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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.1 死霊術師
12/89

アライバルエンド2

「先ほどの霊薬――さては、羽の薬だな? 通りで足音が軽いわけだ」


 戦いの始点だった、グラウンドに着地した後、シェオル・ネハ・レイシュラムは私が飲んだ霊薬を見事に当てて見せた。

 悔しいが、正解だ。

 いずれバレるとは覚悟していたが、三階部分からあの不安定な体勢で落ちながら、この滞空時間と着地では仕方がない。

 そう、私が飲んだ霊薬は、一定時間体重と重力を軽くするもの。

 今、私は推定五キログラム以下の重さしかない。

 当然動きは素早くなるし、跳躍距離も滞空時間もあがる。

 半面、物理的な打撃はその分軽くなってしまうし、何よりもこの霊薬には反動がある。

 軽くなる分、効果が切れると逆に重くなってしまうのだ。

 そうなれば、私の場合は詰み。そこで、ゲームオーバーだ。


「私も今気づいた・・・・・・あんた、魔法学園に所属してたくせに、錬金分野の方にのめり込んでたでしょ」

「正解だ、不死者。なに、私からすればそう大差はない。ただ、元素を使うか、原子を使うかの違いだけだ」


 あぁ、こいつ多分天才タイプだな、と私は心中でうんざりする。

 こういう手合いはなまじ脳みそが優秀なだけに、他の部分で馬鹿になっている場合がある。

 神は二物を与えず、とはよく言ったものだ。


(・・・・・・さて、どうするか。霊薬の効果は持って数分。活動限界は体感で二分ってとこかな)


 思考を全力で廻す。

 それだけで、額から汗がつぅ、と伝っていくのが分かった。

 果たして、あの怪物をたった一人でどうこうできるのか。

 同じ不死者と言えど、辿ってきた経緯はまるで違う。

 あれは恵まれなかった側の人間で、その中でも力があったが故に、血生臭い環境を生き抜いてきたタイプだ。

 訓練で性能を高めてきた私や先輩とは違い、実戦で能力を培ってきた叩き上げの怪物ほんもの

 アライバルエンドの名称は伊達ではない。


(奥の手はある。けど・・・・・・)


