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アンデッド  作者: 無理太郎
Rest Episode 不死者の日常
40/89

「……つ、つかれたぁ」


 夕刻まではもう少し間がある、午後四時過ぎ。

 結局は一日中、学校で運動ならぬ訓練をしていた僕ら三人は、各々制服に着替え、家路に着こうとしていた。

 休憩中と帰り際、好奇心旺盛な他生徒から聞き込みを受けたが、返答は徹頭徹尾。


 ――自分達のストレス発散(うんどう)に、付き合ってもらっている。


 だった。

 当然、これで納得する人間は少ない。

 だが同時に、当人達がそれしか口にしない以上、ひとまずでも認めるしか出口がないのもまた、事実だった。

 そんなことも含め、疲労の溜まった身体を自覚しながら、今日という一日を振り返る。


「また、変な噂が立ちそうだなぁ」


 不死者は、共有の難しい隠し事が多い。

 一般人つよいもの不死者よわいもの

 思えば、その話はまさしく、僕らそのものだった。

 時に運命が悪戯をすれば、それは逆転する立場であり。

 時に運命に見放されれば、それは自壊する役割でもある。


「まぁ、話の種にされるのは、不死の務めってね。昔から、表舞台に立てない人間は、そういう対象になるもんだから」


 神宮寺さんは、麗華さんと同じく慣れているのか、気にもしない様子だ。


「……でも、嫌じゃないですか?」


 それは、何気なしに聞いた事だった。

 すると、先輩不死者の二人は顔を見合わせ、穏やかな顔で口を開く。


「別に。そりゃ、不名誉な話だと異論は唱えるかもしれないけど、私達の事をあーでもないこーでもない言うのは、ある意味平和な証拠だから」

「うむ。彼らは、無敵ではないが無縁だ。生きる世界が同じでも、生きている世界かんきょうが違う以上、同じ目線で計るのは酷というもの」


 そこには、苛立ちや憎悪はない。

 不死者は生きることも死ぬことも出来なかった、半端者。

 死して動くのではなく、どうにか死を遠ざける機能を発現して、なんとか生き延びている。

 系譜であろうと、その視点は変わらないはずだ。

 なのに、神宮寺さんや雲月君は、自分達を面白おかしく噂する声を、強く恨んではないらしい。


「クドウくんは? やっぱり、変に噂されるのは嫌?」


 聞かれ、つい思案してしまう。

 すぐに答えを出せそうになく、気を紛らわせる為に歩を進めると、気づけば三人、帰路を辿っていく。

 どうだろう。

 他の人から、どう思われているかを気にすることはあっても、噂そのものを嫌うという考えはなかった。

 あるのは、戸惑いだ。

 嫌悪でも憎悪でもなく、困惑。

 きっと、それは皆が僕に抱く人物像そうぞうとは、違うと思うから。

 どんな形であれ、僕はその想像を裏切りたくない、と根底で怯えているのかもしれない。


「……嫌じゃないけど、困る、かな」


 胸中をうまく言葉に出来ず、歯切れの悪い答えが口から出る。


「その……がっかりされたり、つまらないって思われたり。そういうのが、僕はこわいのかも」


 ――有り体に言えば、嫌われること。

 ――それを、久遠満という少年は、わけもなく恐れている。


 自分でも、どうしてか、は分からない。

 ただ、それがこわくて、かなしいことだと、昔から感じている。

 いつからあったのか分からない傷痕に触れる度、じくり、と疼くような痛みが全身を這うのだ。


「初めから、合わないならいいんだ。最初から嫌いなのと、途中から嫌いなのは、違うから」


 ――そう。「嫌い」と「嫌われる」は、同じではない。

 嫌い、はそれで完結した感情だ。

 終始顛末の、スッキリとした答え。

 けど、嫌われる、は違う。

 そこには始まりがあって、やがて終わりへ向かうもの。

 きっとそれは――。


 ――――ひどく、胸を抉るものだと、知っている。


「そっか。……クドウくんは、綺麗なんだね」


 綺麗、と言われ、「へ?」と素っ頓狂な声をあげる。

 しかし、言った本人は真逆の心境のようで、腑に落ちた、とばかりに。


「傷つきたくないし、傷つけたくないってことでしょ。それは、恥ずかしがるようなことじゃないよ」


 そう、破顔しながら少し先を歩く。


「ほら、こういうの、綺麗事って言うでしょ。大抵は悪い意味で使われるけど、それは結局さ――ほとんどの人が、綺麗だなって心底思うからだよ」

「……」

「本当はその価値を誰よりも知っているのに、自分がそうなれない悔しさや、思い描く自分りそうとの距離が遠すぎて、やっかんじゃうんだよね」


 神宮寺さんの言葉は、人々の代弁になるのだろうか。

 そう思わない人も沢山いるだろう。

 けれど、同じくらい、頷く人もいるはずだ。

