表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.2 剣の道
19/89

証紋鑑定

 五月も半ばを過ぎ、日によっては暑さも目立ち始めた梅雨前の季節。

 僕は放課後、一つの試練を前にしていた。


「クドウくん、そんなに肩肘張らなくて大丈夫だよ?」

「う、うん」


 放課後、僕は神宮寺さんに連れられ、御紋会本部にやってきていた。

 ゴールデンウィークが終わった後、僕と麗華さん、神宮寺さんの三人は、あの夜の死闘を振り返り、本格的に僕の不死者としての訓練を始めることにしたのである。

 理由は割と単純。

 まず、今後も狙われるかもしれないから。

 次に、不死者であることは間違いがないから。

 最後、にも関わらず、僕は自分の証紋をよく理解出来ないから。

 の三点だった。


 ――特に、三番目は理由も含めて解明しなければならない謎だとのこと。


「もう登録はしてあるし、分家とはいえ久遠家の人間だから身元の保証もバッチリ。なので、今日はひとまず、川倉さんに証紋鑑定してもらおう」

「しょ、しょうもん、かんてい?」


 なんか、テレビでやってる鑑定番組みたいな響きだ。

 目をぱちくりさせている僕に、神宮寺さんはニコッと笑いながら人差し指を立てる。


「要は不死者の健康診断みたいなものかな。証紋は人体の一部だから、当然調べることも出来るって寸法。ただし、証紋自体は基本無形のものだから、誰でもってわけにはいかないけどね」

「へ、へぇ……そうすると、僕の証紋が何かっていうのが分かるの?」

「それは、やってみないとなんとも。ただ、全部は難しいと思う。あくまで、そのヒントを貰えるくらい、だと思うかな」


 神宮寺さんの説明に、なるほど、と僕は頷く。

 曰く、通常であれば証紋に覚醒した段階で、個人差はあれど理解は進んでいくとのこと。

 それが、僕の場合はさっぱりなのだ。

 シェオル・ネハ・レイシュラムに打撃を与えた程の力が、証紋でないはずはない。

 でも、僕はそれを理解出来ない。

 これは一度、診て貰った方がいい、という流れである。


「ま、痛いことはしないと思うから、まずは行ってみよー!」


 おー!、と。

 まるで探検にでも行くように、神宮寺さん率いる僕らは本部の建物へと足を踏み入れるのであった。

 まるで冒険者が迷宮ダンジョンにでも挑む感じだが、建物内部はあながち間違いとも言えないほど広い。

 ざっと外見は平屋の和風建築。

 なんだかんだで、美小野坂の街にやってきた初日以来、訪れる縁のなかった場所だ。

 小綺麗な板張りの廊下では、そう人数は多くないものの、何人かとすれ違う。


「これはお嬢、お疲れ様です」

「うん、おつかれー」


 甚兵衛をもう少しお堅くしたような和装姿の男性が、神宮寺さんに頭を下げて挨拶をする。

 ……なんだか、すれ違う人全員から頭を下げられている気がする。


「ねぇ、神宮寺さん」

「ん、どしたの?」


 先導の足を止め、くるりとポニーテールを揺らして彼女は振り向く。


「お嬢って呼ばれてるの?」

「そうだよ。止めて欲しいけど、子供の頃からそうだから今更ねぇ」


 あはは、と困り眉で神宮寺さんは笑う。


「……え、もしかしてすごく偉い、とか?」

「私? 偉いって言うか、神宮寺家の当主だからね。それに、本部の一番奥にある離れは、実家だし」


 そういえば、そうでした。

 って、この馬鹿でかい敷地、神宮寺さんのお家だったのか!


