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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.1 死霊術師
2/89

新居

 時間にして約七時間弱。

 乗り換えが二回の大移動が、ようやく終わりを告げた。


「あ、あいたた……」


 齢十五歳にして、まさか腰の痛みに眉を顰めるとは思わなかった。

 引越し前は車移動がメインだった上、大陸縦断みたいな大移動は自慢ではないが、人生初である。

 最初は新幹線の速度感に震えたものだが、三時間を超えた辺りから、もうどうでもよくなりつつあった。

 最後の一時間は、五分ごとに「早く着け」と時計の針を呪う勢いで繰り返していた。もちろん、心の中でだが。


「しっかし……ほんと、人多いなぁ」


 改札を出た先の適当な空き空間で、僕は周囲を見渡しながら独り言ちる。

 美小野坂市みおのざかし

 日本海側に面する街で、一応テレビの番組で気休め程度の情報は見知っている。

 まず、魚が美味しい。

 あと、雪が降る。

 さらに、曇りが多い。

 ざっとこんなところである。


「えぇっと、駅に着いてからはどうすればいいんだっけ?」


 手書きのメモを上着のポケットから取り出すと、邪魔にならない柱の傍まで行き、少しくしゃった紙を丁寧に広げた。

 そこには、「井村さん」という方が迎えに来る、と簡潔な内容がある。

 前後の前は、移動の経路だけであり、着いた今となっては無用の情報だ。

 肝心の後は、そこから先がない。

 自分で書いたメモだが、二度見をする。

 が、やはり、井村さんという人が迎えに来る、で終わっている。


「……爺ちゃんも婆ちゃんも、もうちょっと話し詳しく聞いておいてくれればなぁ」


 とはいえ、あの二人は老齢にしてはかなりしっかりとしている。

 二人で朝の四時前から起きて、日中は畑仕事をしているくらいだ。

 それに、情報不足なのは事前に確認もした。

 ――のだが。


「悪いねぇ、満ちゃん。向こうが、これでいいって言うもんだから」


 と、婆ちゃんは珍しく歯切れの悪い口調だったのを、思い返す。

 まぁ、嘆いても後の祭り。

 こうなった以上、この簡潔なメモの内容を信じるほか道はない。

 そんな不安を抱えて待つこと十分――になろうか、というところで、往来の中に真っ直ぐこちらへ歩いてくる人影があった。

 前後左右、忙しなく行き交う波を縫うように動く人影はしかし、どういう原理か、本当に真っ直ぐ直進して来たのである。

 それが人影から、明確な人物になるところまで来ると、その人は僕の前でピタリと立ち止まった。

 ピシッとしたスーツ姿のその人は、少し痩せ形だが背の高い、初老の男性だった。


「久遠満様、でらっしゃいますね?」


 白髪を生やすには若く見えるが、そこはプライベート領域。

 真っ白な髪を短く切り揃えた老紳士は、柔和な笑みを浮かべ、僕のような若造にうやうやしく語りかける。

 それを、当然なんの気構えもしてない田舎者が受ければ。


「あ、え、はい。そ、そうです、けど?」


 こうなるのは、致し方ない。

 誰だってこうなる。

 決して、僕だけが、という話ではないから、恥ずかしがることはない。

 と、まとまっているのかどうかも分からぬまま、理屈を脳裏でばーっとこねくり回しながら、どうにか落ち着きを取り戻そうと努力する。


「あぁ、それはよかった。こう人が多いと、少しばかり不安に思っておりまして」

「は、はぁ……」

「申し遅れました。わたくし、井村と申します。久遠家くおんけの執事をしております。どうぞお見知りおきを」

「――――」


