夕暮れに、甘味処で
「「え」」
放課後、校門前で二人の珍しい表情を見た。
その二人とは、麗華さんと神宮寺さんである。
「なんだ、狐か狸に化かされた様な顔をして。大家当主ともあろう者らが、今更オレの顔に驚くこともあるまい」
約束通り、僕は雲月君と放課後を共にしている。
おかしいな、昇降口までは一人だったんだけど、探している間に気づけば後ろに立っていたのだ、彼が。
足音はおろか、気配一つしなかった。
けど、気にするだけ無駄な一種の諦めが、今は僕を助けてくれている。
校庭の一件でもそうだが、雲月君は少なくとも御紋会関係の人っぽいし。
そして、案の定――。
「驚くでしょう。貴方、碌に御紋会にも顔を出さず、大家の御役目すら報告をよこさないのだから。……むしろ、生きていたことにすら驚いているわ」
「右に同じ。正直、珍獣を見た気分かなぁ」
――二人とも、顔見知りのようだった。
なんというか、言葉の応酬がえらい酷い内容なのは、気のせいだろうか。
「やれやれ、嫌われたものだ。……御紋会は御役目とは本来、無縁の集団であろう。オレはオレの庭を守っている。それが信用に足らんなら、勝手にすればいい」
「出た出た、スタンドプレイ。雲月君さ、もうちょっと協調性があってもいいんじゃない?」
神宮寺さんが、少し責めるような口調で問い質す。
しかし、それも風か蛇のように、スルリと雲月君は躱してしまう。
「歩み寄り、と言いたいならばお互い様だな。では、御紋会はオレに対し、どう歩み寄るのかな」
「……めんどくせー」
神宮寺さん、本音が出てるよ!
本気で面倒臭いのか、口調もいつもと違っちゃってる!
「で、貴方がどうしてクドウ君と一緒にいるのかしら」
「あ、えっとね。実は今日――――」
僕が、二人に事のあらましを説明する。
あまり良い雰囲気ではなかったから、その間も僕はドキドキしっぱなしだった。
手汗で手が大変です。
「なるほど。そういうことなら、久遠家として感謝はします」
「ほぅ、これは珍しい。貴重な謝意だ、有難く話の肴にでもさせてもらおう」
「げっ、本当に命知らずだなぁ」
「神宮寺、心配なら無用だ。名前の通り、命を懸けるならば造作もない」
「はぁ、別に心配なんてしてないって」
三人のやり取りを、僕は少し外側から眺めている。
傍観者というより、観察者が近い。
こう、麗華さんも神宮寺さんも、僕には見せない一面を見せている気がして、少し面白くて……あれ、少し寂しいのは、どうしてだろう。
「さて、立ち話もなんだ。オレ達はこれから甘味処へ繰り出すが」
「久遠先輩、いち大家として提案です。私達も着いていくべきではないでしょーか」
「……誘われたわけでもないのに、あまり気は進まないけれど、彼と二人というのは難しいところね」
え、雲月君ってそんな警戒するような人なの?
だって、その、甘いもの食べに行くだけだよ?
「久遠の。君も大変だな」
「え? どうして?」
「女子の相手は、刀刃ほど容易ではない、ということかな。おそらくだが、何処の甘味を嗜むか興味があるのだろうさ」
あぁ、なるほど!