「それで、最初ここに来た時、神宮寺さんはいたんだね」

「まぁ、それもあるかな。大家の実質当主が来るのに、現当主が顔出さないのもおかしいでしょ?」

「ま、まぁ、そういうもの、かも?」


 僕にはそのあたりのシキタリは分からないけど、本家だ分家だという風習が残っていれば、そういうものなのだと腑には落ちる。


「でも、こんなおっきな建物がお家……」

「いやいや、家なのは離れ。ここはあくまで、御紋会本部だよ。っても、神宮寺家は身内が多いから、駐在の人員はほぼウチが出してるけどね」


 その後も、歩きながら簡単な御紋会の説明を受ける。

 御紋会に登録した不死者は、希望すればある程度の職業斡旋も受けられる。

それだけではなく、社会復帰の為の公開講演(表向きは失業者向け)、天涯孤独な場合の身元引受人等々、不死者関係であれば様々な公的支援を同会は行っているとのこと。


「そもそも、私達みたいな異能とか超能力の持主って、一歩間違えれば大事でしょ。不死者は社会に適合出来なくて、自殺未遂だったり精神的な臨死を経験したりで、爆弾抱えた人が多いの。でも、皆が皆、社会に恨み辛みがあるわけじゃないし、人並みの生活や幸せを手に入れたいって人も少なくない」


 御紋会は、そういった不死者の生活を支援するのが、むしろ業務の大半を占めている。


「ま、これは御紋会に限った話じゃないけど、不死者関係の機関は社会貢献と引き替えに、その活動を黙認してもらってるの。三法機関なんかが代表的かな」

「三法機関?」

「そ。魔法学園、秘跡調査会、錬金同盟のこと。一番有名なのは魔法学園かな。表向きは国際支援学校の運営で、たぶんクドウくんもコマーシャルは見たことあると思うよ。日本にも各県一校はあるし」


 等々、聞けば聞くほど話は尽きない。

 曰く、最初がかなりハードだったね、とは神宮寺さんの談である。

 シェオル・ネハ・レイシュラム。

 あの青白い巨人は、そういった三法機関の裏の顔であり、本来であればあまり関わることのない人種らしい。

 ……まぁ要するに、僕は運がなかったのである。


「川倉さん、薫です」


 武家屋敷の奥。

 縁側ではなく隠れるようにひっそりとある木製の扉の前で、神宮寺さんは名乗った後に軽くノックをする。

 すると。


「んぁ、どうぞ~」


 中から、寝起きみたいな脱力しきった声音が辛うじて届いた。

 「失礼します」と神宮寺さんの後ろにくっついて部屋に入ると、そこは書類の山で埋め尽くされた散乱地帯であった。


「うっわ、片付けましょうよ、川倉さん」

「んへ~、ごめんねぇ。この前の、学園からめちゃくちゃ要求事項多くてさ~」

「この前って……学校の?」

「うん~。ほら、シェオルって人の身体、普通じゃなかったじゃない? あれ、ホムンクルスなんだよねぇ~。要は錬金術で造られた、人造人体。それも、急拵えの癖に人間性は高純度って代物でさぁ」

「それって凄いことなんですか?」

「めちゃくちゃ凄いねぇ。もうね、頭パンパン。神様でもなきゃ、あんな完璧な素体は造れないってくらい。見てくれは悪いけど、魔性を発現させないで人間の器を造るって、それもう人類複製の分野に片足突っ込んでるから~」


 ふらふらとしながらも、ガリガリともの凄い音を立てて、何かの書類を書き上げている眼鏡の女性。

 神宮寺さんは部屋唯一の扉を換気の為に開け放ち、「そりゃあ学園は情報だけでも欲しがりますね」と返答する。


「そうなのよ~。もうね、お前らが来てバラせやこのタコ――って、言いたいくらい~」


 うわ、一瞬すっごい口悪くなったし、殺し屋みたいな目つきになったんですけどこの人!