 し、執事。

 思わず、心中で「執事ですってよ、奥様!」と突っ込みそうになるほど、別次元の世界である。

 少なくとも、生まれて初めて出会った職業の方だ。


「ハッ――す、すみませんっ。僕は、久遠満です」


 遠くに旅立とうとする意識を引き戻し、現実に対応する。

 が、それはこの井村さんの目には随分と好意的に映ったのだろう。


「いえいえ、長旅でお疲れでしょう。駅からは車をご用意してございますので、どうぞこちらへ」


 と、慣れた所作で僕を案内してくれた。

 誰かの案内があれば、人をぎゅう詰めしたような駅内でも、迷うことはそうない。

 無事ラビリンスを抜け出すと、黒塗りの大きな車に言われるがまま乗り込んだ。

 いや、乗り込んでしまった。


「…………」


 チラチラと、周囲の視線が時たまこっちに飛んでくるのが、ちくりと痛い。

 こっちはボストンバッグ一つの田舎者だというのに、乗り込んだ車が悪いのだろう。

 ほとんど知識のない僕でさえ、「ひたすら高級である」ということだけは、直感で捉えられるほどだ。

 しばらくして車は動き出し、ようやく僕は奇異の目から逃れることが出来た。

 車内は静かだった。

 世間話の一つでもあるのかと不安だったが、その心配は杞憂に終わる。

 街を駆け抜けた時間は、四十分くらいだろうか。

 流れる景色は新鮮で、七時間の大移動は結果として、夕陽に染まる街並みというロケーションを見せてくれた。

 自然もいいが、こういう人の手で作られた景色も悪くはない。


「到着しました。お荷物は私がお持ちします」

「はい、ありがとうございます」


 車を降りると、そこは郊外に佇むお屋敷だった。

 背の高い木々に囲われながら、それを更に超える高さの屋根が来訪者を威圧する。

 全体的に洋風の建築物は、どこか拒絶感を感じさせる雰囲気を纏っていた。

 おそらく、外から中を確認出来る造りではないからだろう。

 まるで外界の眼を遮断するような、要塞じみた堅牢さがこの建物にはあった。

 井村さんの案内で、僕は屋敷の扉を遠慮がちに潜る。

 中はというと、調度品が幾つかあるくらいで、思ったよりも豪奢というわけではなかった。

 お金持ちであるのは間違いないだろうが、宝物庫みたいな内装だったらどうしようとも思っていたので、ほんの少しだけ、心が軽くなる。


「只今戻りました、お嬢様」


 井村さんの声に、僕は見回していた視線を前方に戻す。


「ご苦労様」


 淡泊な言葉に、落ち着いた声が聞こえた。

 促されて入った部屋――おそらくは、リビング――に佇んでいたのは、思わず息を呑むほど端正な顔立ちの少女だった。

 肩より少し長いくらいで切り揃えた黒髪は、まるでテレビのコマーシャルで見るような艶やかさを放っている。

 私服だろうか、紺色を基調に白を添えた洋服とスカートの組み合わせは、僕の脳を停止させるには威力過剰な代物であった。


「ようこそ、久遠の家へ。私がこの屋敷の管理を務める、久遠麗華くおん れいかです」

「……久遠、満です。よ、よろしく、お願いします」

「えぇ、よろしく。着いて早々悪いけど、もう少し付き合ってもらえるかしら」


 少女――久遠麗華は、そう言うと井村さんに目配せをする。


「満様、お荷物は私が自室へ運び入れておきます。どうぞ、束の間ですがお座りになっていてくださいませ」

「は、はい……ありがとう、ございます」

「分かっているとは思うけど、御紋会ごもんかいへの顔出しよ。明日でもいいけど、こういうつまらない雑事はさっさと済ませた方がいいでしょう」


 スタスタと歩き、よく分からないことをスラスラと話し始める麗華嬢。

 ごもんかい、とは何だろうか。

 町内会か何か?

