真意
魔剣が閃く。
魔力を乗せた一撃は、受けても流しても、まるで鉄球を相手にしているように重く、全身に響く。
オレは最前線で魔剣使いと斬り結び、神宮寺は後ろからの援護射撃で既に二度、オレの窮地を救っていた。
繰り出される剣技は、今までに見たことも、感じたこともない太刀筋。
オレが操る業を殺人剣と称するなら、魔剣使いの振るう業は討伐剣だ。
太刀筋自体は単調であり、目で追えさえすれば回避そのものに見た目ほどのプレッシャーはない。
だが、特筆すべきはやはり、その威力。
一撃必殺を体現しているような魔剣の威力は、およそ人体を基準に考えられたものではない。
それを遥かに超える生命力。
致命傷以外はかすり傷を地でいくような化け物相手を基準とした、過剰威力の剣技だった。
「――ふっ!」
兜割りを半身で避けながら、相手の剣身の腹にこちらの刃を乗せて捌き、衝撃波も断ち切っていく。
完全に魔剣頼りな戦法だが、ここまで来ると魔剣使いというよりはもはや魔剣士である。
剣士としての矜持など掻き消え、剣とその生き様が同化している。
魔道に傾き、剣士として型崩れしながらも、こうして剣を合わせればやはり、剣士という他ない矛盾の存在。
「……っ!」
防戦一方。
単純な攻めであるが故、隙が無い。
動きに遅延がなく、斬り結ぶことは出来るが、攻めに転じることが出来ない。
それはまさに、牛島剛が生来培ってきた剣道の極意であった。
魔剣の中に、あの部活で垣間見たような眩しさが垣間見える。
ただひたすらに反復練習でしみこませた、面、胴、篭手の竹刀捌き。
曲線を描くような優雅な剣閃はないが、実直な剣運びは着実にオレの集中力を削り取っていく。
一つ。ただの一つでもまともに受ければ、命はない。
だからこそ、その一点を狙い澄まして鍛え上げてきた動きが、ここに来てオレを仕留めようと唸りを上げていた。
「どうした、雲月賢史。剣に冴えがないぞ」
「……ようやく人を外れたと思えば、振るう剣は未だ人に縋っているとはな」
「なに?」
「気がつかないか、魔剣使い。その剣に宿る魔力は人ならぬが、太刀筋はまるで少年のようだと言っている。……さては、まだ人格が残っているな」
魔剣と繋がる事で得られる情報量や魔力量は、容易に人格を塗りつぶしてしまう。
口調や人相が変わってしまうのは当然だが、それでも、意外な形で「元の牛島剛」の影が見え隠れしていた。
「残るも何も、俺は俺以上でも俺以下でもない」
「それはそうだろうよ。存在の話ではなく、記憶の話だ。どれほどお前が魔剣に寄せたとて、契約を以てしても個人の魂を掌握するには時間が必要だ」
「黙れ。魔剣への侮辱は許さん」
「侮辱ではない、事実だ。目を覚ませ、牛島剛。自分がその掌で握り絞めているものが、どういう魔剣か――それから、目を逸らすな」
魔剣使いの殺意に、明らかな怒気が混じる。
「減らず口を。お前に何が分かるという」
「分からないさ。ならば聞くが――お前は、魔剣の何を知っているという」
そう、何故、魔剣が魔剣と呼ばれるのか。
ただ人格を有し、魔力を宿すだけならば、それは聖剣も同じことである。
つまりは、魔剣は魔剣たる性質や属性を持つから、そう呼ばれるのだ。
「その魔剣、理性の暴走が本領だそうだな」
「……それがどうした」
「誰よりも近く、誰よりも色濃く影響を受けるのが、自分だとは思わないのか」
「影響だと? 契約とは繋がることだ。当然、魔剣の記憶や経験が俺の内に流れ込む。その程度で、俺が消えて無くなるとでも思ったか」
「あぁ、思う。牛島剛、その魔剣――どうやって手に入れた」
だから、オレは核心に迫った。
