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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
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早朝の交流

 翌朝、ぱちりと目を覚ますと、まだ空が白んだくらいの時刻だった。

 普段よりも一時間以上は早く目を覚ましてしまった。

 シャワーを浴びたせいか、空腹が満たされたおかげか、あるいはその両方か。

 昨日は、井村さんが用意してくれた夜食を食べ終わるなり、強烈な眠気に襲われてしまい、すぐに眠り込んでしまった記憶が朧気にある。


「体調は悪くないなぁ」


 窓際で呟きながら、うーんと伸びをする。

 意識を失っていた分も休息に入るのだろうか、だるさや違和感は一切無い。

 体が羽のように軽い、とまでは言わないが、普段通りに過ごせるまで持ち直しているのは確かなようだ。

 このまま部屋でのんびりしてもいいのだが、僕は手早く私服に着替えて部屋を後にする。

 もしかすると、この時間なら一番乗りかもしれない。

 そんな風に考えながら、リビングへ足を運ぶ。

 麗華さんが先に起きていることがほとんどなので、たまにはこういうのもいいだろう。


「あれ……」


 すると、丁度リビングから玄関へ向かう人影を視認する。

 背格好からするに、直感的に麗華さんや神宮寺さんではない。

 そうなると、残る人物は限られる。


「む、早いな、満」

「おはよう、雲月君」


 僕の気配に気づき、振り向いたのは雲月君だった。


「出掛けるの?」

「あぁ。一度家に戻る」

「そっか。結局、お泊まりになっちゃったもんね」

「まぁ、それは問題ない。朝帰りだろうと昼帰りだろうと、過保護とは縁遠い家だからな」


 はっはっはっ、と笑い飛ばす雲月君。

 彼の育った環境が特殊だということは、僕も知っている。

 その核心部分は分からないにしても、きっと雲月君は自分の家族を大事に思っていることは、見て取れた。


「戻って来る?」

「いや、せっかく学校をサボれる良い機会を得た。少しばかり、情報収集に勤しむつもりだ」

「そうなんだ。……一人で大丈夫? 僕が聞くのも変だけど」

「心配は有難く受け取っておこう。なに、一人の方が動きやすい。久遠も神宮寺も、美小野坂では目立つからな」


 た、確かに。

 二人とも不死者としての背景を抜きにしたって、歩いているだけで人が振り返るレベルの美少女だ。

 そりゃあ、本人達の意思など関係なく注目されてしまうのも仕方がない。


「満」

「ん? どしたの?」


 玄関のドアノブに手をかけながら、雲月君はもう一度、僕へ振り返る。


「一人で無茶はするなよ。普段はあまり心配していないが、君は時折、こちらの予想を軽く飛び越える行動力を発揮するからな」

「うっ……気をつけます」


 きちんと釘を刺された僕は、ぎくり、とした心情を表情に出してしまった。

 それが良かったのだろう。

 伝えるべきことが伝わった感触に雲月君は頷き、今度は振り返ることなく外へと出て行った。


「…………」


 ぽつん、と玄関に残された僕は、今後のことを考えてしまう。

 誰に言われるまでもなく、僕自身の異変は僕自身が一番気にかけていることだった。

 ふいに意識を失った経験は、少なくとも思い当たる節がない。

 果たして、自分の身に何が起きているのか。

 そして、あの夢――記憶にないはずの出来事を、僕自身はどう説明をつけるのか。

 何よりも、これだけ不明瞭な点が多い今、黙って日々を過ごすこともまた、難しいのが事実であった。


「はぁ……ホント、僕一人じゃあ何も出来ないなぁ」


 誰に聞かせるわけでもなく、半ば衝動的に口から漏れた言葉は、ある意味では本心だろう。

 それと同時に、色々なものに蓋をして生きてきた僕にとって、それは当然でもある。

 久遠満という人間は、平凡なのだ。

 いや、実際はその平凡よりも僅かに劣るほど、弱い存在。

 立ち向かうよりも、目を逸らし、背を向けて、逃げ出すことで生き延びてきた。

 それでいい。

 そんな風に、気を抜けば簡単に物事から距離を置く。

 それを自認出来る程度には、僕は自分を知れていることに小さく肩の力を抜いて、踵を返す。


「……うわぁ!?」


 振り返り、リビングでお茶でも飲もう、と歩き出した所で、僕は悲鳴に成りきれないような驚きの声をあげてしまった。

 そこには、半眼でこちらを見据える神宮寺さんがいた。


「…………」


 しかし、どうにも様子がおかしい。

 最初は睨まれている、と受け取ったその眼差しは、よく見ればただ単に眼が据わっているようなだけにも取れた。

 何よりも意外なのが、その格好だ。

