表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.2 剣の道
21/89

雲月賢史

 平日。昼休みで賑わう校舎を離れ、僕はお弁当を片手に校庭へ繰り出していた。

 というのも。


「いい天気だなぁ」


 そりゃもう、見渡す限りの青。

 心地よい風に強すぎない陽射しとくれば、校庭はお誂え向きの場所に早変わりである。

 まぁ、早い話がお昼を外で食べてみようか、ということだった。

 周囲を見渡してみると、同じような考えの生徒の姿がちらほらとある。

 それでも、校舎に比べれば集団の規模はかなり小さい。

 一人で静かに食べている人もいれば、二人か三人で昼食を楽しむ光景もあった。

 正直なところ、目立ちやしないかと不安だったが、これなら取り越し苦労に終わりそうで何よりだ。


「何処で食べようかな」


 朝食の残りが綺麗に詰められたお弁当を片手に、僕は少しばかり校庭を散策する。

 中心部から少し離れた場所に、丁度よさそうなベンチを見つけ、そこに腰を下ろした。

 僕の昼休みはある程度パターン化されており、自クラスで食べるか、神宮寺さんの襲来によって屋上で食べるか、の二択である。

 屋上の場合は、高確率で麗華さんも一緒だ。

 今日は五分ほどしても神宮寺さんが姿を現わさなかったので、こうして一人気ままなお昼を楽しんでいるというわけである。


「いただきます」


 小さく手を合わせて、膝の上に広げたお弁当に舌鼓を打つ。

 今日のメニューは、タコさんウィンナーにアスパラベーコン、茹でたブロッコリーにミニトマトと、シンプルながら彩り鮮やかな仕上がりだ。

 朝食の残りと侮るなかれ。

 シンプルであろうとも、抜群の盛り付けセンスで魅せるのが、美小野坂高校が誇る完璧超人、久遠麗華なのである。


「僕じゃあ、こうはならないなぁ」


 穏やかな食事時間は貴重であり、楽しみの一つだ。

 クラスで食べるのも悪くはないのだが、席が近いクラスメイト達からはいい話のタネとして、それはもう注目の的である。

 最初の頃なんて、あの久遠麗華にお弁当を作ってもらっている、というだけで学校中からギャラリーが集まるという珍事が発生してしまった。

 最終的には、黒木先生が収拾をつけてくれたけど、麗華さんのネームバリューというか、もはやトップアイドルばりの存在感には驚きを通り越して、細心の注意が必要なのだと学んだ一件だ。