誰かが国外から持ち込んだとしても、今の所有者は牛島剛だ。
何者かの手によって、あの魔剣は彼の手に渡されたのである。
「雲月くん、嫌な予感がするんだけど」
後ろで、オレと魔剣使いのやり取りを聞いていた神宮寺が、不吉な気配を察したのか、声をあげた。
誰もが、初めから疑問としてはあったはずだ。
件の魔剣を、手段は謎として国内に運び込んだ者がいて、それを牛島剛に渡した者がいる。
同一人物か、あるいは共犯同士か。
どちらにせよ重要なのは、牛島剛自身は――この件の現行犯ではあるが、元凶ではない。
「お前には関係のないことだ」
「それも間違いだ。むしろ、これはお前の問題でもあろう。それを、関係がないとは――随分と自分に関心をなくしたな」
「黙れ」
「断る。オレはずっと疑問でなぁ。剣の道と嘯くならば、魔剣の出所も承知の上かと。第一、魔剣とは何か、お前は然程知らぬのではないか」
「・・・・・・黙れっ」
「一体いつから、剣の為に斬り始めた? 魔剣とは、魔性を宿す刀剣の名だ。では魔性とはなんだ。――例外なく、それは人を惑わすものだ」
「魔」自体であれば、それほど問題ではない。
魔力がそうであるように、純度が高くなるほど単純な力の側面が浮き彫りとなる。
これが、「魔性」だと話は変わる。
そもそも、魔と魔性は別物だ。
魔性とはその性質を備えたものであり、それ自体が「性」を持つ。
つまり、己自身でも抗いがたい根本的な性質・欲求・指向だ。
まとめよう。魔性とは、それそのものが一つの存在として息づいている。
魔のように、強力かつ強大だが、動きや流れがなければ無害に近いものとは、ある意味では対極にあるのだ。
故に、魔剣は恐れられ、忌み嫌われている。
「幼い頃の特訓というやつでな。徹底して手に取る武装の類いは、『道具』として見るようにしている。そうでないと、ごく稀に人間を『道具』として用いる、不届きな武器達がいるのでな」
「黙れ、黙れ、黙れ――!」
魔剣の剣身に魔力がざわめく。
まるで、渦巻く不安や疑念を打ち消すように、今にも牛島剛の身体が飛び出していきそうな気配を覗かせる。
怒りの中に、オレは僅かな動揺を見た。
「そうまでオレの語りが不服なら、聞いてみてはどうか。当の本人は、お前の手に平に納まっているだろうに」
言の刃を、その喉元に突きつける。
牛島剛の心中に隙間があるとすれば、大きな穴は一点。
いつから「使われる側」になっていたか。
オレへの執着は薄れ、彼の行動は徐々に剣士のそれを外れてきている。
学校の時から、違和感はあった。
学校の全敷地を覆うほどの魔力の檻。
死地で成した契約。
そして、この街の惨状。
牛島剛の家で見せた顔とは、打って変わって彼の立ち振る舞いは、まるで世界の敵にでもなったようだった。
「……違う。俺は、世界を変えるんだ。剣士が、剣士として、生きていけるように」
「まだ言うか。別段、剣士であろうことに口出しなどされない。オレを見てみろ。変人扱いはされるが、まぁそれが関の山よ。元より孤高であれば、むしろ心地よい」
「なんか、それはちょっと物申したくなる意見だね……」
「なに、オレ個人の体験に基づいた見解だ。強制はしない」
背中で神宮寺の呆れ声を聞きながら、肩をわざとらしくすくめて見せた。
彼の発言は、どこかズレている。
港で待ちぼうけを食らっていた時、大体の話は聞いていた。
剣士の流儀としては、些か暗躍が過ぎる。
何らかの理由でそうしなければならなかったとしても、その後の行動も、牛島剛の目的としてはどうにも繋がらないのだ。
まるで、誰かに言い様に操られているような、チグハグさがあった。
