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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
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幕間 追憶

 血の匂いがする。

 臓物の熱がする。

 骨の砕けた音が耳にこびりつき、肉の裂ける感触が脳を冒す。

 部屋は密室で、モノというモノのないだだっ広い空間だった。

 そこに、命の凄惨な姿がある。

 たったさっきまで生きていた誰かは、途方もない暴力に晒されて、熟れた果実のように外も中身も真っ赤に染まっている。

 見下ろせば、そこには同じいろを湛えた掌が二つ。

 呼吸が乱れる。

 視界が震える。

 自分のしたことは理解しているのに、自分の「行動原理どうしてそうしたのか」が分からず、ただただ混乱と恐怖に息が詰る。


「――ハッ――――ッ」


 首元を抑え、その場で膝を折った。

 息が出来ない。

 動悸が治まらない。

 僕は、なんで、■■■■■をしたのだろう。

 僕は、どうして、■■■■■ができたのだろう。

 意識が混濁する中、知らない大人達が僕を介抱していることに気がついた。


「素晴らしい。これが『勇者』の証紋か」

「紛い物でコレとは、末恐ろしいな」

「院長はこの力で、三法を牛耳ると言うが。本当に、大丈夫なのか」

「元より『勇者』の証紋は、人類の生み出したもの。今更、何が正義ただしく、何がまちがいなど、我々(にんげん)に分かるものか」


 大人達の会話は、僕の知り得る範疇を超えている。

 覚束ない意識の中でさえ、それだけはハッキリとしていた。

 故に――。


 自分がもう、取り返しのつかない場所にいることも、なんとなく分かったのだ。


 その後、再びしっかりと意識を取り戻した頃には、僕はその前に数日を過ごした、やけに消毒の匂いが強い真っ白な部屋にいた。

 まるで、記憶までもが消されていくような、脳がじんじんする匂い。

 いつまでそうしていただろうか。

 ぼんやりと横たえられていたベッドで意識を漂白されていると、ふいに誰かが部屋に入ってくる気配がした。

 満足に反応する気力さえ残っていない僕は、ただ瞼を開いているだけで精一杯だ。


「……だいじょうぶ?」


 気配は、ベッドの傍で止まると、人間の輪郭と共にそう言葉を発した。

 言葉を返すことは出来ず、その人が誰なのかを揺れる視界で捉えることに全力を尽くす。


「かわいそうに。あの院長おとこに気に入られちゃったんだね」


 そこには、雪のように真っ白な髪の中性的な幼顔があった。

 僕と同じか――いや、雰囲気的には少し上くらいだろうか。

 落ち着いた様子に、哀しげな表情を浮かべながら、その白い人は僕の額に掌を重ねる。


「ごめんね。少しだけしか楽にしてあげられない」


 僕に、その言葉の直接的な意味は分からなかった。

 けれど、不思議なことに、触れられている額からじんわりと熱が伝わると、徐々に意識がハッキリとしていくのが分かる。


「……ありがとう」


 気づけば、僕はそう零していた。

 僕がお礼を言ったことも、口を開いたことも意外だったのか、その白い人は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたあと。


「どういたしまして」


 にこり、と柔らかな笑みを返してくれた。


「そろそろ戻らないと。病院の人には内緒ね」

「……うん」


 そう言い、肩に触れるか触れないかほどの白髪を揺らしながら、その人は踵を返して部屋を出て行った。

 その後ろ姿――簡素な緑色の患者衣を見て、その人も僕と「同じような人」なのかな、と想像する。


 真っ白な病室には、モノらしいモノがない。

 窓もなければ、あるのは最低限の机と椅子くらいなものだった。

 壁に掛けられた丸時計だけが、外界との繋がりを微かに思わせる唯一の品だ。

 ふと、ここに来た経緯を思い出す。

 身も蓋もない言い方をすれば、僕は大きな不幸に見舞われて、一命を取り留めながらも、こうして別の地獄に落ちてしまった。

 運がないのか、あるいは運命の悪戯なのか。

 いずれにしたって、一人の子供にとっては起こった事、起きている今だけが全てだった。

 大好きだった父と母がいなくなって。

 ひとりぼっちの僕を引き取ってくれる人達がいる――そんな話だけを頭に入れて、大人達についてきた。

 遠い親戚の人だと聞いていたけど、結局、僕が辿り着いたのはこの得体の知れない建物の何処かだった。

 継ぎ接ぎの記憶に残るのは、身の回りの世話をしてくれるのは看護婦さんで、男のお医者さんが来ると、大体……嫌な気分になる。

 病院で、親戚の人のお家に行く前に検査が必要だと聞かされたけど、すぐに子供だましの嘘だと分かった。

 きっと、僕は捨てられたんだと思う。

 身寄りもなく、両親という唯一の味方を失えば、子供なんてものは丸裸も同然だ。

 だから……どんなに嫌でも、どこかで死にたくない、生きたいと思って、大人達の言う通りにしてしまう。


 ……例え、それが自身を追い詰める破滅の一歩だとしても。


 遠い、複数の足音が聞こえて、条件反射的に身体が跳ねた。

 無意識に呼吸が浅くなり、動悸が速まり、冷たい汗が肌に浮き出る。

 その足音達は僕の部屋の傍で立ち止まると、次の瞬間には、スライドドアがゆっくりと開くのが見えた。


「あぁ、目を覚ましたのかい」


 何人かの大人達の中で、どういうわけか、僕はたった一人にだけ視線を釘付けにされていた。

 その眼に、幾重にも皺を刻んだ老人の顔に、僕はひどく怯えている。


「おはよう、久遠満くん。気分はどうかな?」


 にちゃり、と悪意が嗤いながら口を開く。

 その眼は、僕を見ているわけではないことを、子供ながらに理解していた。


「なんでも言いたまえ。我々大人は、君の痛みを和らげるためにいるんだよ」


 痛み。

 傷だらけの自分を見下ろしながら、僕は再びその老人を見返した。

 その視線が。

 その嗤いが。


「さぁ、見せてご覧。大切な大切な――私の証紋けっさくを」


 僕の知らない、僕の価値を視ている。

 僕は、ただただ、それが恐ろしくて仕方がなかったのだ。

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