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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.2 剣の道
28/89

嵐の前に

 夢を見ていた。

 不思議な夢だ。

 おそらくは、追憶、と呼ぶ類いのものだろう。

 幼い自分を、成長した今の雲月賢史じぶんが、俯瞰で見ているような。


「おい、ウヅキ。アンタ、また負けたのかよ」


 幼い頃、毎日のように通っていた道場で、オレは何度もそんな言葉をかけられた。

 表向きは親戚付き合いの一貫として、雲月の家が開いている道場だが、其の実は殺し屋の養成場所である。

 ここで、俺達はあらかた肉体の動かし方を学び、殺人の基礎を会得していった。


「・・・・・・おい、聞いてんのか、アンタ」

「なに」

「何、じゃねーよ。なんで、勝てるのに負けんだよ」

「べつに」


 余計なお世話だった。

 勝敗など、オレ達の歩む先にはないものだろう。

 なのに、道場に通う四人の内、こいつだけは最後までオレの考えに納得しなかったのを、ふと思い出した。


「じゃあさ、ナグモ。お前は、どうして勝ちたいの」

「は?」

「おれ達はさ、勝負をするんじゃない。殺しをするんだ。最後に命を奪えれば、後はなんでもよくないか」


 それが、雲月賢史という不死者の答えだった。

 勝負であれば、勝敗に拘るのは分かる。

 だが、戮士とその流れを汲む一族は、勝負を捨てた戦士の成れの果てだった。

 誇りも、名誉も、人らしささえその両手から零れ落として、残ったものは刃だけ。

 求められるのは、誰かの死、という結果のみだ。

 なれば、勝った負けたなど二の次だろう。

 しかし、ナグモ少年はそれを頑なに認めようとはしなかった。


「馬鹿野郎。負けておいて、殺せるわけねーじゃん」

「……なんで」

「いや、なんでがなんでだよ!? アンタさ、完膚なきまでに叩きのめされて、それでそいつのこと殺せんの?」

「うん」


 即答した。

 当然、ナグモ少年は薄気味悪いものでも見るように、軽蔑の視線を全力で差し向けてくる。


「意味わかんね。普通、負けたらそのまま殺されるだろ」

「うん。刺し違えればいいじゃん」

「――――――」


 本当に、信じられないものを見るように、彼は絶句した。

 それが、雲月賢史の殺人理論だ。

 実力で劣るなら、命も捨てれば、その分肉薄出来るだろう。

 そも、相手を殺そうというのに、自分だけ生き残ろうというのが、虫のいい話なのだ。

 初めから死を覚悟で戦えば、大抵の相手の戦果はひっくり返せる。

 多く――それを戦闘と呼ぶ者はおらず、暗殺の手合いだと蔑むのが問題なのだが。


「……ダセェ考え。それじゃあ、一人しか殺せねぇじゃん」


 ナグモ少年は、口を尖らせながら、不満を言う。


「全部捨ててもさ、これが誰かの役に立つって思うから、とーちゃん達は続けてるんじゃねぇのかよ」


 それは、殺人に身を沈める者の、ひとひらの想い。

 許されない罪を背負う代わり、その重さに泣いていた誰かが笑えるようになるのだと。

 その小さな背中は、血濡れた出自の中にあって尚、祈るような想いを失ってはいなかった。


「……これだけやって、たった一人だけなんて、うかばれねぇだろ」


 拗ねたように、ナグモ少年は道場を後にする。

 オレは、そんな彼の言葉を否定することは出来なかった。

 きっと、オレは彼よりずっと、そういった感情に疲れてしまっていたからだろう。


 ふと、目を覚ます。

 懐かしい夢。

 鉄橋での再会があったせいで、オレはまた、しょうもない記憶を辿ったようだ。

 見慣れない部屋に、一瞬当惑する。


「そうか。昨晩は作戦を詰めて、朝方も近くて神宮寺の家に部屋を借りたのだったな」


 そのせいもあるだろう。

 彼女の話では、魔剣使いとの戦闘で助太刀に入った侍は、南雲と名乗ったらしい。

 まったく、昔から素直ではない所だけは分かりやすい。

 助けるつもりはなかったと言うが、本来であればそのまま魔剣使いを追えば、終わったことだというのに。


「……オレは、迷っているのか」


 気紛れも、ここまでくれば自分の事だ――気づくだろう。

