学校での死闘
学校へ辿り着くと、すぐに異変に気づいた。
「――――」
言葉を失う。
結界――あるいは、魔力で作られた檻か。
周囲を見回すが、人はいない。
これだけの異変だからこそ、普通の人間はあらゆる理由を総動員して、ここに「気づかない」ようにしているのだ。
指を伸ばし境界線に触れると、最初は何の抵抗もなく進んでいく。
が、手を引き戻そうとすると、まるで万力にでも囚われたかのように動かない。
「成る程。望むところだ」
侵入を許す代わり、脱出することを拒む一方通行のそれを通り、オレは学校の敷地内へと踏み込んでいく、
「――――くそ」
ざっと運動場を見渡すだけでも、複数名の人間が倒れているのが見える。
駆け寄り、様子を確認すると、息があるのが分かった。
外傷はない。
血痕も、戦闘の痕もない。
校舎へ向かい、手っ取り早く一年の教室へと飛び込む。
「神宮寺!」
教室内も同じ、生徒も教師も倒れ込み、意識はない。
続きB組、C組と確認し、そこでようやく、意識のある者と顔を合わせた。
「雲月君!?」
「神宮寺、無事か」
駆け寄るが、神宮寺の腕には久遠少年が周囲と動揺に意識を失って倒れていた。
「これは……どんな状態だ」
「たぶん、寝ているだけだと思う。結界の効力かは分からないけど、今のところ、命を吸い上げたりする様子はないよ」
「分かった。魔剣使いの仕業だな」
「え、そうなの? 急に運動場の方角で魔力が膨れあがったと思ったら、次々と皆が倒れていくから……」
なるほど。
やはり、牛島剛は真っ直ぐに美小野坂高校へ向かったらしい。
この状況に陥ってからそう時間は経っていないが、これから何が起こるか分からない以上、悠長に構えている暇はない。
「クドウを頼む。オレは他の本家と合流し、ヤツを討つ」
「気をつけて。それと、多分、そいつは屋上だと思う。魔力の反応が一際強いから」
頷き、「助かる」とだけ残すと、校内を弾丸のように駆け抜けていく。
屋上へ辿り着くと、そこでは二人の人影が、互いに対峙していた。
「久遠!」
刀を抜き、一方の人物――久遠麗華の隣に立つ。
「何処に行っていたの?」
「少しばかりな――地雷を踏んできたところだ」
怪訝な顔をする彼女に対し、甲冑で身を固め、その手に魔剣を握る剣士は、「思ったよりも早かったな」とオレへ不敵な笑いを向けた。
「まさか、日中に仕掛けてくるとは思わなかったわ。――貴方、何が目的?」
久遠麗華の問いに、魔剣使いは「用があるのは、そこの剣士だ」と答え、続ける。
「果たし合いが目的だが、いかんせんそのままでは実力が出せなくてな。……悪いが、この学校の者らには何人か死んでもらおうと考えている」
「随分とはた迷惑な物言いね」
言いながら、久遠は身体の向きを変え、拳を構える。
同じく、オレも自分の戦いに神経を注いでいく。
相手は魔剣使い――ここで止めなければ、更なる悲劇に繋がる相手だ。
「いざ、参る」
牛島剛は言うや否や、地を蹴り上げ、オレの懐へと踏み込み、魔剣を振るう。
上段からの振り下ろし。
横に身を投げ、追いつかない分を長剣の横っ腹に刀をぶつけることで太刀筋を逸らす。
その隙を、久遠麗華が狙うが、魔力の波動で防がれてしまう。
「――!? なんてヤツ!」
まったくだ。
およそ剣士とは思えない、規格外の戦闘方法と言えよう。
魔力を衝撃波に見立て、高密度のものを一気に解放することで、物理攻撃の運動エネルギーを相殺、もしくは押し返しているのだ。
「出鱈目な業を――」
「そうか? そうなのだろうな。お前達には、そう見えるのだろう」
オレの悪態に、牛島剛は特に感慨なく眼を細めた。
立ち位置は、オレと久遠麗華で魔剣使いを挟む形だ。
