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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
44/89

聖女

 屋上の踊り場。

 寒いので内外を隔てる扉は閉めて、そこには不死者五人が円を組んで立っている。


「で、聖女ってどういうこと? 聞き間違いじゃなければ、聖人の一種のはずだけど」


 神宮寺さんが、嘘つきを見るような目つきでウィルセントを射抜く。

 しかし、終始彼女は意に介さず平然と返答するのみだった。


「分かってるじゃない、ミス・ジングウジ。その通りだよ。ボクは秘跡調査会の一つ、聖女信仰が誇る『聖女』の一人だから。正式には、九番目の聖女セントレリック。願いを司る、天秤の主ってところかな」

「……嘘くっさぁ」

「あ、ひっどいなぁ! ボクだって気にしてるのに、そんな開けっぴろげに言わなくたっていいじゃないっ」

「いやだって、あんたどう見たって聖女って感じじゃないじゃん。むしろ、堕落させる方の側でしょ。魔女って言われた方が百倍説得力あるって」

「何言ってるのさ。聖女は魔女の対義語じゃなくて、類義語だよ? 聖魔は対極ではなく、同質別色どうしつべっしき。同じものであり、見え方が違うだけ。どちらも、人を惹きつけ、惑わすものなんだから」

「な、なにそれ。初めて聞くけど」

「だろうね。ほとんどの人間は、せいぎが清く、あくが穢れていると『教育』されているから。でもよく考えてみて? どっちも、極致の色だ。何かの合間にあるのではなく、最初に旅立つばしょであり、最後に行き着くばしょでもある。それはつまり――全てを塗り潰す、原初の力。善行も悪行も、極まったものに違いはないよ」


 そう語るウィルセントの表情は、真剣そのものだった。

 聖女であることが疑わしくとも、その在り方を語る彼女の語気は、決して弱くはない。

 むしろ、間違いを正す厳しさすら、感じさせるほどに。


「だから、聖女だからって簡単に正しいとは思わないで。それは、魔女も同じ。白か黒かで別ければ、間違いなくこの街は滅ぶよ。善悪で争ってきた人類の歴史が、それを証明している」

「……う、わ、悪かったって。それで、じゃあ、あんたは聖女で、美小野坂の街を護りに来たってこと?」

「まぁ、そんな感じ。さっきも言ったけど、タナトスの制御が主目的なんだけど……キミ達、その動向については何か知ってる?」


 僕ら四人は顔を見合わせるが、当然、僕は戦力外なので大人しくしておく。

 代表して答えたのは、引き続き神宮寺さんだった。


「私達は知らない。御紋会では何か掴んでるかもしれないけど、大家の人間相手にさえ情報規制してるから、こっちも手がかりには飢えてるの」


 その言葉に、ウィルセントは「ふぅん」と考え込むように視線を落とす。

 しばらくそうしていると、ふいに顔を上げ。


「タナトスの追っている男だけど、そいつが黒幕だと思う。名前をハンス・ウィリアムズ」


 ――ハンス・ウィリアムズ。

 心中で繰り返すと、ウィルセントは短く頷いて、その詳細を話してくれる。

 が、それが大切な話っぽかったので、僕は恐る恐る手を挙げてみた。

 割って入る恐怖はあるものの、僕にはどうしても必要な行動だったのだ。


「あの、ごめんなさい。……タナトスって、何ですか?」


 何度も出てくる、その名前を、僕は知らないのである。

 たぶん、三法機関みたいな組織の名前なのかなーと聞いていたけど、この先の説明を理解するのに、ぼんやりとした知識しかないのはマズかった。

 僕の質問は尤もだと受け取ったのか、麗華さんが手早く解説をしてくれる。


「タナトスって言うのは、三法機関とは別の不死者の集まりよ。特に強力な力を持つ不死者達だけが、名を連ねることを許される集団。組織や機関というよりも、権力者や実力者達の会席ね」