 長年顔さえ出していなかった本舎に、それも伏魔殿と悪名高い枢軸会議に赴き、今まさに戦いの渦中へ身を落とそうとしている。

 誰かと共に戦うなど、いずれはこの胸を裂く呪いになると、分かっているのに。


「いや、これでは単身戦うとしても、太刀筋が歪む」


 無様な思考を中断し、服を整えて布団を畳む。

 部屋から出ると、離れは静かなものだった。

 庭を挟んで向かいには、大きな建物――本舎が見える。

 縁側でも忙しなく人が行き交っているところを見ると、同じ敷地内とは思えない奇妙な感覚に陥った。


「あ、おはよう、雲月君」


 声に振り向くと、そこには小柄な人影がある。


「もう十時過ぎだよ。僕も、さっき起きたところ」

「あぁ、おはよう。そんなに寝てしまったか」

「寝るのが遅かったからね、しょうがないよ」


 久遠満は、洗面道具を持参のようだ。


「備えがいいな、君は」

「あ、ううん。これはね、井村さん――あ、久遠のお屋敷の執事さんなんだけど、その人が持ってきてくれたんだ」


 執事、とは恐れ入る。

 雲月の家にも使用人はいるが、どれもこれもが名ばかりの戦闘集団であるが故、少しばかり羨ましさが出てしまう。

 彼自身もそうだが、剣士という生き方を信条にしている者にとっては、どうにも生きている世界が違う。

 同じ不死者同士なのだが、かくも世とは不平等なものであるか。


「雲月君もこれから洗面?」

「そうだな。歯ぐらい磨かねば、神宮寺から庭に放り投げられては敵わん」

「は、はは・・・・・・じゃあ、一緒に行こう」

「うむ」


 特に断る理由もないので、久遠少年と共に洗面所へ向かう。

 離れとは言え、それでも十分に大きな家だ。

 辿り着いた洗面所は、よくある脱衣所と兼任のそれであり、奥にはあの木彫りの湯船がある。


「そういえば、見事な檜風呂だったな」

「あ、そうだねぇ。僕、びっくりしちゃった。温泉みたいだよね」


 入れば分かるが、あれは相当に金をかけている風呂だ。

 自然木の風呂というのは、何よりもその管理が一般向きではない。

 いかに処理を施せど、経年劣化と共に汚れやカビは避けられず、もとが優雅なだけに小さな汚点一つでも、嫌に浮きだって見える。

 それを完璧に管理しきっているというのは、正気の沙汰ではない。

 等と考えながら、オレは来客用のアメニティから歯ブラシを拝借し、同封されている歯磨き粉で歯を磨いていく。

 さすがに個包装の洗顔料はないらしく、置いてあるものを使わせて貰った。

 久遠少年と二人、さっぱりした状態で洗面所を後にすると、そのまま彼の案内で居間へと向かう。


「あら、おはよう、二人とも」


 居間へ入ると、そこには自分の家でもないというのに、優雅に紅茶を啜る久遠麗華がいた。

 軽く挨拶をし、適当な場所に腰を落ち着ける。

 広々とした居間は、食卓と思しき木彫りの机がデン、と置いてあり、ダイニングキッチンが置くに見えた。

 部屋の隅には、割と新しめのテレビが置いてあり、朝のニュースが絶え間なく流れている。


「やっぱり、昨日の大事件になってますね」

「えぇ。遺体の発見が一般人だったから、仕方がないわ。こればかりは、御紋会が苦手とするところでしょうから、警察機関に頼るしかないわね」


 久遠少年が不安そうにテレビを見ていると、それを掻き消すように久遠麗華が口を挟む。

 オレもつられて詠唱画面に目をやるが、首を刎ねるという手法が注目を集めている要因だった。


「まったく、これなら心の臓を一突きの方が、説得が楽だろうに」


 つい、殺し方について口を滑らせる。

 ハッとして二人を見ると、久遠少年は青い顔で、久遠麗華か冷たい視線でこちらを見ていた。


「ちょっと、朝から人ん家の居間で、血生臭い話しないでよ」


 奥のダイニングキッチンから、エプロン姿の神宮寺が皿を両手に現れた。


「わぁ、美味しそう」

「ふふん、作ったの私じゃないけどね」

「その割には随分と自慢げね、貴女」

「そりゃあ、親のご飯より食べた、早苗さなえのご飯ですから。先輩、うちの台所番長の料理は、マジで美味しいんで」


 呻りますよ、と神宮寺薫が指を立てながら自慢していると。


「お嬢様、居間に顔出しづらくなるんで、やめてくださーい!」


 と、おそらくは早苗なる女性の悲鳴と抗議がごちゃ混ぜになった声が飛んでくる。