 そんな仰々しい名前の町内会があったとして、ちょっと気にはなる。

 この屋敷の主からも「座りなさい」と促され、僕は自分でもオドオドしながら、高そうな背の高い木製椅子に腰を下ろした。

 質が良いのだろう。

 座り心地は良いが、現状居心地は最高に悪い。

 なんとも不思議な感覚である。

 リビングと思しき一室は、毛の高い絨毯が敷いてあり、木彫りの長机がどーんと広い部屋を横切っている。

 思わず、対面位置に腰を下ろしたことを、僕はすぐに後悔した。

 その、なんというか――本当に、驚くほど彼女は容姿が整っている。

 可愛いとか綺麗とか、そういう類いではないものがこの世にあるのだということを、生まれて初めて見た気分だ。

 まるで、人形が生きているような――。


「クドウ君」

「は、はいっ!?」


 呼ばれ、背筋が伸びる。

 黒く鋭い双眸が僕を捉えているだけで、変な汗が出て来そうだ。


「……貴方、分家からこの家のことは聞いてきたのかしら?」


 その質問は、幸いなことに僕を冷静にさせる良い内容だった。

 返答の為に、記憶の中を探り始める。

 そう、美小野坂に来る前、僕は初めて本家と分家の存在を知ったのだ。

 そもそも、久遠という同じ漢字だというのに、僕と彼女のように明確に読みが違う。

 クオンが本家で、クドウが分家。

 この差異は、どういう意味なのか想像の余地はあるが、正直あまり良い印象が持てない。

 僕を育ててくれた老夫婦も、詳しくは語らなかった。

 本家に呼ばれ、半ば強制的に僕がこの屋敷に行くことになってもだ。


「正直、詳しい説明までは」

「そう。なら、良い機会だから簡潔に説明するわ」


 そこで、いつの間に用意していたのか、音もなく井村さんが久遠さん、僕の順番で紅茶を出してくれる。

 軽く会釈をお礼とし、僕は視線で「続きをお願いします」と促した。


「元々、貴方は本家筋に近しい生まれよ。この家の敷居を跨ぐに相応しい、血筋を持っている。おそらく、クドウの名字では唯一でしょう」

「……血筋、ですか?」

「えぇ。とはいえ、クドウであることに変わりはない。この屋敷では良いですが、外ではあまりハメを外さないようにしなさい。序列に厳しい人間は、快く思わないでしょうし、まだこちらに慣れてもいないのに、下手に敵は作りたくないでしょう?」

「――――」


 序列、という言葉に背筋が凍る。

 まるで、古めかしい慣習そのものだ。

 言葉の端々に、上下を意識させる違和感があった。


「面白くはないでしょうが、貴方も不死者であれば理解なさい」


 そこで、完全に脳が停止した。

 思えば、もう少し早く気づくべきだったのだ。

 出会って数分。

 それでも、僕とこの久遠麗華という少女の間には、あらゆる意味で線が引かれている。

 文字通り、生きている世界が違う。

 僕の手持ちの価値観と常識では、今突きつけられている世界に対する対抗手段りかいがない。


「ふ、ふし……しゃって?」


 疑問さえ許さないほど、当然として語る相手に対し、「自分は不死者を知りません」と宣言することは、かなりの勇気を要した。

 加えて、彼女が無表情のまま数秒、僕を凝視している間は、もう蛇に睨まれた蛙の気分を味わう。


「え――もしかして、知らない?」


 意外だったのは、一つ。

 今までの温度を感じさせない態度から、ひょっこりと人間臭い一面を見せるみたいに、「嘘でしょ貴方」とでも言いたげに彼女が困惑した点。

 なんか、一気に親近感が沸くような。


「ちょっと待ちなさい。貴方、分家でどういう風に育てられてきたの? まさか、普通の人間として?」

「ふ、普通って? たぶん、ごく一般的な家庭だった、とは思いますけど。……まぁ、多少甘やかされては、いたのかな?」


 大事にされていたことは、確かだと思う。

 しかし、麗華嬢にとっては「そういうことを聞いてるんじゃない」ということが、険しくなる表情だけで読み取れた。


「……井村、どういうこと?」

「おそらくは、そういうことではないかと。私の知る限り、分家のほとんどは御紋会に登録はしていないでしょうし、不死者として生きる者もそう多くはございません」

「それは知ってる。けど、彼は違うでしょう。第一、限りなく本家筋に近い人間なのに、『こっち側』の事情を優先しない理由がない」


 少し離れた場所で控えていた井村さんは、狼狽する屋敷の主とは対照的に落ち着いていた。

 年の功、というやつだろうか。

 僕を蚊帳の外に、幾度かの問答を二人は繰り返すと、久遠麗華は目に見えて頭を抱えた顔つきで、僕へと向き直る。


「……緊急事態だわ」

「そ、そうなん、ですか?」

「えぇ。例えるならば、貴方は本当は鳥なのに、ずっと魚として育てられてきた、みたいなものよ。運良く息継ぎをしてこられただけで、泳ぎ方しかしらないのに、いきなり飛んで生きろ、と言われたら大事でしょう」