「真っ先にオレを殺しに来ていれば、それで済んだ話だろう。それを、最後の最後まで後回しにした理由は何だ、魔剣使い」
「それは、お前が――」
「――オレが本気で戦えないからか? まさか、散々オレを打ち負かした人間が、今更オレの人間性を見誤るものか。そも、牛島剛は雲月賢史の『剣士としての面』に惹かれ、既存の剣道像に挫折したのではなかったか」
「…………」
「巧妙に操られているのは、誰か。今、自分が手にしている魔剣を見れば、答えは出てくるはずだが」
初めて、牛島剛の呼吸が乱れ始めた。
視線は定まらず、まるで幻聴か幻覚にでも見舞われているかのように、虚空のあちこちへ視線を向けては、悪夢を振り払うように頭を震わせる。
「神宮寺、件の魔剣は理性を増幅させるんだったな」
「う、うん。そうだけど……」
「つまり、人間が正しいと考える『判断力』そのものを暴走させることが出来るわけか」
「そう、だね。うん、だから精神干渉じゃないってこと。あくまで、理性の暴走。自分が『こうしていいんだ。これが、こうで、だから正しいんだ』みたいな基盤があって、でもそれを世間体や倫理観で抑えつけていた場合、あの魔剣はその抑圧そのものを取り除く感じ。こう思うし考えるけど、それはやっちゃダメな気がするからやめようっていう、ブレーキが利かなくなる、みたいな」
神宮寺の説明は歯切れが悪いが、オレにはよく伝わってきた。
早い話が、理性の暴走とは「致命的な決断力とその方向性の暴走」である。
殴りたいくらい頭にくるが、殴ったら罪に問われるからやめよう、ではなく。
殴りたいくらい頭にくるし、原因は相手にあるんだから殴ろう、と判断し、決断し、決行する。
だから、精神に干渉しているのではなく、人々はタダ単純に、恐ろしいほど正直に考え、正直に行動しているだけなのだ。
しかし、そうだとすれば、牛島剛は真っ先に雲月賢史を殺しに来なければ筋が通らない。
「……疑う力さえ残されていなかったのが、運の尽きか」
オレは最後、誰に向けるわけでもなく呟いた。
牛島剛は、本当に弱っていたのだろう。
もはや、自分で碌に考えられないほど弱りきり、その上であの魔剣を与えられた。
だとすれば、全てに辻褄が合っていく。
「違うっ! 違う、違う、違う!! 俺は、俺は世界を変えるんだ! 先生も言った! 剣士として生きるべきだって! 俺は剣士だ。俺は剣士なんだ! 俺はもう、答えを得たんだっ。これが、俺の目指した姿だ。俺は――俺はお前みたいに――――」
――――俺は、君の側に憧れていたんだ。
そんな彼の言葉が、オレの胸を擦る。
おそらくあれは本心で。
「――――あれ、俺は、一体――――どこに、立ってるんだ?」
ようやく、自分が「どちらの側」にも立っていないことを、彼は理解した。
周囲を見渡せば、そこは血の海、地獄の只中。
まだ、剣で斬った屍の上であれば、士道不覚悟で通すことも出来たろうに。
道を踏み外そうと、それが剣の道であるならば、まだ救いはあった。
「うそだ、嘘だ、嘘だっ! こんな――だって、俺は――――」
初めから、牛島剛が歩いていたのは剣の道などではなかったのである。
窶れた心に囁かれた道は、見たことも聞いたこともない、誰かの道。
そこが、おそらくは限界だったのだろう。
「う――あ、が――――あっ――待っ――――クレ、お、ン?」
牛島剛の様子が急変し、頭を抱えながら血走った瞳孔は虚空を奔り続け、魔剣に触れている部分から青黒く変色していく。
「うそ、あの魔剣――まさか、憑依!?」
背後で、神宮寺の悲鳴があがる。
「それ以上だ。憑依だけなら、契約の必要もあるまい。存在の繋がり、同化現象を結べば、持主の意思が余程強くない限り、主導権は魔剣側にある」
