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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.2 剣の道
35/89

霊刀vs魔剣

 これ以上ない僥倖だった。

 心境の変化か、煽動の魔女は雲月賢史オレとの一騎打ちを提案し、オレはこれを呑む。

 しかし、これで全ての問題が解決するわけではない。

 剣技で言えばオレに軍配があがるものの、それでも力量差はクレオン・サラウマリが上をいくだろう。

 まず以て、魔力の有無と出力が段違いである。

 単純な斬り合いでさえ、威力を魔力で増幅出来る相手側が圧倒的に有利。

 これがただの刀での戦闘の場合は、そこら中に代えの刀でも転がせていないと、勝機は絶望的だった。


「そのツルギ――ただの鉄剣ではありませんね」

「気づいていたか」

「斬魔の業はよく見ますが、アレはひどく武器を摩耗させる。あれだけ私の魔力を受けながら、刃毀れ一つしていないのを見れば、一目瞭然です」


 負け続きだったとはいえ、戦い続けてきた目利きは確かなようだ。

 そう、唯一、オレがこの魔女に肉薄する機会があるとすれば、この霊刀を最大限に活用した時のみ。

 クレオン・サラウマリの言う剣遣い同士の一騎打ちとは、剣技だけで戦う、という意味ではなく、持ちうる全霊を以て戦う、という意味だ。

 当然、オレが負ければオレ自身は生きてはいないだろうし、後ろの二人も悲惨な末路を辿るだろう。


 ――互い、譲れぬものを懸けた、運命じみた一戦。


「悪辣と言った割には、随分と見え透いた真似を……」


 聞こえるか聞こえないかほどの呟きを、漏らす。

 牛島剛と魔剣の絆は、その詳細までは窺い知れない。

 そも、当人らが語るならともかく、それ以外を探るのは野暮というものである。

 言えることは一つ。

 せめて、裏切った埋め合わせではなく、己の存在さえ明け渡した誰かの在り方をなぞることで、魔剣としての戦いを果たそうとしているのだ。

 オレ自身も、まさかこんな形で、剣士としての大一番を迎えるとは思わなかった。

 見なくとも分かる。

 この隙に逃げてしまえばいいものを、馬鹿正直に後ろの二人は、オレを信じて立っているのだ。

 これでは――何がどうあっても、負けるワケにはいかない。


「名乗りはいりますか、剣士よ」

「いや、必要ない。生憎と、オレは剣技も含めて、高名とは縁遠い」

「それはよかった。では、外法同士――」

「――尋常に」


 ――勝負、と両者は同時に地を蹴り上げた。


 二つの刃が紫電を交える。

 読み通り、クレオンの太刀筋は剣士としては、単調で拙い。

 練度も鋭さも今ひとつな、剣を剣として振るい慣れていない者のそれだ。

 しかし、受ける度、腕の骨が軋み、指の軸がブレ、肩が悲鳴をあげる。

 小細工のない剣戟はしかし、全魔力を剣身に込めているのか、まさしく必殺の一撃と化していた。


「――っ、これは」


 もし、これでクレオンに剣士としての心得があれば、勝負にすらなっていない。

 ただ受けるだけでは肉体が先に死ぬと判断し、オレは受け流しながら懐に迫る。

 その度、より精度を高めた魔力放出の気配を受け、素早く身を引いては仕切り直す。

 元が術師なだけあり、魔力関係の動作速度と精度は並ではない。

 こちらの剣閃を見切っているのも、動体視力を強化しているからだろう。

 互いのツルギを交えれば交えるほど、その実力は浮き彫りになっていく。

 剣士としての技量は劣れど、彼女の戦士としての技量は実戦で培った紛れもない、本物だ。

 常に敗走。されど生還を果たし、戦い続けてきた魔女の戦闘経験値は、オレを追い詰めるには十分過ぎる。


 一合一合の合間、ほんの数秒のインターバルに、刀を握り直す。


 肉体活性も、そろそろ限界に近い。

 全身の関節が熱を持ち、嫌な汗でびっしょりと濡れていくのが分かる。

 だが、オレには魔力を操るような術はない。

 ではどうするか。


 精神を研ぎ澄ませ、集中力を極限まで引き上げる。


 文字通りの精神活性の封を切った。

 精神活性とは、まんま肉体活性の精神版である。

