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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.1 死霊術師
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Epilogue 始まり

 美小野坂の街に来て、僅か二週間も経たない内に降って沸いたような戦いは、時間として見れば始まりと同じく、怒濤のような早さで過ぎたのだと、まだ朝陽の遠い夜空を見上げながら考える。

 死闘の余韻――とは程遠く、真夜中の運動場は多くの大人でごった返していた。

 とはいえ、その種類は決して多くはない。

 御紋会関係者と警察関係者。

 様々な立場と役割を担う彼らは、保護された僕とは違い、とにかく忙しそうである。


「先輩、やっぱり学校を戦場にしたってのはマズかったんじゃないですか?」


 僕らは三人、グラウンドの隅に建てられた仮設テントの中で、暖かいコーヒーを飲みながら、生き残った実感を噛み締めていた。

 そこに、今更ながら事の大きさに「ヤバッ」みたいな顔をする神宮寺さん。

 そりゃあまぁ、気持ちは分かる。

 だってもうこれ、一夜でどうこうなる被害じゃないしなぁ。

 校舎の壁、どうするんだろう。


「命に比べれば安いものでしょう。第一、美小野坂高校は元々、不死者の受け入れをしている学校よ。こういう事後処理の為に大人がいるんだから、気に病む必要はないでしょう」

「さすが、久遠先輩。そのメンタルの強さ、本当にどっから出てくるんですか」

「資質じゃないかしら」


 すごい。態度が完全に貴族か上流階級のそれだ。

 なのに、全く違和感や嫌味がない。

 いや、嫌味はあるのだろうけど、僕なんかからすれば、あまりに堂々としていて清々しいというか、むしろ憧れるというか。

 逆にここまで自信に満ち溢れていると、その軸の強さに人は納得してしまうのだろう。


「あー、神宮寺うちの人間が来たら、どやされるんだろうなぁ」

「・・・・・・え」


 あぁっ、と両手を紙コップで塞がれていても、不思議と頭を抱える姿が想像出来る声音に、僕もドキリとする。


「どうして?」

「単独行動したから。神宮寺は古さだけなら御紋会随一だから、分家みうちも多いんだ。そのくせ、私一人っ子だし。後にも先にも、今代は私しかいないから」


 ずずず、とコーヒーを啜りながら半眼で呻く神宮寺さん。


「ちょっと待って――じゃあ、応援とか期待出来たんじゃ・・・・・・」

「もちろん。あんなヤバい相手なら、間違いなく神宮寺から応援は出たよ」

「えぇー!? 話が違うよ!?」


 それなら、なんだってこんな。

 わざわざ命を天秤にかけるような真似をしなくてもよかったんじゃ。


「ノンノン、甘いよクドウくん。それじゃあ、当主として示しがつかないんだなぁ、これが。一代限りの不死者ならともかく、神宮寺は系譜の血筋だからさ。当主の立場があるのに、いつまでも独り立ち出来ないんじゃあ立つ瀬がないじゃん」

「・・・・・・そ、そういう、ものなの?」

「少なくとも、私はそうかな。生まれた時から籠の鳥だとね、周囲の期待は毒になるんだよ」


 そう語る神宮寺さんの横顔は、それ以上の追求を許さない、思い詰めたものがあった。


「必要なら、久遠の名前を出しなさい」

「やめてくださいよ、先輩。そんな格好の悪いこと、それこそ死んだってゴメンです」


 あはは、と神宮寺さんは力無く笑う。

 けど、心持ちかその声音は元気が戻った気もした。

 そんな時だった。

 行き交う人の合間を縫って、スーツ姿の男性が一人、こちらに向かってくる。


「おう、お疲れさん。また派手にやったなぁ、大家のお嬢さん方」


 小走りでやって来たその人は、どうやら僕以外とは面識があるようだ。


「黒木さん、お疲れ様です。すいません、迷惑かけちゃって」

「いや、俺らの仕事だから。大変なのは、どっちかってーと御紋会側だろなぁ。なんせ、身元が割れねぇ。一番協力的な秘跡調査会のリストには載ってないし、学園は相変わらず胡散臭いし、錬金同盟はいつも通り碌に連絡も通じやしない」

「うわぁ、大変そぉ」

「確か、シェオル・ネハ・レイシュラムだっけか。多分だが、本名じゃねーな。男の方から辿っていくしかなさそうだ。その・・・・・・もう人の姿を離れすぎてる方は、警察の手には負えない」

「あれでも、人間みたいですよ。私が苦戦したんで、間違いないです」

「みたいだなぁ。さっき御紋会の川倉女史が、珍しく険しい顔してたからな。なんでも、生きていればホムンクルスの歴史が動くとかなんとか。なんであれ・・・・・・よく生き残ったよ、改めてお疲れさん」


