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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
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禁足地

「「……え?」」


 二人同時だった。

 そりゃ意外も意外だろう。

 世にも奇妙なものでも見たような表情で、麗華さんと神宮寺さんは動きを止めている。


「田舎育ちなので、軽トラなら運転出来ます」

「い、いやいやっ! 田舎育ちは理由にならないと思うけど!?」


 さっきまでの威厳ある立ち振る舞いが嘘のように、神宮寺さんが「嘘だろお前」みたいな表情で詰め寄ってくる。

 けど、本当なのだから仕方がない。

 ドのつく田舎だったのだから、私有地の山を走り回るくらいなら誰のお咎めもなかったのだ。


「手伝いで、冬道以外は運転したことあります。だから、まず対向車も来ない旧道くらいなら、運転出来ると思います」

「ちょ、先輩! どういう教育してるんです!? クドウくん、めちゃくちゃ不良じゃないですか!」

「私に聞かないで頂戴。こっちだって初耳よ。貴方、そんな無茶苦茶してたの?」

「え、いや……はい。だって、今時人力で運ぶの大変じゃないですか……作物とか」


 野菜って重いんだぞ。

 山中に作った畑だから、一箇所で全部管理出来るわけでもないので、収穫期はよく運転させてもらっていたことを思い出す。


「はぁ……不死者としてより、貴方の田舎生活をまず根掘り葉掘り聞き出す必要を感じるわ」

「お、大袈裟ですよ。そんな、軽トラ一台運転してたくらいで……」

「だから、その認識がもう本物過ぎるのよ……。まったく、今時日本で子供に運転させる大人がそういるわけないでしょう」


 まだ酒、煙草の方が理解出来る、とまで言われてしまった。


「大丈夫ですっ。公道は走ってないですし、山は僕の方が慣れてますっ」


 自分でも意外だが、なんというか……少し悔しかった。

 それ故、二人の意見が僕を心配するものとしても、ここまで来たら運転しない、という選択肢はなくなっていた。


「早く行きましょう! 一人は助手席、もう一人は荷台です」


 ズンズンと歩き出し、僕は久遠家の車まで来ると先ほどの老人男性に事情を説明し、車のキーを預かる。

 荷台はよく見る緑色のほろで覆われており、失礼ながら荷台の中も確認すると、幾つか荷物が確認出来た。

 人一人分のスペースは十分にあるので、乗り心地はともかく、問題はなさそうだ。


「なんか、クドウくん怒ってません?」

「ヘソを曲げてるとも取れるわね」

「そんな、子供じゃないんですから……」

「一応、私達子供よ? 世間的にはだけれど」


 こそこそと話し合う声を聞きながら運転席に乗り込み、キーを差し込んでエンジンの始動を確認する。

 不安がないと言えば嘘になるけど、運転席に座ってハンドル握るだけでも、昔の感覚が戻ってくるようで懐かしかった。

 運転席から目配せをすると、二人は諦めたように肩を落とし、次の瞬間には覚悟を決めた顔つきに変わっていた。


「じゃ、運転よろしくね。くれぐれも安全運転で」

「あなた達より丈夫だから、私が荷台に乗るわ。薫、満君のサポート頼んだわよ」

「はいはーい」


 そう言って二人が乗り込むと、僕の運転で軽トラは鉄柵の奥へと進んでいった。



 龍御岳旧道は、廃止された峠道にしてはやけに綺麗な道路だった。

 経年劣化らしき部分はあれど、元からそう交通量の多い道ではなかったのかもしれない。


「何かあるの?」

「え?」


 僕が聞き返すと、「難しそうな顔してるよ」と神宮寺さんに指摘される。

 そういうつもりはなかったけど、不思議な点はあった。


「道幅広いなって思って……」

「そういうもんじゃないの?」