 ちょっと乱れたジャージ姿は、もしかしなくとも寝起きっぽさが隠しきれていない。

 しまいには、完全に目を閉じてしまうと、頭をぽりぽり、お尻をぽりぽり、と緩慢な動きで掻き始める始末である。

 女の子に免疫の少ない僕でさえ――いや、だからこそ、目の前で起こっていることが一大事なのだと気づいた。


「えっと、あの――お手洗いは、戻って突き当たりを左……だよ?」


 恐る恐る口にしてみると、神宮寺さんは数秒動きを止めた後、「ん」とだけ返すと、のそりのそりと僕の言った方角へ歩き始めるのだった。

 まるで幽霊みたいに不安になる後ろ姿を見送りながら、今見たものはすぐに忘れよう、と心中で決意する。

 誰がなんと言おうと、当事者が僕と神宮寺さんだけならば、僕が忘れてしまえばそれで丸く収まるはずだ。

 あんな隙だらけの姿、男子に見られたと知ったら、女の子はショックを受けるだろうし。


「でも、なんだか面白いな」


 面白い、という表現は意味合いが少し違うか。

 僕は神宮寺薫という少女の、不死者ではなく自分と変わらない人間としての一面を垣間見て、何故か嬉しく感じていたのだ。

 いつも僕の前を歩いている彼女が、今さっきの一瞬だけは、隣り合っているような気がして。

 踵を返し、リビングの奥にある台所でお湯を沸かす。

 ケトルもあるけど、時間に余裕のある時は決まってやかんでお湯を沸かすのが、久遠のお屋敷スタイルだ。

 徐々に朝の気配が広がっていくのを感じながら、のんびりとお湯が沸くまでの時間に浸る。

 鳥の囀り、時折遠くから聞こえる新聞配達の音は、非日常に日常が侵食されつつあった僕を引き戻してくれようで、ほっとする。


「おや?」


 声に振り返ると、そこには井村さんが立っていた。


「おはようございます、満様」

「おはようございます、井村さん」


 お互いに柔和な物腰で挨拶を交わすと、井村さんは無駄のない動きで台所の要所を確認していく。

 それを横目で見る限り、どうやら食材の備蓄や食器、用具のチェックをしているようだ。

 日課なのだろう。

 いつも整理整頓されているのも当然ながら、お金持ちというだけあって急な来客にも万全の体制を維持している台所の物量を前にして尚、十分もかからない内に点検は終わる。

 その動きは洗練されていて、動作自体は速くないというのにあっという間に済ませてしまう。

 おまけに、それなりにお年を召しているはずなのだが、背筋は常にピンと張っていて、それこそ下手な若者よりもしっかりとした姿勢を終始崩さないのである。

 ……世の中、こんな人もいるんだなぁ、と感心するのは、おそらく僕だけではないはずだ。

 それくらい、井村さんの仕事ぶりは完璧の二文字に相応しいものだった。

 やかんが知らせる沸騰の合図で火を止めると、すかさず井村さんが「茶葉はどれになさいますか?」と僕に聞く。


「いつものでお願いします」

「かしこまりました――――どうぞ」


 ありがとうございます、と軽く頭を下げながら受け取ったのは、ほうじ茶の徳用パック。

 久遠のお屋敷には不釣り合いな庶民の味方が、何をどうしてこの場にあるのか、という疑問がどこからともなく飛んできそうな代物であろう。

 僕がある時、扱いの分からない茶筒――もとい、その中にある茶葉――を前に途方に暮れていると、井村さんが取り出してくれたのだ。

 つまり、驚くことにこのティーバッグ達は、レギュラーメンバーなのである。


「井村さんも飲まれますか? その、ティーバッグのですけど」

「では、お言葉に甘えて一杯頂きます」


 取り出してもらった二つの湯呑みにやかんを傾けて注ぐと、湯気と共にふわり、とほうじ茶の香ばしい薫りが昇ってくる。

 二つの内の一つを差し出し、台所に作業用として用意してある椅子とテーブルに腰を下ろした。


「……」


 湯呑みに口をつけ、ゆっくりとお茶を啜る。

 静かな時間。

 お互い、そうお喋りというわけでもないので、自然と茶飲みの音だけが何度か繰り返された。


「……あの、井村さん」

「はい。何でしょうか、満様」


 その穏やかな時間で生まれた余裕が、昨日の記憶から一つの疑問を思い出す。

 おそらくは麗華さんの部屋であっただろう、僕が目を覚ましたあの部屋。

 枕元にあった、あの鹿のぬいぐるみは……。


「麗華さんって、可愛いものとか好きなんですか? その、例えばぬいぐるみ、とか」


 服装に関しては、今更聞くまでもないことだ。

 しかし、身の回りの品々に関しては、同じ屋根の下で暮らしているとはいえ、ほとんどその趣味嗜好を知らない。

 学校の鞄にも携帯にも、一切の装飾品をつけていない麗華さんが、ああいった子供向けというか――可愛さに振り切った感じのものを傍に置いているのが、少し意外だったのだ。

