幕間 魔剣使い2
三人。あの侍の通り、使い物になる貴重な駒を失った。
得る物はなく、幾分か身軽になった身体で帰路につく。
『だから言ったでしょう。私程度では、魔力による力尽くの変革しか出来ないと』
意識に、透明な女の声が触れた。
「……すまん。やはり、下手な事はするものではないな」
『いいのよ、主。お互いにとっての恩人の頼みだもの、手を尽くしたい気持ちは同じです』
「うむ。しかし、先生にはなんと詫びればいいか」
『手土産がないのは残念です。ですが、やるべきことはやった。それ以上でも、それ以下でもありません』
女の声は、俺よりも幾分か芯が強い。
腰に提げた長剣の柄に触れ、その終わりを指でなぞる。
「共に謝ってはくれるか」
『傍に居ることでよければ、当然の事。生憎と、私の声があの人に届くことはないけれど』
「それでもいい。君が居てくれるなら、心強い」
それだけで、不思議と俺は前を向ける。
重い足が、自然と持ち上がる。
建物の地下。
暗く閉ざされた路を渡り、重く不吉な扉を手で開く。
「――――」
白い部屋。
いつだったか、過去の俺が死んだそこは、変わらずに潔癖な空間を維持している。
鎧の音を鳴らしながら、俺は無人の部屋を進んでいく。
病院のような部屋が続き、何度か扉を潜ると、診察室へと辿り着いた。
「やぁ、容態はどうかな、牛島剛君」
砂金を零したような金の髪を揺らし、汚れ一つない白衣に身を包んだ男性が、柔らかな表情で俺を迎える。
「先生、申し訳ありません。見ての通り、無様にも収穫なく戻りました」
開口一番、俺は頭を下げた。
沈黙が続き、しばらくして覚悟を決めて顔を上げる。
失望や叱責は、甘んじて受けよう。
「いや、謝るのは私の方だ。つい、余計な頼み事をしてしまったが為に、困らせたようだね」
が、それは杞憂だったのか。
俺が気後れをしていると、先生は「重ねて言うが、謝るのは私だ」と。
「君が剣士であることを、留意していなかった。暗躍は、君の信条を曲げての行為だろう。私の為に、すまないね」
「い、いえ……お役に立てず、申し訳ありません」
意外だった。
先生は、街の目を逸らして欲しい、と俺に頼んだ。
不死者――確か、御紋会という組織の監視が厳しく、ある程度の動きが制限されてしまっているらしい。
故に、見知った顔を魔力で洗脳し、街で事件を起こす事で攪乱しようと試みたのだが、想像以上に対応が早かった。
常人相手であれば難なく人狩りをこなせるが、先ほどのような戦い慣れた不死者達では、無駄に消耗するだけだったことを、俺は今回の犠牲で学んだのである。
――特にあの侍の方。
剣技だけであれば、「今の俺」にも比肩する実戦剣術だった。
現代ではまともに輪郭さえ残しているか怪しいはずのそれを、完璧――いや、より洗練された形で操っていたところを見ると、只者ではない。
まさか、記憶にある後輩以外にも、極致に至ろうとする者がいるとは驚きだ。
「ふふ、どうやら、熱意を向ける相手がいたようだね、牛島君」
「あ、いや……はい。中々の手練れがいたもので」
「へぇ、君が言うなら、それはかなりの腕なのだろうね」
「はい。俺は『彼女』から学びましたが、どうやってあれだけの殺人剣を保ってきたのか。……可能であれば、もっと斬り結んでみたかった」
「いいんじゃないかい?」
「――――え」
先生は、机からカルテを取り出しながら、頷いてもう一度。
「君は剣士だ。なら、その生き方を貫くべきだよ、牛島君」
そう、俺の背を押した。
「……良いのでしょうか。自分でも分かります。一度剣士として完全に走りだせば、止まることは出来ないだろうと」
「恥じることも、滅入ることもない。それは、君を許容する場所を容易出来なかった、社会の不手際だ。個人の責任でもないから、遠慮無く斬りたい相手を斬ればいい」
「しかし、それでは」
