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シェオル・ネハ・レイシュラムと死霊術師の一件から、一週間以上の月日が流れた。
何度か黒木さんからの聞き取りはあったものの、それ以外は特に事後処理らしきことはなく。
久遠満こと――僕は、日常に戻り学生生活を送っている。
まぁ、実際はというと。
――校舎の破壊やらなんやら、世間ではそれなりの騒ぎにはなったみたいだけど。
ただ、そこは手慣れているというか、警察機関も噛んでいるだけあり、見出しは派手に、中身は質素にと、うまく世間が飽きるように報道をしていた。
流石に校舎破壊の原因が、学校に恨みを持つ人間の犯行で、爆発物によるものだ、というのは驚いたが。
だって、周囲の民家は誰一人として気づかなかったのだ。
校舎の壁をぶち抜く威力の爆発を、気づかないわけがない。
そりゃあもう、ニュースのコメンテーターなんかは鬼の首を取ったように、事実を隠蔽している!――と、中々いい線を突いていた。
が、これも人の性か。
死傷者ゼロというのが、人々の記憶に留まることを許さなかった。
こうして、ゴールデンウィークを前にしてしまえば、世間はもう大型連休一色に塗りつぶされてしまうという寸法である。
「明日からゴールデンウィークかぁ」
放課後、各々が騒がしくその後の予定に向かって動き出す中、僕はぼんやりと暇を持て余す事実に頭を悩ませていた。
御紋会の仕事はお休みなどない大変ブラックな労働環境らしく、むしろ人流が増えるからこそ、警戒はより強める必要がある、と麗華さんは言っていた。
しかし、あのお屋敷で娯楽という娯楽はテレビ以外ない。
いくらなんでも連日連夜テレビ三昧、というのは厳しい。
さすがの僕でも、ちょっと出掛けたい気持ちが出てくる。
友達でも誘って、とは思うが、残念ながら僕はプライベートに誘えるような友人を、未だ一人も作れないでいた。
というか、放課後を付き合ってくれる人がいない。
皆、僕は久遠麗華の所有物か何かだと思っている。たぶん。
となると、だ。
「・・・・・・こわいけど、神宮寺さんとか、相談してみようかな」
僕の美小野坂高等学校における人脈は、大変な偏りを見せている。
挨拶やちょっとした世間話くらいなら、クラスメイト数名の顔が浮かぶのだが、それ以降の話題は有名人に占拠されていた。
麗華さんはもとより、神宮寺薫の名前も入学から一ヶ月も経てば、もう立派なものである。
僕の知る限り、二人は校内の女子ランキング二大巨頭だ。
他にも数名、肩を並べる猛者がいるらしいが、自分と縁のない相手のことはお互いに無害、ということで気にしていない。
「お、クドウくーん」
おーい、と教室の入り口で僕を呼ぶ声がする。
心でも読まれたのか、と身構えている内に、神宮寺さんは軽快な足取りで教室へ入り、僕の元へやってくる。
「や、暇そうだね、少年や」
まるで俳句みたいな語音を並べて、神宮寺さんはいつものにこにこ顔をこれでもかと振りまいていた。
「わぁ、また久遠君のところに入り浸ってるよ、神宮寺さん」
「あれで付き合ってないっていうのが、ちょっと嘘っぽいよね」
「人って変わるんだなぁ」
なんて周囲の声は聞こえていないのか、その悪戯好きな瞳は僕だけを捉えている。
「えっと、どうしたの?」
「うん。ゴールデンウィークじゃん、明日から」
そ、そうだね。
教室に残っている帰宅部組が、耳を大きくしているのが見なくても分かる。
「先輩と三人で、遊びに行こうよ」
――ついに、来てしまったか。
いや、その手の相談をしようかなって思ってはいたのだが、どうにも重い腰は上がらないもので。
恐怖と迷いが拮抗している間に、こうして彼女に先手を打たれてしまった。
「というか、これは決定事項です。あの三人で過ごした夜の、祝勝会です」