 しかし、ご当主本人はご満悦なようで、軽い足取りで台所と居間を往復していた。


「やれやれ、学校まで休んで、夜には本戦かもしれないって言うのに……」

「ま、まぁまぁ。せっかくのご飯、美味しく頂かないと失礼ですよ、麗華さん」

「感心しているのよ。枢軸会議の後だったから、少し心配したけど……余計なお世話だったかしら」


 そうこうしている内に居間の食卓は皿で埋め尽くされ、朝食とは思えない豪華絢爛の様相を呈していた。

 まぁ、時間的には朝というより早い昼みたいなものだが。


「一つ伺うが、いいかな、神宮寺の当主」

「え、なに? まさか、食べられないものでもあった?」

「いや、違う。純粋に、毎日これなのか、とな」

「うん、そうだよ。ウチ食い扶持多いから、残っても気づくとなくなってるし」


 オレの疑問は、あっさりと解消される。

 しかし、これが毎日か……まるで、合宿所か何かだな。


「す、すごい。こんな品数を、毎日?」


 箸を片手に、わなわなと触れる久遠少年。

 正しい反応である。


「まぁね。だから、早苗がいなくなったら神宮寺家はお終いだから。全員餓死して死亡だから」

「ちょ、ちょっとお嬢様! わたくしは、ただの小間使いです!」

「いやいや、台所番長が謙遜しないの。いい、早苗。ご飯っていうのは凄く大事なの。これが疎かになると、人間生きていけないの、分かった?」


 分かってはいるだろうよ、そのお嬢さんは。

 とは胸の内に秘めたままにして、せっかくの料理となれば、冷めぬうちに頂くのが礼儀だろう。

 両手を合わせ、目を瞑り、「頂きます」と朝食を始める。

 オレを皮切りに、他の面々も食事を始め、食器の音や夕餉の薫りで、居間は穏やかでありながら騒がしい空間となる。


「あ、先輩、お醤油取ってもらえます?」

「えぇ。代わりに、そっちのケチャップ取って頂戴」

「はい、どうぞ」

「ん、このお漬け物美味しい!」

「ありがとうございます、久遠くどう様。おかわりもありますので、遠慮なくお申し付けください」


 それは、人の営み。

 目を焼くような、太陽にも似た日常だ。


「……ん?」


 ふと、三者の視線がオレに向けられていたことに、気づく。


「なんだ」

「いや、難しい顔して食べてるから。口に合わなかった?」


 神宮寺の言葉に、しまった、と思った時には遅い。

 オレの変な感傷が顔に出ていたらしい。

 見れば、早苗さんという割烹着姿の女性も、不安げな表情をしている。

 咳払いをし、自分に活を入れる。


「いや、旨い。見事なお手前だ」


 本心からだった。

 料理としては、申し分がない。

 それはおそらく、この暖かな空間もあっての完成だろうと、柄にもない事を考え、頬が緩む。


「……懐かしいな」

「え? なつかしい?」


 隣に座る久遠少年が、ぽりぽりと漬け物を囓りながら首を傾げた。

 ふと振り返る、数える程しかない思い出。

 いつだったか、雲月の家で食卓を囲んだ事があった。


「昔な、家の人間でこうして飯を食ったことがある。チグハグな食事だったが、その場の誰もにとって――――二度とない奇跡のような思い出だったと」


 料理の味も頼りなく、ありふれた会話もなかったが。

 それでも。


 ――母上、おいしい――


 あの、ぎこちないけれど、安堵したような母の笑顔が、胸を打つように尊かったことは、今も鮮明に覚えている。


「昔って……今は?」

「オレが食卓に居座らない故な」

「……他人よその家庭に首は突っ込みたくないけど、その、あんまり仲良くないとか?」


 神宮寺が、ばつが悪そうに聞いてくる。

 あぁ、そうか。

 オレが今のこの食卓を羨んで、卑屈になっているとでも思ったのか。


「仲は良い方だと思うぞ。ただな、オレも含め全員が武人の家だ。使用人でさえ、気を抜けば足音さえさせないで板張りを歩く。……誰もが、自分には過ぎた幸福と畏れているのだろうよ」


 ある意味では、真っ当な証だったのかもしれない。

 人と殺戮者の間で揺れ動いた結果、雲月は戮士を名乗ることを止めたのだから。


「だが、勘違いをするな。自他の差異で、水を差す真似は避けたい。まぁ……これはこれで、オレにとっては良い食事だ。味も空気も旨い。これから街の命運を懸けて戦うと思えば、行き過ぎた報酬ではなかろう」

