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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
54/89

禁足地2

「軍隊の、駐屯地――?」


 僕が呟くと、麗華さんが続けてため息を吐いて離れた。

 巨大な鉄柵の前に立ち、そこから奥をよく観察しているようだ。


「フェイクだと思う。ここは軍の施設なんかじゃないよ。だって、戦時中に不死者の存在を知ってたのは一部幹部と政治家、天皇家しかいない」


 言い切る神宮寺さんに、「でも」と僕は再び書いてある文字を見る。

 じゃあ、そんな嘘の表記をして、一体何をしようとしていたのだろう。

 誰が? 一体何の目的で?


「気持ちは分かるよ、クドウくん。ここが軍の施設じゃないなら、ここは表舞台のものじゃないってことになる。それが、何を意味するかは……これから分かるだろうけど、言葉にすべきじゃないと思う」


 それだけでも負担になるから、と。

 神宮寺さんは麗華さんへ歩み寄り、進入の方法を話し合っているようだった。

 僕は……僕は、自分の過去を知る為に。

 そうしたくて、ここに来たはずだ。

 それが、心の何処かで酷く後悔をしていることに……気づかないよう必至だった。


「満君」


 呼ばれ、びくり、と肩が跳ねる。

 僕を見据える四つの瞳は、何故か恐ろしいもののように思えてくる。


「覚悟を決めて。貴方が折れたら、何にもならないわ」

「…………」

「こわくてもいい。怯えてもいい。その代わり、一人で絶望をすることだけはやめて」


 僕の様子から、その心境を読み取ったのか。

 麗華さんは言いながら僕へ歩み寄ると、しっかりと僕の片手を握る。

 僕にそれを握り返す余裕はない。


「薫、お願い」


 神宮寺さんが頷くと、あの老人から受け取った青い玉石を取り出し、それを鉄柵へ向かって投げ入れた。

 荒れたコンクリートの上を、綺麗な小石が転がっていく。

 乾いた音はすぐに止み、変化のない景色だけが残された。

 変化はない。

 ただ一つ。


「――え?」


 僕らが、鉄柵の内側に立っていた――という事実を除いては。


「ごめんなさい。少し、強引な手を使わせてもらったわ」


 言い終わると、麗華さんは握っていた掌をぱっと離す。

 それに合わせて、神宮寺さんが落ちた小石を拾いながら「結構高度な結界が張ってあってさ」と始め、続けていく。


「精神的に拒絶している人間は入れないようになってるみたい」

「だから、私と手を繋ぐことで結界の眼を誤魔化したということ」

「妙な結界だよね。絡繰りさえ分かれば、たぶん一般人でも入れる仕組みだよこれ」

「……おそらく、特定の人物が踏み入ることを望んでいないのでしょう」


 そう言い、麗華さんは僕を見据える。


「え……ぼ、僕、ですか?」

「御紋会の人間で、今更こんな怪しげな施設を放っておく幹部陣や本家筋はいないわ。秘匿されている内はともかく、公になれば流石に調査の手が入る。そもそもこの結界、誰が用意したものかしらね?」

「…………」

「私は、御紋会の人間と踏んでいるわ。十八年前の事件が関係しているかの断定は出来ないけれど、御紋会はこの場所を隠しておきたい意図がある。そしてその理由が、満君……貴方にあるということ」


