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アンデッド  作者: 無理太郎
Episode.1 死霊術師
10/89

幕間 ゆめからさめる

 自分を殺したのは、いつの話だったか。

 もう随分と昔のように思えるが、それでも怪物にまで身を堕としたのは最近の話だと思い返す。

 死とは、点である。

 ある者にとっては終点であり。

 ある者にとっては始点である。

 続く状態のことではなく、それを境とする区切りのこと。

 その線引きを、人は古い時代から「死」と呼んでいる。

 私は、その線引きが曖昧な自分が、心底嫌いだった。

 生きているモノも、死んでいるモノも、私にとっては同じだった。

 私にとって、生死とは表裏の存在ではなく、横並びの一体だったからだ。

 熱を帯びていれば、その熱を奪ったとしよう。

 熱がないならば、その熱を宿したとしよう。

 生きているモノは死に始め、死んでいるモノは生き始める。

 気づけば、私にはその熱を操る力があった。

 それが、自分自身を殺した代償だと知るのに、随分と時間がかかったことは、後悔としてよく覚えている。

 インドという国の片隅。

 人々の目を避けるようにして山間に存在する寂れた村は、生死を操る一人の人間を神と崇めた。

 生物にとって避け得ない絶対の運命。

 それをねじ曲げる存在は、彼らの理解を超えていたのだろう。

 やがて、私はその村を出ることになる。

 一人の青年が、私の手を引いてくれたからだ。


「お前は、私が恐ろしくないのか」


 夜、村から逃げ出す道中、その背に疑問を抱いた。

 生活に不自由はない。

 村は貧しかったが、私は神だった。

 神に不自由はなく、「自分の意志がない」ことを除けば、生命活動を維持するに問題はない。

 だからだろう。

 村は私を崇めるが、誰も私を私とは見なくなった。

 私は人が神のカタチをしているのではなく。

 神が人のカタチをしているのだと。

 根底からその存在を否定されていた。

 故に、お前は私を恐れて当然だと、私はその背に語る。


「恐ろしいよ。でも、恐れてばかりじゃ、何も変わらないだろう」


 私の手を握る指は、震えていた。

 恐ろしいはずだ、怯えているはずだ、なのに。


「何故、私を連れ出す」

「君が、本当に神様なのか、見極める為さ」


 振り向かず、青年はそう答えた。

 若さが、その暴挙を支えていたのだろうか。

 長い夜を越え、黒いそらが白む頃、山の頂で私は世界を見た。


「どうだい」


 美しい朝陽。

 雄大な大地。

 抜ける風は山々の薫りを乗せ、いつになく緑の匂いが強かった。

 私は、それに圧倒されていた。

 長らく村を出ていなかったからだろう。

 人間らしい情緒など、錆び付いて使い物にならなくなっていたはずなのに。


「綺麗だろう? 一度でいいから、君に見せたかったんだ」


 掟を破り、村に戻れば命がないほどの愚行に走った青年は、そんな理由で私を連れ出したのだ。

 神とは、文字通り神である。

 人が神の真似をすることはあれど、神が人の真似をすることなどない。

 そんな根拠もへったくれもない迷信じみた村の教えを信じ、彼は私を人間であると証明する為に、その命を擲った。


「・・・・・・理解に苦しむ。どうして、そこまでする?」

「どうしてって・・・・・・」

「私は神だ。それでいい。生きているモノに死を与え、死んでいるモノに生を吹き込む。・・・・・・それが、私の存在意義だ」


 それを、青年はキッと表情を引き締めて睨み据えた。


「それは違う。君が神様なら、文句はない。でも、君はやっぱり人間だ。心を持つ、感情のある、一人の人間だよ」

「意味が分からない。人間に、私と同じ真似が出来るというのか」

「それは出来ない。でも、神様はきっと、君のように感情を捨ててまで神様であろうとはしないはずさ」


 青年の言葉は、あっさりと私の口を噤ませてしまう。

 もし、本当に神ならば、その通りだろう。

 何かを犠牲にして成り立つものを、真の存在とは呼ばない。

 そもそも、当たり前のように成立するからこそ、それはまことなのだ。


「いつも、君は退屈そうだった。村を見ているようで、君は何も見ていなかった。それが、僕にはひどく、残酷に思えたんだ」

「・・・・・・」

「きっと、君をそうさせたのは僕たちだ。だから、君を連れ出した。生きるべきだ。失われた時間は取り戻せないけど、これからを生きることは出来る」

「・・・・・・今更、私にどんな人生があるという」


 生死の区別がつかない私は、それまでも不気味な子供でしかなかったというのに。

 命の暖かさも、死の冷たさも、私は決して嫌いじゃなかった。

 その両方を愛することを許されなかった子供わたしは、自分で自分の熱を奪うしかなかった。

 そうすれば、私は人間じゃなくなる。

 そうすれば、私は私じゃなくてよくなる。

 世界が受け入れられないなら、生きる場所など、どこにもないから。


「それは、今から探そうよ」

