3
念願のロワ・クレープを後にすると、次は洋服探し兼昼食探しと相成る。
こうなると、場所は決まってデパートだ。
流石は大型連休。
三人で入った店内は、外に負けず劣らずの賑わいを見せている。
「先輩、お昼入ります?」
「えぇ。詰め込めば」
麗華嬢、それは世間では腹八分目というヤツです、はい。
「僕も、それなりに小腹は満たされてるよ。昼食は遅めにしてもいいんじゃないかな」
「なら、運動がてら服を見て回りましょう」
麗華さんの導きの元、僕らは衣料品店が並ぶ階へとやってくる。
一階にもあるのだが、お目当ては三階のちょっと高級そうなお店だ。
なんでも、集合時に話していたお店を見るだけ見てみよう、という流れらしい。
「わぁ、かわいい」
神宮寺さんが、髪の尾を揺らしながら店頭を数回右往左往した後、覚悟を決めると躍るように店内へ吸い込まれていく。
ロリータファッション、というと響きが独特かもしれない。
しかし、フリフリがいっぱいのものもあれば、落ち着いた大人向けのデザインも品揃えしてあり、なんとも幅の広いラインナップが見て取れた。
「へぇ、こういうのって、フリフリが多ければ多いほど、いいのかと思ってました」
「まぁ、そういう趣向もあるわよ。けど、そこは好みの問題。造り手としては、買い手の層を広く持つことは重要でしょう。この店は、そこに信頼が置ける。値段も相応だけど、元々部屋着には向かないものだから、そこは戒めね。大切に扱いなさい、という店からのアドバイスよ」
説明をする麗華さんの語りは、気づけば傍で聞いていた店員さんの拍手を促すほどの力説だった。
「こういうのは、自分の『好き』を見つけることが重要だから。他人よりも、自分を満足させる為に着るべきよ。その上で、誰かを満たすことも出来たなら、それはとても美しいことでしょうね」
――美しい、と。
善し悪しではなく、それは尊いものであると。
人の営みを、麗華さんはそんな言葉で綴る。
僕は、それに――店員さんと二人で「うん」と力強く頷いたのだった。
「で、貴方はどうするの」
「……え」
「一応、男性ものもあるのよ、ここ」
――おっと、なんだか雲行きが変わって来ましたよ?
店員さんの目が、キラーンと光るのを視界の端で見る。
「お客様。失礼ですが、その身長、肩幅、お顔立ちは、まさしく天性のもの。……是非、奥へ」
な、なんだろう……このまま奥へ行けば、二度と今の僕には戻れない気がして、遠慮しておく。
「勿体ない。私も、似合うと思って連れてきたのに」
「いや、その……いやいや! 男性ものってどういうことですか!?」
「そういうことよ。別に、男装の麗人という言葉があるのだから、女装だって同じような価値観があっても、不思議はないでしょう」
まぁ、その理屈におかしな点はない。
世界は広い。
きっと、世界の何処かには、そういう女性と見紛う美形な少年もいるだろうさ。
でも、僕は違う。
こんな芋っぽい高校男子を捕まえて、何を言い出すのか。
そんな僕の様子が不服なのか、麗華さんは「いいこと、満君」と見下す、というよりは諭す、といった感じで上から視線の圧を掛ける。
「原石は磨きたくなるのが、職人の性分よ。光るモノがあるのに、みすみす逃すのは忍びない。……安心なさい。もし目覚めても、私が責任を取るから」
中々、ここまで信用の置けない「安心なさい」もないのであった。
躙り寄ってくる麗華さん――と店員さんに、壁際まで追い詰められそうになっていると。
「せ、先輩、大変です! ――めっちゃ可愛いの見つけちゃいました!」
「よろしい。まずは試着なさい。素材は良いのだから、堂々とね」
「お客様、是非お手伝いをさせてくださいませ」
シュバッと二人が神宮寺さんの方へ、集中する。
あ、危なかった……。
あと一歩遅ければ、僕は秘密の花園へ連れ去られていたかもしれない。
ここは条件付きで危険地帯だと心に刻み、一人お店の外で彼女らの帰りを待つことにした。
-------------------------------------------------------------------------------
気づけば、午後三時前。
お昼というには遅く、腹の虫はどちらかと言うと、三時のおやつを気にしている感じ。
「か、買っちゃった……」
これで、都合四度目になる呟きは、神宮寺さんのもの。
黒と白のチェック柄の紙袋を提げて、どこかふわふわした足取りが見ていて面白い。
あの後、どうやら何着も試着して、お目当ての逸品に出会えた様子である。
ついにやってしまった、でも嬉しい。
そんな隠しきれない感情を必死に堪えながら、神宮寺さんは僕の少し前を歩く。
「あの、先輩」
「何かしら」
「分からないことがあったら、聞いてもいいですか? その、合わせるのとか、まだ不安で」
「遠慮なく聞きなさい。何も一つの系統だけに絞る必要はないもの。こと好みであれば、尚更」
スカジャンにジーパンの出で立ちも似合うが、確かに神宮寺さんの新たな一面も見てみたい気はする。
「その代わり、今度、私に和服の着方を教えてくれないかしら。屋敷には洋装ばかりで、とんと縁がなかったから」
「もちろんです。うち、和装ならホント、びっくりするほど量ありますから。夏祭りとか、浴衣着ると雰囲気出ますからねぇ」
あー、いいなぁ。夏祭りは、僕も何度か連れて行ってもらったなぁ。
田舎の祭りと侮るなかれ。
事お祭りに関しては、むしろ地区ごとに神輿が出たりして、中々の盛り上がりなのだ。