クラスメイトの数名が、泡を吹いて倒れる音が聞こえた。
ホント、この人、時折悪魔みたいなこと言うなぁ。
三人で過ごした夜、というワードは、思春期真っ只中の若者には刺激が強すぎる。
神宮寺さんのおかげで、僕の校内での呼び名が「美少女キラー」という大変不名誉なものになりつつあるのを、たぶんこの人は知って――いて、やってるんだろうなぁきっと。
がっくりと肩を落としながらも、僕はささやかな反撃を試みる。
「変な言い方しないでね。誤解されるから」
「誤解も何も、事実じゃん」
・・・・・・く、くそぉ。そりゃそうだけど。
事実を事実として伝えて、うまく話がまとまるなら嘘など生まれません。
「・・・・・・はぁ、とにかく。遊びに行くのは、嬉しい。僕も予定なかったから、丁度良かった」
「うんうん、よきよき。久々に羽を伸ばせるし、遊び倒そう」
余程楽しみなのか、表情はいつも通りなのに、動きはそわそわと落ち着きがない。
「でも、その・・・・・・えっと、お家のこととか、いいの?」
「あぁ、それは大丈夫。ゴールデンウィークくらい遊べなきゃやってられないでしょ。そこは、ちゃんと話通してあるから」
「あ、じゃあもしかして久遠先輩も?」
「うん。大丈夫だと思うよ。ダメだったら、私が暴れるだけだから」
・・・・・・なんか、普段よりも気合の入りようが、すごい。
僕を助ける為に戦ってくれた時より、覚悟が仕上がってる気がする。
「そういうワケなので、忘れずによろしくね。詳しい日程は、久遠先輩から聞いて」
「分かったよ。あとで聞いておくね」
「うん。じゃ、帰ろっか」
あ、やっぱり一緒に帰るんだ。
あの一件以降、時間がある時はこうして、神宮寺さんは僕や麗華さんと下校をするようになった。
まぁ、男女の仲として見て、という話は置いておいて。
それでも、互いに生死をかけた戦いに臨んだ間柄としては、絆が深まるのは至極当然だ。
僕だって、学校内での肩身の狭さを除けば、随分と彼女との距離が縮まったように思える。
遠い目をするクラスメイト数名に別れの挨拶をし、僕と神宮寺さんは昇降口から校舎の外へ。
正直、周囲の視線は案外慣れるものだった。
僕自身も本当に意外なのだが、注目をされたところで、大抵の場合は何も起きない。
いや、何かが起きた結果、何も起きないのだ。
噂、偏見、先入観、嫉妬、憐憫、執念。
様々な感情の渦は、学校という閉鎖空間の中では切り離せない。
それらをまともに受け取って、その度に首を捻っていては、そのうちポロッと頭が転げ落ちてしまうだろう。
――神宮寺さんとの、登校時の出会いを思い出す。
もちろん、例外もあるので油断は禁物である。
ということで、四月の初めを懐かしみながら、校門の前で立っている人影に声を掛けた。
「お待たせしました、久遠先輩」
「お疲れ様、二人とも」
僕の呼びかけにスッと振り向き、麗華さんの相変わらず感情の薄い双眸が自分の視線と交差する。
「先輩早いですね。この前なんて生徒会長に捕まってたのに」
「あぁ、あれね。いい迷惑よ。勝手に次期会長の器だとか言われても、節穴か眼孔に詰ってるのが玉子か何かだとしか思わないもの」
いつになく切れ味の鋭い突っ込みである。
生徒会長なる人を僕はまだ知らないが、長い高校生活だ。
いつか出会う時は来るだろう。
そしてその人が、目の前で同じような言の刃を受けて、卒倒しないことを祈るばかりである。
まして、人望は脇に置いておいて、そのミステリアスさと容姿端麗才色兼備なご令嬢からの玉音とあっては、威力も想像を絶するだろうし。
三人、夕暮れの帰路を他愛もない会話で過ごしていく。
一人は鎧のように堅牢な姿勢を崩さず、一人はそれを気にすることなく笑い、一人はその光景を得難いものだと記憶する。
三者三様の僕らは、きっとおかしな三人組に見えるだろう。