「それは、どうも。じゃあ、おかわりする? ご飯、もう空だけど」

「む。……早苗殿、申し訳ないがよろしいか」

「はい。喜んで」


 こうして、遅い朝食は恙なく過ぎていく。

 不死者達の、嵐の前の静けさではあるが。

 いつか、この思い出が、オレを助ける日がやってくるのだろうか。


-------------------------------------------------------------------------------


 神宮寺家での食事が終わると、各々が一度拠点へと戻っていく。

 久遠家の面々は優秀な執事の活躍により、ほとんどお泊まり会状態だったそうだが、まぁオレの与り知る所ではない。

 昼間は肉体活性での疾走はまずい為、仕方なくバスで東区まで移動する。

 運賃を払いバスを下りると、十五分ほど歩けば雲月家に到着だ。

 和風建築だが、その大きさは神宮寺家の離れと比べても小さい。

 というよりも、件の武家屋敷がデカ過ぎるのである。


「ただいま」


 誰に向けたわけでもないが、癖というやつだ。

 すると、風の僅かな揺らぎだけを連れて、眼鏡をかけた女性が割烹着姿で現れた。


「お帰りなさいませ、賢史さん」

「あぁ。変わりないか、虎徹こてつ

「はい。今日も今日とて、狼藉は御座いません」


 頷き、彼女の脇を通り過ぎる。

 整った容姿に落ち着いた物腰の彼女は、雲月家の二人居る使用人の内の一人だ。

 虎徹、という名前に驚く者もいるが、安心して欲しい。

 残念なまでに本名なので、諦めてこちらが慣れるしかない。

 しかし侮るなかれ。

 名前負けなどはしておらず、あれでいて刀剣の類いは和洋中問わず扱って見せる、物騒にも程がある器用さの持主なのだ。

 味付けが致命的に方向音痴な点を除けば、食料に刃を入れる作業だけならば、その界隈のプロですら舌を巻くレベルである。


「おや、賢史くん。朝帰り――いや、昼帰りとは大人ですなぁ」

「なに、訳ありだ。おそらく、君が期待するような浮き足だった話はない」


 二階へ上がると、丁度オレの部屋から出て来た、もう一人の割烹着姿がいつも通りにからかってくる。

 どうにも子供っぽいが、これで虎徹と双子というのだから不思議なものである。

 顔は瓜二つ、眼鏡をかけているか、かけていないかの違いくらいだ。


「あぁ、そうそう」

「……なんだ」

「おかえり。夜は決戦だろう、ゆっくり整えておきなね」

「あぁ、ただいま、宗近むねちか。大仰な物言いだが、今夜とは限らんぞ」

「こちらも今日に限った話ではないさ。帰りが遅いのも、帰ってこないのも、私達は慣れている」


 だから、せめて万端で家を出て貰わないと、と彼女は鈴のように笑う。

 ……オレの家の面々は、決して仲が悪いわけではないのだ。

 むしろ、その逆だろう。

 戮士として血濡れた歴史を持ちながら、それでいて戮士をやめた半端者として、肩身の狭い思いをしてきた。

 自然と、家の者同士の結束は強まっていくものだ。


「……」


 ただ、どうにも幸福というものに弱い。

 殺しを生業としてきた――いや、彼女達二人であれば、今もそれを信条としている以上、暖かい場所から冷え切った場所へ落ちることを恐れている。