一瞬視線が交わり、どちらともなく挟撃を意識する。
いや、それでもタイミングを合わせられれば、単純な物理攻撃だと弾き返されてしまうだろう。
それでも、やるしかない。
刀を下段に構え、肺から熱を吐く。
肉体活性――証紋ではなく、人体のリミッターを外す立派な運動技巧。
世間一般では失われた、人体を酷使する理論上最大性能を出力する概念。
必要なのは、意識と脳の操作だ。
意識は戦闘、生死、生存に軸を立て、これが決してブレてはいけない。
常に肉体を死の危険に晒し、それでいて生存の為に必要な条件を脳へ送り出す。
脳の操作とは、早い話が肉体側のリミッターを外す役割のことである。
人間の運動性能というのは、素質も大きいが、必ず上限値が設けられている。
それは理論上上限値ではなく、人体を損傷させない「通常使用」の為の上限値である。
これを超えて人体を動かした場合、筋繊維、骨格、内臓、神経などへの安全は保証されない。
現代を生きる人間には不要な、「生死を懸けた戦いに人体が使われる際」の操作方法である。
既に「軽く」リミッターは外してある。
そうでなければ、最初の一合でオレは縦に両断されていただろう。
瞳孔が収縮し、視界の緊張状態が一気に引き上げられる。
先に動いたのは、久遠麗華だった。
オレはそれに合わせ、踵を蹴り上げる。
傍目はほぼ同時の挟撃。
迎え撃つは魔力の壁。
衝撃という指向性を与えられた、無形の打撃だ。
拳と刃が押し返され、その隙を狙い、魔剣使いの躰が動く。
狙いは久遠麗華。
素早く体勢を整える彼女へ、魔力という重しを乗せた剣戟が襲い掛かる。
しかし、彼は彼女との相対が初めてだったのだろう。
どうあがいても剣身の構造上、点か線でしか迫れない魔剣を、その剣身の腹を、まるで精密機械のように久遠麗華の拳が撃ち抜いていた。
「――――むぅっ」
僅かな驚きが、魔剣使いに現れた。
正直、オレも驚いている。
鍛えているとは言え、彼女はそれでも女子だ。
半身から更にボクシングスタイルの構えとなると、実際はかなりコンパクトな印象を受ける。
そこから、まるで刃物への恐れなどないように、真っ向から銃撃のような拳で剣を弾き返す様は、圧巻。
加えて、たまらず相手が退いたところを逃さずダッキングで肉薄し、引き絞った左のボディブロー。
「ハッ」
走り出しながら、思わず乾いた笑いが漏れる。
なんてボディバランスだ。
下から抉り混むようなボディブローを、魔剣使いは獲物の柄で受けた。
見事な神業――しかし、瞬間、魔剣使いが苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。
フェイク。
ボディブローは囮であり、相手に受けさせることで、反発する力を別の業に繋げるエネルギーとする。
膝を折りながらくるりと久遠麗華は回転し、背中が見えたと思うと――。
「ぐぅっ!?」
――膝ほどの高さから、一気に喉元めがけて突き刺さる回し蹴り。
魔力放出による物理抵抗すら満足に許さない、稲妻じみた剛脚の一撃は、例え剣で受けたとしても衝撃を殺しきれない。
そこに、オレは後を追うようにして屋上を駆け抜ける。
「ちぃっ!」
魔剣使いは、着地し、勢いを殺しながら剣を構える。
点のように絞りきった瞳孔が、ヤツの肉体情報を読み取り、脳へ送る。
あれを受けながら持ち直したのは、流石だ。
だが今のこの状況、魔剣使いは初めて、完全に受け手に回った状態でいる。
狙って迎え撃つのではなく、それ以外の選択肢がない故の、だ。
「――――」
一刀、下段から胴払い。
弾かれる。
二刀、上段から袈裟に刃を奔らせる。
弾かれる。
三刀、刃は返さず、そのまま柄の底で打撃を狙う。