 壁際に下がり怯える僕に、手招きしながら神宮寺さんは、訪れた理由を話し始めた。


「――――ってことで、クドウくんの証紋鑑定をして欲しいんです」

「ふぅ~ん……パッと見、不死者に見えないけどねぇ」

「なんですよね。系譜の一族でもなきゃ、普通はこう、もうちょっと影を落としているというか、根暗な人が多いんですけど」


 ……すごい、聞く人が聞けば悪口な内容が飛び交っている。


「ただのビビりな子リスにしか見えないね~」


 ほら、また。

 ふわふわとした口調で、えらい毒を吐く人だな、と僕は川倉さんなる人物を記憶に留めた。


「で、君……えっと、クドウ君だっけぇ。ホントに証紋の感覚とかないの?」

「は、はい。正直、同じ事をやれって言われても、まったくピンと来ません」

「…………」


 真面目に答えると、えらくじぃっと見つめられてしまう。

 時間にして一分。

 長い。この沈黙は長い。

 耐えきれず、僕は視線で神宮寺さんに助けを求め始めていた。


「嘘はついてないっぽいねぇ。……不死者じゃないんじゃない?」

「またまた、普通の人間が頭突きであの巨人の歯を折れるんですか、川倉さん」

「あはは~、頭蓋骨の方が粉々だろうね~」


 ですよねぇ、と女性陣二人は楽しげに笑う。

 ……だめだ、僕はこの二人にはついていけない。


「ま、いいやぁ。――――そういうことなら、ちょっと見てみようか」


 まるで、人格でも切り替わったかのように、眼鏡の奥の双眸が鋭さを浮かべる。

 染めてるのか、ピンクという随分とパンクな色のショートカットはボサボサで、OLみたいな白のブラウスと黒のスカートに白衣という出で立ちの川倉さんは、手にしていたペンを煙草みたいに咥え、僕の傍までやってくる。


「手」

「……へ?」

「手だ、馬鹿者」


 さっきまでのふわふわはどこに行ったのか。

 呆気にとられている僕の右手を取ると、川倉さんは手相でも見るように、まじまじと僕の掌に視線を注ぐ。


「……お前、臨死の経験は?」

「え、臨死、ですか?」

「そうだ。心でも身体でもいい。死にかけた経験はあるか」

「…………」


 僕は、言葉を呑み込んで、視線を落とした。

 それがどう映ったのか。


「ふん、不死だな、お前は」


 吐き捨てるように言い、川倉さんは僕の手を離し、部屋の奥にある書類で埋もれかけているデスクに戻る。


「お嬢、そこの坊やは確かに不死だよ。だが、証紋に関しては妙だ。普段はもう少しハッキリ視えるんだが、どうにもブレる。私の眼を曇らせる、何かがある」


 ドカッと乱暴に椅子へ腰を下ろすと、足を組んで、咥えていたペンを今度は指でクルクルと器用に回し始めた。


「ご丁寧に盗見ぬすみ防止の施工でもしてあるのか、はたまた別の理由か。いずれにせよ、私のところに連れてきたのは、半分正解だ。残り半分は、運がない。私では、この坊やの証紋は看破出来ない」

「むぅ、参ったな。川倉さんなら、なんとかなると思ったんですけど」

「私も自負はある。だが、視えないものは仕方がない。とはいえ、多少の助言はしよう。まず、眼での鑑定は無理だということが分かった。……あまりオススメは出来ないが、秘跡調査会の連中に手を借りる、という手段はある」

「げっ、先輩のお屋敷近くのあの教会ですよね」

「あぁ。私の眼は学園製でね。学論で覗けないなら、信仰が最有力だ。まぁ……本当に、オススメはしないが」


 苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せ、川倉さんはもう一度、僕を見る――というか、睨み据える。