ぽん、と僕は閃いたように手を打つ。
「雲月君は、いいの?」
「構わん。旅路に華やかさが在るのは、喜ぶべき事だ」
「そっか。……えっと、じゃあ、四人でこれから甘いものでも食べに行きませんか?」
僕が提案すると、作戦会議みたいに話し込んでいた女子二人が、いずれも「それなら仕方がないか」といった表情で、頷いてくれた。
斯くして、放課後のスイーツタイムは、世にも珍しい四人パーティーで街へと繰り出すことになるのだった。
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夕暮れの中央区。
背の高い建物が建ち並ぶ街並みを、美小野坂高校の制服姿四人が往来に紛れて歩いて行く。
一応、僕らは目的を一緒にしているのだけど、どうにも距離感が難しい。
進行方向を正面とするならば、僕はちょうど真ん中。
左に雲月君がいて、ちょっと僕から距離を離した右後方を歩く女性陣二人。
なんかこう……監視されてる気がするのだけど、気のせいかな。
「そういえば、行ってみたいお店って? 僕も越してきたばかりで、まだあまり知らないんだ、街のこと」
気を紛らわせる為、今回の目的地を知る彼に聞いてみる。
「ん? あぁ、実はパンケーキなるものに前々から興味があってな。和菓子の類いはほとんど制覇してしまった故、洋菓子に飢えている、という次第だ」
「へぇ……ってことは、もっぱらお家だと和菓子が出てくるんだ」
「家の者任せだと、そうなるな。来客の手土産でもなければ、延々と和菓子を食い続ける人生になる」
すごい大仰な言い方をするなぁ、雲月君。
けど、それはそれで、彼の気持ちは分かる気がする。
どれだけ美味しくても、やっぱり違うジャンルのものも試したくなるのが、人間というものだ。
和菓子は和菓子で美味しいけど、だからといってそれだけでいいかどうかは、また別の問題である。
「……」
ちらり、と背中越しに後ろを伺うと、女性陣二人と視線がぶつかる。
声こそかけてこないものの、その表情は「何を話してんだ?」と説明を求めていた。
「おそらくだけど、パンケーキのお店に行くみたいだよ」
「――ぶっ! パ、パパ、パンケーキ!? 雲月君が!?」
素っ頓狂な声をあげたのは、神宮寺さんだった。
歩を止めず、僕と同じように背中越しに雲月君が反論する。
「失礼千万。オレとて、相手の目を盗むような真似は避けたい。だが、これも巡り合わせ。善意を無碍にすれば、それこそどのような罰が下るか」
そう、これはあくまで、僕が雲月君にお礼がしたい、というところからスタートしているのだ。
だから、僕も自然と彼の言葉を後押ししたく、口を開いた。
「せっかく美味しいものを食べに行くんだから、皆で楽しもうよ。じゃないと、お店にも食べ物にも失礼だよ」
「はっはっはっ、良いことを言う、久遠の。……だそうだ。定めと観念し、ここは一つ、舌鼓を打つというのが筋ではないか?」
言い分としては、僕らに利があったのだろう。
半眼で呻きつつも、「まぁパンケーキに罪はないし」と納得するお二人さん。
物理的な距離は縮まらないものの、こうなればやはり、二人が気になるのは行き先だった。
「で、雲月君。パンケーキはいいけど、店の名前は何かしら」
「パンケーキ・ミオ、だったか」
「「え」」
本日二度目のシンクロ。
何が珍しいって、あの麗華さんも「マジで言ってるのかコイツ」って顔してるのが、すごく新鮮だ。
「……く、悔しいけど、チョイスは悪くない、じゃん」
「というより、どうやって知ったかを知りたくなるほどね」
「ですね。スイーツ食べに行くってだけでも、イメージ違い過ぎて脳みそ追いついてないのに」
「心外だな、神宮寺。オレにどんな幻想を抱いていた」
「いや、幻想っていうか……どう見たって、パンケーキってキャラじゃないでしょ。むしろ、月見しながら日本酒って感じじゃん」
……あ、そのイメージはすごく的確かも。
それは雲月君も否定する気がないのか、高らかに笑い声をあげた。
「はっはっはっ! 月見酒とは風情がある。生憎と未成年の飲酒は禁じられている故、その想像を形にしてやれんのが残念だ」
「精神性が高校生じゃないんだよなぁ完全に……」
神宮寺さんのその言葉には、僕も口にはしないが、同意だった。
なんというか、戦国とかの時代を生き抜いたような物腰と口調なんだよね、雲月君。
そんな感じで話していると、僕らはやがて、目的のお店に辿り着いた。
飲食店が建ち並ぶ通りに、ファンシーな可愛い看板がよく目立っている。