 私は二の足を踏む。

 神宮寺薫における奥の手は、使えば後が無い。

 条件も悪い上、証紋の相性も悪い。

 私の不死としての力は、「破魔」の属性を操るものだ。

 けれど、あのシェオルという怪物は、見た目だけ歪んでいるものの魔性と呼ぶには程遠い。

 信じ難いが・・・・・・彼女は確かに、人間としての部分が大半を占めている。

 あれは魔道に狂っているのではなく、精神が壊れた狂人ということだ。

 最初に遭遇した時には無かった属性を、今の彼女は有している。


「何やら秘策がある顔だな」

「まぁね。あんたがやられてくれるっていうなら、それも必要ないんだけど」

「いや? だが、私も一つ、隠し球がある」


 此処まで来て、出し惜しみもつまらんからな――と。

 シェオルは六本の腕を互いに合わせるような格好を取る。

 それは・・・・・・まるで、人が像などで造る、神のような姿に似ていた。


「さぁ――驚け。思う存分な」


 巨人シェオルが嗤う。

 すると、合掌していた手が赤いもやみたいなものを纏い始める。

 そこからは、一呼吸の出来事だった。

 六本の腕を大きく開くと、そのまま私に向かって直進してくる。

 霊薬の効果があるとはいえ、その速度は肉薄を許してしまうほどのもの。

 おそらく、ドーピングがなければ反応すら難しいほどの全速力。

 そこで、私は一つ、判断を誤った。

 思わず、右に大きく跳躍をしてしまう。

 羽の薬の効果で軽い分、跳躍距離と滞空時間は延びるが、空中での動きは決して速くはない。

 先ほどは壁や天井があったからこそ、蹴り上げる初速で翻弄出来ていただけだったのだ。

 ひたり、と青白い掌が私の足首を掴む。


「――――っ!?」


 痛みはない。苦しみもない。

 ただ、全身の力が抜けていくような、視界が黒く暗転するような感覚に、息も忘れる。

 言葉はなく、ただ奥歯を強く噛んで意識を保ち、懐から取り出した符で閃光を掴まれている足首へ飛ばす。

 すると、バチィと火花が散るような音と共に、身体の自由が戻るのを感じた。


「はぁっ! ――はぁ、はっ――はぁっ!」


 あれは、魔的な力だ。

 破魔の威力に感触がある。

 だが――――。


「ほぅ、逃れたか。では、次は何秒持つかな」


 ――――あれに、二度耐えるのは無理だ。


「今、の――は」

「なに、これが私の証紋だ。魂に触れ、取り出したり、あるいは移し入れたり出来る。学園では『魂喰ソウルイーターい』という呼び名があったが、私からすれば馬鹿馬鹿しい。私は魂など喰わん。取り出し、貯蔵するのがやっとだ」

「バカ、それだけで・・・・・・っ、十分だっての!」


 そもそも、無形に触れる触覚を持つこと自体が希有なのだ。

 それを、まるでモノみたいに取り出し、移し替えるなど、それこそ神の業である。

 魔法学園が欲しがる理由だけは、何よりも強く理解出来た。

 そこで、私は自分の終わりを悟る。


「――――くそっ、時間切れ・・・・・・っ」


 全身がまるで鉛のように重たくなる。

 想像以上に時間を消費してしまったようで、霊薬の反動が来てしまった。

 クドウくんからこの怪物を離すことは出来たものの、それだけ。

 相手に手傷らしい手傷は与えられず、神宮寺薫はここで敗北する。


(ごめ、ん・・・・・・ふたり、とも)


