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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
47/89

来訪者2

 嵐の中、突っ立っていても仕方がないので、私と薫は屋敷内に避難する。

 ひとまずはタオルでも、と考えていると、屋敷の明かりがふっと元に戻った。

 どうやら、闖入者の類いは去ったと見て間違いないらしい。


「うー、髪重っ」


 玄関で呻き声を上げているのは薫だ。

 私よりも倍以上に髪の長さがある彼女にとって、水は意外な敵と見える。

 あの嵐では避けようもなく、たっぷりと水を含んだ長髪はさぞかし重荷なことだろう。

 それに、玄関から動かないところを見ると、屋敷内を水で汚さないように気を遣っていることがすぐに分かる。

 このままでは身体を冷やすこともあり、すぐにタオルを持ってこないと。


「お、無事だった――」


 屋敷の奥から、音もなく姿を現わした雲月君へ、間髪を入れず靴べらが投げつけられた。

 もちろん、投げたのは久遠麗華わたしではない。

 しかし、彼にそんなものは通用せず、ひょいっと身を躱すと怪訝な顔を返してくる。


「なんだ、いきなり」

「なんだ、じゃないっての! こっちはズブ濡れなんだから男子禁制!!」


 あぁ、なるほど。

 そう思い、私も自分の身体を見下ろしてみると、色も柄もあるスカートはともかく、白いブラウスはその下が透けてしまっていた。

 雨を吸って重くなったブレザーはさっさと脱いでしまっていたので、これでは薫が声をあげるのも一理ある。


「安心しろ。肝心な部分は見えていない」

「安心出来る台詞じゃねー! っていうか、もうちょっとマシな反応ないの!?」

「何を期待しているかは知らんが、さっさと着替えろ。風邪をひくぞ」


 これには、私も薫も唖然としてしまった。

 男子として見ると、雲月賢史という人物の反応は異次元そのものだった。

 普通、平静を装うにしても、目のやり場に困る仕草くらいは見て取れるものだ。

 しかし、件の彼は、真っ正面から見据えて尚、特段感想などない、とばかりの無関心ぶりと来た。

 まさに眉一つ動かさぬ、とはこのこと。

 これでは、気にする方が馬鹿馬鹿しくなる。


「井村! 井村はいる!?」


 奥へ声をかけると、すぐに落ち着いた足跡が近づいてくるのが分かる。


「お待たせ致しました、お嬢様。どうぞ、タオルをお使いください」

「ありがとう」

「わぁ、すみませんっ。ありがとうございます」


 二人で井村からバスタオルを受け取ると、ひとまず濡れた身体を拭いていく。

 少し雨にうたれたくらいならこれで十分だが、さすがにずぶ濡れでは一度シャワーを浴びる必要がある。


「着替えの間、警戒を頼んでもいいかしら。第二陣が来ないとは言い切れないから」

「任せろ」


 雲月君と井村にその場を任せ、私と薫は着替えを済ませに行く。

 各々の部屋で手早く新しい服や下着を用意すると、私の案内でシャワーへと向かう。

 脱衣所へ入るとすぐに、薫が口を開いた。


「あ、先輩、先どうぞ」

「こんな時に何言ってるの。一緒に済ませるわよ。それとも、万が一の時に全裸で慌てふためきたい?」

「うぐっ、それはマズい。……分かりました、観念します」

「別に女同士なのだから、気にすることもないでしょう」


 安全の担保がない現状、のんびりとはしていられない。

 肌に張り付く衣服をはぎ取るように脱ぐと、先に浴室へ入っていく。

 意外だったのは、湯船にお湯が張ってあったことだった。

 しかし、考えてもみれば、今は深夜だ。

 魔法使いの訪問前、井村が気を利かせてくれたのだろう、と私は自己完結した。

 これはこれで、有難い。

 浸かるほどの余裕はないものの、おかげで浴室は既に温まっている。

 冷えた身体には丁度良い具合だった。