正式には、「パンケーキ MIO」というのが店名らしい。
おそらくだけど、美小野坂という地名から取ってきた名前なのかも。
「わぁ……お、女の人ばっかりだね」
「うむ。故に、こうして連れ立って来たわけだ」
そっか、それで僕の提案を受けてくれたんだ。
まぁ、確かに……今のところ、店員さんも含めて、男性人口はゼロ。
男子二人で入るにも、これは相当の勇気を要求されること間違いなし。
僕が振り返るより早く、隣に女性陣二人が初めて前に出る。
「入り口で立ち止まらない。邪魔になるでしょう」
「何してんの、ほら、行くよ?」
さっきまでのダメなスパイみたいな行動を見せてあげたくなるくらい、積極的な来店だった。
攻勢一転、男子二人は女子二人に先導される形で、恐る恐る女性行き交う甘い園へと足を踏み入れる。
「先輩って、ここ食べに来たことあります?」
「えぇ、何度か。そういう貴女も、初めてではないでしょう」
「勿論です。看板メニューの『トロッとパンケーキ』は、衝撃の体験でしたねぇ」
「基本プレーンで、トッピング自由なのも良いわよね」
「そうそう、それなんですよ! 生クリーム増量がもう、罪深いけど美味しすぎて」
大層な盛り上がりようである。
レジ前でメニュー表と睨めっこする女子二人の背中を、僕と雲月君は眺めているしか出来ない。
「雲月君は、もう決まってる?」
「うむ。一応の事前調査は済ませている。まぁ、まずは一押しとやらを拝ませてもらうが吉であろう。何せ、その店の看板だ」
「んー……僕も、それにしようかなぁ」
正直、この場で完全なる初見なのは僕だけらしい。
悩むほどの情報も持っていないので、自然とメニューは看板商品で決まり、となる。
少し待つと、麗華さんが振り返り。
「貴方達はどうする? 決まってるなら、一緒に頼んでしまうけど」
「それは有難い。では、『トロッとパンケーキ』を二つ。一つはチョコレートソースと生クリーム増量……で、君はどうする?」
「僕はバナナとアイスクリームをトッピングで」
麗華さんは頷き、僕らに代わって注文を済ませてくれた。
その後は空いてるテーブル席へ、四人仲良く腰を下ろす。
「……世の中、何が起こるか分かりませんね、先輩」
「本当にね。まさか、雲月の人間と卓を共にするとは想像していなかったわ」
「大家同士、の間違いではないか。君らが特殊であって、もはやどの家同士もさして仲睦まじいとはいくまい」
「その中でも特に遭遇率が低い相手だから、言ってんのよこっちは……」
遭遇率って。
神宮寺さんの中だと、どうにも雲月君は未確認生物感があるらしい。
「雲月君も、大家の人なの?」
僕が聞くと、特に間を置くでもなく、彼は当然として頷いた。
「如何にも。まぁ、久遠や神宮寺に比べれば、特筆すべきもののない家柄だ」
「う、うーん……僕には、そのあたりの判断は難しいなぁ。でも、大家なら夜警とかするんだよね?」
「無論だとも。むしろ、大家に生まれた以上、それが御役目だ」
「そっか。僕も、最近神宮寺さんに夜警のこと教えてもらってるんだ」
「ほぅ……それは、随分と難儀なものだな」
「……喧嘩売ってんの?」
お、おかしいなぁ、争いの火種になるような話題じゃなかったはずなのに。
「いや、こちらが不作法であった。許せ、神宮寺。……まぁ、何事も経験と言う。貴重な弟子を死なさぬようにな」
「剣術マニアと一緒にしないでもらえる? それに、雲月君が思っているほど、クドウくんは弱くないよ。なんせ、アライバルエンド相手に生き延びたんだから」
うわ、その言い方はよくない。
戦ってたのは二人だし、僕の活躍は本当に偶々だ。
「僕の力で勝ったわけじゃないよ。二人が命懸けで守ってくれたおかげだし」
「やはり、あの休校は――そういうことか」
やれやれ、と雲月君は肩を落とす仕草をした。
「わざわざ大家の膝元でやり合うこともなかろうに。それこそ、他の者に助けを求めれば良かったのではないか?」
「それこそ、無謀でしょう。御紋会は一枚岩ではないし、大家だって同じこと。悪いけれど、戦闘時に貴方を信用出来るほどの関係ではないもの」
麗華さんの言葉は厳しい。
ただ、そこには敵意や軽蔑の色はない。
本当に不思議だが、こう、お互いにどうにも距離感や理解が難しく、二の足を踏んでいる感が見て取れた。
「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
「何かしら」