「けど、彼――元は普通の人間だよね!?」
「いや、不死として目覚めていた可能性はある。しかしな、神宮寺。あの魔剣にとって、不死かどうかは、重要ではない」
全身が青黒く変色しきると、今度はそこから骨格が歪み、全身をボコボコと泡立てながら、輪郭が安定したと同時に元の人間の色へと戻っていく。
「証紋が煽動であるなら、完全に掌握さえしてしまえば、あとは時間の問題だ」
「――――受肉、した?」
「そうだ。あれが、あの魔剣の狙い。……いやはや、魔剣とはよく言った。まさか、転身すら目的ではなく手段に過ぎないとはまったく――恐れ入る」
嫌な汗が、つぅ、と頬を伝っていく。
目の前にはもう、牛島剛の姿はない。
そこには、黒い長髪に血のように赤い双眸を携えた、全裸の女が立っている。
周囲が歪み、魔力が収束したかと思うと、次の瞬間には時代錯誤な法衣が、その女の躰を覆っていた。
剣先を地面に突き立て、まるでツルギを杖のようにして立つその女は、雰囲気だけで「この時代の人間」ではないことを主張している。
「見事な推理でした、剣士よ。所詮は武道に傾いた無頼漢と侮っていましたが、評価を改めましょう。お詫びと言ってはなんですが、久しく名乗りましょうか」
大仰に天を仰ぎ、女は恭しく頭を垂れる。
それは遠い昔、まるで神に捧ぐ儀式のように厳かに。
「我が名はクレオン・サラウマリ。――大昔、世界に仇を成した愚かな魔女です」
名乗りを終え、姿勢を正すその動きだけで、彼女の周囲を魔力が揺らぐのが分かった。
……後ろの神宮寺も、聞こえないはずなのに、息を呑む気配が伝わってくる気がした。
魔剣の時の比ではない。
彼女は、間違いなく不死の全盛――自然社会を生きた『旧来の人類』である。
「さて、どうしますか。私は当初の目的を終えましたし、久方ぶりの肉体故、お恥ずかしながら気分も良いのです。ここで逃げるというのなら、見逃しますが」
命を天秤にかけた場合、その提案は決して悪いものではなかった。
生きて帰れば、まだ機会はある。
事実、クレオンから敵意や殺意はほとんど感じない。
あくまで警戒をしているだけで、積極的に戦闘を望んでいるわけではないらしい。
しかし。
「神宮寺さん! 雲月君!」
それも、聞き覚えのある声が聞こえてくるまでの、僅かな間だけの思案だった。
敵前にして、思わずオレと神宮寺は二人で振り返るほど、意に反した人物の登場だったのだ。
どうやって暴徒犇めく街中を抜けてきたかは分からないが、振り返った先には久遠満の姿があった。
「バ――なんでここにいるの!?」
「え、あ……だって、僕だけじっとしていられなくて」
「バカ! この、大バカ! どれだけ危険な場所にやってきたか――」
神宮寺の叱責は当然だった。
渦中の只中、それも事の元凶の前にのこのこと姿を現わすとは、空気を読めないとか危機管理がないとか、生存本能が機能していないとか、まぁ言いたいことは山ほどある。
その一切合切を。
「やはり、ハンスの言ったことは事実でしたか。お嬢さん、あまり彼を責めるのはお止めなさい。……彼自身も、自らの意思に関係なく、ここに誘われたのですから」
吹き飛ばすように、クレオンはそれを、クドウ少年のせいではない、と意味深な言葉を残す。
「……どういうこと?」
「哀れな子です。そして、二度目の機会を与えられながらも、やはり人は過ちを繰り返すのですね。……自分達の惑星でありながら、ただ救いだけを口を開けて待っているとは、下手な罪人よりも業が深い」
クレオンは、悲痛な面持ちでクドウ少年を見据える。