 心中で謝りながら、私にトドメを刺しに歩み寄る巨人を睨み付けた。

 今の私に出来る反撃は、これが精一杯だ。

 シェオルの手が伸びる。


「失礼」


 その腕を、上から降ってきた久遠先輩が踏み抜いた。

 六本の内の一本がひしゃげ、その主が声をあげる。


「久遠、先輩――っ!」

「間一髪ね。・・・・・・ゲホッ、ゴホッ・・・・・・まぁ、私も見ての通りだけど」


 振り向かなくとも、背中を丸めて咳き込む姿で、どこかを痛めているのが分かる。

 ただ、それでも命を繋いだ感覚が、私を奮い立たせた。

 脱力しかかっていた手足に活を入れ、ふらつきながらもなんとか立ち上がる。

 走る条件も走る力も残ってはいないが、立つだけならば辛うじて形に出来た。


「今の、貸しにしといてくださいね」

「えぇ、もちろん。ロワ・クレープの新作でどうかしら」


 あぁ、それはいい考えだ。さすが、先輩。

 甘い物好きの女子の間では知らぬ者のいない、超有名店の新作となれば、喜んで奢らせて頂こう。

 いや本当に、あそこのクレープ、めちゃくちゃ美味しいんだよね。


「大人しく寝ていれば、楽に死ねたものを」


 シェオルは、赤く濁る双眸をわなわなと震わせ、私達を睨み据える。

 二人揃って往生際が悪いのが癪に障るのか、今度は油断らしい油断は期待出来そうになかった。


「先輩、あの手、気をつけてください。魂を持ってかれますから」

「物騒なお手々だこと。嫌になるわね、まったく」

「ですね。赤い靄がかかってる部分は、私の証紋の領分です。極力撃ち落とすんで、決定打はお願いしていいですか」

「ま、そうなるでしょうね。こっちも身体は温まってるわ。おかげで、全霊だと二撃が限界よ」

「ん~、痺れる回数ですねぇ、それ」


 お互い、前衛と後衛に別れながら、軽口を叩き合う。

 先輩も傷は決して浅くない。

 二撃――とは言うが、おそらくは一撃が限界だ。

 後先を考えなければ、死ぬ気でもう一撃、というところだろう。


「安心しろ。その肉体は貴重な材料だ。魂だけ抜き取って、すぐに抜け殻にしてやる」


 遊びは終わりだ、と怪物が残された五本の腕を広げる。

 さぁ、泣いて笑っても、これが最後の一合だ。


--------------------------------------------------------------------------------


「クドウ君、貴方は逃げなさい」


 意識を取り戻した麗華さんは、久遠ぼく満にそう告げると、三階から運動場へと飛び降りていった。

 それは、勝利を絶対と約束出来ない、現状を物語った台詞だ。

 僕は、息を切らしながらも階段を駆け下りている。

 一刻も早く、ここを離れなければならない。

 僕では、あんな怪物の相手など、到底無理に決まっている。

 逃げるなら、ここが最後のチャンスだ。

 おそらくはもう、二度とないであろう絶好の機会である。


 ――そう、頭では分かっているのに、どうしてか身体は言うことを聞かなかった。


 恐ろしい。怖い。逃げたい。

 そんな気持ちは確かに胸中で渦巻いているのに、実行に移すだけの勇気がない。

 僕は、自分が何の役にも立たないと分かっていても、一人逃げることは出来ないと校舎を駆ける。

 外で、戦いの音が聞こえた。

 麗華さんと神宮寺さんは、戦っているんだ。

 あの、途方もない怪物と。

 あの、狂気のヒトと。

 出会って、ほんの少ししか経っていない僕なんかの為に。


(どうして――どうして――――)