 お弁当自体はさして時間はかからず食べ終わるものの、食後の余韻はまだ続く。

 ふと、人とは難しい生き物だなぁ、と達観した老人みたいな考えが浮かび上がった。

 誰もいない。そんな孤独に身をやつす一方で。

 一人になりたい。そんな穏やかさに焦がれてもしまう。

 せめて、どちらか一方に振り切れて生きることが出来たなら、それはそれで幸福なことだろうと思えるほどに。


「でも、やっぱり難しいや」


 おそらく、僕が今、心中で考えている事は答えのない話だ。

 同じ人間でも、人生のタイミングやその日の体調でさえ、正解が変化してしまう。

 これが他人となれば、もはや答えがある前提で考えること自体が過ちである。

 だから、考えるだけでいい。

 ふと、降って沸いた内容だったな、と思うだけで十分なのである。


「――――お、今日は取り巻きいねぇじゃん、めずらしー」


 故に、僕はどこかで聞き覚えのある不穏な口調と足音達に、一人になったことを後悔し始めるのだった。


「よーぅ、久しぶり、一年坊」


 いつぞやの四人組と、まさかこんな形で再会しようとは。

 まぁ同じ高校の生徒と考えれば可笑しな偶然でもないのだが、二度目があると三度目もありそうで実に不穏である。


「……お、お久しぶりです、先輩方」


 一応、それっぽく挨拶をしてみるが、四人の内、三人の表情に苛立ちが浮かんだのが分かった。

 うん、これは大失敗です。


「余裕じゃん、クドウミツル君。いいよなぁ、学校じゃ噂だらけで、嫌でも耳に入ってくるよ。……神宮寺のトコとも、えらい仲良いんだってな、オマエ」

「……」


 四人の内の一人――茶髪を少し長めに伸ばした二年生が、値踏みするような目を向けながら歩み寄ってくる。


「すげぇよ、あの格闘王も落としちゃうなんてよ。……で、なんで俺らがオマエに突っかかるか分かる?」


 勘違いをされているのは、分かった。

 分かったけど、それを指摘できるほどの余裕が、残念ながら僕とこの人との間にはない。

 一触即発――というやつだ。

 問題なのは、それならお互いに距離を置けばいいのだが、向こうから寄ってくる以上、即発が避けられないという点だった。


「……目障り、ですか?」

「へぇ、意外とちゃんとした答えじゃんか。ま、割と正解だわ、うん。……正直よ、面白くねぇんだわ」


 ……僕も、その人の反応は意外だった。

 苛立ちはあるものの、僕の返答が自分の望んだものだったのか、陰険というよりはスッキリとして明確な敵意に変わっていたのだ。


「そういうヤツ、意外と多いと思うぜ。今まで人間に興味ねぇんじゃねぇのかって言われてたのが、急に人間らしい面見せたら、そりゃそんな顔させる相手も気になるだろ、普通。どんなヤロウだってよ」