 そして、それはオレも同じだった。

 考えながらドアノブを捻り、殺風景な自室へ入る。

 あるのは、せいぜい数本の刀と関連した本が、棚に詰っている程度だ。

 先ほどの様子を見るに、今日は宗近が掃除をしてくれたらしい。

 くつろぐために戻ったわけではない為、扉を閉めるとそのまま背を預け、これから対峙するであろう相手を思い浮かべる。


「さて、どう出てくるかな。相手は魔剣使い――不足はないが」


 いまいち、狙いがあやふやなのが不気味だ。

 何らかの犠牲を出したいのか、はたまた久遠少年を狙っているのか。

 姿を現わし、その魔剣を振るうに違いはなくとも、戦場に大きな差が出るのが、目下御紋会本舎を騒がせている一番だろう。

 監視の網を張ったとしても、それに掛かった獲物を仕留める手がなければ、いずれは突破されてしまう。

 故に、戦力の分散はやむなく、少しでも手の薄い部分をなくそうと躍起になっているのだ。


「……戮士も動いているなら、戦力不足と嘆くほどではないように思えるが。こと標的を始末する展開になるならば、これ以上の援助もあるまい」


 現役の戮士は、本家や御紋会の実動戦力と比較しても、奪命に関しては一線を画す。

 彼らは殺しも出来るのではなく、殺ししか、出来ないのである。

 故に、その殺人術の練度は必然と高いものとなる。

 尤も――――。


「魔剣が、その上をゆくのが最大の懸念か」


 ――――彼の相手は、時代を超えた魔性の剣。

 通常、戮士であれ真っ向勝負では勝ち目がないと考えても、過言ではない。


「まぁ、それはオレ達が言えた事ではないか。……久遠と神宮寺の目論み通りにいったとして、正面対決を避けるのは至難だ」


 昨晩の作戦を思い出し、自室で一人ため息を吐く。

 作戦は至って単純だ。

 久遠満狙い一点に備え、出向いた魔剣使いを迎撃し、これを撃破する。

 街の警戒は警察や御紋会、本家でも単独行動の方が相性がいい面々で、なんとかなるとのこと。

 場所は、北区の最奥、つまり海側も海側――港に連なる倉庫群一帯だ。

 射程も範囲も未知数だが、さすがに街のど真ん中におびき寄せるのは、進んで被害を出すようなものである。

 その点では、港も倉庫群も悪くない。

 戦場の広さ、遮蔽物の配置の単純さ、人気の少なさは、市街から大きく離れない中では、これ以上にない条件下である。

 改めて、自分の利き手を開き、その掌を見下ろした。


「魔剣使い、か」


 魔剣――古くは、魔性を宿す剣の名であり、それはしばしば人格いしを有したという。

 現代では主に創作物で引っ張りだこの彼らは、非常に複雑な歴史を持ち、性質や性能、その他細部に至るまで多種多様に存在する。

 聞けば、件の使い手は戦士でありながら、魔力での洗脳などという、実に回りくどいことをしている。

 オレは、その点に嫌な予感を覚えていた。

 同じく剣を獲物とする以上、その分野には一定の自負がある。

 ――剣に限った話ではないが、この手の武装はその出自に重要な意味がある場合が少なくない。

 そも、魔剣が生まれるケースというのは、鍛造と転身に大別される。

 鍛造は文字通り、鋼を打って造り出されたものであり、武器そのものの性能だけならば、この鍛造によるものが最も強力とされている。