 軽く頭を下げる二人に習い、僕も遅れてぎこちなく同じ動作を返す。

 先ほどの神宮寺さんとの会話を聞く限り、一つだけ「黒木」という言葉が頭に残った。

 それに、僕とは初対面ということにも気づいてくれたのか、スーツ姿の男性は内ポケットから名刺を一枚、取り出してこちらへ差し出す。


黒木佳人くろき よしとだ。一方的に名前を知ってたから、自己紹介が遅れちまった。よろしくな、久遠君」

「あ、はいっ。こちらこそ、よろしくお願いします。・・・・・・えっと、あの黒木って」

「あぁ、ここの先生にも同じ名字の人いるだろ。あれ、俺の兄貴」

「えっ! あ、え、そうっ――えっと、大変、お世話に――」


 わたわたとしていると、黒木さんは「いいっていいって」と落ち着くようにジェスチャーをした。


「まぁ、俺は俺で警察の方で忙しくしてるから、中々顔も合わせないんだけどさ。なんかあれば、頼ってやってくれな」


 その言葉に、改めて名刺へ視線を落とすと、そこには美小野坂中央警察署という名前が目に入った。

 うわ、警察の人だったんだ・・・・・・。


「センパーイ! 黒木センパーイ! ちょっと来て欲しいッスー!」


 何やら、遠くてショートカットの女性が、元気よくぴょんぴょんと跳ねながら声を張っている。

 黒木さんは声の方へ向き直ると、「今行く!」と返事をし。


「悪い、仕事に戻るわ。とりあえず今日はお疲れ。ゆっくり身体を休めてくれな」


 そう残して、再び雑踏の中へと消えていった。

 周囲の大人達も、最初の聞き取りを終えた僕らを、今日はこれ以上付き合わせるつもりはないようだ。

 目の前の慌ただしい光景とは切り離され、僕らはそれぞれの迎えが来るまでぼんやりと束の間の休息に浸る。


「・・・・・・先輩、今思ったんですけど、いいですか」

「えぇ、何?」

「あのシェオルって不死者。最後の最後でしか、『噛みつこう』としませんでしたね」

「・・・・・・そうね。ここ最近、街を騒がせている猟奇殺人の現場とは、あまり結びつかないわね」

「別の不死者ですよ、きっと」


 確かに。

 そもそも、死霊術師――アーヴァが操っていた死体は、ぱっと見でも日本人だけではなかった。

 人種や服装も様々。

 手下を増やす意味合いなら、遺体を損壊して現場に残す意味もない。

 久遠満という明確な目的を持って動いていたなら、尚のことである。


「二ヶ月前くらいからですかね。やけに不死者の流入が多いんですよ、美小野坂市」

「この街で何かをしようとしている。もしくは、何かが起こるのを待っているのか」

「そこまではなんとも。ただ、これで終わり、とはならないと思います」

「・・・・・・嫌な始まり方ね。これ以上の相手が出て来ても、嬉しくもなんともないわ」


 二人の会話を、僕はどこか遠い気持ちで聞いている。

 たぶん、張り詰めたものが緩んできて、疲労が一気に押し寄せてきたのだろう。

 なんとか保とうとするが、まるで暖簾に腕押し。

 コーヒーの効果も期待は出来ず、僕の意識は沈んでいく。

 戦いの終わり。

 考えないといけないこと、向き合わないといけないことがそれぞれあるが。

 今はただ、三人全員が欠けることなく明日を迎えられる安堵に、浸っていることが嬉しかった。


-------------------------------------------------------------------------------


 気づけば、隣で小さな寝息が聞こえていた。

 こっそりと俯いた顔を覗き込んで見ると、なんとも気の抜けた顔で寝こけている。

 背もたれもない簡易的な横長のベンチに、座りながら、とは中々の上級者だ。

 が、彼の頑張りに命を助けられた一人としては、起こす気にはなれなかった。

 零してしまわないよう、ゆっくりと紙コップを彼の手から取り、うっかり後ろに倒れてしまわないよう、少し肩を寄せる。


「薫」

「はいはい」


 私の声がけに、「分かってますよ」と満君を挟んで反対側に座る彼女も、同じように彼を支えてくれた。


「クドウくん、贅沢ですねぇ」

「静かになさい。起きるでしょう」


 何も知らない人間からすれば、大層な贅沢に見えることは否定しない。

 両手に花、というのは、まさにこの状況のことを指す言葉だ。

 しかし、私に邪な気持ちはなかった。

 なんとか今日という日を乗り越えた安堵感と、やはり避けることの出来ない運命がある事実に、今は休んで欲しいと思うのだ。


 ――――私は、どこかでこうなることを予感していた。


 なのに、美小野坂の街に呼んだのは、ただの偶然ではない。

 薫も感じている街の異変は、何者かの意図あってのものだ。

 それもおそらくは、久遠満という少年に関係する。

 彼は秘密を抱えている。

 否、秘密を背負わされている。

 私は、それを知ってしまった人間だ。


 ――――九年前、あの、全てが変わった時の記憶が蘇る。


 回想は瞬きほど。

 写真のフラッシュにも似た一瞬の記憶おもいで

 久遠麗華という少女を象る、大切な出来事。

 だからこそ、私は自分の元に彼を呼んだのだ。


 救われた過去があって。

 守れなかった未練があって。

 覚悟に突き動かされた未来いまがある。


 例えどれほど歪な形であろうと、私は彼の支えになると誓った。


「・・・・・・」


 黒天を仰ぐ。

 九年――果たして、久遠麗華わたしはどこまで強くなれただろうか。

 未だ戦う真の敵も分からない中、それでも。


 これが、あの悲劇の再来――。

 今度こそ、全てを終わらせる為の戦いが始まったのだと。

 それだけは、間違いがないと理解していた。

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