「――――」


 それは、確かに大事である。

 というか、その例えだとシンプルに死活問題なのでは。

 「おのれクドウめ」と今にも呪詛を吐き出しそうな眼で僕を見ながら、自身を落ち着かせる為か、深く深呼吸をした後、久遠麗華はキッと顔を引き締める。


「いいでしょう。話を進めます。クドウ君、おそらく何が何だか分からないでしょうけど、まずは一度御紋会へ顔を出してもらいます。事情は私が説明するから、貴方は後ろで小さくなっていなさい。それと、不死者が何であるかは、車の中で手短に話します。……どうせ、理解するには時間がかかるでしょうから、まずは今日を乗り切ることに集中なさい」


 津波のように予定を話され、ひとまず頷くしか出来ない僕。

 せっかく淹れてもらった紅茶は、少し冷めてしまっていた上に、ほとんど味がしなかった。

 その後は再び車に乗り込み、御紋会という場所なのかどうなのか――なんであれ、目的の場所へと向けて発進する。

 既に夕陽は落ちかけており、帰ってくる頃には間違いなく真っ暗だろう。


「クドウ君、いい? 不死者というのは、早い話が超能力者よ。かなり語弊のある説明だけど、何も知らない貴方にとっては、これが一番近い表現。そして、御紋会というのは、その超能力者の管理や統括を行っている団体」


 本当に、彼女の説明はざっくりとしたものだった。

 それでさえ、まっさらな状態で受ける側としては、まさしく情報の滝である。

 全く以て、情報処理が追いつかない。


「じゃあ、僕は……超能力者ってことですか?」

「えぇ、本来なら。ただ、その辺りは込み入っているから、後の方がいい。今は、自分が違う世界にやってきて、運の悪いことに、そこで生きていくしかなくなった、と考えておきなさい」


 言われている意味は分かるが、その手段が分からないおかげで、先行きが見えない不安が大きい。

 ほぼ呆然としている中、気づけば僕は御紋会なる場所へとやってきた。

 武家屋敷という言葉がぴったりな平屋。

 暗くてよく分からないが、建物の周囲を囲う塀の高さと距離から考えるに、ここも相当な敷地面積だろうことは容易に想像出来た。

 最初の説明通り、本当に僕はついていくだけだった。

 建物の中に入る前も、入った後も、僕に向けられるのは視線だけであり、誰も言葉をかけようとはしない。


(お、思ったより、人がいる)


