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アンデッド  作者: 無理太郎
Rest Episode 黄金周期
16/89

「え、これ全部一つのお店に並んでる行列ですか!?」


 思わず、声に出すレベルの行列だった。

 有名店だという前情報はあったけど、なんかもう度を超えている。

 某夢の国のアトラクションばりなのではなかろうか。

 クレープ一つ買うのに、推定待ち時間は一時間弱らしい。

 最後尾でプレートを持って案内をしている店員さん情報なので、まず間違いない。


「凄いでしょ。でも、ゴールデンウィークで一時間ちょいなら早いですよね」

「まぁ、まだお昼前だから。今のうちにメニュー決めておきましょう」

「え、でも私も先輩も新作狙いですよね」

「満君は初めてでしょう。新作が好みとは限らないわ」

「あ、そうだ。・・・・・・って、先輩。さっきからナチュラルに名前呼びしてません?」


 あ、気づいた。

 どうしても普段、プライベートな時間を三人で過ごす機会がないので、今の今になって明らかになる。


「学校だと面倒事に繋がると嫌だし。それに、親戚同士で名字呼びもややこしいでしょう」

「読み、違いますけど」

「家族だもの。名前で呼び合って何が悪いの」


 文句ある?――とでも言いたげに、さらりと黒髪を指で流す麗華さん。

 それを。


「いや、距離の詰め方上手いなぁって思って」


 こっちもまた、油断ならない角度で攻めてくるのであった。


「・・・・・・そこはかとなく邪推を感じる言い方ね」

「いえいえ、そんな。先輩が素直じゃないのは、昔からですし」

「そういう貴女だって、本当は男嫌いの癖に、彼にはやけに話しかけるじゃない」


 ――――今明かされる衝撃の事実。

 なんと、神宮寺さんは男嫌いだった!


「うっ――それは、色々と事情が事情ですから」

「じじょう?」


 僕がすぐ後ろから聞き返すと、珍しく慌てた様子で神宮寺さんが取り繕う。


「いや、ちょっとしたこと! そんな、別段話すようなことでもないっていうか」

「嘘おっしゃい。今まで何人の男を沈めて来たことか」

「わぁぁあ! 先輩! ――ひ、卑怯ですよ! 過去を持ち出すのはフェアじゃないです!」

「なに、言い方が悪かった? ・・・・・・今まで、何人の男達の熱い感情を鎮めて来たのでしょうね?」


 うわぁ、ここぞとばかりに麗華さんが攻勢に出ている。

 時間もたっぷりあるせいか、神宮寺さんにとってこの状況はかなりマズい。

 というか、結局の所、どういう意味なのだろう。


「まぁ、久遠先輩の言い方に含みがあるのは分かるけど・・・・・・」

「満君」

「はい、ごめんなさい。麗華さんです、はい」


 見逃してもらえなかった。

 素直に謝り、僕は早々に彼女の軍門へ下る。

 衣食住の手綱を握られている身分では、どうやっても勝ち筋はないのである。


「・・・・・・ちょっと、昔は荒れてただけですって」

「いや、神宮寺さん、その言い方は更に誤解を招くよ」

「え、そう!? あ、う、えーっと・・・・・・その、こう・・・・・・昔はよく身体動かしてたなぁ、とか」

「そうね。さぞ、楽しかったでしょうね」

「・・・・・・・・・・・・先輩、なんかもう、泥沼に嵌った気がします」

「素直でよろしい」


 わぁ、ゴールデンウィークってすごいや。

 まさか、あの難攻不落と思われた神宮寺さんの牙城が、こうもあっさりと崩されるとは。

 しかし、考えてみれば、それだけ荒れてた頃に何かあったのだろうか。

 男嫌い・・・・・・となると、失恋、とか?


「その、プライベートを無理に聞こうとは思わないよ」


 一応、外野ながらも気遣いだけはしておく。

 後で倍返しだ、とかはご勘弁である。


「プライベートっていうか・・・・・・うん、まぁ、昔は喧嘩ばっかしてたの、私」


 顔を赤くしながら、神宮寺さんはそう、胸の奥の秘密を打ち明けるように語った。


「喧嘩? その、どういう?」

「そりゃもう、拳と蹴りの。中学二年の後半くらいから暴れ始めて、三年の夏頃には『美小野坂の格闘王』なんて呼ばれてさ。・・・・・・振り返ってみると、とんでもない黒歴史だわ」

「全盛期は傍から聞いていても面白かったわよ。なんせ、当時の御紋会で神宮寺家のご息女が辻斬り紛いのストリートファイトをしているって、議題にあがったから。大家のスキャンダルとしては抜群の話題性よね」

「つ、辻斬りって・・・・・・」


 時代錯誤にも程がある。

 というか、ストリートファイトって日本で聞く言葉ではない、普通。

 酔っ払いの喧嘩とかならともかく、この場合はコロシアムとかそういう感じですよね?


「辻斬りは言い過ぎですって。せいぜい、目が合って絡んできたから言葉より先に手が出たくらいですから」


 ――ごめん、言い過ぎではないと思います。

 あれか、「なに見てんだオラ」とかの段階で拳や蹴りが飛んでくるってことでしょ?