 おそらく、一般的なイメージの魔剣とは、この鍛造によって生み出された品がほとんどであろう。それ故に、現存する魔剣も多くは鍛造によって造られたとされている。

 転身は、鍛造とは異なり、人間が何らかの方法で変化したもの、とされている。

 不死の起源たる時代では、今で言う「怪物」は人間が変貌したものであり、魔剣もまた、人間が姿を変えた代物が存在する。

 この転身によって生み出された魔剣の最大の特徴は、転身前の性質や能力を受け継いでいる、という点だ。


 洗脳とは、果たして武器にとって必要な能力なのだろうか。


 引っかかるのは、その点。

 担い手の証紋である可能性も否定出来ないが、神宮寺の話を聞く限りでは、洗脳としてはかなり質が悪い、とのことだった。

 魔力による精神干渉。

 対象個人の昏くおぞましい凶暴性を暴き、それを肥大化させ、狂わせる。

 まぁ、洗脳とは言うが、使い道は限られている。

 少なくとも、この方法では確かに、野に放って一般の犠牲者を出すくらいにしか用途がない。

 となると、担い手自身によるものよりかは、魔剣自身が持つ付随効果と見た方が、考察としては意味がある。

 鍛造による魔剣は強力だが、武器としての隙間がない。

 完全であるが故に、武器から離れた性能を持てないという特徴とも欠点とも取れる法則性がある。

 対して、転身による魔剣であれば、話は別だ。

 可能性という点だけで見れば、転身前の証紋をそのまま引き継ぐことも、無理ではない。


「――――少し、探りを入れるか」


 間に合うかどうかは分からないが、疑問を疑問のまま放置しておくことも、憚られた。

 オレは自室を後にすると、一階へ降りていき、割烹着姿を探す。

 居間は空だったので、次に台所へ向かう。

 暖簾をはぐると、古いが丁寧に使い込まれた台所で、林檎の皮むきに勤しんでいる背中を見つけた。


「虎徹」


 呼ぶと、果物ナイフを片手に眼鏡の女性が振り返る。


「魔剣使いの話は耳にしているか」

「はい」

「使い手の素性を知りたい」


 言葉による返答はなかったが、虎徹は無言で頷くと、再び皮むきへと戻る。

 簡素なやり取りは、この家では珍しいものではない。

 本来は腕の立つ殺し屋である彼女は、オレの頼みを大抵は命令と受け取るし、そうした以上はしっかりとこなす性分だ。


 ――――しかし、なんだ。

 あの、皮を剥かれた林檎の山は、一体何に使うつもりなのだろうか。

 ジャムでも作るつもりならいいのだが、刃物を使うまでしか虎徹の技量はアテにならない。

 むしろ、そのまま食べる為、と言われた方がまだ平和かもしれぬ。


-------------------------------------------------------------------------------


 陽が落ちて、街は夜に沈む。

 煌びやかな営みを遠目に、不死者達は港の倉庫の影で、覚悟を握りしめながら敵の出現を、固唾を呑んで待ち――――。


「さむっ」


 ――――ぼうけを食らっていた。

 オレ、神宮寺、久遠、久遠少年の四人は、とりあえず何の気配もないので、風よけ代わりに大きな倉庫の影に身を潜め、たった今、強めの夜風に神宮寺が身を震わせたところだった。


