{{S i n I s T e R}}即死魔術で死んだ俺は、スター気どりの即死使いに復讐する。ー13人の命、その恨みを晴らすまでー
↓↓↓↓ ★★★★★、ブックマーク、評価是非是非お願いします!! ↓↓↓
大陸一のブラウデニディア王国。
魔物の脅威に対し諸外国以上の成果をあげ、その評価は現在もうなぎ登り。
騎士たちの活躍もそうだが、それ以上に冒険者ギルドの活躍も大きい。
その中で『彼』はそれなりの規模のギルドパーティーに所属していた。
「おい"スコルニー"、準備できたか?」
「悪い! もう少し時間かかるや!」
「んもう! なにやってるの! ほんっとドジなんだから!」
「あらあら~、前のクエストでピンチのところをスコルニーに助けてもらったのは誰だったかしらね~」
「う゛っ!」
「アッハッハッハッ! お前らはホント相変わらずだなぁ」
「ごめんごめん。俺が寝坊したのが悪いんだ」
「そ、そうよ! この私がキチンと指導してあげているんだから、光栄に思いなさい!」
「ははは、敵わないな。皆、先に行っててくれないか? 俺もすぐに追い付く」
「大丈夫なのか? 場所わかるか?」
「なんでしたらワタクシが残ってもいいですわ」
「大丈夫だって。『霧深きトラゾルテオドル』っていう、なんかやたらゴツゴツした場所だろ? しかしずいぶん難易度の高いクエスト選んだな。ドラゴン退治だっけ?」
「あぁ、もうこのギルドパーティーも10人規模でそれなりの実力も着いてきた。そろそろ上のランクに挑戦したいと思ってたんだ。これからどんどん金もかかるだろうしね」
「ははは、そりゃ大変だ」
スコルニーの属するギルドパーティーはここ最近になってようやく軌道にのり始めた気鋭の一団。
今日はドラゴン退治の大役を請け負った日なわけなのだが、スコルニーは寝坊してしまいひとり遅れて現場へおもむくことになった。
「クソ、すっかり遅くなっちまったなぁ。この先に向かったはずだが……霧が濃いいわ、足場は悪いわで全然スピード出せねぇ……」
急いで追いかけるスコルニーだが、不気味なほど周囲が静かなことにだんだんと違和感を覚える。
難易度の高いクエストなら、相応に強い魔物がそこらから出てもおかしくはないというのに。
「あれ? 誰か倒れて、────……あぁっ!!」
霧の中にも関わらず視界がハッキリするほどに神経が研ぎ澄まされる。
そこには仲間たちが倒れている姿があった。
外傷はない。だが誰もが絶望に歪んだ顔をしている。
「あれ、まだいたんだ? やっぱりしなくても、コイツらの仲間?」
「お、お前は!」
「"お前"? 弱いくせにボクに馴れ馴れしくするな」
「なんでここにいる! 『即死使いグレモル』!」
「なんでって決まってるだろ。ボクはクエストで来たんだよ」
「クエスト? ……そのクエストが、俺の大事な仲間を殺すことなのか!!」
ついさっきまで笑っていた仲間たちが自分を残して目の前の少年に殺された。
グレモルは気だるそうにしながら、パーティーのマドンナ的立ち位置にいた女性の腹の上に座り込むという冒涜に身を委ねて薄ら笑いを浮かべる。
「まぁ聞きなって。ボクはね、『獣の貴婦人』っていうレアモンスターを探してここへ来たんだ。でもコイツらと鉢合わせしちゃってさ。ドラゴン退治なんてしてみろよ。うるさくて逃げちゃうかもだろ?」
「そんなことで、皆殺しに……?」
「ああ、お前みたいに文句を言ってきたし、ムカついたから殺しちゃった。弱いくせにさぁ、ボクの邪魔するとかないよね?」
「テメェっ!!」
スコルニーがナイフ二丁を構える。
同時に挑発的な笑みを浮かべたグレモルは見せつけるように彼女の胸をやにわに掴んだ。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおああああああああああ!!」
スコルニーはナイフの達人。
怒りを根源にその動きは鋭さを増す。
たとえ即死使いと言えど仲間を身勝手な理由で殺されておいて、黙ってみているなどできなかった。
だが────。
「はぁ、こんな挑発に乗っちゃって。ホント弱い奴って頭悪いよな。……花よ摘まれん、我が華は荘厳なる真理の導きなり。『カルペ・ディエム』」
どれだけの練磨と勢いをもってしても、ひとつの才能に一矢報いるにはあまりにも遠かった。
不思議な呪文とともに、彼の心臓がドクンと軋み、視界が暗くなっていくのを感じる。
「ほぉら、雑魚。こんなんでよくボクに挑もうって考えたね」
「あ、が……」
「あぁそうだ。レアモンスター探しのついでに、ドラゴンも殺してあげるよ。ボクなら速効だから」
グレモルは彼に歩み寄って軽く足でこづくと、鼻歌交じりにその場を去っていった。