 そこまで口にすると、麗華さんは一人、歩き出す。


「行きましょう」


 先導する足取りに迷いはなく、その背中は強く真っ直ぐだった。


「クドウくん、行こ。大丈夫、私と先輩がついてるからさ」

「……うん」


 神宮寺さんに背を押され、僕もまた真相が眠るであろう施設へと進んで行く。

 入り口から中心部へ向かっているが、主要路らしき整地された道の両脇には、ボロボロの建物が並んでいる。

 そのいずれもが長い年月で朽ちかけており、軍用車らしき車両もまた、多くは原型の半分ほどしか留めていなかった。

 適切な表現か自信はないが、まるでゴーストタウンのようだった。


「なんか……結構、荒れ果ててますね。経年劣化もそうですけど、変に生活感が残ってるって言うか……」


 神宮寺さんが、周囲を見渡しながら表現の出来ない違和感を訴えている。

 それは、僕も感じていた。

 なんというか……こう、あれだ。


「廃棄されたとしたら、色々と物が残ってますよね……」

「そう! それ! 普通ならもっと、殺風景って言うか……がらんとした感じじゃないです?」


 彼女の言いたいことは、よく分かる。

 僕らを取り巻くこの光景には、人間の痕跡が残りすぎているのだ。

 列を成して朽ちている軍用車両。

 コップやポット、風化して読み物としては死んでいるものの輪郭は保っている書類たち。

 バケツや清掃モップ、アルファベットと数字が印字された木箱の山。

 必要なものだけを持ち出して廃棄したにしても、これでは「ここで私達は何かをしてましたよ」と言わんばかりである。

 酷い老朽化さえ目を瞑れば、ひょっこりと人の一人二人は顔を出しそうな、それくらいの生活感が残されていたのだ。


「だとしたら、なんの準備もなく廃棄されたのかもしれないわね」

「……緊急的に、ですか?」

「えぇ。廃棄ではなく放棄。事情があって、棄てざるをえなかったのかも」


 麗華さんの推測は、状況的に納得がいく。

 役目を終えて廃棄されたのではなく、やむなく使い物にならなくなった故、放棄されたのだとしたら。


「二人とも、あの一際大きな建物、見える?」


 僕は頷きながら答えた。

 白く、大きな長方形の建物は、どこか病棟のような印象を受ける。


「見た所、あそこが位置的に中心部よ。建造規模的にも、この施設の心臓部と見ていい。全てを調べる余裕はないから、そこを重点的に調べましょう」

「はい。私は異論ないです」

「……分かりました。僕も、頑張ります」


 目的を共有し、人気の途絶えた施設へと進入していく。

 傍まで来れば見上げるほど大きな建物だが、意外にも入り口に施錠すらされておらず、進入自体はあっさりと達成されてしまう。

 内部は埃っぽく、やはり荒れ果てているが、同時に散乱している物品の多さに驚いてしまう。


「なんか、まるで強盗にでも入られたみたいですね」


 廊下なのにコップや壊れた電話まで転がっており、外では見かけなかった靴や眼鏡のフレームらしきものまで散乱していた。

 ここに人間がいたことの紛れもない証拠であり、何かがあったことをより強く主張してくる。


「先輩、案内板です」


 神宮寺さんが指を指した壁に近寄り、三人で現在地と大まかな構造を把握する。

 どうやら、この建物は十六階建てで、地下が四階まであるらしい。

 こういう時、怪しいのは地下だが、退路も確保出来ていない内からの突入は麗華さんに却下されてしまった。

 十六階全てを捜索するのは難儀なので、まずは当てずっぽうで階を回り、情報を集めていく方針に決定する。


「何があるか分からないわ。ホラー映画みたいに、一人で動き回ることのないように」

「はーい。クドウくん、自分から死亡フラグ立てちゃダメだからね」

「うっ、分かりました……」


 こうして、本格的に建物内部の捜索を始める。

 二階、三階、とんで五階、六階とフロアをざっくりと歩き回ったところで、僕らは一つの疑問を発見した。


「なぁんか、妙じゃありません? 正直、さっきのクドウくんの強盗に入られたみたいって、割とイイ線いってると思うんです」

「そうね。どちらかと言うと、最初から荒れ果てていたような印象を受けるわ」

「じゃ、じゃあ……え、本当に襲われたってことですか、ここが?」


 しかし、自分で言っておいてなんだが、だとすると合致する部分が少なくない。