「物流道路なら、そうかも。でも、峠道って大抵は狭いし曲がりくねってる事がほとんどなんだけど……」


 違和感の正体を率直に言えば、運転し易いことだった。

 これなら雪が降っても、除雪をしっかりとすれば問題なく走れる広さだ。

 そうこう走っていると、既に幾つものトンネルを抜けていることに、次の違和感を持つ。


「なんかトンネルばっかだね。照明一切ないと、ちょい不気味だなぁ」

「廃止前はちゃんと電気通ってたんだろうけどね」


 怖い、というよりも気持ちが悪い、といった感じの神宮寺さん。

 気持ちは分かる。

 昼間ということもあり、ぽっかりと口を開けた先が暗闇一色というのは、やはり心理的に気持ちのよいものではない。


「すごくお金をかけて作った道路なのかな。……ほとんど山を突っ切ってる気分かも」


 隣の神宮寺さんは生返事だが、僕はじっとりとハンドルを握る手に汗をかいている。

 なんだろう……こう、走っていて気分のよい道ではないのだ。

 まるで外側からの視線を遮る目的のように、走り出してから二十分以上、矢継ぎ早に迫るトンネル群を抜けていく。

 何本目のトンネルを抜けた先だろう。

 貴重な自然光に一息つけると安堵した時だった。


「――――――」


 車道は続いており、僕らは龍御岳の全容を眺める位置を走っている。

 誰もが言葉を失い、眼前に広がる景色に息を呑む。


「…………」


 自然とアクセルを踏む足が緩んでいき、軽トラは一望のしやすい位置で止まる。

 僕は震える声で、振り絞るように疑問の声を漏らす。


「……あれ、なに?」


 助手席側の車窓から見える景色は、木々の生い茂る山中をくり抜くように存在する、建築物群だった。

 木造ではなく、ぱっと見はコンクリート製と思しき現代に近いもの。

 ただし、遠目でも外壁の劣化は激しく、かなりの年月が経過していることが窺えた。

 白色を基調としていただろうそれらは、既にうち捨てられた雰囲気を醸し出しており、余計に不気味な迫力を増している。


「ちょっと」

「うわぁ!?」


 叫び声は、神宮寺さんのもの。

 僕なんて、心臓が止まりかけたせいもあって声すら出なかった。

 声に振り返ると、そこには荷台で訝しげな表情を浮かべる、麗華さんの顔がある。

 普段が華やかなだけに、なんともシュールな光景だが、今はそれを笑えるだけの余裕がないことが本当に惜しい。

 っていうか、運転席と荷台とを隔てるガラスが取り払われてるなら、言って欲しかった。気づかなかったこっちもこっちだけど。


「驚かさないでくださいよ……」

「そっちが勝手に驚いたんでしょうが。それより、さっき見えたの……何かの施設じゃないかしら」


 肩で息をする神宮寺さんの抗議もどこ吹く風で、麗華さんは幌で覆われた荷台からでは見づらいのか、件の建物を確認しようと目を細めている。


「一回降りますか?」

「だね。ちょっと作戦会議しましょう、先輩」


 そうして全員軽トラから降り、改めて眼下に広がる建築物群を眺めた。


龍御岳ここって、禁足地なんですよね?」


 一応の確認で、僕は隣の二人に聞く。

 返答はいずれも、無言の頷き。


「古い建物ですよね、どれも。……うわぁ、近寄りたくないなぁ。久々かも、すんごい鳥肌立ってくる」

「ただの工場施設、なんて落ちは期待できないでしょうね、あれは。正直、こんなに分かりやすくヤバそうなものがでてくるとは、思っていなかったわ」

「こういう時、巫女の血筋って嫌なんですよね。……あそこ、街中の心霊スポットなんて目じゃないくらいマズいですよ、先輩」


 ……か、帰りたい。

 二人のやり取りを聞いてるだけで、背筋が寒くなってくる。


「そ、そんなに危険な場所なの?」

「うん。少なくとも、私には危ない場所かな」

「薫は、私や満君より何倍も魔力に対する抵抗力がある分、察知する能力も飛び抜けているのよ。だから、その魔力に何らかの指向性がある場合、それまで感じ取ってしまうんでしょうね」


