ぎる気はするけど・・・・・・まぁ、言い分に一定の理解は示します」

「照れ隠し照れ隠し」

「そこ、五月蠅い。話を戻します。――何はともあれ、これで下手に出歩けばどうなるかは経験したでしょう。特に今は街全体が緊張状態にある。運があるかないか。それだけで明日を迎えられるかが決まる。今後は、夕刻以降に一人で外出することは禁じます」

「「――えっ」」


 意外にも、反射的に声をあげたのは僕だけでなく、神宮寺さんもだった。


「久遠先輩・・・・・・それはちょっと、愛が重たいというか――」

「いい加減、ぶちのめすわよ」


 割と本気な口調で、麗華さんは神宮寺さんを威嚇する。


「まぁ、それは冗談です、はい。でも、外出禁止は厳しくないですか? 変な噂立っちゃいますよ?」

「いつも通りじゃない。久遠家に関して噂程度の事であれば、それこそ生まれた時からあるもの。学校でもあることないこと、節操がないというか・・・・・・枚挙に暇が無いわ」


 やれやれ、といった様子で麗華さんは最後にため息を漏らす。

 あぁ・・・・・・あれは、相当な数の「噂」を見聞きして来たんだろうなぁ。


「うーん、私は反対です」

「・・・・・・そもそも、なんで貴女の許可が必要なのかしら?」

「いえ、それは別に。ただ、判断には少し早いかなって」


 神宮寺さんは、至って真面目な表情でそう意見すると、僕に視線を向ける。


「最初、私が助けに入る前、クドウくんはあの死霊術師に襲われてました。それが、たまたまなのか、何か意図があったのか」


 そこまで聞き、僕はあの男の言葉をふと思い出す。


 ――その身、納めさせてもらうぞ。


 あれは、明確に僕の身柄を狙ったものだった。


「・・・・・・そういえば、あの男、僕の名前を知ってた・・・・・・」


 それも、考えてみれば重要な点だ。

 当然ながら、僕はアイツと面識などない。

 一方的に素性が割れている、というのはどう考えても・・・・・・。


「やっぱり。クドウくん、そういうのは真っ先に報告する」

「・・・・・・・・・・・・はぁ」


 僕の失態を指摘する神宮寺さんと、数秒唖然とした表情で固まり、最終的に額に片手を当てながら、それはそれは深いため息を吐く麗華嬢。

 そ、そうだよね。

 襲われていた理由次第では、僕の扱いはかなり変わってくるだろうし。


「だとすると、下手に屋敷で缶詰もまずいか。・・・・・・でも、私が警護するわけにも――」


 麗華さんは、腕組みをしながらぶつぶつと一人考え込んでしまう。

 そこに、神宮寺さんが解説を挟んでくれた。


「久遠家は、御紋会でも序列がかなり上の方なんだよ。だから、色々と片付けないといけない仕事あるの。幹部陣が集まる枢軸会議ってのも、定期的に出席しないといけないし。正直、一人でよくやってるなぁって思う」

「そ、そうなんだ・・・・・・。あれ、神宮寺さんは? 確か、御紋会の最高責任者って・・・・・・」

「うん、うちのお父さんだよ。だから、私は一応当主って立場だけど、先輩に比べたら全然。逆に先輩はご両親がまだ現役だから次期当主って立場だけど、国内にいないらしくて、数年前から実質当主って感じ」

「あれ、お父さんが当主じゃないんだ」

「兼任は出来ない仕組み。あれで、御紋会も中々面倒臭い組織でさ。癒着だの私物化だのを避けるとかで、色々と制約があるのよ。だから、先輩はクドウくんに付きっきりってわけにはいかないんだ」


 なるほど。

 聞いてはいたけど、僕の想像より遙かに多忙な様子だ。

 夜出掛けて、何時に帰ってくるのかは分からないけど、あれで朝ご飯まで作ってるって・・・・・・ちゃんと睡眠時間確保出来てるのかな。

 なんだか申し訳なると同時に、麗華さんの身体が心配になってしまう。


「はーい、久遠せんぱーい。優秀なる後輩から、提案がありまーす」


 うんうん頭を悩ます麗華さんを見かねたのか、神宮寺さんが元気よく手を上げる。

 それを、微塵も期待をしていない顔で見やる厳しい先輩。

 しかし、後輩はそんなことにはめげず、進言をする。


「私達と行動するっていうのはどうですか?」

「・・・・・・詳しく説明なさい」

「はい。どっちにしろ、私も先輩も専属護衛ってのは無理じゃないですか。なら、クドウくんに付いてきてもらえばいいんですよ。どうせ、彼を狙う不死者を何とかしないと、それこそジリ貧ですし」