 そう思える、前向きな言葉だった。


「人類普遍の価値というものか。とかく、人はその価値を認めながら届かないものには、厳しいからな」

「ホントにね。羨望や憧れって、厄介だよねぇ……自分が経験してるだけあって、骨身に沁みるわ」

「ほぅ、それは興味深い。是非、語り尽くしてもらいたいものだ」

「絶対にゴメンだね。少なくとも、雲月くんに自分の口から話すことは、向こう数年はないかな」


 二人して、見えない火花を散らして不敵に笑い合う。


「でも、そうか。……そういう考え方もあるんだね」


 内容は人の難しさを語っていようとも、それは前に進もうとする考えだからこそなのだと、僕は視線をあげた。

 認め、求め、だからこそ手が届かないと知って、素直になれない。

 そんな時、僕から歩み寄れたら、その関係はほんの少しでも良くなるのだろうか。

 栓のないことだと分かりながら、それでも僕は考える。

 もしそうなら、それはとても嬉しいと思う。

 人生や時間は無情で、いつも涙を流して声をあげている内、それらは振り返って手を伸ばしても、届かないくらい遠くになってしまうから。

 どこかで取り戻せる機会があるなら、それはなんて救いのある話だろう。


-------------------------------------------------------------------------------


 夜八時前、珍しく疲労困憊な様子で帰ってきた麗華さんを出迎え、井村さんと二人で夕飯の準備を整えた。

 三人で食べるのも悪くないと思うのだけど、そこは雇い主と雇われる側の関係もあるのだろう。

 今日も今日とて井村さんは気づかない内に姿を消しており、二人で夕食を囲む。

 今日のメニューは、そうめんと天ぷらだ。

 麗華さんが連日の御紋会関連の仕事で疲れていると見越し、食べやすくつるっといけるものを考えた結果、この内容に落ち着いた。


「お疲れ様です」

「……ん、ありがとう」


 食事中、ふと互いに箸が止まった時、僕は改めて労いの言葉を向けた。


「麗華さん、疲れてると思って……井村さんと二人で考えて、用意したんです」

「え、満君も考えたの?」


 意外、という反応。

 無理もない。

 僕は未だ皿洗い担当なので、調理の類いはノータッチ。

 だけど最近、自分でも何かしたくて、数日前から井村さんの様子を伺っていたのである。

 そんな僕の挙動はお見通しだったらしく、井村さんはあっさりと一緒に夕飯のメニューを考えてくれ、僕も少しだけ手伝った。

 お湯に乾麺を入れて、タイマーセットして……っていう、大がかりなカップ麺でも作るようなことしか、してないけど。


「僕も、少しずつ、出来ること増やしていきたくて」

「無理しなくていいのよ? 貴方は貴方で、ぶらぶらしているというわけではないのだから」

「はい。でも、麗華さん、いつもしっかりしてるから……せめて、お家ではもっと肩の力を抜いて過ごしてもらえたらなって」


 一ヶ月以上――もうすぐで二ヶ月になる、久遠のお屋敷での生活。

 もちろん、不満も不足もないその生活は、だからこそ不安が砂のように積もっていた。

 魔剣使いの事件以来、目に見えて麗華さんは多忙だ。

 こうして一緒に夕食が摂れるのだって、二日に一回くらいで、朝も眠そうな後ろ姿を見た時は、自分の消極性に危機感を持ったものだ。


「……その、えっと、だからですね」


 うまく言葉がまとまらない。

 いや、考えはまとまっているのだけど、それをそのまま言葉カタチにしてしまうのは、勇気が足りないのだ。

 もごもごしている内、麗華さんが痺れを切らして――あれ?


「――――」


 箸を止め、麗華さんは僕を見据え、後に続く言葉を待っている。

 そこには急かす雰囲気はなく、だからといって、自分が割って入るつもりもない。

 つまり、純粋に僕の言葉を待ってくれている。

 なら、勇気だなんだと臆病風に吹かれていては、それこそ後で僕は参ってしまうだろう。


「……もっと、役に立ちたいんです、麗華さんにとって」

「私に? 十分じゃないかしら。薫から、普段の努力ぶりは聞いてるわよ」

「それは、それで頑張ってます、僕なりに。けど、そうじゃくて・・・・・・久遠のお屋敷に住んでる人として、麗華さんの力になれたらなって」


 人間、長く一緒に過ごしていると、やはり情が出てくるとは本当だ。

 僕にとって、麗華さんはただの完璧超人ではない。

 内外両方の姿を知る僕だからこそ、その疲労具合は見過ごしていいものではないと分かる。

 意を決し、僕は麗華さんを真っ直ぐに見据えて言葉を続けた。


「白状すると、僕は麗華さんが心配です。僕じゃああんまり役に立たないかもしれないけど、大変だったり疲れていたら、言って欲しいなって思います。全部、自分で抱え込まないで欲しいです」