鍔で受け止められ、押し返される。
都合三撃、オレの攻め手は悉くいなされ、今度はこちらが体勢を崩す。
「雲月君――!」
久遠麗華の声が飛んだ。
だが、もう生まれた隙は無くせない。
それを見逃す魔剣使いではない。
魔剣が閃く。
その軌道は、袈裟斬りだ。
ただし、魔力がこもった一撃は、制服程度では丸裸も同然。
オレは、たった一撃をまともに受けただけで、死ぬだろう。
――――そう、そこまで、キチンと脳と躰は理解ている。
風が呻る。
全身の筋肉、骨格が悲鳴をあげ、人体は古い姿を取り戻す。
完全にリミッターを外し、先ほどの倍以上の速度で回避運動を行い、魔剣使いの必殺を避ける。
獲物で弾くこともせず、軌道から逸れるようにして身をよじり、尚且つ踏み出していく。
一度は崩した体勢が、だらしなく地に擦れる刃先が、その瞬間。
――――隠し持っていた殺意を漲らせ、息を吹き返すように研ぎ澄まされる。
手にした刀に、感触はおろか、血が付くことすら許さない、神速の抜き胴。
確かに魔剣は、他の追随を許さぬ極限的な武装だ。
だが、身に纏う甲冑まではそうでないことを、この戦闘の中で把握している。
だから、それだけ固い見た目をしていながら、この男――牛島剛は、鎧をまるで信用していないかのような剣捌きしかしていなかったのだ。
すれ違い、立ち止まり、身を翻して息を吐く。
そこには、片膝を突いて崩れ落ちる魔剣使いの姿があった。
「・・・・・・勝負あり、だな」
やはり、牛島剛はオレと同じだ。
彼は心理的に、鎧を着込んでいる必要があったのだ。
そう、久遠麗華のように、証紋の力で肉体の硬度や強度を変えられるわけではない。
魔力で威力の底上げや運動エネルギーの増幅は出来ても、素の防御力だけはいかんともし難い。
だから、わざわざ魔力放出などという派手な防御機構まで駆使していた。
全ては、一度でも深い傷を負えば、そこから崩れていくからだ。
「くっ、くくく――――は、ははははははは」
だというのに、魔剣使いは笑っている。
まるで、こうなることを望んでいたかのように。
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見事な一合だった。
俺は――牛島剛という人間は、自分でも歓喜しているのが分かって可笑しかった。
全て、最初から最後まで、俺を殺すあの瞬間の為だけの、動きだった。
笑いが止まらない。
喜びが抑えられない。
そうだ。これだ。
俺が、あの時垣間見たモノは。
「素晴らしい。素晴らしいぞ、雲月賢史!」
斬られた脇腹を押さえながら、無様に片膝をつきながら、それでも俺は吠えてみせる。
あの剣士の異常性、いや――剣士としての完成度たるや。
『驚いた。この時代にあっても尚、あそこまでの戦闘理論が――』
「あぁ、だろう? 俺は、アレに憧れた。アレこそが、全ての剣士達が目指すべき場所だ」
あれこそが、剣の道。
幾度となく想像上であろうと、親しい顔、親しくない顔を斬り続けてきた、狂気の末に打ち立てられた技術体系。
総ては、ただ、命を奪う瞬間の為だけに。
『主、悔しいですが、あなたが見初めるのも判る。先ほどのは極致の業。私の時代でも、あれだけ美しく命を殺す姿は、そうない』
魔剣が、感嘆する。
だとすれば、やはり雲月賢史が秘める在り方は、本物なのだ。
「久遠、この男は生かしておくには危険過ぎる」
雲月賢史が、かちゃり、と刀を握り直す音が聞こえた。
この期に及んで、仲間の女生徒も止めはしまい。
『だが主よ、ここで死ぬ事を、私は望みません』
魔剣から、触れる柄から、魔力が伝わってくる。
