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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
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地獄

「もう近いよ。地下への通路は――あっちだ」


 聖女の案内に従いながら、とんとん拍子で私を含む三人は一階をひた走る。

 神宮寺薫わたしも聖女も、肉体強化系の証紋ではない為に進行速度はそこまでではないが、ほとんど障害らしい障害がない故の速さだった。

 理由は明白である。

 天使達による妨害はあるものの、見敵必殺とばかりに先頭を征く久遠先輩が瞬殺してしまうので、妨害になっていないのだ。

 その迫力たるや、凄まじいの一言に尽きる。

 窮地に陥った、死霊術師と巨人シェオルとの戦いでも、こんな様子は見せなかった。

 おそらくだが、クドウくんの身柄が相手に渡っている状況だからだろう。

 冷静さを欠いているのではなく、ただ「敵を殺す」ことだけを最優先事項に据えているのだ。


「えらく必死だね、ミス・クオン。学校で会った時とは、まるで別人だ」


 聖女が、誰に向けるわけでもない独り言のように呟く。

 返答はしないが、同感ではあった。

 ……思い返せば、久遠先輩はどうしてクドウくんに、あそこまで寄り添うのだろうか。

 最初こそ、「そういう趣味このみなのかな」程度の認識だった。

 類いに漏れず、冷徹な完璧超人という印象を持っていた私にとって、久遠麗華という人物の人間らしい一面を見たことは、純粋に嬉しく、興味を引いたのだ。

 けれど、三人で長くいる内に、少しの疑問が沸いた。

 久遠麗華は、クドウくんを決まって「家族」と呼ぶ。

 四月の時から、先輩はその表現に隠す気も無いほど固執していたように感じる。

 限りなく本家に近い分家だとしても、そこは明確に区切るのが血筋というものだ。

 私の実家――神宮寺家だって、距離の近い親戚はいるが、本家と分家の区切りはハッキリとしている。

 そこを曖昧にしてしまうと、本家の家督争いの元になる上、分家も分不相応な御役目を背負う事態にもなり、双方にとって不幸が生まれやすい。

 当然、必要以上に入れ込むことは厳禁であり、まして特別待遇などは御紋会から指摘が入る事項でもある。


(でも、クドウくんは初めから御紋会からもお目こぼしの状態だった)


 特例という認識は、本舎で初めて顔を合わせる時から抱いていた。

 神宮寺頭領ちちうえから命じられていたのは、久遠満の監視だ。

 だからバレない範囲で観察していたし、クドウくんと意図的に距離を縮めた経緯もある。


(……先輩が、クドウくんと血の繋がった家族……ってことはないか、さすがに)


 流石にそれは無理筋だと、心中で消化する。

 確かに久遠家は御紋会で調べられる範囲でも、謎の部分が多い。

 ただし、いくらなんでも本家か分家かくらいは判明する。

 間違いなく、久遠家の本家筋は今代、久遠麗華ただ一人である。

 しかし、だ。

 そうなると余計に、立場上は久遠家の分家筋である久遠満という少年を、あそこまで大切にする理由が必要だった。


(我ながら馬鹿らしいなぁ……素直に、ただ『好きだから』でいいのに)


 哀しいかな。

 この独り相撲は、既に経験のあるやり取りだった。

 いつもここまで考えが至り、久遠先輩がクドウくんへ抱く「好意」にぶち当たると、どうにもモヤモヤしてしまう。

 これがいっそ、久遠先輩への憧れとかで、それを独り占めされたクドウくんへの嫉妬……とかなら、まだ気が楽だったと思う。

 そうではない。

 そうではないのだ。

 神宮寺薫わたしが頑なにクドウくんを「友達」と呼ぶのは、そこが自分の限界だと考えているからだ。

 その振る舞いが、その選択が。

 どうにも、私の胸中を掻き乱して仕方がないのである。


(って、こんな時に考えることじゃない!)