当の本人は何のことだか理解出来ていないようで、すぐに彼女はその瞳に別の感情を宿した。
「見逃す、と言いましたが、やめましょう。やはり、この世界は一刻も早く終わるべきです」
「っ……なんだってのよ、ころころと言うこと変えて」
「判りませんか。判らないのでしょうね。なら、判らないまま死んで逝きなさい。無知のまま生涯を終えることは恥ではありませんよ。むしろ、無知であるならば死ぬ意味以上に、生かしておく価値がない」
クレオンの殺意は、まるで全身を打つように厚く、重い。
鋭く切り裂くようなものとは違い、まるでその場で頽れそうなほどのプレッシャーだ。
「私を裏切った者達も、皆そうでした。知ることを恐れ、理解する難しさから顔を背け、楽な方へと流されていく。生きることは苦しみと同義です。だからこそ、そこには相対的に幸福が生まれる。だからこそ、それは眩く尊い。……なのに、凡庸な者らはこぞって、苦しみから逃げようとだけする」
それを、煽動者は「あまりに救いがたい」と眉を顰めた。
どうやら、彼女は裏切りという行為に対して、並々ならぬ昏い感情を抱いているようだ。
「主を裏切っておいて、か?」
クレオンが受肉する前の、牛島剛を思い出す。
彼は完全に動揺していた。
よもや、魔剣に存在の主導権すら奪われるとは思っていなかったのであろう。
「――ハッ、私に裏切りを諭すというのですか。……信仰さえ擲って、総てを捧げた私を、煽動者と――自分達を唆した悪魔だと、罵ったのは『人間達』だろうがっ――!!」
青黒い魔力が嵐のように動き出す。
クレオン自身の周囲だけでなく、それはスクランブル交差点をすっぽりと覆ってしまうほどの規模だった。
「神宮寺! 建物へ走れ――!!」
「クドウくんこっち! 走って!」
オレ達は一斉に走り出す。
神宮寺とクドウ少年は背を向けているが、殿を務めるオレは刀を構えながら後退していく。
見れば、クレオンの周囲には幾つかの球体が浮いていた。
おそらくは、魔力を球状に凝縮したものだろうか。
早い話が、飛び道具――逃げるオレ達の背を狙い撃つつもりだろう。
「――――征け」
クレオンが剣の切っ先をこちらへ向け命じると、球体が大気を引き裂きながらこちらへ殺到する。
それを、オレは手にした刀で切り落としていく。
「神宮寺!」
「分かってる!」
全てを斬ることは難しい。
数も数だが、まるで意思でもあるかのように不規則かつ生物的な動きで、魔力の矢弾は獲物を追う猟犬のように迫るからだ。
神宮寺は、正確に狙いをつけず、対魔の閃光を爆発させることで無効化していく。
さすが、範囲攻撃もお手の物とは、御紋会本家の重鎮は違う。
目についた建物までの距離は、あと五十メートルほど。
二人は全力疾走しているが、クドウ少年も連れながらではすぐに、とはいかない。
先ほどと同じ攻防を何度か繰り返し、オレ達三人はようやくデパートらしき建物の内部へ駆け込んだ。
「――――っ」
クドウ少年の肩が竦むのが、分かる。
内部は、外と同じく死屍累々だった。
生きている者もちらほら見受けられるが、正気かどうか確かめている暇すらない。
ひとまず、襲ってこないなら無視と判断し、「奥へ急げ!」と声を張る。
一階部分には化粧品売場が真っ先に目に入り、壁にそう形で高級そうな衣料品店が一定間隔で並んでいた。
外よりは遮蔽物に恵まれている。
閉鎖空間でも危機の度合いはさして変わらないだろうが、飛び道具持ち相手に警護対象を連れていては、四方八方から撃たれたら一網打尽である。
「クドウくん、隠れて!」
背中越しに、売場の陰へクドウ少年を押し込む姿を見ると、オレは入り口を睨み据えた。