 そもそも小物はともかく、靴や果ては白衣まで落ちているのは、どうなんだろう。

 眼鏡だって、慌てて出て行くにしても、率先して捨て置くようなものではないはずだ。

 むしろ持主の視力によっては、ないと困る代物に分類される。


「もう少し上を調べましょう。今まではデスクの書類も、めぼしいものはなかったけど、こういうのは上に行くほど運営陣あたりを引く可能性が高いと相場が決まっているわ」

「馬鹿と煙はなんとやらですねぇ」


 そうして捜索すること、十一階。

 そこで、ついに麗華さんが「見て頂戴」と神妙な声をあげた。


「おそらく、銃痕よこれ」


 その指摘に、僕も神宮寺さんも息を呑んだ。

 壁に穿たれた幾つかの穴は、言われて見ればそんな気がしないでもない。

 麗華さんは銃痕だという傷痕と、通路や曲がり角の位置関係を見比べながら、歩き出した。

 自然、僕ら二人はその背をついていく。


「やっぱり。ここにもある」

「え、うそ――ホントだ」


 僕がどうして分かったんですか、という表情で見ていると、麗華さんは「私は対人戦の方が得意だから」とよく分からない返答をしてくれる。

 対人戦が得意だと、どうして分かるのだろうか。

 その答えもまた、すぐに彼女の口から提示されるのだった。


「下の階には銃痕は見当たらなかった。少なくとも、物は散乱していたけど死傷者は少ないと仮定しましょう」


 再び歩き出し、麗華さんはその間に説明を続けていく。


「下の階より、上の階の方が散乱していないと思わない?」

「あ……確かにそうですね、先輩」

「でしょう。その代わり、あちこちに銃痕――戦闘の痕がある」


 十一階の端から上の階へ続く階段を登るとき、またも銃痕を見つけた。

 十二階も同様。


「日本で銃を扱える人間は限られているわ。おまけに、襲撃者は上からこの建物を襲ったと見られる。……つまり、ヘリとかで移動が出来る人間ってこと」

「そっか。これだけ大きければ、屋上はヘリポート……」


 反射的に上を見上げながら、神宮寺さんも思考を巡らせているのが分かった。


「表向きが軍の施設なら、警察か……御紋会?」


 言いながら、神宮寺さん自身は腑に落ちていない様子だ。


「御紋会で銃火器の類いを扱うのは、かなり希有なケースね。少なくとも、美小野坂では聞いたことがないわ」

「自分で言っといて申し訳ないですけど、私もです。ってなると……あ、自衛隊もワンチャンあるのか? 戦後ならあり得ますかね?」

「そうね。私としては、その線は考えたくないけれど」

「確かに……そうなると、セットで防衛省か政財界の権力者あたりが絡んできそうですし」

「えぇっ……なんですか、それ。サスペンスドラマになっちゃいますよ……?」


急に大物ワードが出てきて、聞きに徹していた僕も思わず口を挟んでしまう。

 流石に冗談にならないのか、二人がうんともすんとも笑わないのが、逆にこわかった。


「ただ、そこまで噛んでたら御紋会との取り決めがあるはずよ。私達はまがりなりにも実質当主でしょう。知らないというのは、関与がない可能性を示しているわ」

「まぁ、ある程度の楽観視は含みますけどね。でも先輩が知らないってのは、私的には決め手です。あと国営に携わる人間の息が掛かってるにしては、管理が雑。それならもう、国で土地ごと買い取っちゃえば全部隠蔽出来ますしね」

「言えてるわね。曰く付きの分、一般から怪しまれることも少ないでしょうし」

「ホントにやるなら、どうせ窓口は御紋会ですから、余計に私達が知らないのはおかしいですね」


 そこまで二人が考察し合うと、残る選択肢は僅かである。


「じゃあ、警察?」


 僕が恐る恐る口にすると、麗華さんは「表向きはあり得ない」と首を振り、すぐにそれを自身で否定した。


「ただ一つ、警視庁が不死者で構成される特殊部隊を保有している」


 ――警視庁管轄、警備部特別対応班――通称、霊安室。

 それは、日本の警察機関でトップシークレットの扱いとなる、対不死者の切り札とのことだった。

 自衛隊にも同様の対不死者部隊はあるが、運用には防衛省や政府高官の承認が必要であり、おいそれと動かせるものではないらしい。


「けど、霊安室は別。警視総監とごく一部の人間の承認で、ある程度の鎮圧行為を執行することが出来るはずよ。勿論、武装は錬金強化されたものも含めて自由。許可さえ下りれば、対人戦なら彼らの方が遥かに強く恐ろしいでしょうね」