「――――」


 あっけらかんと、青年は朝陽を背にそう、私に言った。


「見つからなくても、探している内は世界ここが居場所さ」


 生まれた意味、生きる理由は、必ずしも始めから用意されているものではない。

 自分自身で見つけ出し、定義付けをしてもいいのだと、青年は言う。


「許されるのか、そんなことが」

「許されるさ。だって、人間だろう? 人は迷い、その中で答えを見つけるものだよ」


 ――――人生っていうのはさ、後付けでいいんだよ。


 最後の最後、その幕引きの時、自分が出した答えだって、不足はない。

 それでいいのだと、青年の言葉が胸を打った。

 どうして感動するのか、どうして涙が溢れるのか、私には分からなかった。

 ただ――まるで、永遠にも思える暗闇から抜け出たような目映さが、私の頬を濡らしていた。


「ほら、やっぱり。涙だって流せる。うん、君は立派な人間だよ」


 私は、神ではなかった。

 結局、私は寂しいだけだったのだと思う。

 居場所がなくて、誰かに認められたくて、崇められるがままそれを受け入れただけだった。


「さぁ、お行き。君の人生はこれからだ。いずれ村の連中もやってくる。今なら、僕が囮になるからきっと逃げられる」


 村の人間は、まずは麓を探すだろう。

 まさか、逃げ場のない山頂に向かったとは思うまい。

 だがそれも時間の問題だ。

 私は、今度は彼に向かって反対の意を視線で向ける。


「馬鹿を言うな。お前、ここまでしておいて、私を残すつもりか」

「え? いや、だって――」

「――薄情者。手を差し出したなら、最後まで握っていろ。それが、救済者の責任というものだ」


 生憎と、長らく神の真似事をしていた後遺症か、一人で生きていく術など持ち合わせがない。


「村がお前を裁くなら、私が村を裁くまでだ」

「どうするつもりさ」

「――無論、命を奪う。私は人間だ。『神の真似』をする、ただの人間だ」


 邪魔ならば屠る。

 信仰を受ける神であれば、崇拝者へそのような事は許されないのかもしれない。

 だが、もう既に私はその殻を捨ててしまった。

 そうと決まれば、黙って待つのも退屈だ。

 こちらから出向いてやろうと、踵を返す。


「え、えらい物騒だね、君」

「あぁ、私は元来そういう性格だ。・・・・・・後悔したか?」

「まさか。ただ、どんどん君の新しい一面が見えてきて、驚いているだけさ」


 その返答に、思わず私は振り返り。


「驚け。思う存分な」


 悪戯好きな子供みたいに、私は笑った。


--------------------------------------------------------------------------------


 ――――夢を、見ていた。

 長い間、幸せだった頃の夢を。

 与えた命が、戻って来るのを感じる。

 死者でいる時間が終わり、青白い異形の肉体に分割していた魂が集約されていく。

 どうしてだ。どういうことだ。

 答えの出ている問答はしかし、その答えをこそ遠ざける為のものだったはずだ。

 視界はない。だが、そんなものがなくても、私には魂を視る眼がある。


「――――久遠先輩!!」


 声が飛ぶと同時に、手近な魂を一つ、殴り飛ばした。

 拳から伝わる感触に、あるはずのない眉を顰める。

 随分と硬いからだだ。あの分では、まだ息がある。


「嘘でしょ――なんで、動いてんのよコイツ――!」


 他に、魂は二つ。

 すぐにでも息の根を止めるべきだろうが、それよりも優先すべきことがあった。

 カタチを残す抜け殻が一つある。

 見覚えのある輪郭は、忘れようのない誰かのもの。


「あぁ――この、薄情者め」


 結局、私一人を残して死んでしまったのか。

 こんな、怪物に成り下がった女一人を残して、なんて男だ。


「久遠先輩!」

「動かないでクドウくん!」


 耳障りな声が、神経を逆撫でる。

 他に、命の気配はない。

 刻一刻と鮮明になっていく私は、同時に状況を一つ一つ理解していく。


「タナトスの目を欺く為とは言え、やはり上手すぎる話だったな、アーヴァ」


 彼の不死としての能力は、隠密に優れたものだった。

 あくまで私の力を預けている時だけの限定的なものだったが、それでもここまでは来られたのだから惜しい話だ。

 惜しい故に、その考えに乗った自分が呪わしい。

 始めから二人で短い逃避行と割り切っていれば、この最悪な結末は避け得たかもしれないというのに。


「じ、神宮寺さん・・・・・・こういうのって普通、術を使ってる人間が死んだら終わるパターンじゃないの?」

「・・・・・・ホントにね。こっちが聞きたいくらいかな、ハハ」


 二つの内、一つの魂は嫌に眩しい。

 そうか、こいつも、神秘を視る触覚を持っているのか。


「よくも、私を人間に戻してくれたな」


 ゆらり、と初めて私は彼らと対峙する。

 さて、どうしてくれようか。

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