ゆっくりと、そして堂々と、クレオン・サラウマリが姿を現わす。
「よく、私があの少年を狙っていると分かりましたね」
「彼を見る眼だけが、違ったからな。理由は分からぬが、そちらにくれてやる義理もない」
「えぇ、必要はありません。力尽くで奪うまでです。……尤も、私は彼を傷つけたくはない。ですので、こうしましょう」
クレオンが不意に魔力の矢弾を飛ばすと、それはこの惨状の中でも生きている者らへ吸い込まれていく。
次の瞬間――彼らは、一様に血走った目を見開きながら、オレ達へと疾走してくる。
「――――くそっ!」
地を蹴り、全力で神宮寺達の元へ売場を疾走する。
その間に二人を後ろから首を断つことで殺し、辿り着いた先で三人の首を瞬く間に切り離す。
「久遠の、見るな。ただの人殺しだ」
息をつかせぬ、鮮やかなまでの殺人。
オレでさえ、嫌になるほど完璧な奪命手順。
それには、クレオンですら僅かに表情を歪ませていた。
「……躊躇いがないですね。彼らは、煽動されたとはいえ、生きた人ですが」
「生憎と、オレは古い剣士でな。むしろ、斬る理由が生まれれば戸惑いはせん。殺してはならぬ理由ではなく、殺す理由の有無で刃を振るうのが、オレだ」
戮士とは、そういうもの。
その流れを秘める雲月家は、だからこそ他の不死者と極力距離を置いてきた。
「いやはや、人生とは分からぬものだな。……まさか、雲月の血筋に感謝する時が来るとは」
いかに御紋会や本家の人間と言えど、一般市民は庇護の対象である。
操られていたとしても、真っ当であれば多少の迷いが生まれる。
仮に仕方なく殺めるとしても、その行為は確実に精神を削っていく。
クレオンの朱い双眸が鋭く光るのは、オレにその気配がなかったことを見抜いたからだろう。
殺し慣れている――と。
「成る程。人のカタチを保っておく意味はありませんね」
煽動の魔女が魔剣を地面に突き立てると、数拍置いて、操られていた数名が牛島剛のように青黒く変色していく。
その浸食は早く、十秒もしない内に、彼らは地面に四肢を這わせるケダモノに成り代わっていた。
しかし、その隙を見逃すまいと神宮寺が飛び出し、両手を大きく振るう。
「――――!?」
クレオンが防御の姿勢を取るが、狙いは姿を変えた者達。
既に人の輪郭さえ歪められた者らは、当然の如く魔性を宿している。
そうなれば、神宮寺は彼らにとっての天敵となろう。
閃光の弾丸による掃射が終わると、後には憎々しげに眼を細めるクレオンだけが立っていた。
「怪物退治は私の独壇場ってね」
「……そうでした、あなたは対魔の者だと忘れていた」
「言っておくけど、私もクドウくんを狙うなら、一般人だろうと容赦はしないよ。そもそも、ここまで街が阿鼻叫喚だと、もうある程度は諦めてるから」
「随分と薄情なのですね」
「かもね。別に否定はしないよ。私は優しくもないし、慈悲深くもない。……不死者ってそういうものでしょ。お互いの後始末の為に、私達は生きている」
異能には異能をぶつける。
御紋会が相互監視の歴史を持つのも、過去に何度か、こうした大きな事件を経験してきているからだ。
「やはり覚悟がある者は厄介ですね。これでは、私の証紋も形無しだ」
ふぅ、とクレオンは小さく肩を落とした。
そしてすぐに、その朱い眼が再びオレ達を捉える。
「結局、私はこうして、独りで戦わねばならない定めなのでしょう」
今までの振る舞いには、僅かな望みがあったのだろうか。
沈痛を揺らす瞳はしかし、覚悟を決めたように光を失っていく。
それを見て、オレは重心を落とし、肉体活性の枷を外した。
ここからが本番だと、本能が訴えていたのである。