 これを肉体活性と併用することで、人体はより死に近づく。

 削れていく命。零れ落ちていく生命機能と引き替えに、ほんの僅かな間だけ、オレは戦闘に特化した人間へと変貌する。


「――――っ!?」


 打ち合う剣身に変化があった。

 クレオンは目を見開き、魔力に残った太刀筋を視認する。


「魔力だけを、斬った?」


 舞い散る火花。

 剣戟の音が鳴る度、刃が触れたその瞬間だけ、相手の魔剣から重さがなくなる。

 じりじりと焦げていく神経回路。

 精神活性を奥の手としていた理由は、この燃費の悪さだ。

 たった十数秒で、もう視界は明滅し、時折砂嵐のように乱れていく。

 精神の活性とは、言い換えれば魂の燃焼に他ならない。

 それと引き替えに、火の付いたオレはあらゆる感覚が研ぎ澄まされ、限界に近づけば近づくほど「解る」ことが増えていく。


 魔剣に詰め込まれているのは、溢れんばかりの魔力。

 周囲に霧散させていた分も、身体の奥に引っ込めて、攻めと守りにうまく配分しながら、クレオンは立ち回っていた。

 そこで、オレは勝ち筋を一つ、仮設として敷く。

 手にした霊刀「霞別」は文字通り、斬り別けることに特化している。

 特にそれが無形であれば、魔力であろうと容易く斬り別けてしまう。

 先ほどから、魔剣が一瞬斬撃の重さを失うのは、その瞬間で込められた魔力を剣本体から斬り別けられているからである。


「その剣――まさか、聖剣の一種――!?」


 惜しい。

 クレオンの反応は、あくまで魔力を断つ、という点だけで判断しているからだ。

 この刀を握り、振るうオレには、霞別の実体が明確に判明していく。


「はぁ、はっ――はぁ、はぁっ、はっ!」


 あがる息と引き替えに、霊刀と呼ばれる所以を知った。

 これは、本当に「別ける」という点に特化した、離別の呪刀だ。

 聖剣など、間違ってもあり得ない。

 むしろ、肉体と魂すら斬り別ける――彼女にとって、天敵のような一振りである。


「っ――」


 何度目かも分からぬ剣戟で、オレはたたらを踏む。

 一瞬、意識が飛んだ。

 既に、指先は熱を失い、膝は震え始め、視界は色を失いつつある。

 古い刀――霊刀と呼ばれるそれは、何も相手だけを斬り別けるワケではない。

 振るっているオレ自身も、気を抜けばそのまま魂が消えかける感覚に陥る。

 ただでさえ精神活性で魂を摩耗しているところに、追い打ちをかけるように霊刀が牙を剥く。


 ――通りで、どう使うかは御前次第だ、か。


 これは、解れば効力を発揮し、同時に自他共に斬り伏せる諸刃の異刃。

 考えが甘かった。

 九年、家宝として鎮座していただけはある。

 こんなもの、気軽に振るっていては、とうの昔に雲月家は潰えていただろう。


「侮りました。そのツルギ――まさか、霊妙を断つ神殺しの刃だったとは」


 オレに半歩ほど遅れ、クレオンも理解したらしい。

 いや、直に触れていないというのに、おそらくは目覚めつつある霊刀の魔力だけで、それを見抜いたのである。


「ハッ、ようやくか。……オレも人の事は言えんがな」


 ふらつく足に力を込め、奥歯を噛んで相手を見据える。

 この刀が魂を斬るならば、それに耐えるのは鉄の装甲ではなく、鋼の意思。

 ここから先は、オレと霊刀こいつとの、意地の張り合いだ。


「――ならばこちらも、迎え撃たねば不作法というもの!」


 初めて、クレオンが真後ろに跳躍し、距離を大きく離す。

 構える剣身に、青黒い魔力が渦を巻いて荒れ狂う。

 見覚えのある魔剣の姿――あれは、学校の屋上で放った業と同じ挙動。


「くっ――!」


 駆け出すが、遅い。

 肉体活性は限界を超え、まともに機能しなくなっている。

 それに加え、霊刀の代償が重くのしかかり、オレの性能を悉く奪っていた。

 想像以上の消費。

 これならば、まだただの鉄の刀を振るっていた方が、勝機があったのでは、とすら錯覚する。

 そう、あくまで錯覚だ。

 目の前で、閉鎖空間とはいえ、週末であれば家族連れや多くの人々で賑わう、デパートの一階部分が地震のように震え、魔剣の周囲には既にモノらしいモノが残らないほど、魔力が強く渦巻いていた。