「……失礼しまーす」


 熱めのシャワーを浴びて一段落した頃、ようやく控えめな薫の声が浴室に響いた。

 その声もどこか弱々しく、もしや驚くべき早さで風邪でも引いたのかと勘ぐってしまうほどだ。

 振り返ると、そこにはバスタオルで隠すべき所を隠した彼女が立っている。


「遠慮してないで、来なさい」

「は、はい」


 なんだろうか。

 他人と入浴する、というのは確かに緊張する気持ちは分かる。

 のだが、それにしても薫の様子は途惑っている、というのとは少し違う風に受け取れた。


「あの、先輩」

「何?」

「……引かないでもらえます?」


 胸元のバスタオルをきゅっと強く握り絞め、彼女は真っ直ぐに私に問うてきた。

 それに、私は間髪を入れず答える。


「えぇ」

「あの、本当ですか? えらく即答じゃありません?」

「問題でも? お互いこの状況で、今更でしょう」


 まがりなりにも互いに裸同然だというのに、引くも何もない。

 肌の艶だとかスタイルだとか、ぱっと想像出来る範囲で、神宮寺薫かのじょを受け止められない要素はない。

 そも、普段から細身なことは分かりきっているし、幼い頃から身体を鍛えていることも承知の上だ。

 十中八九、何らかの身体的特徴をつまびらかにすることに抵抗があるのだろうが、その手の事で私は動じない自信がある。

 それが伝わったのだろう。

 薫は僅かに視線を落とし、恥じらう――というよりも、意を決するように。

 その柔肌を包む布地を取って見せた。


「――――」


 すぐに、私は彼女が自分の身体を隠したがる理由を目にした。

 水を弾く肌、慎ましく膨れた乳房、スラリと曲線を描く引き締まった四肢。

 男女問わず、その高い完成度の肉体に目を奪われる――よりも先に。

 その身体に這うようにして刻まれた、黒い紋様が全てを上書きしていく。

 常人であれば、これを目にした瞬間、思わず身を引いてしまう迫力と異様さが、そこには在った。


「神宮寺家の秘奥、と言ったところかしら」

「……はい。私の証紋は代々継いできたものですから」

「でしょうね。それくらいでないと、対魔の極致のような証紋は、早々実現出来ないもの」


 異能の精度だけであれば、神宮寺薫のそれはアライバルエンドの領域に達していると言って過言ではない。

 彼女の身体――胴体部分――特に背中に広がっているであろう紋様は、その代償だろう。

 薫の抱える不安は、今の表情で把握した。

 私はシャワーノズルを手に取り、それを差し出す。


「本当に風邪ひくわよ。手伝ってあげるから、とにかく身体を温めなさい」

「は、はい」


 おずおずと受け取り、私は彼女の後ろに回る。

 こうして見ると、見事な長髪だ。

 圧巻というか……手入れという面で見ると、ほとんど拷問の類いではなかろうか。

 髪を持ち上げ、隠れていた背中の全容が露わになる。

 蠢くようにして刻まれた黒い紋様は、ある一定の法則性が感じられ、無秩序に伸びているものではないと感じた。


「シャンプーするわよ」

「え、いいんですか? あんまりゆっくりする時間ないですよ」

「この髪だけは別でしょう。お湯だけで済ませたら、後が地獄よ」

「うっ……そう言ってもらえると助かります。ついでにリンスもお借りしていいですか」

「えぇ」


 これを一人で面倒見るというのは、かなりの負担だろうに。

 髪の手入れ自体は慣れている為、薫は大人しく私に委ね、静かにシャワーで身体を温めている。

 そんな中、ぽつり、と僅かに震える声が響いた。


「気持ち、悪いですよね、それ」


 それ――とは、この紋様のことだろう。

 何を意味するかは分からないが、まぁ幾つか浮かぶ想像はある。

 身体に直接刻む類いのもので、それが持つ役割はそう多くない。

 魔法使いであれば、魔力を奔らせる路として使う者もいる。

 あとは、紋様自体が魔力そのもの、あるいは証紋であるケース。