「三時か……お昼ってより、カフェって感じの時間になっちゃいましたね」
「十分じゃない? 結構歩いたし、少し休憩してから帰りましょう」
という流れで、僕ら三人は一番空いていたカフェ……というより、喫茶店という雰囲気の店に入る。
テナントにしては珍しく、クラシックというか大人向けの内装だ。
家族連れが入りづらいのは勿論、若者グループもガヤガヤ騒げる雰囲気ではないことを察し、この店だけがゴールデンウィークの熱気から距離を置いている。
「はぁ、なんだかほっとする」
思わず気が抜けて、肩の力がふっと落ちた。
「ずっと人混みにいると疲れるよね。でも、やっぱクドウくんいると助かるなぁ」
「え、どうして?」
「男の人に声かけられないもん」
なるほど。そういう効果もあるのか。
神宮寺さんの発言に、目から鱗な体験をする。
僕らは今、テーブル席に腰掛けている。
対面で麗華さんと神宮寺さんが、テーブルを挟んだ先に座っている光景は、これを学校の人間に見られたら終わりな気がするほど……眩しい絵面だ。
それはまぁ、二人が歩いていたら、世の男性の何人かは黙って見ていられないのも、仕方がない。
「今後もお出かけの時は連れて行こうかなぁ」
「飼い主の許可は取りなさいよ」
「分かってますって」
あの、本人を目の前にして堂々と僕の人権を奪わないでください。
飼い主って、いつの時代だ。カースト制度か。
入店してすぐに注文していたドリンクが運ばれてくると、一度会話は途切れ、各々が喉を潤す。
よく冷えたオレンジジュースを飲むと、生き返る気持ちを味わう。
やっぱり人口密度もあって、歩きづめは疲労と熱さで思ったよりも消耗しているようだ。
「でも、買い物に集中出来るのは嬉しいわね。……面倒な人間はとことん面倒な時があるから」
「分かります。いっそぶん殴って黙らせたいですよね」
ナンパ被害者の会が、こんなところで設立されようとは。
僕には無縁の世界だが、確かに興味もないのに言い寄られたら、誰だって迷惑だ。
まぁ、男としては。
声をかけたくなる気持ちも分からないではないし、お近づきになりたいという羨望も不思議はない。
ただちゃんと相手の事を考えて、声をかけなさい、ということだと胸に刻むのであった。
それはそれとして、彼女達の平穏に貢献出来るのであれば越したことはない。
虫除け役であろうと、そんなことでいいなら幾らでも役に立とう。
僕だって、助けられてここにいるのだから。
「先輩、帰りはどーします?」
「井村に頼んであるわ」
「さっすがぁ、お世話になりまーす」
時間にして二十分ほどの休憩。
人混みはまだまだ衰えを見せないが、僕らは早めの帰路につく。
デパートの駐車場で落ち合うと、久遠家の大きな黒塗りが出迎えてくれる。
帰りの車中、移動手段に関わらず、人流の増加はある程度の遅延を呼ぶものらしい。
中々進まない車の中には、気づくと小さな寝息が立ってた。
「……」
助手席に座る僕は、こっそり後ろを確認する。
そこには仲良く肩を寄せ合いながら、束の間の休日を遊び倒した主役達が、夢へと旅立っていた。
「寝ちゃいましたね」
「左様ですね。お嬢様も楽しみにされてましたから、久々に羽を伸ばされてお疲れだったのしょう」
それならよかった、と僕は安堵する。
これは元々、あの夜を生き抜いた三人の祝勝会だったはずだ。
楽しめたなら、その役割はきちんと果たせたことになる。
「正直、こうしてお嬢様がご学友と遊ばれることは、大変珍しいことです」
「……なんとなく想像つきますね」
「えぇ、何かとお忙しい方ですから。だから、お嬢様にとっても、今日という日は貴重な一日だったはずです」
井村さんの言葉を聞いて、本当にその通りなのだと一日を振り返る。
学校での鎧めいた鉄壁ぶりよりも、率先して楽しもうとする行動力が、きっと麗華さんの印象を変えているのだと思う。
「それに、それは薫様も同じかと」
「え、そうなんですか?」
まぁ、こうして三人で、というのは難しいかもしれないが、一人でどんどん遊びに行っているイメージしか浮かばなかった。
「大家は現状、互いに距離を置いている状態です。……昔は、大きな脅威に対し結束するほど、お家同士の仲は良かったと聞きますが」
悲しいことに、それは今、失われている関係だと言う。
昔話だ。
長い年月の中で、その関係性が変わっていくのは、ある意味では正常とも言えるだろう。
「ですから、私は満様に感謝しているのですよ」
「え――僕、ですか?」
「はい。貴方様が、少なくともお嬢様と薫様を繋げてくれた。私は、それがとても嬉しい。お嬢様には、人の温かさが必要です。強い方ですが、それだけではきっと、いつか後悔をなさる」
独りで戦うことは、人間には荷が重すぎると、井村さんは語る。
これも、僕には珍しい事だった。
井村さんはあくまで一歩引いた立ち振る舞いをするが、こうして自分の考えを言葉にするのは、なんだかんだで初めてかもしれない。
「本当に、ありがとうございます」
「そ、そんな。僕がお礼を言いたいくらいです」
ずっと空だった場所に、何かが収まっていくのは、僕も同じだから。
日が傾き始めた車内。
僕は、バックミラー越しにもう一度、彼女達の穏やかな寝顔を目に焼き付けた。
いつまでも輝くように、その大事な思い出を仕舞い込む。
それは、もしかしたら誰もが夢見た願いのカタチ。
ささやかな幸福を映す、小さな小さな記憶の一幕になればと、そう微笑みながら。




