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アンデッド  作者: 無理太郎
Rest Episode 不死者の日常
38/89

 日常。

 それは、日々を紡ぐ「なんの変哲もない毎日」の別称である。

 美小野坂に来るまで、僕にとってそれは、紛れもなく日常だった。

 朝起きて、学校へ行って、家に帰る。

 家でも学校でも、大きな波はない。

 僕自身が求めてはいなかったし、息をひそめるようにして時間を過ごすのは、どうしてか昔からの癖になっていた。

 それが、この美小野坂市に引っ越してきてから、大きく変わったのは、間違いない。


「……ふぅ」


 体育館の二階部分にあるランニング用のコースを走り終え、肺にこもった熱を口から吐き出す。

 五月も終わり。

 暑い日が出始めてきたものの、時折涼しい気温も混ざる季節。

 梅雨に入るまでは運動日和な事もあり、休日はこうして、体育館で汗を流す日も出てきた。

 というのも――。


「む、終わりか、満」

「あ、雲月君。今、終わったところ。やっぱり、同じメニューはキツイや」


 ――鍛えているなら、と僕の指導役にもう一人、名乗りを上げた不死者がいたのである。

 学校での運動なので、お互いに目立たないジャージ姿。

 なのだが、運動部員の皆様からの視線占有率は高め。

 わざわざ帰宅部が休日に学校に来てまで、何をしてんだ、という興味本位な視線もあれば、単純に目障り、というちょっと敵意が含まれたものも。

 それもそのはずである。


「お、走りきったの? すごいじゃん、クドウくん」

「あ、あはは。ありがとう、神宮寺さん。でも、タイムは全然」

「いいのいいの。瞬発力は別のやり方でも鍛えられるし、それこそそこの剣術マニアに剣道教えてもらえば? もちろん、防具なしで」


 どうしてこう、生傷が絶えない方向に持って行きたがるのだろうか。

 たぶん、敵意を含む視線の原因は、彼女の存在である。

 学校なので私服姿ではなく制服姿だが、それでも印象的なポニーテールが揺れる度、ちらちらと男子運動部員らの視線を受けていた。

 まぁ、それだけならいいのだが、神宮寺さんは僕の不死者としての師匠であり、いざという時の警護役でもあるので、最近は顔を合わせる日の方が多い。

 正直、僕でさえ、あれ毎日会ってるな、と思うくらいだ。

 それは当然、嬉しくはあるのだけれど、外側から見れば休日にまで学校でイチャつきやがって、となっても不思議はない。

 もちろん、断じて僕と神宮寺さんは、そんな夢物語のような関係ではないのであるが。


「神宮寺は走らんのか。オレでさえ、同じものを消化するのが礼儀と弁えているぞ」

「私は雲月くんと違って、体力に上限があるから。夜の巡回もあるし、あんまり体力使いすぎるのはよくないでしょ」

「体の良い言い訳にしか聞こえんな」

「はいはい、なんとでも。それに、私だってただクドウくんが頑張ってるのを眺めてるだけじゃないし」

「む、そうなのか」


 ごめんなさい、神宮寺さん。

 僕も一瞬、「え、そうなの?」って思っちゃいました。

 僕ら二人が同じ顔をしてたからなのか、神宮寺さんは「むぅ」と半眼で呻く。


「失礼しちゃうなぁ。はい、水分補給。あと、クールダウンしたら生徒会室に集合ね」

「せいとかいしつ?」

「うん、生徒会室。三階の奥まったところにある、あそこ」


 言われ、脳内で校内見取り図を広げる。

 基本、二階と三階は未知の領域なのだが、移動教室のある授業のおかげで、ぼんやりと全体像が浮かび上がる。

 あぁ、そういえば、教室が並ぶ棟とは別の棟の一番奥に、そんな場所があったような。

 神宮寺さんから受け取ったスポーツドリンクを口に含みながら、一人こくこくと頷く。


「ついでに、六月から私、生徒会員だからよろしくねー」