でも、それがこの一ヶ月ほどで代えがたい日々なのだと思うようになった。
「それで、御紋会の幹部層を端から端までご丁寧に威嚇して、ゴールデンウィークの仕事を取り下げさせたと」
「はい。だって、ムカつくじゃないですか。毎年、不満だったんですよね。普通に考えて、児童労働ですよ。法律上は」
「他に方法があるでしょう。貴方のお父様なら、鶴の一声で仕留めそうだけど」
「御紋会で一番の仕事人間にですか?」
「・・・・・・失言だったわ」
め、珍しく麗華さんがあっさりと負けを認めた。
ということは、神宮寺さんのお父さんは余程仕事熱心らしい。
「別に夜遊びしようって話じゃないですし。クドウくんの顔見せの時だって、よく学び、よく遊べって言ってたじゃないですか。だから、権利を主張しただけですって」
「なんだ、ちゃんと親の声を使ってるじゃない」
「そりゃ使える武器は何でも使いますよ。先輩と違って、私は特化型なんで」
武器だの特化だの物騒な単語が飛び交うが、何の話かは考えないでおく。
そんな話をしている内に、あっという間に別れのタイミングがやってくる。
お互いに向かう先は閑静なのだが、方向が真逆なのだ。
「それじゃあ、楽しみにしてますね」
「えぇ。ではまた」
「またね、神宮寺さん」
麗華さんは簡潔に、僕は手を振り、別れを告げる。
帰ったら休みの予定をちゃんと聞かなくては。
ゴールデンウィークの仕事を取り下げたと言っていたけど、まさか全部休みになったのだろうか。
そのあたりも含めて、学生らしく作戦会議と洒落込もう。
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ゴールデンウィーク突入の初日。
昨晩の作戦会議の結果――僕はこの街に来て初めて、都心に出たのだった。
「うわぁ、駅もすごかったけど、なんだこれぇ~」
見渡す限りの、人、人、人。
そりゃあ、世は待ちに待った黄金周期。
休日の熱に浮かされているのは、何も自分だけではない、ということなのだった。
「満君、ふらふらしない。はぐれるわよ」
ふいに手を掴まれ、人混みの中を潜り抜けていく。
前を歩くのは、私服の麗華さんだ。
既に、何度か目を回している僕に慣れたのか、強引かつ的確に目的地へ誘導してくれる。
もうあれだ、完全に保護者である。
都心――美小野坂市の中央区は、ビル群を有するコンクリートジャングルだ。
地元の人間からすると、田舎の都会だそうだが、馬鹿を言ってはいけない。
こっちは熊だの猪だのが出るような田舎育ちなのだ。
これはもはや、立派に都会です。異論は許しません。
「ひ、ひぃ~」
情けない声をあげながら、障害物競走かシューティングゲームの弾幕ばりに行き交う人の合間を縫っていく。
人間弾頭がクロスファイアする往来を、井村さんもそうだが、どうやって進んでいるのだろう。
田舎者丸出しの僕は、気づけばがっしりと麗華さんの手を握りしめ、立ち止まってからようやくその事実に気づいた。
「あ――ご、ごめんなさいっ!」
思わず手を離し、半歩ほど飛び退く。
よかった、すぐ後ろに人とかいなくて。
そこは石畳の道が真っ直ぐに伸び、両端に様々な店が建ち並ぶ、ショッピングロードだった。
人の数は凄いが、道中に比べればある程度目的を持って訪れる空間だからだろうか、幾分かマシである。
「別に謝る必要はないでしょう。満君が慣れていないことは承知しているし、満足に街も案内出来ないままだったのだから」
「・・・・・・はい。ありがとうございます」
この一ヶ月、学校での生活は慣れたが、どうにも私生活は慣れないでいる。
屋敷でも、生活感があるようでないのが久遠家の内情だ。
夜は出払っていることも多いし、お互い屋敷にいても食事以外で一緒の空間を共にする、という習慣がない。
当たり前だが、僕が麗華さんの部屋に行ったこともない。