「ま……まぁ、はい」


 強くは言い返せない。

 名前も知らない上級生だけど、言っている事の筋道は明解だからだ。


「そしたらどうよ。なんてこたぁねぇ、チビでビビりなヤツだった。……そりゃあ、腹の虫が治まらねぇよなぁ?」


 なんで、久遠満ぼくなんだ、という目つきを、この人は隠そうとしない。

 ……きっと、この人の言うことは本当だと思う。

 クラスでも、絶対に僕と口を利こうとしない人がいるのは、知っているからだ。

 なんらかの腹いせだというのは、それとなく想像はついていた。


「……久遠先輩のこと、好きなんですか?」

「――――あ?」


 ふと口を滑らせたことを、後悔する。

 胸ぐらを掴まれ、膝の上に置いていた弁当が石畳の上に転がった。

 幸い食べ終わって包みに片した後だったからよかったが、こうなるといよいよ自分の身を心配しなければならない。


「おいおい、マサキ。一年に図星つかれてんじゃん」

「うるっせぇ! ――くそ、舐めてんじゃねぇぞ、オマエ」


 後ろから飛ぶヤジに、マサキと呼ばれた上級生は怒りの色を濃くしていく。

 我ながら迂闊だったと後悔するも、既に手遅れ。

 ギリギリと首元を締め上げられていき、小柄な僕では体格差という意味でも、その拘束から逃れるのは至難を極める。


「っ……ご、ごめ、なさ――――」


 謝罪の言葉さえ、うまく言えない。

 ふと胸元が一瞬解放されたかと思うと、視線の先には拳を引く動作が映った。

 ――殴られる。

 反射的に目を瞑り、歯を食いしばる。

 来たるべき衝撃と痛みに震えながらも覚悟していたその時だった。


「――――止めておけ、先輩方」


 止めに入った声が一つ、えらく聞き慣れない響きを以て、割って入る。


「ここは学び舎。暴力の類いは、些か度が過ぎているぞ」

「……んだぁ、コイツ?」


 声の方へ全員が視線を向けると、そこには一人の男子生徒が立っていた。

 背格好は一般的だが、特徴的なのは鋭い切れ長の目。

 無言で睨み付けられたら、大の大人でも怯むのでは、という鋭利さが真っ先に飛び込んでくる。


「一年、雲月賢史うづき けんし年嵩としかさであれば、拳を振り上げる前に、言の葉で諭しては如何か」

「……は? 一年がでしゃばんな、怪我するぞ」


 お前に用はない、とばかりに上級生――マサキ先輩は威嚇する。

 思わぬ横槍に、他の三人も警戒の色を強めていた。


「怪我、か。……うむ、よかろう。では、多少の怪我は承知する故、その少年を解放はしてもらえないか」

「俺に指図するんじゃねぇよ、大体なんだ、オマエ。時代劇か何かの見過ぎか?」

「的外れ、というほどではないな。時代劇は良い。あれは、この国の歴史を写すものだ。誇るべき文化と言えるな」


 一人、納得したように頷く来訪者を、残る三人が距離を詰めて圧をかける。


「一人の癖に、余裕じゃん、お前」

「先輩方、あまり距離は詰めない方がいい」


 気がつかなかったが、彼は手に何かを持っていたらしい。

 ひゅおん、と風を切る音を立てて、その切っ先が三人の内の一人に、ぴたりと狙いを定めたように向けられる。

 よく見れば、それはビニール傘だった。


「此方は得物持参だ。四人相手となると、加減も難しい。おまけに、大義名分はこちらにあり。……勝てば官軍と言うが、さて――どう出る」


 まるで、これから斬り合いにでも臨むかのような威圧。

 最後の一言を皮切りに、彼――雲月君の目つきが、素人目にも変わるのが分かったはずだ。

 ただのはったりではない。

 踏み出せば、容赦はせぬ、と。

 無言で伝わるほどの雰囲気を、彼は誤魔化すことなく放っている。


「……おい、マサキ」


 三人の一人が、校舎の方へ目配せをする。

 どうやら、廊下を通りがかった生徒達が、不穏な空気を察知して集まってきたらしい。

 こうなると上級生かれらの判断は早い。

 僕とは別の意味合いで目立つことを嫌う立場にあるのだろう。

 あっさりと僕を解放すると、四人はそそくさとその場から離れていった。


「災難だったな、久遠くどうの」


 彼らの後ろ姿が校庭から消える頃、僕の傍まで来た雲月君が、その手に転がったお弁当を持っていた。

 慌てて受け取り、頭を下げる。


「あ、ありがとうございますっ」

「うむ、良い良い。何であれ、五体満足手傷もなし。これ以上はない十分な成果だ」


 顔を上げて見れば、つい先ほどまでの殺気にも似た雰囲気はどこへやら。

 僕がぽかんとしていると、こちらの状況を察したのか、改めて自己紹介をしてくれる。


「同じ一年の雲月賢史だ。組はB。君の噂はこちらの耳にも届いているぞ、久遠の」

「……えっと、そう、なんだ。僕は久遠満。C組……って、言うのはもう知ってるのかな、その感じだと」

「仔細、承知している」


 仔細まで承知しているんだ……。

 まぁ、僕の噂自体はもとより、初日から注目されるような登校をしてしまったし、こればかりはそういうものと割り切るほかない。


「しかしまぁ、なんだ。……本家当主の傘下とは、想像以上に気苦労の多いものだな。オレであれば、二度目は斬って捨てる。自然、彼奴等きゃつらに次はないが」

「わわ、そんな物騒なっ。さすがに、それはやり過ぎだよ」


 今時、斬って捨てるなんて、それこそ時代劇の中だけだろう。

 僕が言葉通りに受け取ったのが面白かったのか、とても同い年とは思えない程に落ち着いた物腰の雲月君は、「はっはっはっ」とこれまた侍みたいな笑いを浮かべた。


「何、ああいった手合いには良い薬だ」


 豪快、というよりは掴み所のない風のように語り、雲月君はくるりと踵を返す。


「ではな、久遠の。当主殿に宜しく伝えてくれ」

「あ、ま、待って! せめて何か、お礼させてよ」


 呼び止めると、僕の提案が思わぬものだったのか、彼は向き直り、ビニール傘を肩にかける。


「あの程度の露払いであれば、礼に及ばん。校庭の木々で昼寝と洒落込むのが好み故、助太刀致した次第。目も耳も届かぬとあれば助けようもないが、眼下となれば逆に見過ごすのも不作法。もとい、剣士の名が廃るというものよ」


 ……返答よりも、その口調に絶句する。

 古風なのもそうだけど、あまりにも板に付きすぎていて、ブレザー姿が何かの冗談にすら思えてくるほどだ。

 がしかし、ここで臆せば、せっかくの恩人に何の恩も返せぬまま終わってしまう。


「じゃ、じゃあ、善意と思って……その、放課後に何かお礼させてください。例えば、甘いもの奢ったり、とか」


 初対面で、おまけに学生となれば、お礼と言ってもそのくらいが限度だ。

 あんまり高価になれば資本が足りないのは当然として、受け取る側も身構えてしまうだろうし。

 当の雲月君は、「むむっ」と表情に真剣さが差し込んでいた。


「甘味処か。……悪くない。些か、オレの家では茶請けに偏りがある」

「かたより?」

「久遠の。口は堅い方かな?」


 聞かれ、即答はせずに数秒、腕を組んで考える。

 うん、おそらくは堅い方だ。

 少なくとも、不死者のことや麗華さん、神宮寺さんに迷惑をかけるような口の滑らせ方はしていない……はず。


「たぶん、大丈夫だと思う」

「うむ、そのようだ。拍子抜けするだろうが、今の覚悟は有難い」


 雲月君はそう言い、「では放課後に。寄ってみたい店がある」と。

 それだけを残し、今度こそその場を去ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