 つまり、交流の場、みたいなものらしい。

 ただし、そこで顔を合わせる面々は、もはや人であることすら怪しい、極限まで至った連中ばかりとのこと。


「幸い、タナトスは世間とは距離を置いているわ。彼らの目的は、共存。一般人と不死者が共に暮らせる世界の実現だそうだから」

「え、じゃあ……良い人達なんですか? でも、なのに世間と距離を置いてるっていうのも、変な話ですね」

「そうね。彼らの中では、一般人を奴隷階級に落として、不死者全盛の時代を復興させることですら、『共存』と呼ぶらしいから」

「………………」


 なるほど。

 そりゃあ世間様とは是非、距離を置いて頂きたいですね。

 でも、なんだってそんな危ない集団から、その「ハンス・ウィリアムズ」なる人物は追われているんだろう。


「話を戻すよ。ハンスは数年、タナトスの小間使いとして活動していたらしい。主に、列席者の敵対勢力を殺して回る、といったね。それが半年ほど前、何かの理由でタナトスの逆鱗に触れ、彼は追われる身となった」

「それが、満を狙う理由とどう繋がる」

「それが分かったら今頃、秘跡調査会の聖人連中はこぞってミツルを囲っているだろうね。世界を護る聖戦だって気炎を上げて、街はあっという間に火の海さ」


 雲月君の言葉に、ウィルセントは肩を竦めながら答えた。


「第一、ハンス・ウィリアムズという人間は存在しない。偽名だよ。つまり、ハンスの本当の過去が――ミツルと関連している可能性がある、ということ」

「……え、ぼ、僕?」

「うん。二度も狙われてる以上、身に覚えがない、という返答は難しいよ。キミの記憶になくても、何か理由があってハンスはキミを狙ってこの街に身を潜めている。だから、ボクはキミに会ってみたかったんだ」


 少しずつ、彼女がボクの前に姿を現わした事情が見えてきた。

 僕の知らない理由があって、僕は狙われている。

 けど、どうして僕なのだろう。

 伏せていた視線をあげると、皆の目が僕へ集まっていた。


「……ごめん。僕、思い当たる節がない」

「そうかな。ボクはそうは思わないけど」

「え?」

「キミ、九年前に入院してるでしょ」


 言われ、ふと、脳裏に浮かぶ光景があった。

 白い部屋。

 知らない人がたくさんいて。

 でも、それは病院なんかじゃ。


「ま、入院していること自体はいいんだ。――問題は、その病院がどこにも存在しないこと」


 九年前、僕は――目を覚ましたら知らない家にいて。

 そこから、親戚のお家で暮らすことを知って。


「身元を洗う術は、秘跡調査会の得意とするところだからね。悪いけど、ミツルのことは誰よりも早く、誰よりも入念に調べさせてもらったよ」


 少女ウィルセントの声が、遠くなる。

 僕は最初、どこにいた?

 僕は最後、どこにいた?

 静寂のおじさんに助けられて、親戚のお家で暮らす――。

 親戚の――。


 ――やぁ、久遠満君。私が君の主治医の――


 それは、開いてはいけない、記憶の扉。


「入院の前後の記録が一切無い。正確には、九年前――キミが六歳の頃の一定期間、その消息が消えている。そしてある時期から、キミの記録は世間に戻って来る。……ミツル、キミはその空白の期間、世間から隔離されていたんだ」


 ――――脳が、凍りついていく。


「九年前、一体何があったのか。――かがみ総合病院という名前に――――」


 ――――。

 ――――――――。


 しろいへや。

 しろいひと。

 しらないだれか。


 ――。


 あかいへや。

 あかいひと。

 しらないだれか。


 ――。

 ――――。


 くろいへや。

 くろいひと。

 しらないだれか。


 ――――。


 しろ――。

 あ――か――。


 ――く――――。

 ――ろ。


 ――――――。

 ――――――。


 むかしむかしあるところにがおりましたかれはでわるいひとをさないといけませんはいやだとくびをふりましたがはききいれてくれませんでしたはわるいひとを――――ました――なんども――なんども――ました――なんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども――――せかいはへいわになりました。