「なんせ元が対テロ部隊ですからねぇ……。通称だって、出動すると相手の死体袋しか持ち帰らないからって噂からついた名前だし」


 そ、そりゃあ筋金入りだ、と身震いしてしまう。


「でも、警察と自衛隊だと……部隊としてのフットワーク以外で、違いってあるんですか?」

「勿論。自衛隊が絡む場合は、国際色が強い時。三法機関抜け出したフリーの不死者なんかが、表立ってテロ行為やってると出張るのが自衛隊。逆に国内だけで問題を解決したい場合は、警察の出番かな。尤も、どっちの組織でも御紋会から派遣された人員が含まれるけどね」


 神宮寺さん曰く、美小野坂市は大家の拠点という扱いだが、御紋会そのものは全国に支部を置いているそうだ。

 そして、業務の一環として人員派遣があるということ。


「じゃあ、先輩。あの銃痕って、霊安室による襲撃を受けたからってことですか?」

「ここが不死者関連の施設なら、その線が濃厚ね。それとも、御紋会が自ら乗り込んだって考える?」

「う~ん……なんとも。ただ、警察が動く相手で不死者絡みって、それこそ中身一般人の思想だけ不死者寄りとか……――――」


 そこで、神宮寺さんはハッと何かを閃いたように目を見開いた。


「先輩、上の階の捜索、進めましょう」

「そうね。……鑑総合病院の名前がどこかで見つかれば、私達の読みはアタリよ」


 僕が詳細を聞く暇もなく、二人は足早に各所の捜索を進める。

 そうして、上の階に進むにつれ、入念に捜し回った結果、最後の十六階――その一室で、ある書類を見つけた。

 そこは他の画一的な造りとは違う、広々とした空間で、書棚やボロボロに朽ちた椅子のフレームなんかが、幾つか残っている。

 部屋の奥には、窓ガラスを背に木彫りの重厚な机が鎮座ましましており、いかにも重役の部屋、といった匂いをぷんぷんさせていた。

 その机の引き戸から見つかった書類には、鑑総合病院の名は未だない様子だが、研究報告の一部が書かれているようだ。


「……僕には、関係ありそうですか?」


 書類を読み込んでいる二人に声をかけてみるが、反応は薄い。

 見つけた神宮寺さんは、次々と引き戸を開けては書類をそこかしこに広げており、それを追う形で麗華さんも読み進めていた。

 当然、置いてけぼりの僕も、何もしないわけにはいかないので、手短かな書類を手にとって読んでみた。


 それは、まさしく研究報告書のようなものだった。

 小難しい単語は読み飛ばしていく中、目につくのは防衛省、防衛大臣、人工証紋の構築理論といったものだった。

 神宮寺さんはフェイクだと思うと言っていたが、やはり軍隊か自衛隊が関係する書類のように思える。

 人工証紋という単語がいかにも不穏だが、僕でも理解できそうな内容としては、「理論上は可能だけど、実行は狂気の沙汰」といった感じだ。

 きっと、ここは研究施設で、その研究は失敗に終わったから廃棄されたのではないだろうか。

 襲撃されたという二人の意見が噛み合わなくなるが、こういうものは関係者は消される運命にあって……とかなのかも。

 そう考えると、この場所を人の死が集まっていると言った神宮寺さんの言葉は、当たっていると思えた。


 大家当主の二人が資料を読み漁っている中、僕は邪魔をしないように部屋を静かに見て回る。

 ほとんど風化してボロボロの物ばかりだが、幾つかある書棚の中で、無事そうな本を一つ見つけた。

 下手に触らないほうがいいかとも思ったが、神宮寺さんも麗華さんも集中しているので、僕も魔が差してしまったのだ。

 厚紙で装丁されたその本は、開いてみれば誰かの日記らしい。