僕の中で、そのあたりは不可侵領域というか聖域というか、神域というか。
下々が触れてはいけない空間として、随分と早くから刻み込まれているのである。
「待ち合わせ場所はこの辺りなんですか?」
「えぇ。時間は・・・・・・少し早かったわね。まぁ、遅れるよりはいいでしょう」
麗華さんは、携帯ではなく左の手首につけた腕時計で時刻を確認する。
「――――」
ふと、彼女の全容に意識が鷲掴みにされる。
腕時計は女性ものの革ベルトが細く、文字盤も小さいタイプだ。
装飾過多ではなくシンプルかつエレガント。
それを文字盤が内側にくるよう着けており、その仕草は服装も相俟って本当にお嬢様そのものだった。
白いブラウスに緑のスカート。
スカートと同じ色のリボンが首元に控えめにあしらわれており、これが上品さの中にも可憐さを残している。
なんというか・・・・・・あまり日本人向けではない服装だと思うのだが、怖いくらいに完璧な着こなしだ。
ファッションに疎い僕でさえ、非の打ち所がないと分かる威容である。
「お、いたいた!」
と、そこに元気な女の子の声が飛び込んでくる。
雑踏の中から姿を現わしたのは、これまた僕の意識を硬直させる存在だった。
「先に着いていたの?」
「ちょっと我慢出来なくて、視察に行ってました」
「この様子だと大層な混み様でしょうね」
「長蛇も長蛇! ただまぁ、いつも混んでるからおかしくもなんともないですけどねぇ」
神宮寺さんは、結んでいながら腰よりも長いポニーテールはそのままに、普段とは違い過ぎる出で立ち。
スカジャンにジーンズというラフな格好だが、立ち止まっていても躍動感があるような・・・・・・いや、全然ラフじゃない。
女の子が着ると、こんなにも雰囲気が違うとは。
それは、線が細くも決して弱々しくはない、神宮寺さんだから出せる魅力なように感じた。
「へぇ、クドウくんの私服ってそんな感じなんだ」
・・・・・・うっ、神宮寺さんの視線がこわい。
僕はなんというか、凄く野暮ったい格好で来てしまった気がする。
パーカーにジーンズ。
それだけだ。
ファッションには疎いし、あれこれ身につけるのは好きじゃない。
となると、どうしてもこんな感じに仕上がってしまう。
「いいね。らしくて、私は好きだよ」
なのに、神宮寺さんは社交辞令なのかどうかも分からない、絶妙な笑顔でそう言うのだった。
「は、はは・・・・・・ありがとう。二人に比べれば、全然」
「満君、ファッションは比べるものではないわ。その人間の表現の話なのだから、他人が口を出すのは無粋というものよ。アドバイスや感想であればいいけど・・・・・・訳知り顔で批評するような真似は、私が嫌悪する人種だから覚えておきなさい」
「・・・・・・は、はい」
と、有難いお言葉をくださる麗華嬢。
「んー、やっぱり久遠先輩は似合うなぁ。私もそういう服は興味あるけど、どうにもなぁ」
「試してみたら? 品が見つからないなら、店を教えてあげる」
「いや、もう入るのにまず勇気がいります」
「安心なさい。取って食べられることはないから。それに、こういうのは立ち振る舞いのウェイトが重いから、所作を徹底すれば問題ないわよ」
「所作、かぁ。和装なら心得あるんですけどね~」
――いや本当に、並ぶとこれまた凄い二人だな、と。
いち男子として、混ざってはいけない煌びやかな世界が目の前に現実のものとして存在している、と惚れ惚れする。
対照的ではあるが、ここまで完成されていると、先ほどから人目を惹いているのも頷けるというものだ。
「さぁ、行きましょう。時間は早いけど、どうせ待つでしょう」
「ですね! くぅ~、ロワ・クレープ久しぶりだから楽しみぃ~!」
並んで進軍を開始する美少女二人の背を追って、僕も遅れて歩き出す。
天を仰げば、人々を祝福するように晴天が広がっている。
こうして、今日という一日が動き始めた。