 例えば――人間の遺した憎悪や悲嘆といったものを、と麗華さんは言った。

 え、じゃあ……。


「あそこで、たくさんの人が亡くなったってことですか?」

「たぶん。それも、まともな死に方じゃない」

「……そう。なら、目的の場所としては上出来ね。薫が落ち着いたら、出発しましょう。この道が近くまで続いていると助かるのだけど」


 麗華さんの気遣いに、神宮寺さんは青ざめた表情をしながらも、機微を横に振る。


「大丈夫です。あそこに着くまでには、落ち着きますから」

「顔面蒼白で何言ってるの。まだ時間はあるから、少し休みなさい」

「…………」


 麗華さんが少し強めに言葉を放つと、数秒の沈黙の後、あっさりと神宮寺さんは引き下がった。

 僕は内心ほっとして、神宮寺さんを助手席まで案内する。

 麗華さんは、流石に荷台での乗り心地が悪すぎたのか、周囲を警戒しておくと言って、車外に留まったままだった。

 神宮寺さんを助手席に座らせると、僕の運転席に座り、背負っていたリュックからミネラルウォーターを取り出す。


「はい、神宮寺さん」

「ありがと。……ホント、ちょっと休めば慣れるからさ」

「無理しないで。出来れば引き返してあげられればよかったんだけど」

「ははっ、そりゃ無理な話だよ。ここまでやって、手ぶらじゃ帰れないって。それに、私のはちょっとしたアレルギー反応みたいなもんだから」

「アレルギーはんのう?」

「うん。不死者やってると、巫女として霊妙の類いを感じ取ることはあるんだ。だから珍しくはないんだけど、ちょっと程度が度を超えてるというか……」


 車内から再び、遠目に聳える件の建物群を見やる。


「あそこまで一所ひとところで、たくさんの死を感じるのは初めてかも」

「……そうなんだ」

「魔剣使いの時でさえ、ここまで酷くなかったしね」


 それはつまり、これから向かおうとしている先が、ともすればあの惨劇以上のことが起こっていた場所であることを示唆していた。

 あまり弱ってる神宮寺さんを目の当たりにすることがないせいか、僕は珍しく気丈に振る舞えている。

 そうして十分ほど時折雑談しては、という休憩を挟むと、確かに神宮寺さんの顔色が随分と良くなった気がした。


「ふぅ……よしっ。うん、大丈夫。慣れてきた」

「ほ、本当に?」

「本当だって。ごめんね、心配かけて。まぁ、あれだよ……鼻とか耳も慣れるでしょ? それと一緒一緒」


 言いながら助手席の車窓を開けて、車外にいる麗華さんに声をかける。


「せんぱーい、もう大丈夫でーすっ」


 車まで歩み寄ってきた麗華さんも、神宮寺さんの表情ですぐに元気を取り戻したと分かったのだろう。


「それは何より。時間があったから少し鷲目先輩の真似事をしてみたけど、おそらくこの道はあの場所まで繋がっているわ」

「ってことは、この旧道ってもしかして?」

「えぇ。分岐がなければ、あの建物群の為に敷かれた道でしょうね。私達、元々入り口しか知らないし、出口にも鉄柵があるって言うのは情報としてのみだったもの」


 言われて、僕もハッとする。

 そうか、反対方向から来なきゃ、入り口しか知らないのに出口の様子を知るわけがないんだ。

 ましてその先に踏み入ったことがないなら、尚のことである。

 麗華さんが荷台に乗り込んだことを確認すると、再び僕は軽トラを走らせ、どこまでも続きそうな車道を走っていく。

 その間にもやはり、数え切れない程のトンネルを抜けていき、合計で一時間ほど走ったところだった。


「着いた……」


 トンネルから出て、しばらく日光を遮るように聳える木々の下を走っていくと、軽トラは鉄柵の前で止まった。

 しかし、鉄柵は鉄柵でも頑丈さが段違いであり、もはやほとんど鉄柱に近い棒の集合体にも思える。

 その大きさ、高さも見上げるほどであり、まるで象でも閉じ込めておく檻のような迫力だ。

 言葉少なに車を降りると、僕ら三人は鉄柵の前まで歩いて行く。


「……先輩、これ」


 神宮寺さんが、鉄柵を固定する柱部分に何かを見つけたようで、「見てみてください」と目配せをしてきた。

 僕と麗華さんは言われた通り、その柱部分をよく見ると。


 ――――大日本帝国陸軍美小野坂駐屯地。


 そう、崩れかけた文字が彫り込まれていた。


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