 そして最後――何らかの存在や力を人体に留める為の、封印の役割。

 いずれにせよ、知らない人間からすれば気持ちの良いものではないこともまた、確かだった。


「私は正直、あまり興味はないわ」

「……え」

「だって、ただの紋様でしょう。別に、これで神宮寺薫の何が変わるわけでもない。むしろ、貴女はどう思っているの?」


 私の意見をどう受け取ったのか。

 数秒の後、薫は弱々しい声音はそのままに、しかしはっきりと自分の思うところを口にする。


「私は、嫌いです。これのせいで、お母様は人生を殺されたから」

「そう。……それなら、好きにはなれないわね」


 神宮寺家の抱える闇が、僅かに顔を覗かせる。

 だが、今はそれを明らかにするタイミングではない。

 だから。


「私は気にしないわ。気持ち悪くもないし……まぁ、プールとか温泉に入りづらいのは同情するけれど」


 そう、本心を告げることに徹した。


「……本当に、気持ち悪くないんですか?」

「えぇ。別にこれくらい、貴女の価値には何の影響も与えない」

「…………」


 薫の沈黙は、私の心中をはかりかねてのことだろうか。

 しかし、彼女も私という人間をそれなりに知っている。

 すぐに本心だということが分かったのか、薫は大きくため息を吐いた。


「まいったなぁ。こんなにあっさり受け止められると、それはそれで困りますって」

「あらそう? なら、相手が悪かったわね」


 生憎と、この程度で怯むような私ではない。


「そうですねぇ。確かに、相手が悪かったかも。胸のサイズも完敗してるし」

「……意外と余裕そうね、貴女」

「はは、ちょっぴり持ち直しました」


 そこからは早かった。

 お互いに慣れた手つきで冗談のような長髪を洗い上げ、浴室を出た後はさっと下着だけ身につけ、薫の髪を乾かすのを優先する。

 私がドライヤーを担当し、薫が速乾の為に水気を含んで束になりがちな髪を解していく。

 二人で無言のまま作業を進めた成果か、ほどなくして私も自分の髪を乾かすことが出来た。


「いやぁ、二人だと早いなぁ! これ、毎日ほんと嫌でたまらないんですよね」

「私もその量を毎日は、億劫になるわね」


 冗談抜きで、殺人的な長髪であった。

 そこからは代えの戦闘服せいふくを着込み、玄関へと戻る。

 すると、その途中ではあったが、玄関ではなくリビングから人の気配がして、一瞬立ち止まる。


「せんぱい?」

「……今、声が聞こえなかった?」

「え、そうです? 雲月くんか井村さんじゃないんですか?」


 どうだろうか。

 自信はないが、どうにも耳が嫌な感触を覚えたのだ。

 聞き慣れない声、という直感のまま薫を引き連れ、私がリビングに歩を進めると。


「どうも、こんばんは。お邪魔してます」


 なんて、修道服姿の聖女が一人、優雅にティーカップを片手に挨拶をしてきたのであった。


「ちょ――なんでいるわけ!?」


 すぐ後ろで、至極もっともな抗議が飛んできた。


「見ての通り、おもてなしされてるからじゃない? ちゃんとボクは正面から入って来たよ」


 それに答える聖女もまた、「そんなに驚くこと?」とでも言いたげな、落ち着き払った態度で手にしたカップを口に運ぶ。

 しかし、これに関しては、訪問者の側の言い分に僅かな優勢が見られた。

 リビングの入り口付近だと分かりづらいが、聖女と長机を挟んで対面する壁には、背を預ける雲月君がいた。

 そして、紅茶を楽しむ来客の斜め後ろには、井村が控えている。

 加えて、二人とも見るからに隙の無い雰囲気を放っていた。


「ね? ボクがちょっとでも変な動きをすれば、次の瞬間には死んでるって寸法さ」

「貴女、その割にはくつろいでいるわね」

「まぁ、話は出来そうだしね。それに、学校でも言ったかな? ボクは戦闘向きじゃないから、初めから戦意なんてないよ」


 どこまで本当かは不明だが、いずれにせよ敵か味方かも定かではない相手の本拠地に、堂々と身一つで乗り込んでくる度胸は認めざるを得ない。

