夜の巡回
夜の巡回。
正式な業務名は夜警と呼ぶらしいそれは、イメージしやすく言えばパトロールであった。
しかも、想像以上にラフというか、テキトーというか、ざっくりなやつ。
「巡回ルートって決まってないの?」
「決まってないよ。一応、担当エリアはあるけどね。神宮寺家は中央区東部と北区の一部が担当」
とまぁ、警察の方々が日夜やられている業務とは、少々趣が違うようだ。
おまけに、夜警業務自体は大家という家柄の不死者がメインで行われており、それ以外の面子もほぼ決まっているとのこと。
「治安的には重要なんだけど、御紋会的にはそこまで人員を割ける仕事じゃないんだよね、これ」
と、神宮寺さんは中央区――こと、都心にある公園を歩きながら、そんなことを教えてくれる。
「てっきり、僕はこれが主要なんだと思ってた」
「間違いじゃないよ。実際、大家にとっては日常業務というか、メインどころだしね」
大家、というワードが度々登場する。
僕は、気になって聞いてみることにした。
「神宮寺さん、大家ってなに?」
「古い系譜のこと。早い話が、御紋会設立前から存在する不死の家柄ってところかな。込み入った事情が多いから割愛するけど、今は全部で六家あって、久遠と神宮寺も大家だよ」
あぁ、そういえば系譜とはいう単語には聞き覚えがあった。
代々不死であることを受け継いできた家柄のこと、だったか。
そこで、僕は今更なことに気づく。
「不死者って遺伝するんだ?」
「うん。不死者、というか証紋が遺伝するの。想像しにくいだろうけど、その人の一部だからね。色々なケースがあるけど、遺伝する場合の方が多いかな」
人体機能の一部、と考えれば、そう突飛な話でもないのかな。
以前、健康や医療をテーマとした番組で遺伝疾患を取り扱った回があった。
ふとその時の記憶が蘇り、違和感なくその情報は僕の中へ入っていく。
「でも、そこまで深刻に考えなくても大丈夫。そもそも、証紋そのものが、全ての人々にあるものだから。あくまで遺伝するのは、発現した証紋の性質とか属性がほとんど。勿論、遺伝したからって本人が発現するかも絶対じゃないしね」
そこは個人差ってやつかな、と神宮寺さんは軽い口調で締め括った。
僕も、空き時間を使って麗華先輩から教えて貰った知識が、ここに来て役に立っているのを感じる。
証紋は、古い時代――まだ自然社会の中で人間が生きていた頃、過酷な環境や強大な外敵を相手に生き残る為に勝ち取った進化の賜だ。
文明が栄えて、生きる舞台が人工社会に移り変わった故、それはいらない機能として退化していったに過ぎない。
証紋だけを見れば突飛な話だが、尾てい骨なんかが良い例だろう。
あれだって、人類種という生き物が幾つもの進化を経た末、その名残として今も人間にある痕跡器官だ。
証紋も、発現に至らない大多数の人々にとっては、無形の痕跡器官なのである。
土台そのものは、全ての人間が持っているのだ。
「……そう考えると、霊能力者とか超能力者とか、嘘じゃなかったんだなぁ」
「本物もいるだろうねぇ。けど、胡散臭いことに変わりはないよ? あの類いの証紋は、真偽が見分けにくいから。本部で会った川倉さんいるでしょ? あの人だって、元々は警察の人だからさ。検死官になるのが待てないから、すぐ警察辞めて単身で魔法学園に入学して、上から五番目くらいの成績で卒業した超エリートだよ。凄いよね、その理由が『三法機関出身者なら、キャリアに関係なく上の口に蓋が出来るから』だってさ!」
格好いいよねー、と神宮寺さんは楽しげに語る。
三法機関云々は分からないけど、話の流れからするに、あの川倉さんというピンクヘアーに眼鏡の女性は、自分の能力を証明する術が欲しかったのだろうか。
「川倉さん、警察官だった頃に何かあったの? 証紋の真偽が見分けにくいって話だったから」
「私も直接聞いたわけじゃないけど、警察ってね、階級社会らしいから。多分、警察官の頃に描いていた自分が死んじゃった、とかじゃないかな。現代の不死者だと、肉体的な臨死よりも精神的な臨死の方が圧倒的に多いから。御紋会でもあるけど、立場や肩書きがないと意見が出来ないんだよ。――例え、それが『真実』だったとしてもね」
言われ、僕にも何となくだが、伝わるものがあった。
人は、人を信用するに理由を必要とする。
それは時に間柄だったり、共有する経験だったり、過去の成績だったり、様々だ。
故に、空白の状態から信用を得ることは、並の人間には難しい業でもある。
きっと、社会的になんの力も持たない自分に、あの女性は打ちのめされてしまったのかもしれない。
「耳が痛い話だけど、人間って群れで生きる分、そこまで個人の能力は高くないんだよね。特に精神面なんかは顕著。何の理由もなく他人を信用するのは、不用心だし結果によって価値が変わるからね。騙されなければ聖人扱いかもだけど、騙されればただのお人好しってさ」
「……うん、言ってることはよく分かるよ」
「話が脱線しちゃった。ま、御紋会で仕事してると色んな不死者と出会うと思うから、一つのケースってことで」
夜の公園を歩きながら、僕らはそんな話をした。
僕にとって、それは思わぬ内容だったが、きっと無駄な話なんて一つもないことは分かっている。
現に、僕自身がその状態にあるからだ。
証紋が不死の証であり、その烙印であるならば――それを自覚出来ない者は、果たして何者だというのだろうか。
「……さて、夜の公園なんてこんなもんだよね。酔っ払いとか良い雰囲気のカップルあたりが関の山。事件らしい異変はなし、と」
公園をぐるりと一周した頃、神宮寺さんはそう言って足を止めた。
彼女につられて携帯を取り出すと、時刻は夜の九時を回っている。
「今日はこれくらいにしよっか」
「は、はいっ。……今日はって、いつもは違うの?」
「場合によりけり、かな。今は治安が比較的落ち着いてるから。この前の連続猟奇殺人みたいなのが世間を賑わせてると、日付は変わるね、間違いなく」
言われ、約一ヶ月前を思い返す。
そういえば……あれ以降、ぱったりと犠牲者は出なくなっていた。
それそのものは喜ぶべきことなのだが。
「あの事件って、死霊術師が犯人だったのかな」
「違うと思う。目的や手口もチグハグだし。別の不死者が犯人な上に、こっちの動きを見て、自分に矛先が向かないよう犯行を止めたって私は見てる。……ムカツクけど、自分を制御出来るタイプの相手ってことだね。あれだけ犯行は異常なくせに、変なところで理性的だなんて」
神宮寺さんは不快感を隠そうとはしない。
学校だと、いつもニコニコしているせいか、僕にとっては新鮮な一面に見えた。
「ま、そこは警察も追っかけてる案件だし、信じよう。今日はこれくらいで帰ろっか」
自分の中で一旦感情の波が修まったのか、すぐに神宮寺さんは見慣れた笑顔を浮かべ、僕はそれに頷いた。
初めての夜警は、何事もなく終わる。
夜の公園を後にする中、僕はそれがとても良いことなのだと、自らに言い聞かせた。
それはきっと、いつかまた、この平穏が破られることをどこかで確信しているからこそ、神宮寺さん達は治安の維持に尽力しているのだろうから。
そんな事実が、不吉にもこの先に起こる出来事を暗示しているようで、小さな胸騒ぎを抱え、僕は彼女の背を追った。