 きゅっ、と唇を強く結び、無意識に伏せがちだった視線を上げ、しっかりと前を向く。

 子細はどうあれ、私にとってクドウくんの存在が命を懸けるに値するのは、偽る必要のないことだ。

 その意味では、久遠先輩と私もそう変わりはしない。

 なんとしても、クドウくんは助け出し、敵はぶっ飛ばす。

 これでいい。

 ――少なくとも、今は。


-------------------------------------------------------------------------------


 地下への入り口は、隠される様子もなく存在していた。

 スイングドアの先に下へ伸びる階段があり、一定間隔で向きを変えては下っていく――学校などでよく見るタイプの構造だった。

 建設時の時代背景もあるのだろうが、この建物――おそらくは、鑑総合病院であろうそれには、移動を手助けする文明が用意されていない事に気づく。

 旧道が百年以上も前に廃棄されている点を考えると、少しばかり辻褄が合わない点が見えてきた。

 階段を下りながら、私は疑問を口にする。


「この建物、もしかして相当古くないですか」


 既に分かっていた事だったが、それを超える歴史があるように思えて仕方がないのだ。


「そうなの?」


 運動神経があまり良い方ではないのか、私より遅れて階段を下る聖女から、反応する様子が返ってきた。


「うん。エレベーターとかもないし、ここに続く道路が百年以上前に廃止されてんのよ。けど、鑑総合病院の設立は六十年前くらい」

「…………あぁ、なるほどっ。道路の方が先にあるなんて、可笑しな話だね」


 走っていなければ、それこそぽんっと合いの手でも打ちそうな声音である。


「それか、先に何らかの目的でこの建物があって、それを鑑家が利用していたのか。そっちのが自然か」


 となると、この建物は本来――何の為に建てられたのだろうか。

 こんな山中――それも、龍御岳という霊峰の地にどうして。

 下る前に聖女から「一番下」という話を聞いていたので、途中のフロアは全て素通りしていき、しばらくして「底」に辿り着いた。

 すぐに私達は、異様な空気を察する。

 白を基調とした内装は、ボロボロではあるものの少し、今までの無機質で無骨な造りとは趣が違った。

 どこか……見覚えのある雰囲気。


「まいったな」


 いつもは砕けた振る舞いが鼻につく聖女が、今までで一番、深刻な声音で呟いた。


「教会だよ、ここ」


 言われ、すぐに私は理解した。

 そうだ。

 この雰囲気、今朝の教会と似ているのだ。

 疑問は当然のようにあるが、思考を巡らせるよりも見た方が早い、と誰から言い出すわけでも無く、私達は重々しい木彫りの開き戸の先へ進んでいく。

 奇妙な風が頬を撫でた。

 温感はひんやりとしているのに、嗅覚はそれを生温いと捉えている。

 詳細に言語化するのが難解なそれは、逆に端的に言い表すには的確な単語がすぐに浮かび上がった。

 ――――おぞましい。

 ただ、その一言に尽きる、と。


「…………」


 言葉こえを失う。

 扉の先に広がっていたのは、巨大な空間だった。

 太い柱で支えられた天井は高く、低く見積もっても三階ほどに匹敵するだろうか。

 左右にズラリと一定間隔で並ぶ木製の長椅子――だったのであろう朽ち木を横目にみやり、正面へ伸びる道を歩いて行く。

 文明的な明かりはなく、礼拝堂を埋め尽くすような蝋燭によって、視界は不気味に確保されている。

 所々掠れて輪郭を失っている赤い絨毯を目で追えば、その先には見上げるほどの女神像が、薄汚れていながらも未だしっかりと形を保って聳えていた。


「迷える子羊というワケではないようだね」


 その真下。

 女神像の下で、おそらくはこの礼拝堂の主であろう存在が語りかける。

 ほ乳類の様に横たわる、巨大な赤ん坊。

 ぱっと見で見れば、聖女が天使と呼んだ連中を、もう二回りほど大きくした異形が、真っ白な双眸を興味深そうにこちらへ向けている。

 天使と酷似しているものの、大きさ以外で明らかに違う点は、白い翼が生えていることだった。


「ようこそ、我が礼拝堂へ」


 来客を歓迎する様に、白い翼がゆっくりと開いては閉じた。

 神聖な存在であろうそれは、赤子の容姿を持ちながらも、声は地の底から響くように低い。


「――鑑、孝文だね?」


 息を整えながら、聖女が一歩踏み出して異形の名を呼んだ。

 「あぁ、よく分かったね」と、ソレは頷いた。


「修道女として、一つ質問だ。……貴方は福音の証紋――そのレプリカを移植されたはずだけど、その姿はどうしたのかな」

「さてね。私も驚いたよ。何せ、『生前はここまで馴染んでいなかった』」

「……やっぱり。ケルビムの卵の影響で、限定的に蘇生されたのか」


 タナトスに名を連ねる理由が、よく分かる。

 間違いなく、そのケルビムの卵とやらはアライバルエンドだ。

 限定的であろうが何だろうが、蘇生なんてことをやってのけるのは尋常ではない。


「愛の物質化――鑑孝文、貴方は何をそうまで愛していたのか」


 問い質すように聖女が聞くと、白い歯を覗かせながら異形が「決まっている」と声を上げる。


「私はね、この国を、人類を愛しているのだよ。賢くも愚かしく、美しくも醜く、謙虚でありながら貪欲である彼らを。……その中でも、一際輝かしい『勇者』を、私は愛している」


