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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
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三法機関

 六月の頭、梅雨に入り屋上という体の良い集合場所を失った僕らは、生徒会室という新たな秘密基地を手に入れたのだった。

 とはいえ、自由気ままに使えるというわけではなく、晴れて生徒会員となった神宮寺さんが申請をし許可を貰う、という形でのみ実現する。

 僕もついさっき知ったのだけど、生徒会長さんも御紋会関係の背景は簡単にだが知っているらしく、節度ある利用であれば協力しよう、とのことだそうだ。


「それで、その『顔合わせ』とやらはどうだった」


 放課後の生徒会室には、僕を含めて四人。

 今さっき本題に入ろうと切り出したのは、雲月君。

 長机に腰を下ろし、難しい顔をしているのが麗華さんで、その隣には明らかに落ち込んだ様子の神宮寺さん。

 そして、対面する形で座り、事の推移をおとなしーく見守っているのが、僕――久遠満、というわけである。


「単刀直入に言えば、どいつもこいつも鼻持ちならないヤツ、と言ったところかしら」

「個人的に、魔法使い連中は受け付けないです、私」

「答えになっていないが」


 二人とも感情が先走り過ぎて、イマイチ知りたい内容が出てこない。

 実際に立ち会った麗華さんは元より、神宮寺さんも本家代表として挨拶回りをさせられたようで、雰囲気から察するに早速「小競り合い」があったらしい。

 やれやれ、と雲月君が肩を落とすと、麗華さんが緑茶のペットボトルを一口飲み、より詳しく話し始めた。


「魔法学園は、フェーヴノリアから処刑人と回収人が一人ずつ。秘跡調査会は、本部から派遣司祭が一人。錬金同盟は顛末解析官が一人」


 呼び折り数えて、総数四人だ。

 あれ、思ったよりも多くないな――と思っていると、「存外少ないな」と僕に代わり雲月君が同じ胸中を口にした。


「えぇ、どうせ『顔役』だから。普通は管理役が出てくるところでしょうけど、三法の場合は別ね。学園はともかく、他はただのカカシよ。表に出て来ていない別働隊が本命」

「偉い人じゃないってことですか?」


 僕が聞くと、麗華さん――だけでなく、神宮寺さんも頷いた。


「偉いは偉いよ。一応は機関の代表で来るわけだし。ただ、表立って出てこない連中の方が主力ヤバいってだけ。特に秘跡調査会や錬金同盟あたりは顕著らしいから」

「秘跡調査会が一番でしょうね。派遣司祭なんて、どうせ現地ここで定期報告するだけの使いっ走りよ。実際には、一体何人が美小野坂市に潜伏しているのか、分かったもんじゃない」