 ――――めでたしめでたし。


 めでたしめでたしめでたしめでたしおもいだすなめでたしめでたしめでたしおもいだすなめでたしめでたしめでたしめでたしめでたしめでたしわすれろめでたしめでたしわすれろおもいだすなめでたしめでたしめでたしめでたしめでたしめでたしめでたしめでたしめでたしめめめめめめめめめめめめめでででででででででででででで――――――――――――――――――――――。


――――おもいだすな。すべてをわすれろ。


-------------------------------------------------------------------------------


「満君!!」


 崩れ落ちる彼を、私は寸でのところで抱き留める。

 意識がなかった。

 舌打ちをして、「聖女」を睨み付ける。


「――失せなさい。私が貴女を殺す前に」


 シェオルの時ですら、ここまで激昂はしなかった。

 ギリギリまで様子見に徹した自分が憎く、少しでも油断した自分に虫酸が走る。

 聖女は私の殺意を本物と知りながら、それでも尚、平静でいる。

 雲月君が警戒を解かない時点で、察するべきだった。

 聖女と魔女の話で、勘付くべきだった。


 ――コイツは、人の心をなんとも思っていない。


「揺さぶりをかけてみたけど、分かりやすい反応で助かったよ。その様子なら、これ以上ミツルに負担をかける必要はなさそうだね」

「黙れ」

「はいはい、嫌われたもんだなぁ。――キミ達が腑抜けだから、誰も彼の心を開こうとしなかったんじゃないのかな。哀れだね、ミツルは勇気ある友に恵まれなかったんだ」

「――――」


 ぎりぎり、と静かに中身を造り替える。

 あと一言、余計な言葉を口にすれば、私はこの聖女おんなを殺す。

 生かしておけば、彼の傷口を際限なく開いて回るだろう。


「そこまでだ」


 それを止めるように、雲月君が割って入った。

 手刀を聖女の首筋に向け、静かに諭す。


「一度だけ、久遠の言葉を尊重しよう。去れ、でなければオレがその首を刎ねるが」

「ま、潮時だね。そろそろ教会の仕事にも戻らないとだし、この辺で失礼するよ」


 引き際は心得ているとばかりに、銀の髪を揺らしながら聖女は階段を下りていく。

 その間際。


「けどね、覚えておいて。身に背負うものは、逃げられない呪いだよ。聖女として生まれた『ボク』が言うんだから、間違いない」


 そう、釘を刺して去って行った。


------------------------------------------------------------------------------


 雨の音がやけに大きく聞こえる。

 窓を叩く雨粒は風の勢いを受けて、夜の間だけ嵐となっているようだった。

 秘跡調査会の聖女が去った後、私達は黒木先生に報告をしてから井村を呼んで、満君を屋敷いえまで運んだ。

 呼吸は安定しているものの、意識は戻らない。

 当然、いつ戻るかも、私には分からなかった。


「――――」


 日没までは薫や雲月君も居たが、傍を離れられない私に代わり、二人はこの嵐の中、夜警へ向かった。

 かっち、かっち。かっち、かっち。

 時計の音に、責め立てられているような気がしてくる。

 椅子に座りながら、ベッドに横たわる彼の寝顔を見て、知らず拳を握りしめていた。

 どうして、すぐに止めなかったのか。

 どうして、知らない時間くうはくに手を伸ばしたのか。

 その内容がどうであれ、久遠麗華わたしは彼を守らねばならなかったはずだ。

 自然と、顔を伏せてしまう。

 ほんの僅かでも、知りたいと思った自分がひどく呪わしい。

 その結果が、彼を追い詰めてしまったのだから。

 扉のノックに、顔を上げる。

 無言のままでいると、静かにドアノブを捻る音が聞こえた。


「失礼致します」


 小さな声で入室を知らせる言葉を発し、その人物は窓際にあるティーテーブルにスープカップを置いた。

 部屋に、コンソメのやさしい香りが漂う。