 ――素晴らしい。

 ようやく見つけた。

 彼の不運には同情するが、人類にとっては僥倖だ。

 生まれながらの器など、不幸の上に成り立つ奇跡としては最上位ではないか。

 早速、手配に動くとしよう。


 僕はページをめくる。


 ――問題だ。大きな問題だ。

 件の器だが、先を越されてしまった。

 それはいい。

 それはいいが、よりよって不死者の手に渡るとは。

 おまけに身元を洗ってみれば、あの麟道家とここ数十年の記録にはない女ときたものだ。

 ……今までのように、簡単にはいくまい。


 僕はページをめくる。


 ――長く進展はなかった。

 研究は進まず、人工証紋の製造は頓挫しつつある。

 当然だ。

 そも勇者の証紋は、構築理論だけでようやく半分だと、あれほど説明している。

 時の防衛大臣――あの男は、些か性急過ぎる。

 しかし、耳の痛い小言もあと少しの辛抱だ。


 僕はページをめくる。


 ――麟道家の次男と接触が出来た。

 思った通り、話の分かる男で助かった。

 何よりも素晴らしい人格者であり、理解のされない犠牲者だ。

 私には分かるとも、彼の苦しみが。

 有意義な時間だったが、久々に話の合う相手と会話が出来て、冷静になれた。

 我々は最低限の接触で済ませるべきだな。

 ……さて、あの忌々しい偽善者夫婦から、どう器を取り返すか考えよう。


 僕はページをめくる。


 ――着々と準備は整っている。

 手を尽くし、五月蠅い外野も黙らせた。

 流石に自衛隊まで味方にはつけられなかったが、まぁいい。

 警察から一人、優秀な手駒を用意出来た。

 これで四人。

 人数に不安はあるが、これ以上の戦力結集は目立ちすぎる。

 それに、こちらには意外な隠し球もある。

 素性が知れれば、総理ですら泡を吹いて倒れるに違いない。


 僕はページをめくる。


 ――決行の日だ。

 私は戦闘の術など持たない為、ただ待つだけが心苦しい。

 防寒の準備はしておけと忠告を受けたが、その意味を思い知っている。

 まさか、天候すら操る不死がいたとは。

 この極寒がいつまで続くかは分からないが、何と言うことはない。

 夢に見たあの器が手に入るならば、苦労にすら入らない。


 僕はページをめくる。


 ――素晴らしい日だ!

 ついに! ついに手に入れたぞ!

 理想の器だ。人類の守護者だ。生まれながらの不死者だ。

 六年。いや、この研究を引き継いで三十年以上だ。

 長かった……ようやく、ようやく父の遺産を証明出来る。

 思えば私も歳を取った。

 だが、今までで一番活力が漲っている。

 今の今まで集めた出来損ない共にも、やっと意味を与えてやれる。

 あぁ、本当に……あの器は、私の全てだ。


 僕はページをめくる。


 ――AniuvTnjkbvfds,vdfiGbfb

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 僕には読めない。ページをめくる。


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 僕には読め――読んではいけない。ページをめくる。


 ――jugmRnksd,TnlidjA.jf.QmlvUs,n

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 僕には――読むな。ページをめくる。


 ――裏切りだ。裏切りだ!

 霊安室だと!?

 ふざけるな! ようやく育っているあの器を渡せるものか!