 私は家主らしく、客人せいじょと対面する形で椅子に腰を下ろし、目的を問い質すことにした。


「それで。一体、何のようでここに?」


 私の質問に頷き、聖女は静かにティーカップをソーサーに戻す。


「うん。ボクが言えた立場じゃないけど、ミツルの様子が心配でね」

「……」


 私が言葉にするまでもなく、見なくても雲月君と薫から殺気じみた気配が強くなった。

 まぁ、一体どの面下げて言っているんだ、という気はする。

 しかし、「自分が言えた立場ではない」と前置きがあるように、自覚した上での発言ならば、まだ聞く意味はあるだろう。


「こうなっている切欠は、貴女の言動だけれど……それでも、心配だって言うのかしら」

「そりゃね。ボクだってある程度は覚悟の上での行動だった。けど、穏便に事を済ませるには、お互い時間がないでしょ? もう、街には三法が揃っている。さっき、ボクの前に賑やかな来客があったようだけど、ああいったことが珍しくない環境になっているってこと」

「…………」

「それに、ミツルに関して調べを進めているのは、ボクやキミ達だけじゃない。ミツル自身の安否に興味が無い連中からすれば、彼は何も知らない存在でいてくれた方がいいのは、経験則上断言出来るよ」


 言葉にせずとも、その方が利用価値は高くなる、と。

 暗に隠された意味を彼女は語った。


「ミツルが意識を失ったのだって、何かの細工かもしれないよ? 今、魔剣使いの騒動の後始末を、秘跡調査会がやっているのは知っているでしょ。『治療』なんてそれっぽく言っているけど、早い話が記憶の改竄だからね。昔から、神聖と名のつくものは人々の心の安寧を造ってきた。その為であれば、時に現実を視る眼に蓋もするし、考える頭を奪うこともある」

「…………」


 複雑な気分ではあった。

 私達や御紋会も含めて、その見方によっては非道な人権無視の行いに助けられているという事実に。


「何としても思い出して欲しくないモノがあって、防衛装置的に意識が遮断されたのかもしれない。ある意味では、ミツルを守る為にもなるだろうしね」

「仮にそうだとしましょう。なら、そんな記憶を呼び起こして、貴女は彼をどうしようというのかしら」

「真実を知る。それだけだよ。例えそれがミツルにとって大きな負担だったとしても、そこに彼の秘密が眠っているなら、選択するしかない。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だっけ? 危険を冒しても前に進むか、何も知らないまま襲われるか」


 そして、後者も――結果として、彼を苦しめるだろう。

 そんな言葉が続く気が、私はした。

 今更ながら、久遠満という少年は既に渦中の人なのだと実感する。

 逃げようと立ち向かおうと、彼を利用しようとする不死者にとっては重要な問題ではない。

 故に、聖女は荒療治であろうと進展させる選択の為に行動を起こした。

 そんなところだろうか。

 一通りの意見を聞いて、次は私の番だと口を開く。


「ハッキリさせておきましょう。秘跡調査会の聖女さん。私は、貴女を信用していないわ。考えと意見に一定の理解は示すけど、だからといって満君を悪戯に傷つけるような真似は許さない」

「ふぅん。別に好きでやったわけじゃないよ。何度も言ってるけどさ」

「えぇ、だから一定の理解を示す、と言ったでしょう。その上で、『私は反対をする』と言っているの。万が一、彼の心が負荷に耐えられなかったらどうするつもり?」

「うーん……まぁ、最悪の場合、ボクには一つ、それを無しにする手段はある」

「そんな都合の良い話、誰も信じないわよ?」

「だろうね。でも、それこそボクには関係の無い話さ。ボクはミツルの為に行動はするけど、キミ達の事まで面倒を見るつもりはない。信用されるされないに関わらず、自分が責任を感じれば、聖女としてその責任を果たすだけかな」