 異形の語りは、そこで終わらなかった。

 余程話し相手に飢えていたのだろうか。

 わざわざ追求するまでもなく、女神像の膝元に鎮座在す天の使いはこの場所の歴史を話し始める。


 始まりは、ある信仰からだった。

 鑑という一族は、古く不死に近しい不死ではない血筋として、彼らの支えとなってきたという。

 いつの時代も、異能は世を騒がす。

 人の手によって作られた社会せかいに不満を抱き、それをぶつける先として社会は選ばれてきた。

 故に、それを止めるのもまた、異能である。

 こうして、不死者が不死者を殺す歴史に哀しみを覚えていた鑑の先祖は、当然の如く救いを求めたのである。

 誰もが、笑って過ごせる世界。

 誰もが、悲しむことのない楽園。

 ひいては、不死も一般も分け隔て無く生きてゆける世を願った。

 悲嘆や悲劇がついて回るその歴史サイクルに、どうにか終止符を打ちたいと、鑑の一族は幸福という救いを求めて止まなかったのである。

 不満ではなく理解を。

 暴力ではなく和解を。

 奪うのではなく共有を。

 その思想、その信念は尊く――あまりに眩しかった。

 そして、その「幸福」という信仰はやがて、最古に定めた答えに行き着く。


「それが、『勇者』だよ。ここに来たのであれば、君達は只の人ではあるまい? 個人では無く、人類という種族が抱える異能。理解のし易い言葉で表現すれば、『集団意識』という概念を極限まで研ぎ澄ませたものだ。あるいは――」


 ――――不変の価値、と異形は力強く声を張る。


「幸福とは、不変の価値なのだよ。その形や中身が定まっていないだけで、幸福を求めない人間など存在しない。いや、いたとしても。――その幸福を求めないという選択すら、『幸福に感じてしまう』のが人間だ。我々は、生まれたその瞬間から、その欲求に突き動かされて生き、そして死んでいく」


 人の数ほどある幸福への欲求。

 人類という種族が群体として宿す、意識の力。

 そのエネルギーは、もはや個体の人間では想像もつかない程の総量を誇る。


「勇者とは、人類最古の救済システムの名だよ。人類の敵、あるいは人類の障害を、その身を以て討ち滅ぼす究極の犠牲だ。神に誓いを立てた君であれば、その真意を理解していよう?」

「……はぁ。まぁね。人は人が考えるより早くから、『神』なんて存在を見限っていた。そう言いたいんでしょ?」


 聖女――ウィルが呆れたように返すと、「その通り!」と異形は白い翼を、音を立てて開く。


「神とは、奇跡の擬人化でしかない。所詮、人の手にはあまる代物であるし、不確かなものだ。そうではない。人々は、我らは、確実な救済をこそ求めた」

「それが勇者。いや、それだけじゃないね。そもそも、象徴シンボルと呼ばれる証紋は、人類上での役割。……初めから、存在理由も末路も用意されている、生贄の敬称だ」

「その、通り。いやはや、流石は神に仕える者は理解が早い。故に、私の先祖は幸福という信仰から始まり、やがて救済という明確な形を求め、勇者という存在の創造を目指した」

「いかにも人間らしい浅はかさだね。勇者とは創り上げるものじゃないよ、鏡孝文。そんなもの、救いになりはしない」

「そうかな? それは、救われている者の戯れ言だ。藁をも掴む思いで生きている人間全てに、そのような節操があるとでも?」

「……呆れた。なんて悪趣味だ」


 ウィルががっくりと肩を落とす。

 私や久遠先輩が結論を待っていると、ウィルは真っ直ぐに異形を見据えながら、その答えを口にした。


「彼はね、人工の地獄を用意することで、そこに放り投げられた人間の『救われたい』という想いや願いを原動力に、勇者の証紋を創造しようとしていたんだよ」

「――――――は?」


 思わず、私は聞き返してしまった。

 あの研究資料では、そこまでの言及はなかったはずだが。


「祖父の創造理論は素晴らしいものだった。だが、大戦を終えた世では難しい理論でね。まして、戦時中や戦後でさえ希望を見失わなかった以上、その理論では無理がある」

「そりゃあ、そうだ。人の生きる意志を侮りすぎだよ。そして……貴方は、そこにこそ着眼した」

「そうとも。論点はズレていまい? 生きようとする意志、救われたいと願う環境こそが勇者を創り上げる」


 知らず、私は拳を握りしめていた。

 イカれてる。本当に、イカれてる、コイツは。

 要は、戦争でさえ人々は完全に希望を失わなかった。

 だから、人為的にその希望さえ奪い取って、地獄のどん底に落とした人間の「助けて欲しい」という願いを原資に、人工証紋を完成させようとしていたのだ。


「それで、教会かい? やれやれ――神様も、崇拝者あいてを選べないとは不憫だね」

「まさか、最下層に教会があるのは、死者の鎮魂の為?」


 久遠先輩が聞くと、ウィルはすぐに肯定した。


「この地下はね、おそらく下から作られていったんだよ。始まりはこの教会から。地上部分は、時代に合わせて建造したものに過ぎない」


思わず、自分の足元を見下ろして後退ってしまう。

そうか、遠目でも初めて見た時に気分が悪くなったのは……。


地下墓地カタコンベさ。ガワを教会で見繕っただけの、まさしく『地獄』だよ――本当、やってくれたね、歴史に学ぶ者(ハイストリア)の末裔が」



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