「護衛しつつ、彼自身を餌にするということかしら」

「まぁ、わざわざクドウくんが怖がるような言い方をすれば」


 ホント、わざわざそういう言い方だよって教えてくれなくていいのに。

 けど、ぱっと聞いた感じは、すごく理にかなっている気がする。

 このお屋敷で息をひそめていても、居場所がバレてしまえば、襲撃に遭う可能性は十分にある。

 むしろ、その場合ここは僕にとって大きな棺桶となってしまうだろう。

 逃げ場も少ないし、閉鎖空間な分、追い詰められやすい。

 相手からすれば強固な要塞かもしれないが、逃げ場所が判明している分、入念な準備もし易いし。

 それは、麗華さんも同じようなことを思ったのだろうか。


「悪くない意見ね。どちらにせよ時間はかけられない。なら、学校での調整は貴女に任せるわ。私があれこれ先導するよりも、薫なら目立たないでしょう」

「あはは、久遠先輩に比べれば、ですけどね。でも、私は別にいいですよ。不死者って割と学校で孤立しやすいですし、そう友達が多い方でもないですから」


 え――意外。

 我らが麗華嬢はまぁ分かるけど、神宮寺さんなんかは気さくで人懐っこい感じするのになぁ。


「それに、私はクドウくんが本当に不死者かどうかも気になります。先輩は断定してますけど、証紋のこと、知らないんですよね、彼」

「まぁね。証紋については、まだ話していないわ。第一、性質上本人しか知り得ないものでもあるから」

「なら、尚更です。もし本当に不死者なら、証紋が相手の狙いかもしれません。いずれにせよ、彼自身の為にも多少の危険は冒すべきです。もちろん、本当は嫌ですけどね」


 証紋。

 なんか、記憶の片隅にぼんやりとあるようなないような・・・・・・かなり薄い記憶が、その単語を知っている気がする。

 でも、詳細についてはさっぱりだ。

 だから、僕は勇気を持って聞いてみた。


「あの、証紋しょうもんってなんですか?」


 正座したまま、小さく右手をあげて、先生方へ教えを請う。

 すると、先陣を切ってくれたのは、神宮寺さんだった。


「証紋っていうのは、不死者の持つ異能とか超能力とか、特別な力のことだよ。ある意味、不死者を証明するもの。あるいは、不死者である烙印って言う人もいるかな。だから、証に紋と書いて証紋。御紋会の名前の元にもなっている通り、すごく重要な事ね」


 ふむふむ。

 異能、超能力と変換するとイメージもしやすい。

 ということは、あの遊歩道での戦いは、証紋同士のぶつかり合いということになるのだろうか。

 その辺りを、まるで心の中が読めるのか、あるいはタイミングぴったりなのか、丁度麗華さんに担当が移った。


「裏を返せば、証紋を持たない不死者はいない、ということ。それは同時に、不死者同士の戦いは、その証紋同士の強みと弱みの探り合いに集約されるわ」

「じゃあ、さっきの戦いも、ですか?」

「ええ。例外はないと考えていい。だから、あの死霊術師ネクロマンサーは逃げたのよ。あの状況では、私の証紋は何一つ見せていないから」

「ただーし! こっちも、相手の手の内を全部読み切ることは出来なかったけどね。そこは痛み分けってやつかな。不満を見せちゃったけど、あのまま戦っていれば多分、私は死んでいた確率の方が高いと思う。先輩の言った通りね」


 背筋が凍りつくようなことを、あっさりと口にする神宮寺さん。

 けど、二人の説明で何となくの把握は出来た。


「証紋については、奥が深いというか、底が見えないからあまり考え込む必要はないわよ。少しずつ、知っていることを増やしていけばいいわ」


 麗華さんが、最後にそう締めくくる。

 雰囲気も一区切りつき、僕もそろそろ時間が気になり始めていたところだった。


「遅くまで付き合わせて悪かったわね、薫。そろそろ帰らないとでしょう。井村に送らせるわ」

「いえいえ。私は、初めて先輩のお家にお邪魔出来て楽しかったです。意外と内装も落ち着いてて、なんだか思わぬ好印象でした」

「まるで私が贅の限りを尽くしている、みたいな印象をお持ちのようね」

「だってお金持ちじゃないですかー。別に神宮寺家も貧乏ってワケじゃないですけど、正直先輩のお家は異次元ですよ異次元」

「稼ぎが良いのは本当でしょうね。でも、私が稼いだわけじゃないから、あまり興味がないわ。一体、今もどこで何をしているかも分からないし、あの人達」


 ――あの人達、というニュアンスに少し、寂しさを覚えた。

 あまり、ご両親とは仲が良くないのかな。

 それはあくまで胸に内に秘めて、神宮寺さんを見送ることにした。

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