「……ったく、報われないね、お前も」


 なんて、僕にはよく分からない言葉の後、川倉さんは頭をがしがしとかき回しながら舌打ちをし――。


「ってわけで、ごめんね二人ともぉ。あんまり力になれなかったやぁ」


 ――と、再びふわふわに戻ってしまった。

 一体、この人は何なんだろう……大丈夫なのだろうか、色んな意味で。

 川倉さんの仕事部屋を後にし、僕らは本舎の縁側から庭に出て、一息つく。

 庭師が必要なほどではないが、それでも広さが広さなだけに、開放感だけは抜群だ。


「ん-、困った。もうちょっと手がかりが掴めるかと思ったのに、割と情報としては収穫ゼロだったね」

「は、はは……面目ない、です」

「ううん、ごめんごめん。クドウくんのせいじゃないから。私の見通しが甘かっただけ」


 神宮寺さんは、夕焼けに染まっていく空を仰ぐと、「この件は、ひとまず保留」と判断を下した。

 まぁ、放課後ということもあり、夜までそう長い時間はない。

 ここから先ほどの話に出た教会までだと、そもそも久遠家のお屋敷までで日が暮れてしまうだろう。


「っていうか、あの辺りに教会なんてあったんだね」

「ひっそりとね。週末は子供向けのイベントとか、聖書の読み合わせとかしてるらしいけど、まぁ表向きの活動はどうでもいいか。……とりあえずは、不用意に近づかないようにね。秘跡調査会は、三法機関では一番非戦闘的な分、やり口がエグいから」

「や、やり口がエグい……」

「そう。人の善意とか思考の習性とか、そういうのを聖母みたいな笑顔を浮かべながら、骨の髄まで利用するのが常套手段。クドウくんみたいに、押しに弱い人だと、あっという間に食べられちゃうよ」


 一体、どこの狼集団だそれは。

 なんであれ、教会には近寄らないでおこう。

 少なくとも、一人で出向くのことだけは避けた方が無難だ。


「残った時間は、今後の活動について話しちゃうね」

「う、うん。よろしくお願いします」


 その後、僕は神宮寺さんから、訓練について説明をしてもらった。

 早い話が、僕はまず、体力をつける必要があるということ。

 戦闘訓練とか証紋鍛錬とかの前に、何はともあれ、戦闘に巻き込まれた際に資本となるのは肉体だ。

 身体が動けば、それだけ生き延びる率が高くなる。

 あとは、夜の巡回。

 これは単独ではなく神宮寺さんとのペアで行動するらしい。

 大抵は何も起こらないが、既に一度、死霊術師から襲われている僕には前科があるので、あまり信用性は高くない。


「こんなとこかな。ついでに、夜の巡回はバイト代出るから安心して」

「え、そうなの!?」

「そりゃそうだよ。立派な労働だもん」

「で、でもいいの? 僕、戦いだと役に立たないよ?」


 例え体力がついたとしても、戦闘訓練など未経験もいいところだ。

 なのに、神宮寺さんは「そこは大丈夫」と当然のように頷いた。


「むしろ、独りにしておけないから。クドウくんの身柄を狙ってた相手も分かってないし、また無鉄砲に飛び出しちゃうと大変じゃん?」

「うぐっ……そう、ですね」

「あははは、そういうこと。クドウくんこそ、私でいいの?」

「え、どういうこと?」

「先輩じゃなくていいの? ほら、二人きりになるチャンスじゃん」


 などと、神宮寺さんは夕焼けにも負けない眩しい笑顔で、とんでもないことを口にする。

 そ、そりゃあ、二人きりでいることに悪い気はしないけど。

 朝食時の静かで穏やかな空気は、今となっては日々のルーティンであり、心を整える――って、何考えてるんだ僕は。


「か、勘違いだよ、うん」

「そうかなぁ。ま、もし必要なら言ってね? 私がちゃんと手引きしてあげるからさ」


 あ、今、悪魔みたいに笑ったぞ、この人。

 人によっては小悪魔的だろうが、僕にとってはもう、立派なソレである。


「とにかく、夜の巡回?――は、神宮寺さん、お願いします」


 無理矢理にでも空気を引き戻す為、僕はぺこり、と頭を下げた。


「はい、お願いされました。よろしくね」


 こうして、今日も今日とて、夜は更けていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