 と、髪の尾を揺らしながら体育館を去って行く神宮寺さん。


「なんと。御紋会だけでは飽き足らず、校内でも権力を握るつもりか、あやつは」

「そ、そんな大層な話かなぁ。まだ一年だよ、僕ら」

「満。ああ見えて、神宮寺は人心掌握に長けているぞ。その点は久遠の当主とは、正反対だな。分家みうちが多いだけに、自然と身についているのだろうさ」


 そう言いながら、雲月君は貰ったペットボトルには手をつけずに歩き出した。

 自然と、僕もそれに倣い、クールダウンの為に再び脚を動かす。


「雲月君、水分補給しなくて大丈夫?」

「あぁ、この程度の運動なら支障ない」

「す、すごいなぁ。やっぱり、鍛えてきた期間も違うからだよね」

「そうだな。それに、オレは肉体活性も使う。鍛えたというより、身体が死の淵から這い上がろうとしてきた、その年季だ」

「……」


 肉体活性。

 何かの話題の時、直接、雲月君から聞いた言葉だった。

 早い話が、人体のリミッターを外す事で、一般人だとアスリート――それも、世界トップレベルの人達で、ようやく踏み込める人体酷使の業だ。

 それさえ、肉体活性という技術体系として認識し、行っている者は表舞台にはまずいない。

 故に、雲月君はあまり肉体活性という技術を好んでいなかった。

 謂わば、これは反則のようなものだ、とは本人の談である。


「そう深刻な顔をするな、満。なに、前衛けんしとは身体に命を預ける者。それが動けんとあっては、話にならんだろう?」

「ま、まぁ、そうなの……かな?」


 言っていることはご尤もなのだが、物騒極まりない物言いなので、素直に頷けない。


「僕も、皆みたいに戦えるようになるかな……」

「心配せずとも、問題はなかろう」

「そ、そう?」

「あの渦中に単身乗り込む気概があるなら、大抵のことは成し遂げられる」


 その言葉に、ふと思い返されるのは中央区での戦い。

 僕は何かの衝動で、あの地獄の中をひた走った。

 今思えば、よくもまぁ無謀な真似をしたものだと反省する。

 神宮寺さんが怒ったのを覚えているけど、当然すぎる愚行だった。


「もう少し自信を持て。君は自分が思うほど、小さな人間ではない」

「う、うん……ありがとう」

「それに、必要以上に小さく自分を見せると、いらぬ争いを生む。……次からは、バスケ部の先輩連中を逆に睨み付けてやってはどうか」

「な、なんで!?」

「数名、神宮寺が君に声をかける度、苛立ったような気配がした故な。ああいった手合いは、退くと図に乗る。出鼻を挫くのが定石だ」

「喧嘩はよくないよ、雲月君」

「はは、抜かりはない。その場合、体育館の板張りに相手をのすのは神宮寺だ。お目付役なれば、君が絡まれたと聞けば鬼の形相で飛んでくるぞ」


 と、神宮寺さんがいないことをいいことに、言いたい放題な雲月君。

 こうして一緒に過ごす時間が増えて分かってきたけど、彼も中々にからかい好きだ。

 特に、本家女性陣二名とは、互いに食えないヤツ、と認識している節がある。

 それでも、最初のパンケーキを食べに行った時よりは、随分と打ち解けている気はするけど。


「そろそろ生徒会室に行く? お昼も近いよね」

「うむ。まぁ、おおかた予想はつくがな」

「?」


 何の予想だろう、と思いながら、僕らも体育館を後にして、三階の生徒会室へ向かう。

 道中、文化部らしき人達とすれ違うが、僕と雲月君の組み合わせが珍しいのか、背中で何度かひそひそ声を聞いた。

 そして辿り着いた、生徒会室。

 ノックをして、「失礼します」と中へ入る。


「お疲れ様」


 と、出迎えてくれたのは、予想外の人。

 艶やかな黒のセミロングを湛えた美少女は、相変わらず隙の無い様子で――ただし今日は、生徒会室に設置された長机に座っていた。


「れ――久遠先輩、学校に来てたんですね」