「魔法学園は?」

「彼らはまだマシな方。プライドの高い不死者が多いから、処刑人も回収人も、見た限りでは相当な手練れね。まさか、あの時の女が処刑人とは思わなかったけど」


 あの時の?――と僕が首を傾げていると、麗華さんが御紋会本舎に初めて来た時のことを話してくれた。

 そこで、僕もぼんやりとだけど思い出す。

 すごくスタイルのいい外国人女性と、連れらしき金髪の外国人男性の二人組と、本舎の廊下ですれ違ったはずだ。

 けど、処刑人なんて……えらく物騒な呼び名だなぁ。


「学園の回収人、めちゃくちゃ偉そうで最悪でした」


 机に突っ伏し、神宮寺さんが口を尖らせてぼやく。


「災難と諦めなさい。シェオルの証紋が盗まれていなければ、もう少し穏やかに済んだでしょうけど」

「うぅ……まさか、魔剣使いを囮にしてくるなんて。贅沢な使い方しますよねっ」

「むしろ、最初に彼女をけしかけたのだって、これが狙いだったのかと勘ぐりたくなるわ」


 魔剣使いとの中央区での戦い。

 その最中に御紋会本舎もまた、戦場になったことを、僕らは後から知った。

 魔法学園から来た処刑人――だというその人と、川倉さん主導で非戦闘員の避難は終えていた為、人的被害は無し。

 ただし、本舎に安置されていたシェオルの遺体から証紋が奪い去られており、これが大きな問題として今も、御紋会全体を悩ませているようだった。


「久遠先輩、証紋だけ奪うって現実的に可能だと思います?」


 神宮寺さんの問いに、麗華さんは口元に手をあて、数秒考え込んだ。


「『そういうタイプの証紋』であれば可能でしょう。異能とはそういうものだし、こちらの理解つごうに関係なく、出来るものは出来るでしょう」

「まぁ、そうなんですけど。でも証紋って、言ってしまえば人体の部位ですよ? そんな都合良く切り取って持って行けるものかなぁ」

「むしろ、人体の一部だから可能なのでは? あまり気持ちのいい話ではないけれど」


 と、そこで神宮寺さんが何かを思い出したかのようにハッとする。


「……いや、あるのか。先輩、シェオルが関係するようなこと、言ってた気がします。確か、証紋を摘出出来る者がいるとか何とか」


 摘出、と聞いて、僕は思わずテレビドラマとかで見る、手術シーンを想像してしまう。

 うぅ、それは確かに気持ちのいい話じゃないなぁ。


「だとすると、裏で糸を引いてる人間は同一人物でしょうね。けど……」


 歯切れ悪く言葉を濁す麗華さん。

 珍しいな、と思っていたら、隣の雲月君が「オレ達にも情報が伏せられている」と教えてくれた。


「本家の人にも教えてくれないんですか?」

「えぇ。神宮寺頭領の判断だから、さすがに私も口が挟めなくてね」


 聞くと、麗華さんは難しい顔のまま答えた。

 どうやら、本舎での一件は厳しい情報規制が敷かれているらしく、出来事の大きさに反比例して、事の詳細を知る人間はごく僅かな様子だった。

 僕の勝手な印象だけど、本家の人にも制限がかかるなんて思いもしていなかったというのが本音だ。


「知りようがない問題は、この際後回しでよかろう。連中の事だ、黙っていても問題は起こす。その時、これ幸いと喉元に切っ先を突きつければ、多少口も割ろう」


 なんて、物騒極まりないことを口にする雲月君。

 青ざめる僕を他所に、他の二人は「まぁ、それもそうか」なんて顔で納得しているんですけど。


「久遠、神宮寺。オレを上手く使え。碌々(ろくろく)御紋会に顔を出していない故、動きやすい。情報戦は不得手だが、美小野坂市ここはオレ達の庭であろう?」


 不敵に笑う雲月君の切れ長の目が、好戦的でこそあるものの、ある種の自負と信頼を含んでいた。

 彼は御紋会での活動には消極的だが、こと御役目に関しては驚くほど実直なのだ。

 つまり、街を護ることに関して、雲月君は気後れも容赦もない。

 その信念にも似た心得は剣身の如く。

 敵であれば、何人なんびとであろうと斬って捨てる、という鋭さが今は頼もしい限りである。


「そうね。貴方の言う通りだわ、雲月君。今後の方針としては、夜警の強化。そして、問題発生時の迅速な制圧。……どうせ、話し合いで解決、なんて手順は踏まないでしょうし、三法機関かれらは」