 不死者として、僕が出来る事は少ない。

 だからこそ、それ以外で力になれるなら、率先して力になりたいと思う。

 だって――――。


「……せっかく、一緒に暮らしているんだから」


 ――――ここが、僕の今の、「家」なのだから。


「……ごめんなさい」


 その言葉に、僕はどきり、と顔を強張らせた。


「まだまだね、私も。貴方に見抜かれていたなんて」


 その緊張が、麗華さんのため息と同時に、雪解けのように弛緩していくのが分かった。


「私も白状すると、三法機関の介入で気が張り詰めていたの。御紋会の上層は全員がそうよ。本格的な厄介事はこれからだけど……その中には、貴方も含まれるから」

「……え」

「当然でしょう。死霊術師アーヴァに完全な人造体シェオル、続けて魔剣使いと、全員が貴方の名前を口にしている。裏で糸を引く誰かは、確実に貴方を狙っている。……それに興味を示さないほど、三法の連中は間抜けじゃないから」


 麗華さん曰く、ともすれば彼らは僕を籠絡し、体の良い撒き餌として使うかもしれない、と。


「利用価値のあるものはとことん利用するのが、連中よ。彼らにとって、一般社会の復興は丁度良い点数稼ぎなのよ。社会貢献も出来て、御紋会に恩も売れる。今の状況は、三法機関にとっては待ちに待った瞬間ということ」


 そこには、打算ありきの思惑が幾重にも絡んでいる。

 麗華さんの告白を聞き、僕は納得した気分だった。

 そりゃあ、疲れもする。

 きっと、気の休まる時なんてなかったんじゃないだろうか。


「じゃあ、僕もこれからもっと頑張ります。ただ守られるだけじゃなくて、一緒に戦えるように」


 すぐに、は難しいけど、きちんと自分の考えを伝えておくのは大切だ。


「えぇ、そうね。……私も、これ以上頑張れない時は、頼ってみようかしら」


 はにかむような、ぎこちない笑顔。

 慣れない表情はしかし、麗華さんの本心のようで、ずっと記憶に残り続ける気がした。

 その後は静かな夕食を終え、後片付けは僕と井村さんでやり、麗華さんにはすぐに休んでもらうことにする。

 洗い物も終わり、さて一息つこうとリビングに行くと、そこにはお風呂からあがりたてらしき、寝間着姿の麗華さんがいた。


「お風呂、先に頂いたわ」

「あ、はいっ」

「悪いけど、水を一杯もらえるかしら」

「す、すぐにっ」


 だだだ、と小走りで冷蔵庫前へ引き返す。

 なんというか、こう、微妙に生活リズムが合わない分、まともに寝間着姿を見たのが初めてだった。

 心臓に悪い、とはこのことか。

 紅潮した頬、しっとりとした黒髪、寝間着から覗くスラリとした白く細い首筋。

 おまけに、制服よりも生地が薄く、身体の線をなぞるシルクの寝間着は、隆起する胸元の豊満さを隠し切れていない。

 僕が愚かだった。あまりに、朴念仁すぎた。

 一つ屋根の下で過ごす相手は、美小野坂高校でトップを争う美少女なのである。

 他人には絶対に見せないであろう姿を直視し、脳はオーバーヒート寸前。

 水を一気飲みしたいのは僕の方だが、頭を振り、邪念を掻き消す。

 なるだけ平常心で水をコップに注ぐと、麗華さんのもとへと戻り、手渡す。


「ありがとう」


 受け取ると、コップの縁にぷっくりとした唇が触れ、傾くままに水は消えていく。

 水分補給を終え、「ふぅ」と一息ついた麗華さんが、もう一度お礼を言いながら、僕へコップを戻した。


「それじゃあ、また明日。お休みなさい」

「は、はい。お休みなさい、麗華さん」


 スタスタとリビングから自室へ向かう後ろ姿。

 それは、一度だけピタリと動きを止め、軽く振り返り。


「嫌な気はしないけど、あまり見つめないよう気をつけなさい」


 ふっ、とまるでお姉さんのように優しい忠告を微笑みで残し、麗華さんは今度こそ、リビングを後にする。

 僕は自分で頬をつねり、今のが夢でないことを自覚すると。


「今度から、気をつけないと」


 独り言ち、冷めない熱を払うように、台所へ踵を返すのだった。

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