 彼女達は、あんなにも強いのだろうか。

 その答えを知りたくて、まだこんなところで終わりたくなくて、一階まで下りきったところで、滑りそうになりながらも体勢を立て直し、昇降口へひた走る。

 外へ飛び出し、広い運動場で繰り広げられる死闘を、その目でしっかりと受け止める。


「――――」


 二人は、劣勢と見ていいのだろうか。

 最初と同じ、前衛は麗華さんが、後衛は神宮寺さんが。

 違う点は、二人とも目に見えて動きが悪いこと。

 おそらく、神宮寺さんも何らかの手傷を負ってしまっているのだろう。

 加えて、巨躯の怪物――シェオルの掌が赤い靄のようなものを纏っている。

 それは相当マズいものなのか、麗華さんは戦いづらそうに表情を歪めながら、紙一重で迫る腕を避け、避けきれないものを神宮寺さんの光の弾丸が弾き返す。

 それは、さながら伝説の一幕のようだった。

 圧倒的な怪物を前に、人間は諦めない。

 万難を排して挑み、それでも尚、必敗の定めを抱えた一戦。

 始めから勝ちのない戦い。

 だとしても――人間は、一縷にも満たない奇跡を信じて怪物へ挑んだのではないか。


「――――」


 確証などない。

 どうして、そんなことを思うのかも、分からない。

 それでも、どうしてか、そう――――。


「――――先輩、ダメ!!」


 神宮寺さんの悲鳴があがる。

 麗華さんは重心を低く、シェオルの腹部に深く踏み込んだ上での拳を放つ。

 当然、それは必殺必中を狙ってのものだ。

 だから、怪物はそれを受け、にやり、と口の端を吊り上げた。

 生命力が、違い過ぎるんだ。

 例え手傷を負ったとしても、あの手に捕らえられてしまえば、それで雌雄が決する。


「――――っ!?」


 シェオルの腕一つが、麗華さんの細い首を掴み上げた。

 苦悶の表情を浮かべながらも、何度か足での反撃を試みるが、怪物にはかすり傷にもならない。

 みるみる内に、麗華さんの動きが弱まり、次第に足はだらんと完全に動きを止めてしまう。


「先ぱ――――」

「おっと、動くな、不死者。このまま抜け殻にしてもいいが、首をへし折ってもいいぞ。首から上が無事な身体は、まだ『二つ』あるからな」


 シェオルはそう言うと、その赤い瞳を僕へ向ける。


「クドウくん! どうして――逃げて、早く!!」


 神宮寺さんの叫びに、怪物は高く嗤う。


「さぁ、どうする? どんな死に方を望む? 私は神だ。神の真似事をする、人間だ。最期の望みを聞こうじゃないか」

「この・・・・・・外道っ!」


 完全に手詰まりとなった神宮寺さんは、今までに見たこともないくらい、苦しそうな顔で、今にも泣き出しそうな顔で、動けないでいる。

 麗華さんは、首を鷲掴むシェオルの手を引き剥がそうと抵抗するが、ほとんど意味を成していない。


「さぁ、お前達の願いを聞かせてくれ! 私を、神に――してくれ!!」


 ――――どくん、と心臓が強く鳴った。

 ――――ぶるり、と脳が強く震えた。


 何も、僕は分からない。

 理由なんて、知るわけがない。

 でも。


「お前は、ダメだ」


 そう、思った。

 お前は、世界の敵だ、と。


「え、うそ――バカ! 来ちゃダメだって――!!」


 ごめん、神宮寺さん。


「は、ははははは! そうか、お前から死に――――」


 怪物シェオルの顔から、嗤いが消えた。

 軌道みちは直線。

 余裕はない。

 最短距離を、最速で走り抜ける。

 僕からアイツまでの距離は、目測で約五十メートル。

 それを、二秒で駆け抜け、怪物の懐に肉薄する。

 殴り方は知らない。

 ただ、拳を強く引き、思い切り放つだけだ。


「なんだ――なんだ、その魂のカタチは――!?」


 下手に急所は狙わない。

 そんな時間も、精細さも、技術も僕にはない(ひつようない)

 単純な右腕の拳打。

 それはやじりを思わせる鋭さで、怪物の腹部を突き刺す。


「――――ガッ!?」


 初めて、その巨体が大きく折れた。

 実際の衝撃は如何ほどか。

 麗華さんを苦しめていた手は彼女を離し、今まで僅かな後退が限界だった足元は、大きく崩れる。

 間髪を入れず、今度は逆の拳を顔面めがけて繰り出す。


「――――!?!?」


 声に鳴らない叫びをあげ、片膝を折った状態からシェオルはもんどりを打つ。

 しかし、それでも完全には倒れなかった。

 ギリギリで踏みとどまり、獣の咆哮と共に五本の腕が動き出す。

 僕を捕えようと一切の防御を考えず、ただこの身一点を狙って死が迫る。


「させるか!」


 それを、神宮寺さんの閃光の弾丸が悉く撃ち払った。

 僕の拳撃は効果があったのか、口から血を流しながら、シェオルは怒号を飛ばす。


「この――ガキがぁぁぁあ!!」


 手から、赤い靄が消えた。

 これでは自分の攻撃は無効化されると悟ったのだろう。

 怪物然とした大きな眼を見開き、必至の形相でシェオルは僕を捕えに掛かる。


「クドウくん!」


 僕の背に、神宮寺さんの声が向けられた。

 だが、僕に避けるだけの猶予はない。

 第一――僕は、彼女達をここまでボロボロにした、コイツを許せない。

 余程追い込まれているのだろう。

 シェオルは、今まで物騒な見た目でありながら、一度として攻撃に使ってはいなかった、その乱杭歯を僕に向ける。

 大きな顎門が開く。

 僕は二本の腕で鷲掴みにされ、両腕は拘束されていた。

 背中を反らし、一度自分の顔を引く。

 腕が動かないから、なんだ。

 それが、どうしたって言う――――!


「――――ギ」


 噛みつこうとしたその相貌に、思い切り頭突きを食らわせた。

 別段、石頭だった覚えはない。

 けど、額を通じて骨と肉のひしゃげる感覚が分かった。


「ギャァアアアアアアアア!!」


 鋭い歯の一部が折れ、怪物は痛覚があるのか、その痛みに喉を震わせる。

 だが、それでも僕を拘束する腕の怪力は緩まない。

 まるで、この手の力を抜いた時が自らの死だとでも言うように。

 その判断自体はおそらく、決して間違いではなかっただろう。


「獲った」


 ――決定打を持つのが、僕一人だったならば。


 声はシェオルの背後から。

 間髪を入れず、怪物の巨体が短く微動する。

 その光景は、奇妙だった。

 胸部から、小さな手が生えている。

 それが、背中から心臓めがけて串刺しにする貫手だと理解するのに、僕は数秒を要する。


「驚いたわ。貴女、死んでいるわけではなかったのね」


 故に、殺せた。

 先入観で生きた身体を捨てた、不死身の怪物だと思っていたがそうではない。

 今まで、僕らが戦っていた青白い巨人は、それでも確かに人の身だったのである。

 万力を思わせる拘束が緩み、致命傷となった腕が引き抜かれると、シェオルはそのまま横に崩れ落ちた。

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