 書いている時間が惜しい。

 私の全てを奪うなら、私にも考えがある。

 この国の未来を、あの偽善者どもには渡さない。


 気づけば、僕は本を読み切っていた。

 次のページに文字はなく。

 赤黒い血痕のような跡だけが、数ページにわたり残っているだけだった。


「――――」


 背中をじっとりとした汗が濡らしている。

 指は震え、全身が熱を持っているにも関わらず、悪寒が止まらない。

 なんだ、これは。

 なんで、こんなものがある。

 きっとこの本の持主は、死んだはずなのに……。


「あのっ――――」


 二人に声をかけようとして、僕は言葉を失った。

 そこには、誰もいないからだ。

 ついさっきまで同じ部屋の中にいたはずの姿は、どこにもない。

 ただ散乱した書類だけが残され、僕は気づけば一人になっていた。


「えっ……え? ど、どうしてっ?」


 何がどうなっているのか、分からない。

 二人とも僕を置いて、何処かに――。

 そう思いついた考えを、必至に頭をふって掻き消していく。

 そんなはずがない。

 つまり、僕のおかれている状況は普通じゃないんだ。

 もしかしたら、この本を読んだことが引き金になって、何らかの現象に巻き込まれてしまったのかもしれない。


「ど、どうしよう……冷静になれ、でも……どうやってこの状況から抜け出す?」


 少しでも冷静さを保つ為、自分の考えを声に出して発する。

 黙っているよりは、ずっと気が紛れた。

 そんな時だった。


「戻って来ちゃったんだね」


 ふと、扉の方から声がして、振り向いた。

 そこには、白い人が立っていた。

 どこかで見覚えがある。

 中性的なその幼顔は、哀しげな表情を浮かべたまま続けた。


「早くここから逃げて。ここは、もう君の居場所じゃないよ」

「……あの、君は誰? どうして僕を知ってるの?」


 僕の問いかけに、白い人は首を横に振る。


「忘れて。ここでの事は、全部忘れて。そう、わたしと約束したんだよ、君は?」

「……え」

「その約束だって忘れちゃう。でも、いいんだ。君が全部忘れるなら、それが一番だから」

「ど、どういうこと?」

「そのままだよ。君は思い出しちゃいけない。君は忘れないといけない。それが、わたし……ううん、わたしたちの願い事なんだから」


 白い人の言葉は切実だった。

 小さくか細い声だというのに、その想いは胸中に痕を残すように強い。


「ごめん。……それは、出来ないよ」


 けど、僕は静かに拳を握りしめながら、精一杯を口にした。


「どうして」

「だって、僕は僕を知りたくてここに来たから」

「なんで」

「なんでって……それは、ちゃんと自分を知って、僕は――」

「ひつようないよ。そんなの、君にはいらない」


 何が琴線に触れたのだろうか。

 僕を見据える白い人の表情と口調に、変化があった。

 哀しげなものは、低く怒気を孕んでいるような気がする。


「……なんで。どうして君は、僕に思い出して欲しくないの?」

「友達だから。君は、わたしたちにとって大切な友達だもん。……だから、みんなで君を止めたでしょ?」

「――――――え」


 一瞬、鼻の奥で鉄の匂いがした。


「あぁ、そうか。もしかして、この人たちが悪いの?」


 視界が明滅したと思うと、白い人の両脇に一人ずつ、見知った顔が立っていた。

 いや、浮いていると言った方が正しいか。

 つま先が床ぎりぎりで小さな振り子のように揺れており、だらりと首を傾げたその表情は虚ろで、肌は生気がないかのように青白い。

 神宮寺さんと麗華さん。

 二人は、僕の脳にインプットされた感覚で言えば、死んでいた。


「――――」


 呼吸が乱れる。

 苦しい。熱い。寒い。

 自分で自分の感情が制御出来ず、見開いた眼が親しい顔を掴んで離さない。


「死んでるでしょ。もう、いないから安心していいよ。さ、外まで連れて行ってあげる。……また、ぜんぶ忘れて生きていこう?」

「な……ん、で」


 こんな簡単に、死ぬわけないのに。

 こんな簡単に、いなくなるわけないのに。

 二人とも、僕よりずっと強くて、頼りになって、憧れで。


「ん、で……なん、で」


 それを、奪ったのか。


「なんで、ころした?」


 それを、壊したのか。


「だって、君には必要ないもん」


 おまえは、てきだ。


「殺してやる」


 白い人が、優しく笑った。


「いいよ。なんどでも、君はわたしたちが止めてあげる」


 僕が、壊れていくのがわかった。


「殺してやるぁぁぁぁああああ!!!」


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