 学校のは、あくまで牛島剛と魔剣クレオンとしての、解放。

 これが、受肉した魔剣が魔剣じぶんを全開した場合とでは、格段の差を見せるのはおかしな話ではない。

 アレを見て、鉄の刀で勝てるなどとは、笑えぬ話である。

 否、果たしてこの霊刀でさえ、受けきれるのか。


「これは、怨嗟の魔性。世を恨み、己さえ恨んだ、我が歪の信仰。神を信じ、神に背き、神を憎んだ、否定のツルギ。さぁ剣士よ、受ける覚悟は決まりましたか」

「――――」


 ふと、オレは後ろを振り返る。

 最初の位置から、随分と離れてはいるが、二人の姿が見えた。

 神宮寺がクドウ少年を庇うように立ち、髪を揺っていた紐を外す。

 髪の尾が解け、ばさりと見事な黒髪が、魔剣の放つ強風を受けて流れていく。


「こっちはこっちで受ける! 自分だけに集中して、負けたら許さないから!!」

「雲月君――!」


 あぁ、神宮寺がそういうなら、大丈夫かもしれない。


「――頑張って! 負けないで!!」


 それは、なんて場違いな応援だったろう。

 もう少し気の利いた言葉など、幾らでも思い浮かびそうなものだろうに。

 けど、クドウ少年は、それがどう映るかなど一切考えず、真っ直ぐに、オレへ言っていた。

 勝て――ではなく。

 頑張れ、負けないで――と。

 勝利ではなく、敗北を許さない想い。

 守られる側の精一杯の願いだ。


 そう、彼は――死なないで、と言った。


「裁定の刻です。――諸共、逝きなさい!」


 前を向く。

 重心を落とす。

 上段に構え、振り下ろす。

 魔力の砲撃を正面から受け、振り下ろした刃が拮抗する。

 斬撃、とは馬鹿馬鹿しくなる範囲攻撃。

 もはや魔力の大砲のような一撃は、同じく神秘を宿す武装でなければ、一瞬で瓦解させ、この身は塵一つ残らなかっただろう。


「ぐ、っくぁ――――!」


 意識が飛び飛びになる。

 物理での抵抗はアテに出来ず、生きている奇跡は霊刀頼みの綱渡り。

 当然と言えば、当然の結果だ。

 元より、人殺しの業を磨き、真っ向勝負など殺せればそれでいいと、見向きもしなかった過去がある。

 剣士の在り方に拘り、自身の天賦であろう暗殺を選ばなかったのが、運の尽きだ。


「あ、ぎ――――く、ぅっ!」


 それでも、気づけば、背負っていたものがあった。

 家族に託された想いがある。

 友に託された願いがある。

 自身に託された決意がある。


 誰かと囲んだ食卓の暖かさが胸を擦り。

 オレを友と呼んで、散った者の言葉が身体を支えた。


 ――たましいはな、誰かの為に張るもんだ。


 震える手元を見下ろし、折れそうなほど強く歯を噛み締める。

 家族の想いが、瞳に火を点ける。


 ――牛島剛という人間に対し、どんな答えを出すか。


 オレに、憧れてくれた人が、いた。

 オレ自身がそれを否定していたとしても、その想いまで否定する必要なんて、なかったんだ。

 今になって思う。

 もし、それを自分だけのものではなく、あの冬の道場で――牛島先輩に、きちんと打ち明けることが出来ていたら、違う未来があったのではないかと。

 でも、それはもう届かない未来だ。