三人の内、代表して麗華さんが質問を待つように続きを促す。
「どうして、大家同士は仲が良くないんですか?」
単純で、外側から見れば当然の疑問。
それを。
「時代の流れね。そもそも、今残っている大家自体が、元から交流のあった家柄とは限らないから」
麗華さんは、そんな形から話し始めた。
「大家自体の歴史は古く、ざっと考えても五百年以上の歴史がある。けど、それは常に生存との戦いだったと聞くわ。昔は今以上に大家が多かったけど、同じくらい、不死者同士の争いもあった。その中で血筋を存続させるのは、並大抵の事ではないの。戦死、病死などで簡単に一つの家柄が途絶える、なんてことが当たり前にあった」
そも、本来は不死者が系譜を繋ぐことさえ、難しいという。
僕は既に長く続く家柄しか知らないけど、一代目の不死者は大抵が不安定で暴走しがちになるものらしい。
だからこそ、そういった者らが路頭に迷わぬようにする為、御紋会の前身となる組織が設立され、規模が拡大されると同時に今の御紋会となったとのこと。
「時流に呑まれて、大家同士の殺し合いや戦争での動員もあったから。特に帝国時代は、日本における不死者暗躍の全盛期。第二次世界大戦と重なる六年余りの期間で、当時の八割以上の大家が滅びたのよ」
「討ち取りから合併吸収まで、あの時代は社会の為ではなく国の為に事が回っていた時代だ。日本だけではなく、世界がな。当時、アジア圏で数少ない列強諸国に対抗しうる国家だった日本は、各国で暗躍する三法機関と人知れず戦い、多くの犠牲を払ったと伝え聞く。故に――残った今の大家同士でも、過去の傷痕があるということだ、久遠の」
……しまった、と今更ながらに顔を青くする。
甘い物を食べてハッピーな気分になる計画が、いつの間にか血濡れた歴史を振り返る、お通夜みたいな場になってしまっていた!
こ、ここ、これはマズいぞ。
なんとかして、話題を変えないと。
「そ、そうなんだ……。ごめんなさい、重たい空気にしちゃって」
僕は、素直に頭を下げる。
これをうまいこと軌道修正する術などない僕は、素直に謝って、楽しい話をしよう、と正面から訴える策に出た。
「構わんだろうて。いずれは知るべき事だ。それに、格別重たい話でもない」
「え、いや・・・・・・そんなことはないよ? 少なくとも、僕はこの空気の中で、パンケーキを美味しく食べる自信はないけど」
「むむ、そうか。これは失敬致した。剣士の時分故、些か血生臭さに鼻が慣れすぎていたようだ」
許せ、と雲月君は瞼を伏せ、軽く頭を下げる。
そこには、ただただ真剣さだけがあった。
「じゃあ、ここは神宮寺家として話をまとめちゃいます。要は、今の大家はそれぞれバラバラの歴史を持ってるの。昔は立場や役割が違ったり、時代によっては一戦交えてたりね。だから、私達ってより、親の代から関係がギクシャクしてるのよ、これが」
流石は歴史の長さは一番と聞いている、神宮寺家の当主様である。
過去の遺産。
時代の激流を生きた、その傷痕はあらゆる意味で大切なものなのだろう。
思い返せば胸を焼くような悲劇であったとしても、それがあって、現代に繋がっているのだから。
そう考えれば、こうしてその血筋の未来を担う世代同士が、一時とはいえ楽しみを共有しているのは、十分な進歩と呼べるのではないだろうか。
「ってことで、この話はお終い。神宮寺家当主として、女子高生の端くれとして、スイーツを前にその味を楽しめないなんて、それこそ末代までの恥だよ恥」
「末代とは大きく出たな、神宮寺」
「当然じゃん。美味しいは正義。甘いは正義。空腹と心、その両方を満たすなんて、もはや奇跡の類いでしょ」
神宮寺さんが胸を張って答えると、くつくつと笑う雲月君はしかし、本心から頷いているように見える。
「真理だな。刃で腹は膨れぬし、心も救えん。いや、お見それした。危うく、無粋に身を落とすところであった。礼を言うぞ、神宮寺」
余程腑に落ちたのだろう。
雲月君は、飄々とした風ではなく、穏やかな眼差しでそう言った。
それを、神宮寺さんも満足げに「分かればよろしい」と腕を組みながら何度も頷いていた。
そこで、まるで図っていたかのように、注文の品々が運ばれてきた。
「わぁ、すごい! お皿の上で揺れてるっ、プリンみたい!」
はしゃぐ僕に、麗華さんがフォークを手渡してくれる。
皆の顔を伺えば、自然と頬が綻んでいるのが分かった。
あの重たい空気は嘘のように消えて、僕らはささやかな一時を精一杯堪能するのだった。