「えぇ、野暮用でね」


 休日は朝食を終えるとお互いに自由時間だから、まさか学校に来ているとは思っていなかった。

 二人で生徒会室に入ると、そこでようやく長机の上に並べられたものに気づく。

 珍しい、外注のお弁当だ。


「これ、買って来たんですか?」

「えぇ。御紋会が提携している仕出し屋のものよ。買って来たのは薫だけどね」

「さては、経費で落とす算段だな」

「たまにはいいでしょう。こっちは連日会議詰めで、反撃いきぬきでもしないとやってられないのよ」

「いや、これは失敬。そういえば、そんな呼び出しもあったな」

「……覚えておきなさい、雲月賢史。その内、本舎に縛りつけておいて差し上げるわ」


 あぁ、雲月君、また会議すっぽかしたんだなぁ。

 そして、一度ひょっこり顔を出したと思ったらまた来なくなった、とかで麗華さんや神宮寺さんが、とばっちりを受ける図が想像出来る。


「その割には、神宮寺は上機嫌だったぞ」

「あの子は阿賀島に気に入られてるから。世渡り上手なのよ、私と違って」

「まぁ、確かに。その点、久遠は致命的に人当たりが悪いな。オレ自身、自分より上がいるとは思わなんだ」

「悪くて結構。愛想笑いで群れるくらいなら、私は独りでいいもの」


 麗華さんのすごいところは、この発言が虚勢に見えないところである。

 それどころが実際、虚勢でもなんでもないのだから、恐れ入る。

 最近思うけど、麗華さんは人付き合いが嫌いなわけではない、と感じる。

 雲月君が言ったとおり、苦手、なのだ。

 つまり、相手に気を遣って過ごすのが、あまり得意じゃない。

 思ったこと、言いたいことはぴしゃり、と言ってしまうのが、久遠麗華という人物なのだろう。


「でも、人数分用意されてるってことは、皆でお昼ご飯ですね」


 僕は、そんなところが人間らしくて、麗華さんの魅力だと感じている。

 わざわざお昼に同席してくれるのだって、麗華さん自身もどうせなら皆で食べた方が美味しい、と考えているからだろう。


「随分と嬉しそうね、クドウ君」

「はい。お腹ぺこぺこですし、皆で食べるご飯は美味しいですから」

「……えぇ、そうね」


 ピリピリしていた麗華さんの空気が、幾分落ち着いた気がする。

 雲月君も僕の隣の席に腰を下ろすと、教室のドアが音を立てて開く。

 神宮寺さんだ。


「お、いたいた。先輩、黒木先生にお昼渡して来ました」

「ありがとう」


 どうやら黒木先生の分もあったらしい。

 僕のクラス――C組の担任である黒木先生は、御紋会関係者であり、校内で不死者の事情を知る数少ない大人の一人だ。

 牛島剛とクレオン・サラウマリの一件は、表面上はひとまずの落ち着きを取り戻しているものの、未だ解決していない部分もある。

 学校も襲われ、人的被害は軽微だったものの、世間との辻褄合わせと事後処理に追われているようだ。


「じゃ、食べましょ。私もお腹減ったー」


 神宮寺さんが麗華さんの隣に座り、一様に弁当の蓋を開けた。

 飲み物も別でお茶が用意されており、中々に手厚い待遇だ。

 弁当の内容は、ざっと見、ミックスフライ弁当といった感じ。

 いかにも若者向けなボリューミーな一品である。


「ん、おいしい」


 空腹に負けて、一口目から揚げ物を頬張ると、衣の香ばしいかおりが鼻を抜けていく。

 さすがにお弁当なので、揚げ立てとはいかないが、油っぽさはなく十分に美味しい。


「でしょー。なんせ松だから松」

「まつ?」

「松竹梅の松よ。この子、自分のお金じゃないからって、一番上のを頼んだから」

「やりたい放題だな」


 あぁ、なるほど、と僕は頷く。

 通りで美味しいわけだ。

 いや、この分だと竹や梅でも十分に味は保証されている気がする。


「じゃあ、雲月くんなら松以外頼む? 御紋会持ちだよ?」