『この世界は、認めていないのでしょう。あなたも、彼のことも』
「・・・・・・・・・・・・」
『ならば、戦うべきです。剣士であれば、最後まで戦うべきだ。――私も、覚悟が出来ました。どれほど、あなた方が生きづらく、その生涯を歩んできたのかを理解しました』
先生の元を離れてから、影ながらに生まれ育った社会を見て歩いた。
相棒である魔剣が、新たな時代――かつて、自分が駆けた時代とどう違うのか、見てみたいと言ったからだ。
彼女は多くを語らなかったが、どこか寂しそうにしていたのを覚えている。
その理由が、少しだけ明かされた気がした。
『この世界も、同じです。私達が生きた頃と同じ。であれば、魔剣としてやるべきことはあります』
「・・・・・・だが、この手傷では」
『主よ、名を。契約を。それを以て――あなたと私は、本物になる』
流れる血の量は、もう手遅れだ。
だが、柄に触れる指先だけは動いてくれた。
強く、今、出来る限りの力で魔剣を握りしめる。
『我が名は、クレオン。さぁ、主――あなたの名を』
「・・・・・・俺は、牛島剛だ」
『ここに契約を。――共に、世界を変えましょう』
それは、古い唄。
出会ってから今の今まで、名前を明かさなかった彼女が、その全盛を誇った時代の言葉。
おそらくは――彼女も、何かを背負って世界と対峙した、誰かだったのだろうか。
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早く。
一刻も早く、息の根を止めなければならないというのに、オレも久遠麗華も、身体が動かなかった。
魔性を察知する力が強くないオレでさえ、牛島剛の変貌は明確に分かる。
沸き上がる魔力は、その濃度故に肉眼での視認を可能とし、まるで青黒い湯気のようにして全身から沸き立っていた。
「・・・・・・牛島、先輩っ」
思わず、自分が壊してしまったその人の名前を、口にする。
ゆらり、と。
立ち上がるその双眸もまた、青黒く変化し、彼の存在が人間の範疇を超えていくのを、目の前で見せつけられているようだった。
「まさか、まだ――本気じゃなかったというの」
いや、違う。
久遠麗華の言葉は、少し方向性を誤っている。
そう、鍛造と転身――二種類の魔剣の大きな違い。
「違う。あの魔剣は転身によって造り出されたものだ」
「転身――まさか――っ!」
「あぁ、たった今、牛島剛は魔剣と契約を交わした」
契約の有無。
武器としてそれ以上でもそれ以下でもない鍛造品は、例え人格を有していても、持主を選ぶことはあれ、契約までは持ちかけない。
だが、転身で武装に身を変えた場合は違う。
契約を交わすことで、持主と武装は一体となり、完全な魔となる。
勇者が聖剣と契約を交わし、邪悪な神すら討ち滅ぼした伝説があるように。
愚者が魔剣と契約を交わし、世界の敵になる悲劇とて、当然のように。
「これでもう、彼を救う手立てはなくなった。……あの人は、もう」
――――オレ達が知るところの、人間という輪郭を、自ら脱ぎ捨てたのだ。
「――あぁ、そうか。クレオン、ようやく分かった。これが、君の記憶か」
立ち上がった魔剣使いが、虚空を見ながら、一人ぶつぶつと喋り始める。
「君も、ずっと戦ってきたのか。……世界と、社会と、常に」
――なんて、醜いんだ、人の世とは、と。
血走った声音が、オレの背筋を凍らせる。
もう、彼はオレを見てはいない。
完全に魔剣との繋がりが成立したことで、新たな目的が産声を上げようとしていた。
「……」
しばらくして、魔剣使いはオレと久遠麗華を交互に見やると、腹の底に響くような重い声を放った。
「退け、不死者よ。これ以上は、無益な争いだ」