「せめてスープだけでも、口になさってください。お嬢様まで倒れられたら、それこそ満様が心配されます」

「……分かったわ。ありがとう」


 言葉での返答はなく、井村は一度だけ深くお辞儀をすると、静かに部屋を後にした。

 数分胸中と格闘し、私は重たい腰を上げる。

 井村の言う通りだ。

 食欲は沸かないが、ここで私が倒れては何にもならない。

 湯気の立つスープカップを手に取り、縁に口をつける。

 簡単な味付けのオニオンスープだが、逆にそれが乱れた心を整えてくれるようだった。

 あっさりとスープを飲み終えると、ふと枕元に置かれた人形に目がいく。

 動物の鹿を模した、デフォルメチックな人形。

 少し古ぼけたそれは、私が長年、大切に扱い、傍に置いているものだった。


「…………」


 そう、ここは私の部屋だ。

 彼の部屋に運ぼうとも思ったが、結局、私は彼をここに連れてきた。

 久遠満という少年が、決して踏み入ろうとはしなかった場所。

 いくら屋敷が広いとは言え、生活空間は大体の場所を知っているだろうし、案内もした。

 それは、井村も同じはずだ。

 つまり、その中で彼が意図してか意図せずか、頑なに距離を離していたのが、ここだった。

 理由はなんとなく分かる。

 きっと、彼のことだから、女の子の部屋に入るなんてとんでもない、と遠慮していたのだろう。

 あるいは、普段の私も私だから、畏れ多いなんて思っていたかもしれない。


「馬鹿ね。面白いものなんて、何もないのに」


 ベッドの傍に行き、死んだように眠る頬に軽く触れた。

 暖かい。

 彼は生きている。

 それを指先から感じるだけで、幾分ささくれ立つ心が紛れた。

 けど、それは麻酔と同じだ。

 根本的な解決にはならないし、それで痛みが消えるわけではない。

 いつか、私が触れた時も、同じような後悔いたみがあったことを思い出す。


 白い病室。

 声をかけても、懸命に触れても、何一つ返ることのなかった、絶望の再会。

 私が知っていた少年はあの時、間違いなく死んでいた。

 バラバラに引き裂かれたなかみ

 焼け落ちた感情のなかみ

 見る影もない、人格だったモノの亡骸なかみ


 ふと、彼の目が開いていることに気づく。

 息を忘れ、私は後退った。

 緩慢な動きで上体を起こすと、久遠満かれは光のない双眸をこちらへ向ける。

 ざくり、ざくり、ざくり、ざくり。

 まるで、剣を突き立てられるように、心が悲鳴をあげた。


「れいかくん?」


 喉が引きつる。

 それは、その呼び方は――。


「戻ってはダメ――!!」


 それだけは、いけない。

 やっと取り戻したものが、失われてしまう。

 気づけば私は、彼を抱きしめていた。

 強く、もう、離れていかないでと。


「――――あ」


 少年が、力無く私の腕を掴んだ。


「れいかくんの、においだ」


 僅かに、安心するような声音。

 どれほどそうしていただろう。

 再び彼が眠りに落ちたと分かってようやく、私は身を離した。

 ゆっくりとベッドに横たえ、布団をかけ直す。


「……っ」


 まだ、動悸が止まらない。

 何気なく手に視線を落としてみると、指先は小さく震えていた。

 あれは、記憶の混濁なのだろうか。


(いや、違う。……満君の精神が、記憶に耐えられなくなっている証拠だ)


 言葉は悪いが、幼児退行という現象に近い。

 つまり、昔の久遠満に戻りかけている、ということ。

 まさかあの聖女おんな、そこまで見越して彼に圧力を……?

 だとしても、こんな荒療治――満君の心が持つはずがない。

 ここまで持ち直しただけでも、本来は僥倖だというのに。


「――――」


 そこで、携帯が震えていることに気づき、制服のポケットから取り出した。

 液晶画面に映された名前は、「神宮寺薫」。

 私は電話に出ると、携帯を耳元にあてがった。

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