 許されない、気づくには遅すぎた選択だ。


 ――でも、そんな選択もあったかもしれないと、気づけた今を。


「う、ぉぉぁぁああああああ―――――!!」


 もう、無駄になんて、出来ない――!


 前を向く。

 声を張る。

 命を燃やす。

 後は見るな、先を見ろ。

 帰らない全てに背を向けて、今在る全てを守る為、オレは剣士を貫く。


 拮抗する魔力に、初めて亀裂が走った。


 柄を握る掌に全霊を込める。

 全身に酸素は足りていない、気力だけで走りきるには距離がある。

 不可能だと判断する思考すら断ち切り、この瞬間に命を懸けて、鬩ぎ合う刃を振り下ろす。


「――――な」


 クレオンが驚愕する。

 出力で言えば、いかな霊刀を以てしても必殺も必殺。

 まず以て人の身で受けられる重圧ではない。

 オレも、そう思っていた。


「御命――貰い受ける!」


 上段から兜割に振り下ろしたまま、下段に構えながら、彼我の距離を一気に詰める。

 足りない要素全てを埋めるのは、魂だ。

 霊刀がオレの魂を代償とするなら、その代償さえ支払えば、供給される「何か」があるということ。

 クレオンが魔剣を構える。

 さすが、あれだけの大技を放って尚、硬直がほとんどない。

 故に、防がれる。

 オレに許されているのは、一撃だけ。

 防御態勢の整っているクレオンは、剣技で劣ろうと、オレの剣閃を確実に防いでくる。


 ――霊刀に触れる掌に、その瞬間を込める。


 下段から袈裟に斬り上げる。

 触れる剣同士。

 火花を散らし、ここでオレの敗北が決定する。

 それを。


 ――霊刀の閃きが、相手の魂を斬り別けた。


 この狙い澄ました一閃で、両断する。


「――――あ」


 クレオンは、霞別を「神殺し」と呼んだ。

 確かに、魂そのものを斬り伏せれば、神であろうと死ぬだろう。

 だが、それは神秘そのものを殺す考えだ。

 生憎と、オレにそんな芸当は出来ない。


「そん、な――私だけを、斬った?」


 肉体に傷はない。

 だが、クレオンの手から、魔剣が初めて離れた。

 がらん、と音を立てて、彼女自身でもあるその半身が転がる。


「……こいつは、『斬り別ける』ことに特化している。受肉したのが、仇となったな」

「そうか……魔剣わたしから、クレオン(わたし)を……切り離す、なんて」


 それでも、完全に肉体を明け渡している以上、魔剣を通じて彼女の魂を斬れても、一撃とはいかない。

 だから、むしろ魔剣で防がせる必要があった。

 これで、魔剣と肉体の繋がりは断った。

 残るは、受肉した肉体に在る、二つの魂のみ。

 オレの体勢は斬り上げ。全身の力を使い果たし、ここから大きな動きは期待出来ない。


「これが、オレの答えです、牛島先輩」


 前に倒れる自重と、腕が落ちる自重を合わせて、最後の一撃を叩き込む。

 霊刀の刃はクレオンの肉体を、今度は肩口から横腹にかけて袈裟に奔り、しかしその肉体には傷一つ残さず、宿る魂だけを断って見せた。

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