 ・・・・・・傍から見れば完全に辻斬りだなぁ。


「でも、どうして荒れちゃったんですか?」

「うっ・・・・・・それは・・・・・・」


 神宮寺さんが言い淀む。

 無理もない。

 我ながら少し直球過ぎる質問だったと反省した。

 ここでスッと言えているならば、わざわざ慌てふためくようなことはないだろうし。

 どうやらある程度の内情は知っている様子の麗華さんが、白状という面での助け船を出す。


「薫の家柄はね、歴史の長さで言えば御紋会で並ぶ者がいない、由緒正しい名家なの。代々不死であることを受け継ぐ家柄を『系譜』と言うのだけれど、その分、御紋会での視線も厳しいものとなる」

「先輩、その辺りでいいですよ。・・・・・・えっとね、要は親への反抗心かな。私は神宮寺の家にとって、次期当主としてしか見られなかった。当時の私は、今以上に子供だったから・・・・・・跡継ぎではなく、年相応の子供として見て欲しかったの」


 ・・・・・・僕は、それを笑う気にはなれなかった。

 神宮寺さんは恥と捉えているのだろう。

 普段は全く見せない、羞恥で覚束ない視線を泳がせている。

 けど、もし彼女を嗤えるなら、それはある意味で恵まれた証拠と言える。


「はぁ、親の気を引く為に暴力沙汰なんて、不良少女もいいとこ。しかも、それで一般人に負けでもすればいいのに――」

「――勝ち上がって伝説になるんだから、報われないわね」


 うんうん。

 別に勝利の杯が欲しかったわけではない。

 むしろ、勝敗など二の次だったはずだ。

 親として子供を叱って欲しい、傷つくかもしれない自分を心配して欲しい。

 そういった当たり前の感情さえ、発散させられないくらい、神宮寺さんは追い詰められていたに違いない。

 ・・・・・・自分が大切と思っている人から、自分が大切ではないと思われている。

 それを自分に置き換えたなら、事の深刻さは分かるはずだろう。


「・・・・・・恥ずかしいことなんて、ないよ」

「えっ」

「そりゃ、起こした行動は正しくなかったかもしれないけど。それでも、親と子供の関係は大切な絆だよ。・・・・・・僕は、そう思う」


 両親がいない、とは言えなかった。

 それを言えば、僕の不幸が彼女の不幸を軽んじてしまう気がして。

 比べるものではないと分かっていても、お互いを配慮する気持ちが傷つけてしまうこともある。

 僕はつい、真顔で答えてしまっていた。

 神宮寺さんと麗華さんは、どこか驚いた様子で僕を見返している。


「――はっ!? ごめん、なんか真面目に答えすぎた!?」


 しまった、これはむしろ和ませた方が正解だったか!?

 と、今度は僕が慌てふためいていると。


「ありがとう」


 そう、神宮寺さんは照れたように眉を下げて、小さく笑った。


「でも、もう一つだけ、聞いてみてもいい?」

「うん、どうぞ」

「今の神宮寺さんからは想像もつかないけど、何か切欠があったの?」


 そうなのだ。

 これは、あくまで神宮寺さんの過去のお話。

 今は違うわけで、その荒れていた時代をどうやって乗り切ったのだろうか。

 すると、神宮寺さんが少しだけいつもの調子に戻り、「参ったよね」とでも言いたげに肩をすくめながら。


「隣の久遠麗華先輩に、ボロ負けしたの」

「・・・・・・はい?」

「だから、先輩にタイマンで挑んで、ほぼ完封されたってこと」


 なんてことだ、元格闘王の隣に立つロリータファッション令嬢は、まさかの現役格闘王だった!?


「満君、私と彼女の身体能力差を加味しなさい」

「・・・・・・あ」

「そういうこと。私の独壇場なのだから、彼女が勝てる道理はない」


 そういうことか。

 確かに麗華さんの証紋は肉体強化系だ。

 いくら技があれど、それも無敵ではない。

 それはもう、剣同士の戦いに巡航ミサイルを撃ち込むが如き反則であろう。


「でも、どうしてまた麗華さんに喧嘩なんて」

「今思えば、先輩から止めに入ってくれたんだなって思います。当時は、久遠のお嬢様に、私の何が分かるんだって息巻いてましたけど」

「貴女の憤慨も尤もでしょう。大家同士、系譜同士、境遇は似ていても、人格せいかくまでは同じじゃない。どれだけ環境が似通っていようと、そこに生まれ落ちるモノが違うんだから、分からなくて当然よ。そもそも、私はその共通点にこそ憤って、貴女を止めに入ったんだから」


 神宮寺さん、麗華さんの意外な言葉に「・・・・・・」と返答を失う。

 その頬が赤らんでいるのは、それが麗華さんなりの優しさだったと言質おすみつきを貰ったからだろう。


「ホント、大人って勝手よね。優秀だからって、何でも一人で乗り越えられると思っている。自分達がそうしてきたから、子供も同じように出来ると勘違いしている。・・・・・・例え血が繋がっていても、それはもう、別の生き物なのに」