 そりゃあ女の子なのだから部屋にぬいぐるみの一つ、あったところで別段不思議はないのだが、いわゆるギャップというやつに変な興味心が沸いてしまったのだろう。

 僕に質問を投げかけられた井村さんは、どこか思い当たる節があるのか、藪から棒だったにも関わらず、詳細や理由を聞き返すこともなくお茶を一口飲むと静かに口を開いた。


「お嬢様が特段、ぬいぐるみの類いを好まれる、という認識はございません」

「そうなんですね。すみません、変なことを聞いてしまって。……昨日目を覚ました時、ふと枕元にぬいぐるみがあったので、つい」


 急に気恥ずかしくなった僕は、気を紛らわせるように熱を帯びる湯呑みに指を伸ばし――。


「ですが、満様が目にされたぬいぐるみは、お嬢様がずっと大切にしておられるのは確かでございます」


 ――井村さんが続けた言葉に、触れた指先の熱を忘れた。


「ずっと……ですか」

「はい。手にされたその時から、ずっと」


 じゃあ……僕はどうして、あのぬいぐるみに見覚えがあるんだろう。

 一時期流行って、それで僕もどこかで目にしたことがあって、だろうか。

 いや、そんな都合の良い話……。


「満様」

「え、あっ、はいっ。すみません、ちょっとぼーっとしてしまって」


 意識が遠くなるような思案に引き込まれそうになった時、井村さんの声にはっと我に返る。


「もしよろしければ、満様も何か、お嬢様に贈り物をされては如何でしょうか?」

「…………へ?」


 唐突な提案――でもないのだろうか。

 贈り物、と言われ、渦巻き模様だった頭の中が真っ白になる。


「ご存知の通り、お嬢様はあまり私物を持っておりません。ですが、決して身の回りに物を置きたがらない、というわけではないのです」

「は、はぁ……」


 まぁ、確かに。

 枕元にぬいぐるみを置くくらいだ。

 思い出深い品物であれば、むしろ傍に置いておきたいくらい、と推察することも出来る。


「満様からの贈り物となれば、お嬢様もきっとお喜びになるでしょう」

「…………」


 無論、その「思い出深い品物」の中に自分が名乗りを上げることは、まったく想像していなかったのだが。

 嫌というわけではない。

 むしろ、お世話になってばかりの僕からしたら、気の利いた贈り物の一つ、用意するのが筋というものだろう。

 きっと井村さんも、その辺りの大人な気遣いを僕に教えようとしてくれている……のだと思う、たぶん。


「でも、何が好きかとか、情報が足りません……」

「満様。それを相手方からそれとなく聞くのもまた、『贈り物を選ぶ』ということですよ」

「は、はい……勉強になります」


 俗に言うサプライズ、というやつになるのかな。

 でも、僕の場合はうまく聞き出せなくて、普通にバレる予感しかしないけど。

 そんな不安が表情かおに出ていたのかも知れない。

 井村さんは変わらず、穏やかな口調で「心配はいりません」と続けた。


「誰しも、初めからうまくやれるわけではございません。大切なのは、贈り物もそうですが、気持ちです。月並みですが、だからこそ普遍的な要素とも言えます」

「気持ち、ですか。……確かに、僕は美小野坂の街に来てからずっとお世話になりっぱなしです」

「そうですね。お嬢様は、それを長く望んでおられましたから」

「……え?」


 ――さて、と。

 僕の声から離れるように、井村さんは虚空を見上げる。


「満様、出過ぎた真似ついでですが、もう一つ。過去とは、辿った人物の記録です。それは時に支えとなり、時に重荷にもなるでしょう」

「……」

「しかし、それは所詮、過ぎ去った出来事の残滓に過ぎません。大切なことは、未来をどう生きるかです。御自分に何が起こったか。それを知ろうとすることは、決して間違った選択ではありません。ですが、過去がどうであろうと、満様はこうして生きておられます。今の貴方様を、否定されるような事だけは、おやめください」


 穏やかな、けど、芯の通った強い口調。


「過去に、今と未来を犠牲にするような価値など、ありはしないのですから」


 最後、告げるようにそう言った井村さんの横顔は、どこか緩んだ雰囲気があった。

 まるで、長い人生たびの終わりに、ようやく辿り着いた答えを噛み締めるような余韻が、その横顔には映っていた気がした。


「ご馳走様でした、満様」

「あ、はいっ」

「片付けは私の方で致しましょうか?」

「いえ、僕が。井村さんにも、いつもお世話になってばかりですから」

「恐縮でございます。では、今回はお言葉に甘えると致しましょう。そろそろお嬢様や薫様もお目覚めになる頃です。……良い朝を」


 そう締めくくり、井村さんは台所を後にする。

 残された僕は、まだ湯呑みに半分ほど残ったお茶を啜りながら、もうしばらく一人の時間を過ごすことにした。

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