「・・・・・・もうすぐで三時間かぁ。来ないね」


 最初は緊張でガチガチだった久遠少年も、ここまで何もないと、さすがに暇なのだろう。

 ぽわん、と夜空を見上げながら、散りばめられた星々の輝きを、その瞳が丁寧に拾っているようだ。


「先輩、これ、何時までやります?」


 神宮寺が、両腕をさすりながら久遠へ聞いた。

 時間を決めていたわけではないが、さすがに明け方までこうしているわけにもいかない。


「日付が変わるまでは、粘りましょう」


 久遠麗華の表情に大きな変化はないが、語気に若干の陰りが見える。

 時刻は十時をまわり、今のところは街にも変化はない。

 もし大きな異変があれば、オレ達も気づく点があるだろうし、御紋会から緊急で連絡を入れるよう、神宮寺が話を通しておいてくれたらしい。


「シェオルの時は、あっさり来たのになぁ」


 ぽつり、と久遠少年がそう呟いた。

 シェオル――確か、死霊術師と共に彼を襲った不死者の名だ。

 そういえば、この三人は既に経験済みか、と改めて一瞥をする。


「ま、あれは監視の目を潜り抜ける術があったからね。夜限定だけど、普通に捕まえるのはまず無理じゃないかな。ってなると、相手も大胆になるでしょ」


 神宮寺の説明に、久遠少年は真面目に頷いている。


「いくらあの魔剣使いでも、姿を消して移動、なんて芸当は難しい。なるべくは避けたいけど、根比べな気がしてきたなー」


 彼女の言葉尻には、持久戦に向けた覚悟とも諦めともつかない感情が見て取れた。

 無理もない。

 相手がかかるまで、オレ達は夜な夜な港に集まり、こうしていなければならないのだから。

 そこでふと、疑問が一つ浮かび上がった。


「神宮寺」

「ん、なに?」

「中心部からこれだけ距離があっても、魔力は感知出来るのか?」


 彼女が対魔の達人であることは、本家同士では有名な話である。

 故に、もし遠くの街中で事が起こった際、最速でそれを知る方法は何らかの感覚による感知・察知の類いになるだろう。


「出力次第かな。濃度も関係してくるけど、やっぱり魔力量が多ければ、ここからでも中央区の異変には気づけると思う。あの魔剣、鞘から抜いただけでも、普通じゃないってすぐに分かったし」

「なるほど。それは頼りになる」


 と、そこで久遠少年が「魔力ってなーに?」といった感じで首を傾げているのに、オレだけでなく全員が気づいたらしい。


「あの、魔力って、あの魔力ですか? 魔法を使う時に消費されたりする、あの」


 あぁ、言わんとしていることは分かる。

 少し違うな、とオレが言うまでもなく、専門分野であろう神宮寺薫が自然と説明に入っていた。


「そういう役割もあるっていうのが正解。魔力って言うのはね、複合素子って言って、世の中の不思議な出来事の構成を一手に担うもののこと」

「ふくごう、そし」

「ちょっと難しいよね。語源は、元素と原子両方の性質を持つ上に、有形無形これも両方の性質を持つから、複合素子。三法ではそれぞれで呼び名が違ったりするけど、魔力で通じる場合がほとんどかな」

「む、むむむ……僕には難しいお話です」


 目に見えて、久遠少年が情報の波に呑まれている。

 無理もない。

 魔力とは何か、と聞かれれば、一言で説明するのはほぼ至難の業だ。

 あれは、この惑星における余白部分ともされ、超常現象の発現から維持に至るまで、その全ての原動力となっている。

 明確な形が決まっているのではなく、必要に応じてあらゆるカタチに変化し、これを顕現させる。

 実際、量や質、濃度はともかく、一般の人間にも微量ではあるが、魔力は存在する上、これが人生を好転させる例もあると聞く。

 眉唾な話が多いが、「引き寄せの法則」などは分かりやすい一例だろう。

 あれも、個人の強すぎる願いや積もり積もって一定のラインを超えたモノに、魔力が反応している現象だ。


「不思議な力って認識で十分だよ。この世界を構成する一要素で、ほとんどの超常現象はこの魔力一つで動き出してるから」


 神宮寺の説明に、久遠少年は「なるほど」と難しい顔で頷く。

 まぁ、これは相手が悪い。

 魔力の研究は今尚行われており、それだけ複雑かつ何でもアリの源なのだ。

 一説では第一紀に惑星の誕生と共に生まれたモノとされているが、なんともスケールの大きな話である。


 その後もオレ達は、時折暇潰し程度の会話で繋ぎながら時間を過ごしていった。

 結局、魔剣使いは姿を現わさなかったのは、言うまでもない。

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