 あぁ、そうか。

 聞けば、ずっと久遠の屋敷は寂しかった。

 あんなに大きくて立派なのに、まるで泣いているように静かだ。

 麗華さんの言い方は棘があるけど、それは同じく、自分の家族に愛情故の不満があるからで。

 家だと銘打つなら、そこは――。


 ――――みつる、今日は大好きなハンバーグよ――――

 ――――火花のように、一瞬だけ蘇る追憶――――

 ――――それは、今はもう亡い、たいせつな――――


 ――いつだって、暖かい思い出が眠る地であって欲しいと願うはずだから。


「はぁ・・・・・・今日はあれね。食べるわよ、薫。一つは貴女の奢り。もう一つは、私の奢り」

「え、まさか――ダブル、いくんですか!?」

「もちろんよ。せっかく貴女がもぎ取った休みを、湿っぽいまま終わらせたら久遠の名が泣きます」


 キッと表情を引き締め、麗華さんは腰に手をあてながら髪をかき上げる。

 迷いを、後悔を、悔しさを振り払うように。

 今日という日を、充実したものにする為に。


「じゃあ、僕にオススメ教えてください。こういうお洒落なお店って、ほとんど行ったことなくて」


 僕は、なんとなく自分がこの場にいる意味を見つけた気がした。

 こういう時は、僕くらい何も知らない人間の方が、役回りとしてはいいのだ。


「オススメかぁ。私はホイップ派だけど、先輩ってチョコ派でしたっけ?」

「別にホイップもチョコも好きよ。ただ、キャラメルが至高と考えているだけで」

「あぁ~、また悩ましいところ突くなぁもう」


 すると、麗華さんと神宮寺さんは互いに携帯を取り出して、ホームページからメニューと睨めっこし始めた。

 途中から、僕のオススメというよりは、お互いの感想の言い合いみたいになっていたけど。

 でも、それはそれでいい。

 肩を寄せ合い、語り合う女子二人の姿は、不死者という背景を掻き消すくらい、眩しい女子高生のそれだったのだから。


-------------------------------------------------------------------------------


 三人も集まれば、一時間を超える待ち時間であろうと、あっという間だった。

 麗華さんと神宮寺さんは、新作のイチゴをふんだんに使った新作クレープ。

 僕はお店の名前にもなっている、まずはこれを食べろ、とばかりにデカデカと店内のディスプレイに映し出されていた、定番クレープ――その名も、「ロワ・クレープ(王様のクレープ)」である。

 とにもかくにも、まずは値段で目玉が飛び出そうになった。

 僕の知るクレープではない。

 一つ二千円を超えるクレープというのは、もはや高級食の領域だ。


「――――」


 店内での飲食は絶望的と思われたが、たまたま運良く窓際の席が空いた為にゆっくりと腰を下ろして堪能出来る。

 一口食べる前に、二人の様子をこっそり伺う。

 携帯でまずは写真撮影。

 なんだろう・・・・・・二人とも、やっぱりそういうことするんだなぁ。


「・・・・・・あ、行儀悪いのは見逃してね、クドウくん」

「ううん、そうじゃないよ。なんか、女子っぽいなぁって思って」


 思ったことをそのまま口走ってしまい、二人とも慌てた様子で。


「いつもはしないんだけど、これは特別で、ね」

「そういうこと。貴重なものは記録しておくべきでしょう」


 そんな風に、別に責めてもいないのに、何故か弁解じみた理由を教えてくれた。

 では、と三者三様にクレープを口へ運ぶ。


「・・・・・・っ」


 うわ、侮っていたぞ、僕。

 こりゃ値段の価値がある。自信を持って言える。

 まず生地がモチモチで、それだけでも美味しいと感じるくらい風味が負けていない。

 ホイップとチョコに、スライスバナナの王道コンボが、隙のない味を口いっぱいに広げていく。

 食べ始めと食べ終わりに、甘さを包み込むようにして残る生地の味の強さは、まさに人気店の風格を見せつけてきた。

 僕が目を丸くしながら食べていると、ふと向けられた視線に面を上げる。


「ふふ、美味しい?」


 神宮寺さんが、なんだろうか・・・・・・こう、可愛い弟でも見るような目で、そう聞いてくる。


「う、うん・・・・・・すごく」

「そう、それは良かった。待った甲斐があったというものかしら」


 答えると、代わるように麗華さんが言葉の終わりに、僅かに頬を緩めた気がする。


「え、なんか面白い顔してた?」

「ううん、全然。その逆かな、クドウくん的には」

「そうね。思えば、誰かを連れてくる機会もなかったし」


 ・・・・・・まぁ、気分を害したようではないみたいだ。

 美味しいものは、時に言葉を奪っていく。

 三人とも、活気溢れる店内の音から離れているように、穏やかな気持ちでクレープを味わうのだった。

 尚、この後、二人が食べ終わる頃に、二つ目のクレープが店員さんの手によって運ばれてきた。

 正直、僕は一つにしておいて正解。

 よく二つも入るなぁ、僕ならお昼はもう入らなくなってしまう。

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