「牛島剛――社会はね、冷血なんだ。犠牲が出なくては、変われない病を患っているんだよ。それは、君も覚えがあるのではないかな」
それは、その通りだ。
人間個人に悪性はなくとも、社会は自然と悪性を孕む。
人が万能ではないように、社会はその性質を受け継いでしまう。
ただ、人間個人と悪い意味での差異は、そこに血が通っていないことだ。
社会とは、特定の個人を指す呼び名ではない。
にも関わらず、その存在や構造は明らかに個人を象り、その生き方に干渉してしまう。
ニュースやネットを見れば、それに対する不平不満は枚挙に遑が無い程であろう。
故に、変化には何かしらの切欠が付き物である、と。
先生は、真剣な表情で俺へ語った。
「遠慮することはない。君は剣士であり、君の相棒はその全盛期を生きた存在だ。……私などより、よっぽど頼りになる指標がいるじゃないか」
言われ、俺は少し、どうしてか誇らしくなった。
自分の相棒を褒められるのは、まるで自分を認められたようで、むず痒い。
照れ隠しで、俺は踵を返し、背を向ける。
「では、これで。おそらく、ここには戻ることがないかと思いますが」
「うん。それだけ強い背中なら、もう私は必要ない。主治医としては、その言葉ほど嬉しいものはないね」
背中越しに頭を下げ、俺は部屋を後にする。
その足取りは重く――しかし、今までで一番、揺るがない跡を残していた。
ふと、地下の病院を出て行く際に、誰かとすれ違う。
かつての自分と同じ、迷える個人か、あるいは――――。
いや、よそう。
頭を振り、俺は地上へ戻っていく。
さぁ、剣士として現代に生きるとしよう。
例え、世界も社会も、それを受け入れなかったとしても。
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鋼鉄のような背中を見送り、私は二人の成就を願っていた。
利用したとはいえ、シェオルとアーヴァ――あの二人の時は、結局の所、望んだ結果に導くことは出来なかったからだ。
自分でも医者という生き物にため息が出る。
覚悟の上としても、救えなかったもの。
指の間から滑り落ちていったものへの後悔は積もるのだと。
魔剣使いを見送って五分もしない内に、見慣れた顔が診察室の扉を開いた。
「やぁ、リオル。順調かい」
五月だというのに、アロハシャツで決め込んだ鬣のようなブロンドの御仁へ、陽気な挨拶を向ける。
これから梅雨がやってくるというのに、サングラスまでかけて、気分は常夏だろうか。
「けっ、嫌味な野郎だ。さっきのガキが起こした騒ぎ程度じゃあ、シェオルの遺産は回収出来ねぇよ。あのシケた屋敷だが、戸締まりだけは一級品だ」
診察用の白いベッドに、どかっと腰を下ろすと、彼は不満たらたらに語る。
なるほど。
やはり生半可な事では、御紋会本舎への侵入は難しいらしい。
「まぁ、当然か。なんせ、相手の中枢なわけだしね」
「こんなことで回収できんのかね、センセイ。うかうかしてると、学園の遣いでもやってくるんじゃねぇのか。あの女、元々はフェーヴノリアに在籍してたんだろ」
「噂だとね。私と接触した時には、もうタナトスと一戦交えた後だったからな」
「そういやそうか。まぁ、あの学園から優秀な回収人でも来たら、一層面倒だぜ」
そう言いながらも、彼――リオルはコキコキと指を鳴らしながら、愉しげに嗤う。
「殺し甲斐があるのも、事実だけどなぁ」
「あまり暴れないでくれよ、リオル。まだまだ先は長いんだ」
「へっ、退屈凌ぎも碌に出来ねぇ環境で、言ってくれるぜ」
「その点だが、朗報だ」
「――――あン?」
「魔剣使いの準備が整った。一波乱あるよ、これは」
もう、彼は止まらない。
この時代において、正真正銘の魔剣使いを止めるには、相応の動きが必要なはずだ。
さて、そろそろ護るべきものを護る、その代償を頂くとしよう。




