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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.3 三つ巴
41/89

Prologue

 午後九時を回った頃、部外者として訪問するには常識のない時刻だが、俺は迷わず小さな鉄門を開け、木製の扉の前に立つ。

 道中も含め、その小さな教会は石造りで統一された、随分と古めかしい建物だ。

 手入れは行き届いているようだが、刑事の鼻が警告をする。

 少なくとも、ここは落ち着いて腰を下ろせる場所ではない、と。


「先輩」

「分かってる。ちょっと待て」


 俺はまともに機能してくれる証紋を持たない。

 生憎と、手持ちもなく、人間としての基本的な性能しかない中、だからこそ鋭敏に働く危機察知能力を駆使する。

 少なくとも、敵意や殺意の類いは感じない。

 尤も、そんなものを感知したところで、やることは尻尾を巻いて逃げるだけなのだが、話が通じる相手かどうかを判断するのには、割と役に立つのであるこれが。

 俺の後ろに控える後輩――御剣舞も、その表情に緊張の色が見て取れた。

 警察とて、三法機関相手ともなるとその権力は大きく目減りする。

 元々現場をかけずり回る人間にとっては、警察という看板ありきのもの故、これに意を介さない相手というのは、どうにも分が悪い。

 特に部下を持つ身とあっては、自分が死のうと彼女まで死なせるわけにはいかない。

 軽く息を吐き、扉をノックする。

 帰ってくる反応はないが、静かに――かちゃり、と施錠が外れる音がした。

 それを「入れ」という意思表示と受け取り、俺と御剣は教会に足を踏み入れる。


「夜分遅くに失礼します」


 石造りの礼拝堂は、人が少ないこともあり、声がよく響く。

 見れば、俺達を迎え入れたのは二人。

 一人は、何度か顔を合わせたことがある、この教会の管理者だ。

 修道服に身を包んだ彼女は、最初こそ背を向けていたが、ゆっくりと振り返ると、その幾重にも皺が刻まれた顔に微笑みを浮かべていた。

 その表情に、後ろでほっとする安堵の気配がある。

 しかし、俺は警戒を解かない。

 記憶している限り、この老修道女は「常にこの表情」だ。

 寸分違わぬ顔を、本来は表情とは呼ばない。

 それは須く、「仮面ペルソナ」と呼ばれるべきものだ。


「これは警察の方々――このような時間まで、お疲れ様で御座います」

「いえ、シスターマリア。お礼を申し上げるのは、こちらです」

「はて、何か致しましたでしょうか」


 身に覚えがない、とばかりの口調。


「秘跡調査会には、市民の治療を行って頂きました。本来であれば、上の者も同席すべきなのですが、重ね重ね申し訳ございません」

「あぁ、そのことですか。どうか、頭など下げないでくださいませ。わたくしは小さな教会を管理する、しがないシスターです。本部が指揮を執った事には、関わっておりません」

「ですが、この教会は近隣住民の方々の憩いの場とも聞きます。良い機会と思い、失礼を承知で参りました」


 治療に関わっていないなど、嘘八百であろうことは見抜いている。

 実際、このシスターは動いていないだろうが、三法で「信仰」を司る秘跡調査会の人間を、頭から信じるほど信心深くはないし、盲信もしていない。


「……成る程。一帯こちらに混乱はないか、ということでしょうか」


 真意を察したのか、シスターは表情を変えずに手早く答える。


「至って平常です。数名、巻き込まれた者はおられるようですが……全員、命を落とされております」


 目を閉じ、手を合わせて祈りを捧げるシスター。

 要は、目撃者は死んでるから問題ない、と言いたいらしい。

 五月の終わり。街のど真ん中を、一人の不死者が襲った。

 第一紀のものと思われる魔剣とその担い手により、中央区の一部は暴徒溢れる地獄と化し、近年で言えば未曾有と呼んで過言ではない規模の被害が発生した。

 御紋会に所属する本家の神宮寺薫と雲月賢史の働きにより、魔剣とその担い手は戦闘不能に陥ったものの、受肉の素体となった牛島剛の肉体は戻らず、未だ意識も戻らない。

 情報も満足に集められない中、それでも被害者や街の復興は必要であり、時間は待ってはくれなかった。

 最後まで、三法機関かれらの介入を渋っていたのは、他でもない御紋会だったが、警察機関と日本政府は不死者の存在が明るみに出ることを危惧し、半ば強引に復興支援の手続きを迫った、というのが事の顛末である。