「ハッ、何を言うかと思ったら――私達が退いて、貴方はどうするつもり」
「世界を変える。まずは、街の人々を『目覚めさせる』」
即答。
彼の心境を察するに余り在る程の、早く強すぎる答え。
「お前達も、その社会に馴染めなかった故、不死に成ったのではないか」
「ご生憎様、系譜の一族にそんなことは今更よ」
「では、これから生まれる不死者はどうだ。鬱々と自らを抑制しながら、生き続ける社会の奴隷達はどうだ」
「……よせ、久遠。もう、何を言っても届きはしない」
「結局、二度目の機会を与えられながら、人は変われなかった。なれば、俺達が変えなければなるまい」
魔剣使いが天を仰ぐ。
それは、まるで死地へ赴く英雄が浮かべるような、決意の横顔だった。
その天空に、隼のような影が一つ、浮き上がったかと思うと、一気に魔剣使いへ刃の閃きと共に落ちてきた。
当然の如く奇襲は防がれ、衝撃を利用して宙へと舞い上がった人影は、オレのすぐ傍に着地する。
「ウヅキ、こりゃなんだ!? どうなってる!?」
余程急いで来たのだろう。
邪魔だったのか兜はなく、本来は素性を隠さねばならない戮士の彼は、その役割をかなぐり捨ててその場に現れた。
「侍? ……まさか、戮士?」
「あぁ、そうだよ! んなこた後にしろ、後に! とにかく、遠目で分かるくらい、こいつの魔力量がヤベェぞ!」
彼――南雲祐介の狼狽は自然だ。
おそらく、御紋会関係者であればすぐに異変に気づくだろう。
だが……果たして、それでも今の彼を止められるのだろうか。
「魔剣と契約を交わした。もう、牛島剛は人間ではない」
「――――」
南雲祐介は絶句する。
「正気か? んなことしたら」
「あぁ、彼の人格が消えるのも時間の問題だろう。故に、魔剣側の思想を止める手立てが、オレ達にはない」
「くそったれ……どうする。三人で止められるか?」
「さて、どうかな」
言いながら、オレは内心、指先が震えていた。
彼は今、魔剣の分の戦闘経験も総て吸収したことだろう。
達人どころの話ではない。
オレ達は今、伝説や英雄クラスの怪物を目の前にしているのと変わらないのだ。
「……仕方ない。退かないのなら、お前達はここで屠る」
その場の全員が、その一言で身構えた。
なんだ、あれは。
「おい――――おいおい、嘘だろクソが!!」
構えは上段。
剣身を軸に、青い黒い魔力が渦を巻いて膨れあがる。
風が逆巻き、大気が悲鳴をあげていた。
力の収束、暴力の凝縮、殺意の顕現。
魔剣の名に相応しい、破壊と蹂躙の柱が眼前で立ち上がる。
「おい、本家の女!」
「――――今話かけないで頂戴! 生き残るのに必死なの!」
「分かってる! 俺が抑える、お前らは生き残れ!!」
――脳が、思考を止めた。
今、彼はなんて――。
「馬鹿言わないで――」
「――あぁ、馬鹿だよ馬鹿! いいから、その腑抜け連れて飛び降りろ!」
考えがまとまらない。
剣士として、一生懸命取り繕ってきた殻が割れていく。
「ナグモ、なんで」
「なんでもクソもあるか、俺は戮士だ。お前は戮士じゃねぇ。なら、お前が生き残るのは当然だろ!」
「……そんな、馬鹿なこと」
「あぁ、もう! バカバカ、うるせぇ! あのな、お前は友達なんだよ! そいつに目の前で死なれたら、戮士やってるのが――それこそ、本当に馬鹿みてぇじゃねぇか!!」
一歩、前へ出る、幼馴染み。
オレは、動けないでいる。
「ったく、随分となげぇ溜めだな、おい。――いいか、忘れんなよ、雲月。命はな、誰かの為に張るもんだ。奪う為に、擲つもんじゃねぇ。俺らは恵まれた生まれじゃねぇけどさ、それでも、死んで欲しくないヤツには出会えたろ」
背中越し、南雲祐介は懐かしい、子供っぽい笑顔を浮かべる。