「松一択だ。いや、オレなら鰻重にする」

「生徒会室で接待でもするつもりかしら」

「あはは。そこまでいくと、完全にご馳走だね」


 終始穏やかに、昼食は過ぎていく。

 雲月君が一番最初に食べ終わり、僕ら三人も残り僅か、というところで、僕はふっと一つの疑問を口にした。


「そういえば、生徒会室で食べてよかったの?」


 ほぼ食べ終わる寸前で言うのもおかしな話だが、六月から生徒会員である神宮寺さんがいるとはいえ、結構な職権乱用感がある。

 しかし、神宮寺さんは「大丈夫だよ」とニコニコ顔で返答してくれた。

 うん、あれはきっと大丈夫だけど、何かしらの企みによるものだ。


「そもそも、私が生徒会に入ったのだって、生徒会長の勧誘がしつこいからだし」

「えっ、そうだったんだ」


 僕が驚いていると、麗華さんが肩を落としながら「勧誘されていたのは私の方だけどね」と、眉間に皺を寄せた。


「なのに、神宮寺さんが入ったの?」

「うん。私からも説得しておきますよって言ったら、瞬殺だったよ、生徒会長」

「……あまりに情けなくはないか、それは」

「まぁ、カリスマ性って点で見ると、確かに先輩以上の人ってそういないからね。敵もいるけど、意外と味方してくれる人もいるし。先生達からの評判は軒並み良好、おまけに文武両道才色兼備。実家はお金持ちで、かといって豪華一点を前面に押し出すわけでもなし。ほら、気持ち悪いくらいのスーパーウーマンじゃん?」


 無言で頷く僕ら男性陣。

 確かに、言葉として並べられると、こう――もはや圧巻である。

 佇まいからして浮世離れしている麗華さんなら、トップに立った瞬間、味方に着く人は少なくないだろう。

 なんだかんだで、面倒見が良いのが彼女の隠れた一面であるからだ。


「やめて頂戴。ただでさえ御紋会の仕事で忙しいのに、生徒会長になんてなったら、さすがに倒れるわよ私」

「だからぁ、そこを私が副会長として暗躍サポートするんじゃないですか。根回しは早いに越したことはないですし」

「そういう理由で入ったわけね、貴女」

「それ以外にも理由はありますけど、どうせやるなら楽しみたいじゃないですか」


 あははー、と恐れ知らずの神宮寺さん。

 静かに怒気を沸き立たせる久遠麗華に対し、ここまで平常心でからかえるのは、おそらく彼女くらいなものではなかろうか。


「まったく。さて、私はこれで失礼するわ。午後は三法機関の顔役が、本舎に来る予定だから」

「げっ、でた。うー、いよいよかぁ。どんなのが来るのか、考えるだけで頭痛が」

「貴女は直接対応するわけじゃないからいいでしょう」

「どうせ後から挨拶に行かないといけないから、変わりませんよ」


 二人の面持ちは一様に暗い。

 麗華さんから聞いたけど、結局、街の復興や事件の処理は三法機関という外部組織の手を借りることになったらしい。

 御紋会がずっと彼らの介入を渋っていたのは、その後の要求が怖いからだった。

 金銭というよりも、情報や戦力の提供を持ち出されることが厄介らしく、これで泥沼の殺し合いに繋がったケースが、過去にあるらしい。

 三法機関同士がお互いに反目している以上、手を貸せば一方が敵になり、気づけば血で血を洗う一大戦争、というのも言い過ぎではない。

 そんな裏の顔を持つ集団と関わるとなれば、気が重いのも頷けた。


「薫、片付けは任せていいかしら」

「はいはーい。先輩はどうぞ、お務め行ってらっしゃいませ」

「悪いわね、ありがとう。それじゃあ、クドウ君も、また後で」

「はい。気をつけて行ってきてください」


 僕の返答に頷き、麗華さんは生徒会室を後にする。

 さて、僕らは午後も別のメニューがあるし、また徐々にエンジンをかけていかなきゃ。

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