 外から見ると、人の気配がないくらい静まりかえっているのに、なんとも奇妙な感覚だ。

 ――あれ、日本人じゃない人もいるんだ。

 モデルみたいな体型の女性と、その少し後ろを歩く金髪の男性。

 風貌からもこの和の建物に似合わない二人組は、こちらを視認すると立ち止まる。


「魔法使い? 学園の連中が何の用?」


 明らかに、麗華嬢の口調が敵意を含んだものになる。

 それを。


「生憎と、こっちはフリーランスよ。だから、こうして堂々と挨拶しに来たの。……よろしくね、大家のお嬢さん」

「……精々、面倒を起こさないことね」

「肝に銘じておくわ」


 女性の方と睨み合いにも似たやり取りをすると、再び両者は歩き出す。

 すれ違う時、男性の方からやけに視線を感じるのが、気まずかった。

 そして。


「フラン、早く外の空気を吸おう。随分と消化に悪いものを視てしまった」


 男性の声で、そんな台詞を背に聞きながら、僕は建物の奥へと進んでいった。


-----------------------------------------------------------------


 久遠麗華と二人で入った奥間の一室には、二人の人物が待っていた。

 一人は、和装の男性。

 もう一人は、制服姿の女子。


「座りなさい」


 男性に促され、その場の全員が用意されていた座布団の上に腰を下ろす。

 次いで、口を開いたのは麗華嬢だった。


「神宮寺頭領、このような時間に失礼致します」


 軽く頭を下げながら、彼女は変わらぬ口調で続ける。


「先刻、ご連絡差し上げた通り、久遠の屋敷で世話をする者を連れて参りました」


 そこで、二人の視線が僕へ集中する。


「うむ。よろしい。必要な手続きは済んでいる。久遠の、そちらから何かあるか?」


 和装の男性が問いかけると、麗華嬢は「はい」と頷いた。


「この久遠満という者、どうやら自らが不死者の血筋であることを、知らないでいたようです」

「ほぅ、それは難儀だな」

「はい。当人もそれなりに苦労はするでしょうが、しばらくは大目に見て頂ければと」

「構わん。その手を気にかけるのは、神宮寺ではない。久遠の次期当主であれば、曲者のあしらいは問題なかろう。よく、守ってやれ」

「ありがとうございます」


 聞いていると、唐突に和装の男性が「久遠満」と僕の名前を呼んだ。

 不意打ち気味だったが、それでも気が張っていたのだろう。

 「はいっ」と、僕は向き直った。


「紹介が遅れた。私は、神宮寺宗也じんぐうじ そうやという。御紋会については、生活が落ち着いてから覚えていけばいい。不死といえど、社会の中で生きる以上、君は学生の時分だ。よく学び、よく遊べ」

「は、はいっ! あ、ありがとうございますっ」

「では、私はこれで失礼する」


 そう言い残すと、和装の男性――神宮寺宗也という人は、その場に三人を残し、姿を消してしまった。


「今の方が、御紋会の総責任者です。顔と名前くらいは覚えておくように」

「――――」


 無言で頷く。

 まぁ、事の運びからしても偉い人だとは思っていただけに、驚きは少ない。


「で、どうして貴女がいるのかしら、薫」


 一人、これで帰れる、と思っていた僕は、新たな火種の発生に気づくのが遅れていた。

 麗華嬢の声音は、あまり友好的なものではなかったのか。

 名前を呼ばれた、もう一人の女子は「わざとらしい笑顔」を浮かべ、口を開く。


「ご挨拶ですね、久遠先輩。これでも神宮寺家の当主ですから、同じ大家の者として同席するのは当然では?」

「ハッ、それは殊勝な心掛けね。他の大家の連中に爪の垢でも呑ませて差し上げたら?」

「残念ですが、その必要はありません。どうせ呼んでも来ませんし」


 ――僕からすれば、気づいたらトークバトルが始まっていたのである。

 そもそも、二人の関係性がまるで分からないのに、ひとを蚊帳の外にしてバチバチに火花を飛ばし合わないでほしい。

 なんか、こう、えらい喧嘩っ早くないですか?


「それはそうと――初めまして、久遠満くん」

「へ?」

「私、神宮寺薫じんぐうじ かおる。きっと同じ高校だから、よろしくね」

「え……あ、はい」


 長い髪をポニーテールで縛っている彼女は、先ほどよりも幾分か自然な表情で、そう挨拶をしてくれた。

 麗華嬢とは相性が悪いのかもしれないが、僕には普通に接してくれるみたいだ。


「久遠先輩の相手、大変だろうけど頑張ってね」


 ――前言撤回。彼女は今ここに限り、ボンバーマンだった。


「当然です。分家が本家の役に立てるのだから、光栄に思いなさい」

「ね? 学校でもこんな感じだから、先輩友達少ないのよ。話し相手になってあげて」


 神様、ここは爆心地ですか?

 あるいは地獄なんですね?

 僕は、それほどに罪深い存在だったのでしょうか?

 もはや、まとめ役を失ったその場は、僕にとって物理的に逃げることも、かといってどちら側にも肯定が難しい、魔境の様相を呈しているのであった。


「なんてね、ここら辺にしとこうかな。クドウくん、今にも倒れそうな顔してるし」

「気が弱いわね。まぁ、この子はこういう子だから、精々気をつけなさい」

「それは彼にとってはお互い様だと思いますけどねぇ」


 もはや、仲が悪いのか良いのか、僕には判別が不可能だった。

 その後は、神宮寺さんの見送りを受けて、ようやく帰路につく。

 帰宅後の記憶はあまりない。

 とにかく身体も心も疲労困憊で、一回睡眠を挟まないとどうにもならない状態だったからだ。

 荷ほどきも出来ないまま、僕は用意された部屋のベッドに倒れ込むと、泥のように眠るのだった。

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