「結局、殺し合えなかったけどな。ま、どう考えても、そっちの方がいいわな」
それは、誰かを殺める為に生まれてきた者同士の、ちょっとした掛け合い。
向き合う事を、殺し合うとしか言えなかった、行き過ぎた照れ隠しだった。
「雲月君――走って!!」
久遠麗華に左手を掴まれ、利き手の指から刀が落ちる。
視界が揺れる。
呼吸が浅くなる。
どうして――どうして、今なんだ。
「急げ! ――こいつ、屋上全体吹き飛ばすつもりだぜ!!」
南雲祐介が、刀を構えて駆け出す。
間に合わない。
あの魔剣使いが、この期に及んで逃すわけがない。
「掴まって!」
「久遠――」
「いいから、掴まれ!!」
首根っこを捕まえられ、オレは彼女と共に空高く宙を舞う。
刹那、屋上が青黒い波動に浚われていった。
破壊という指向性を込められた、魔力の津波。
大昔、山ほどあろう怪物達を滅ぼしてきた、まさしく破壊の奔流だ。
「――――」
南雲祐介は、それに真っ向から立ち向かい、跡形もなく呑まれていった。
だが、オレと久遠麗華は生きている。
二十メートルは超える、大ジャンプ。
飛び降りろ、と言われ、彼女はほぼ真上に飛んだのだ。
なんという機転か。
破滅が横に伸びるなら、その上を飛んで、生き残る。
怨嗟にも似た一撃の勢いが引いていく中、身体が一度その場で止まり、すぐに落下していった。
屋上、動くもののいないそこで、一人立つ魔剣使いと視線が交わる。
衝撃に備えなければならない中、オレは釘付けにでもされたように、動けないでいた。
墜ちていく。
久遠麗華はともかく、オレは肉体活性もろくにしていない。
このまま地面に打ち付けられれば、間違いなく死ぬだろう。
それを。
「――――ッ」
瞬時に、全身を切り替え、二人同時に着地する。
すぐさま上を、屋上を見上げるが、黒煙があがっている以外、変化はない。
少なくとも、下に下りてオレ達を殺す、という選択肢を選らんだわけではなさそうである。
「久遠さん! 雲月くん!」
声に、ハッとして振り返ると、そこには黒木先生が駆け寄ってくるのが見えた。
「無事かい?」
「っ、ちょっと足を痛めましたが、なんとか」
「よし、手を貸そう。すぐにこの場を離れるよ。皆のおかげで、生徒達も目を覚ましてきている。下手に目立つ前に、怪我人として医務室へ連れて行くから」
久遠麗華に肩を貸しながら、黒木先生の誘導でオレ達は、ひとまず運動場を離れた。
「先生……あの、牛島剛は」
「件の彼なら、屋上から民家の屋根を伝って、都心へと向かったよ」
「――――なら、早く追いかけないと!」
「久遠さん、その足じゃあ無理だ。大人を信じて、まずは治療を」
「っ……」
普段は感情を見せない久遠麗華の表情に、苦悶が浮かぶ。
だが、当然だ。
そしておそらく、彼女の怪我の責任はオレにもある。
「黒木先生」
「何かな」
「久遠を頼みます。オレは、決着をつけないといけない相手がいますので」
「待つんだ、雲月くん。彼はもう、個人でどうこう出来る相手じゃない」
静寂から、他の教師や生徒が目を覚まし始めて、困惑の色を強めていく中、オレは二人から離れ、真っ直ぐに見返した。
「すみません。でも、ここでじっとしてはいられない。これは、オレの証紋に関わります」
頭を下げ、踵を返す。
それを、久遠麗華が呼び止めた。
「薫の連絡先は知ってるわね? 一人で戦おうとはしないで」
「……」
それは、彼女にとっても最大の譲歩なのだろう。
あえて、止めない。
その代わり、少しでも勝率を上げろ、と。
そう、鼓舞してくれた。
「かたじけない。では、これで」
もう一度、繕うように剣士の在り方を心に纏う。
オレを止める声は、もうなかった。