 麗華さんの打ち出した方針は、荒事前提だった。

 しかし、それに異を唱える者は誰一人おらず、それが僕に三法機関とはどういう存在なのかを、否応なく分からせてくる。

 二度の死線を越えた今、僕は次に来る戦いに不安を覚えながらも、自分に出来ることを精一杯やろう、と強く胸に刻むのだった。



 外は雨だ。

 生徒会室を後にして、僕ら四人は女子と男子に別れる形で歩いている。

 放課後の校内は、まだ人気が多い。

 生憎の悪天候である為、運動場そとを見ても帰宅する生徒の姿しかないが、その分の部活動が屋内に集中しているからだろう。

 廊下を歩いていても、運動部員とすれ違う頻度が普段の倍近かった。


「お、雲月じゃん」


 と、そこへ剣道着姿の男子生徒が一人、廊下でばったりと遭遇した僕ら――というか、雲月君へ声をかける。


「野坂か」

「おう。で、剣道部入らねぇ?」


 単刀直入。

 清々しいほどの勧誘に、件の剣士もまた、慣れたように答える。


「悪いが、家の都合でな。遠慮させてもらおう」

「試合だけでもいいから」

「馬鹿を言うな。剣道、剣士たる者、不心得者が訳知り顔で試合に出れば、場を汚す。礼に始まり礼に終わる。お前までその在り方を損なってどうする」

「ちぇ、とりつく島もねぇなぁ」

「いい加減、観念しろ。親の頼みもあって、こちらは身動きが取れん」

「はいはい、分かったよ」


 押しの強さの割には、剣道着姿の彼――野坂君は踵を返す。

 突き当たりを曲がり、姿を消した辺りで、声が大きめだったのか、やり取りの一部始終が聞こえてくる。


「先輩、やっぱりダメでした。すんませんっ」

「そうか、まぁ仕方ない。でも、雲月ってそんな腕立つのか? 特に目立った話は聞かないが」

「いや、アイツはできますよ、たぶん。自分、小中と同じ剣道部でしたけど、ずーっと計六年間、負け続きでしたから」

「……信じられない成績だな」

「ですよね。しかもすげぇ綺麗に負けるんですよ。練習の時も、顧問より完璧な型だったり、とにかく実力隠してる感ハンパなかったんで、周囲は気味悪がってましたけど」

「スマン、俺も同じ気持ちだわ」

「まぁ、そこは仕方ないッス。確かアイツん家、道場持ってるんですよね。ウチの爺ちゃんが言うには、本物の剣術家は――――」


 遠ざかっていく声に、少しだけ雲月君の過去を見た気がした。


「雲月君、部活やってたんだ」

「高校にあがるまで、という条件付きだがな」


 再び歩き出す中、僕は「部活をやめた理由」について、聞こうと思った心を咄嗟に呑み込んだ。

 きっと、彼は不死者としての役割を優先した。

 そう考えたからだ。

 夜警という御役目がある以上、部活は負担になるし、下手をすれば巻き込んでしまうかもしれない。

 色々な事を考慮すれば、今の学生生活は当然の帰結だろう。


「有り体に言えば、楽しかった」


 それを、ふと思い返すような口調で雲月君は振り返っていた。


「オレにとって、初めての『剣道』だったからな」


 後悔はない。

 充実した時間を全うしたような、そんな横顔を僕は見て。


「そっか」


 言葉少なに、頷くことにした。

 僕は剣道をよく知らないし、心得も技術もない。

 なら、その過去は土足であがっていい場所ではないと、僕は思ったのだ。

 例えそれを雲月君自身が許したとしても、知らないままの方がより美しく尊いことも、あるだろう。

 その後、僕らは三手に別れる。

 麗華さんは職員室へ、雲月君は御役目へ、そして神宮寺さんは生徒会長へ生徒会室の鍵を渡しに。

 僕はというと、この後も神宮寺さんと日課の訓練をこなす為、こうして傘を片手に昇降口で待っていた。

 雨の降りは、午後から更に強まった気がする。

 朝は小雨程度だったものが、今では見るからに雨粒が大きく、音も派手だ。

 梅雨入きのうりから続く曇天を見上げ、それが僅かに昔と重なる。

 冬になると、これが雪に変わっていく。

 白い景色。冷たく、肌を切るような悲しさに、僕は一人ため息を吐いた。

 少し滅入っていたのだろうか。

 ふと昇降口を見渡すと、僕とは別にもう一人、強い雨を前に立ち尽くしている人影があった。


「……あれ?」


 見覚えがある。

 いや、名前は知らないのだけど、顔と髪型に少し。

 その人影は女子生徒で、黒縁眼鏡とお下げ髪が印象的な子。

 僕が言うのも憚られるが、とっても地味なその人は、それ故に僕の記憶に残っていた。

 たぶん、僕も周囲からは同じ理由で覚えられているのだろうと、想像がつく程度に。

 見れば、彼女は傘らしきものを持っておらず、この雨を前に途方に暮れている感じがする。

 朝から降っていたことを考えると、何か事情があるのかもしれない。


「あの」


 だからだろうか、気づけば僕は声をかけていた。

 遠くを見るような瞳が、僕を捉えると、ハッとしたような色に変わる。

 驚かせてしまったらしい。

 それもそうか。

 見覚えがあるのだって、確かこの人は同じクラスだったからだし。

 向こうも僕を何となくしか覚えていなくても、おかしくはない。


「傘、忘れちゃったの?」


 聞くと、彼女は遠慮がちに首を横に振った。

 つまり、傘は持ってきたはずなのだが、今手元にはない、と。

 数秒思案して、僕は自分が持っていた傘を差し出した。


「え」


 返ってきたのは、やはり驚き。

 けど、僕が出せる答えは、これが限界だった。


「使って。僕、友達の傘に入れてもらうから」

「――そんな。悪い、よ」


 お下げ髪の女の子は、視線を逸らして、僅かに後退る。

 遠慮なのか拒絶なのか。

 僕には判断がつかないその反応に、ぐっと腹に力を入れて踏み出した。


「はい。今度、返してくれればいいから」

「――あ」


 半ば押しつけるように傘を差し出すと、細い指がそれを受け止める。

 強引だったのは反省点だが、それでもこの雨だ。

 気づいたのに、自分だけ見て見ぬ振りをするのも、後ろ髪を引く感じがしたのだ。

 まして、いつ止むかも分からない、と知っていては尚更である。


「それじゃあ、気をつけて帰ってね」

「…………」


 とはいえ、さすがに無理矢理手渡しておいて、その場に留まり続けるのは難しかった。

 踵を返し、校内へ神宮寺さんを探しに行こうと歩を進めた時だった。


「あ、ありがとう」


 ほんの少し、振り絞ったような声に立ち止まる。

 彼女もその場に居づらかったのか、僕が背中越しに振り返った時には、お辞儀をして雨の中へと消えていった。

 その小さな背中を見送って、僕も再び歩き出す。

 すると、ばったり昇降口で神宮寺さんと合流した。


「あれ、クドウくん、傘はどうしたの?」

「えっと……ちょっと、人助けを……」


 事情を話すと、神宮寺さんはわざとらしくため息をつきながら、「らしいなぁ」と雨を前に自分の傘を開いた。

 質が良いのか、ばん、と勢いのある音を立てて、ワインレッドの傘がその全容を露わにする。


「しょうがないから、入れてあげる。さ、帰ろ」

「ありがとう」


 お邪魔します、と遠慮がちに肩を並べ、僕らは雨の中を歩き出した。

 時折触れ合う肩の感触に、どこか僕だけ落ち着かない足取りだったのは、言うまでもなかった。


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