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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.2 剣の道
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幕間 煽動の魔剣

 街に出る。

 鎧は邪魔だったので、上だけ脱ぎ捨てた。

 斬られた脇腹に触れてみると、痕こそ残っているが、完全に塞がっているようだ。


「え、なにあれ?」

「なんかの撮影?」

「血じゃない、あれ? 本物?」

「まさか。どうせ動画投稿者か何かの企画でしょ」


 突如として現れた時代遅れの戦士に、人々は今から自分達を襲う運命など、露ほども想像出来ないままでいる。

 行き交う人々から受ける、奇異の視線。

 その中に幾つか、刺すようなものがあるのを察した。


『ツヨシ』

「分かっている。御紋会とやらか。……始めよう、クレオン。我々が手を下すまでもないことを、連中に分からせてやろう」

『えぇ。――これが私、クレオン・サラウマリの本領ですもの』


 魔剣をアスファルトに突き立て、その内に刻まれた力を解放する。

 渦巻く思念は一瞬で大気を冒し、蠢く怨嗟がそれを吸いあげた人間の心を犯していく。


 クレオン・サラウマリとは、古い時代――愚者の先導者となった魔法使いの名である。


 契約したことで得た彼女の記憶は、悲劇そのものだった。

 求められ応じ、諭され裏切られ、嘆くがまま魔女となった。

 自分が生きる社会せかいに不満を持つ民を見捨てられず、愚かと分かりながら杖を執った彼女はしかし、正しき者達に諭された愚者達の裏切りに遭い、その身に消えない傷痕を負うことになる。

 心はとうにひび割れ、自分達をそそのかした悪魔だと罵られ、嘆くままそれでも、彼女は独り、戦い続けた。

 裏切りと糾弾がその細い四肢を折り、侮蔑と敵意が細い首を絞めあげても、諦めることはしなかった。


 愚かな民。寄る辺がなければ、流されてしまう葉のような命達。

 いつか、弱き者の為になりたいと願った女は、確かに、最後まで彼らの為に総てを捧げたのである。

 例え誰一人、彼女を振り返る者がいなくなったとしても。

 社会せかいを変えるという不変の約束を果たすために。


『さぁ、暴きなさい、心の底を。内に根付く、晒せない己を。私が赦しましょう。あらゆる罪を私が。あらゆる咎を私が。あらゆる後悔を私が。――私が、受け止めます』


 故に、さぁ、心置きなく「抑圧を捨てるのだ」と。

 囁くような毒の魔力にあてられ、周囲の一人が急に声を張り上げた。


「ふざけんじゃねぇ!」


 異変は、若い男のものだった。

 連れ合いであろう年若い少女に食ってかかり、その剣幕は治まる気配を見せない。


「金を使ってもらうことしか考えてねぇんだろ、このクソ女が!」

「……え、なに、え?」

「そのくせ、俺のことはいい加減でよぉ。なんだ、惚れた方が負けってか? 調子乗ってんじゃねぇぞ」

「――あ、やっ――い、痛――髪、離し、てっ!」


 男は女の髪を掴んで引っ張り上げると、次の瞬間には、容赦のない頭突きが少女を襲っていた。

 短い悲鳴の後に、呻き声が続く。

 突然の暴力に唖然としていた周囲だが、数秒もすれば事態が異常であることを悟った数名が、若い男を取り押さえようと動き出す。

 しかし、その至極当然の流れを再び止めたのは、たった今、謂われのない暴力を受けた少女その人だった。


「――何すんだよ、この野郎ぉ!」


 そこからは、男女同士とは思えぬ壮絶な殴り合いが始まる。

 何事かと顔を見合わせる周囲で、一人、また一人と日頃の鬱憤が弾けるように、堰を切ったような罵詈雑言が、歓声のように沸き上がっていく。

 数分もすれば、辺りは不平不満で言い争い、傷つけ合う人間で溢れかえっていた。


『見せつけなさい、社会の至らなさを。決して消えない傷痕を残しなさい、もう二度と、貴方達よりも社会が偉いなどと思えないように』


 煽動の魔力こえが響き渡る。

 通りで洗脳を苦手、と自称するわけだ。

 魔剣クレオンの証紋は「煽動」。

 人々の内を暴き出し、暴走する理性で以て本能を掌握する。

 しかし、これは洗脳でも精神干渉でもない。

 あくまで、切欠作りにしか過ぎず、人々を狂気の徒に走らせているのは、本人自身が抱える、ひた隠すべき自身おのれである。


 瞬く間に本音は伝播していき、津波のように中央区の街を席巻していく。

 当時も、こうして彼女は狂人達の軍勢を率い、勇者や英雄達と戦ったのだろうか。

 だとすれば、その裏切りは許されるものではない。

 彼女は人々の不満の栓を抜き、誰もがどこかで憧れた姿に成れるよう、背を押していただけである。

 それを、唆すだの――お門違いも甚だしい。

 そも、それを言うならば。

 不満などなければ意味のない煽動を責める前に、不満なき世を作れなかった「人間という種族」を罰するのが先ではないか。


「クレオン。どうして、社会は人よりも上に立とうとするのだろうな」

『それは、社会かれらも生きているからです。そこに、群体と個体、生命の有無はさして問題ではないのですよ、ツヨシ。生きている以上――どう足掻いてもぶつかり合うように、この世界は出来ているのです』

「それは、哀しいな。もしそうでなかったら、人工の剣道など生まれなかったし、君も魔剣になどならずに済んだ」

『そうですね。でも、それはあり得ない。人は管理されるべき性質を持ちながら、管理される事実を嫌う希有な生命です。社会が統率と維持という優先事項を持った時から、個人は歯車になるよう定められている。そうしなければ、社会が保たれないから。詰る所――人々の為に、などというのは詭弁です。群体とは平均した同列の存在で形成されるのではなく、序列によって組織されるものなのですから』


 目の前に広がる社会の崩壊を眺めながら、渦中の中心にある俺達は、穏やかな心境で語り合う。

 これほどの不満を、人々は日々抱えて生きていたのだ。

 ますます、その価値が問われることは明白であろう。

 一切合切を瓦礫に戻し、そこから新たな歴史を刻んでいこう。

 誰も、不満を抱かない、そのままの姿で生きていけるように。


「この世界じだいは長く続きすぎた。少しばかり、滅んでみるのも悪くはない」


 大気を震わせるような怨嗟の中を、俺はクレオンと二人、ゆっくりと歩いていく。

 誰かが何かに負の感情をぶつける地獄は、まだその幕を開けたばかりである。

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