 さっぱりとした態度で聖女は言い切った。

 あくまで、自分は久遠満にのみ関与すると。

 となれば、だ。

 お互いの考えが明確である以上、平行線は続くばかりなのは間違いない。


「そう。なら、この話はお終いね。お帰り願おうかしら」

「わぉ、こりゃまた思い切りが良い。第一印象が悪いのは知っていたけど、よっぽどボクの事が嫌いなんだね、ミス・クオン」

「えぇ。悪い?」

「いや、悪くなんてないよ。キミの心はキミのものだ。好き嫌いに口は挟まない。……けど、ボクは別にキミの事を嫌ってはいないけどね。むしろ、その逆かな」

「――――」


 私は、その発言の真意が読めずに、押し黙った。

 誰も喋ろうとはせず、妙な沈黙だけが続く。


「聖女はそういう生き物だからね。生憎と、他者を憎むだなんて立派な機能かんじょうは、ボクにはないから」


 だから、と。

 聖女は空になったティーカップを置き、すくっと立ち上がった。


「少し、ボクの本業を見せようか。ひとまず、ミツルを元に戻せばいいのかな?」

「……どういうつもり?」

「だから、そのままの意味だよ。まさか、心の傷を抉るだけで聖女なんて名乗っていると思ってるの? だとしたら、それはショックかな。名前負けもいいとこだ」


 わざとらしく、肩をすくめて見せる聖女。

 訝しい視線を向けるのは、私だけではないはず。

 しかし、とうの聖女本人はよほど自信があるのか、怯みもしない。


「元に戻す。そう、言ったわね」

「うん。ボクの証紋はミツルの現状を回復させることが出来る。あまり不安はなかったけど、たった今、その担保が取れたところだから」


 両手を後ろに回しながら、そう語る彼女はどこか、機嫌が良さそうだった。

 どうやら、何か絡繰りがありそうだが、それを自ら喋るつもりまではないらしい。

 振り返り、薫と雲月君にも目配せで意見を仰ぐ。

 二人とも、無言のままに「否定」を返してきた。

 まぁ、そうだろう。

 第一、信用に足るだけのものが何もない。

 口でなら、別に不死者じゃなくとも嘘八百を並び立てることは可能だ。

 ついでに、薫なんかは腕組みをしながら威圧的な目つきで首を横に振ったのを見る限り、私に負けず劣らず聖女への心象は悪いらしい。

 それを。


「へぇ……分かっちゃいたけど、ミツルは果報者だねぇ。こんなにも想われてるなら、来た甲斐がある」


 などと、一段と聖女は上機嫌になっていく。

 それも相俟って、秒単位で私達の警戒度がつり上がっていく中、急に聖女は笑みを消すと、その場で両手を組み、よくある祈りのポーズで目を伏せた。

 突然の事で、その場の全員が見ていることしか出来ない。

 流れる沈黙。

 リビングの壁に掛けられた時計の音だけが、いやに響くほどの静寂が続く。

 どれほど、そうしていただろうか。

 しばらくすると、祈りの姿勢を解いた後の短いため息が、その静寂を破いたのだった。


「うん。たぶん、これでミツルは目を覚ますと思う。ボクの予想以上にキミ達の想いが強いみたいだったから、ボクとしても嬉しい誤算かな」

「……さっきから、全っ然言ってる意味が分からないんだけど」


 敵意を隠そうとしない薫の声が、聖女をつつく。


「あはは。よく言われる。別に分からなくていいよ? というか、知らない方が絶対幸せ。……ま、聖女としてのデモンストレーションってことで」

「いや、お祈りで元に戻れば世話ないでしょ」


 呆れ声の薫に、私も内心、同意していた。

 修道服を着ている以上、それが本職ではあるのだろうが、それこそ祈り一つで現実を好転させるなど、運命介入の類いであり、それを証紋と言うならばとんでもない聖人である。

 そんなもの、第一紀でも祭り上げられる奇跡の人だ。

 しかし、聖女はそんな声を聞いていないかのように歩き出し、一人玄関へ向かう。


「じゃ、ボクはこれで。あ、紅茶、ご馳走様でした」


 満足げな笑みを残し、こちらの返答を聞くまでもなく、彼女は久遠の屋敷を去って行く。

 第二の来訪者の気配が消えた頃、私を含めた四人が「やれやれ」と緊張を解く中、二階で物音がした。


「――――え?」


 誰もが顔を見合わせ、まさか、という気持ちを自覚する前に、私達は満君の眠る久遠麗華わたしの自室へ駆けだしていた。


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