 警察側の俺としては所属組織の肩を持ちたいのだが、御紋会が中々首を縦に振らなかった理由も分かる。

 例えば、俺の目の前にいる秘跡調査会だが。

 彼らは、「信仰」を核とするあらゆる事象、思想へ関与し、必要に応じてこれを蒐集、記録、修正する。

 そう聞くと小難しい何が言いたいのか分からない内容だが、早い話が狂信者の集まりだ。

 自分の「信仰」に従い、必要であれば殺しだろうが何だろうが、やってのける。

 神の意志だと考えれば世界を救うし、その逆もあり得る。

 しかも質が悪いことに、連中は一枚岩ではなく幾つかの派閥に別れ、お互いが仲の良い隣人同士ではないのだ。

 シスターマリアは祈りを終えると、変わらぬ穏やかな表情で続ける。


「怪我そのものは良いですが、記憶の治療は少し時間がかかるでしょう」

「それは、承知しております。情報統制にも限界はありますが、こちらでも可能な限りを尽くします」

「はい。わたくしどもも、この街の端くれでございます。お力になれることがあれば、何なりと」

「ありがとうございます。では、今日はこれで。何かありましたら、署までご連絡ください」

「分かりました。――シスターウィル、送って差し上げなさい」


 シスターマリアの言葉に、ずっと彼女の横で控えていた小柄な修道女が「はい」と動き出す。

 ただ、来た道を戻るだけなのだが、無碍にするのも失礼だろう。

 大人しく若い修道女――シスターウィルの背中を追い、教会から出る際にもう一度、老修道女へお辞儀をして外へと出た。

 真っ直ぐに伸びる石畳を超え、入って来た時と同じように鉄門から敷地外へと出る。

 その間際だった。


「お兄さん」


 ふと、鈴を転がしたような声が、俺の肩を叩いた。

 御剣と二人で振り返ると、教会内では厳粛な姿勢を崩さなかった若い修道女が、その碧の双眸に光を湛えながら、手を後ろに回して立っていた。

 光源の少ない夜の闇にあっても、その姿はくっきりと脳に刻まれていく。

 横一文字に閉じられていた口は、今ではその端を緩ませ、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 気を抜けば意識を抜かれそうな美しさ。

 まるで天女を思わせるようなそれは、反射的に思わず拳に力が入るほど。


「……あ、ごめんなさい。そう怒らないで。これ、自動発動パッシブなんですよね」

誘惑チャームか?」

「厳密には違います。けど、大抵の人には同じようなものですけど」


 毎度困るなぁ、と妙に砕けた態度でため息をつくシスターウィル。


「呼び止めて、何の用だ」

「はい。まぁ、気づいてると思いますけど、シスターマリアには気をつけて。あの人、神に誓って嘘はつきませんけど、真実を話すわけではないので」

「あぁ、分かってるよ。これでも俺は何度か会ってるからな。食えない婆さんだ」

「あはは、ならよかった。後ろのお姉さん、すっかり信じてたから、ちょっと心配しちゃいました」


 言われ、俺が振り向くと、御剣が「何の話ッスか?」とでも言いたそうに、首を傾げている。

 ……後でよく、説明しとこう。


「そういう君は、初めて見るな」

「はい。どちらかと言うと、これが呼び止めた理由ですね。シスターマリアもつまらない意地悪するなぁ」


 不満げに言いながら、シスターウィルは修道服のスカート部分の両端を軽く持ち上げ、上品にカーテシーをした。


「秘跡調査会から参りました、ウィルセント・ヌヴィエム・レリクスと申します。以後、お見知りおきを」


 淀みない挨拶を受け、俺は彼女が新たに本部から派遣された不死者だと、理解する。

 わざわざ名乗る、ということは、積極的に俺達へ関与するつもりなのだろうか。


「……美小野坂市中央――いや、俺のことは調べがついてるか」

「はい、よろしくお願いしますね、クロキヨシトさん。それと、ミツルギマイさん」

「うぇ!? 私のことも!?」

「そりゃそうだろ。天下の秘跡調査会だぞ。……可能な限り、節度ある行動をお願いする。そちらの助力には感謝しているが、俺個人は信用していないんでね」

「それはよかった。ボクも信用してませんから、秘跡調査会うちのこと」

「なんだそりゃ……奥にいる親玉に聞かれても知らねぇぞ」

「シスターマリアは上司ですけど、親玉じゃないですよ。ボクは聖女信仰で、シスターマリア(あっち)は聖母信仰ですから」

「先輩、何が違うんスか?」

「俺に聞くな。生憎と黒木ウチ家は仏教だ」


 シスターウィルは、「まぁそれはいずれ」と微笑むと、ほんの数秒だけ目を閉じ、両手を合わせて祈りの姿勢を取る。

 再びその碧の瞳が俺達を捉えると、「お守り程度ですけど、祈っておきました」。


「気をつけて帰ってくださいね。もうそろそろ、夜道で何に出会っても不思議じゃないので」

「不吉な事言うな。ったく、帰るぞ、御剣」


 踵を返し、帰路へと着く。

 車への道中。


「さっきのシスターさん、めっちゃくちゃ可愛い子でしたね!」

「どこ見てるんだお前……」

「完っ全に、お人形さんか二次元ッスよあれ! 同じ女として、世の不条理にむせび泣きそうッス」

「……」


 異論は無い。

 ただ俺には――。


「ありゃあ、普通まともじゃない」


 ――彼女は、まるで精巧すぎるナニカのように見えて、仕方がなかった。


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