眠りにつくようにスコルニーの肉体の力が抜けていく。
それからすぐのことだ。
『まあ、素敵。ついさっきまで生きてたっていう薫りね』
霧の奥から聖歌のように澄みわたる声をした母性的な女性が、多頭の獣に乗ってやってきた。
『なんてかわいらしい。瞬殺されてしまったのがよほど無念だったのね。練り上げた肉体が、磨き上げた知恵が穢れに染まっていくのを感じるわ。……このまま腐り、ふやけ、蛆に蝕まれ、蠅をたからせる。そのさまを考えただけでゾクゾクしちゃう』
今度はエキゾチックな吐息を漏らしながらそれぞれを見渡すこの女性こそ、レアモンスター『獣の貴婦人』。
朽ちゆく死体を前に愉悦を感じていたところ、ひとりの青年に目を向けた。
『あら、この子……まだ心地のいい憎悪を宿しているわね。ついさっき死んだばかりだからかな? ……ふふ、気に入っちゃった』
貴婦人は近くまで寄ると、黒い革袋水筒を手に取り、スコルニーの口に優しく注いでいく。
『"黒バラのワイン"を召し上がれ。"シニスター"がアナタの絶望に力をくれる。……えぇ、きっと役に立つ。だから面白いものを見せてね?』
まるで意思があるように喉の奥まで1滴残らず入り込む。
それを見届けたあと、獣の貴婦人はご機嫌に去っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一目置かれる存在はどの業界にもいる。
冒険者ギルドにおいては即死使いグレモルの存在は最たるものと言えるだろう。
だがそんな栄光とは縁遠い、地面を這いずりまわるようなドブネズミがごとき存在も……。
「ほら、急いで急いで!」
「姉さん。そんなに慌てないの」
「いやいや、ここへ入ったギルドパーティーがいるらしいんだよ? もしかしたらって場合もあるじゃん」
「そのギルドパーティーが上等な装備を持っていると?」
「かもしれないわよん」
「どんなギルドパーティーなの?」
「あー……どうだろ」
「そこはきっちり調べなさいとあれほど……」
「はいはい、細かいことは言いっこなし! ほらついたよ!」
薄い着物をはだけさせる姉と、同じ着物をキッチリ着こなす妹。
二刀を背中に背負い軽快に進む姉を見ながら、大きめの籠を背負った妹はため息まじりに微笑む。
ふたりは『漁り屋』。
クエストに失敗し壊滅したパーティーの亡骸からアイテム、装備、必要ならば下着にいたるまで。
剥ぎ取って売り飛ばすことを生業とする影の仕事人。
「はっけ~ん。見てみな。10人まるごと。大漁大漁!」
「外傷がない……血の痕跡も。妙な死に方ね。まるで……」
「まぁまぁ細かいことはいいじゃん。それよりさっさとやっちゃお! まだ綺麗だからイロイロとゴッソリ剥ぎ取れちゃうよぉ~」
「待って、ホトケ様に手を合わせてから」
「お堅いのぉ~我が妹は~」
妹に言われるがまま手を合わせ、その後作業に取りかかろうとする。
「お、この兄さん良いナイフ持ってんねぇ」
「この娘、まだ幼さが残ってる……かわいそう」
「さ、早く回収しちゃ────へ?」
死体に腕をがっちりと捕まれた。
死体になっていたはずのスコルニーがバキバキと音を立てて身体をよじって起き上がろうとした。
「え? え!? うぇええええええ!?」
「姉さん!!」
スコルニーの手を振りほどこうとするも凄まじい握力に外れず、妹が駆け寄ってなんとかひっぺがした。
「ありゃりゃりゃりゃ……これってもしかしてアンデッド化?」
「違うわ。魔力は感じない……でもっ!」
「グォォオオオオオオオオオオオオオッ!!」
スコルニーが雄叫び上げながら、泡立つ不気味なノイズに包まれていく。
ビキ、ビキビキビキ、メキッ!!
それは卵の殻を割るように。
目覚めてはならない意思が内部で暴れだし、手を外界へと伸ばして突き破る。
現れたるは明確なる憎悪の化身。
邪悪な骸骨のような白い強化外骨格にはところどころひび割れがほどこされ、そこから蒸気機関のように瘴気を噴射する。
ふらつき、のけぞり、不安定な足取りをしたあと、姉妹に目を向けた。
「おっとぉ、これちょっとヤバくない?」
「姉さん、動ける?」
「バリバリ動けるよ。でも、奴さん逃がす気ゼロみたいだよ」
「……戦うしかないということ、か」
「どこまでやれるかわかんないけど、お姉ちゃん頑張っちゃうよ!」
背中から奇妙な刀を抜く。
刀特有の美しい湾曲でありながら、切っ先を見れば両刃になっていた。
「グゥワァァアアアアアア!!」
「うわぁあ! 急にまともな戦い方してくるな!」
「姉さん!」
変異したスコルニーは以前の戦闘スタイルを思い出したように華麗な体術をしかける。
彼女は流麗な二刀流で、なおかつ飛び回るような軽やかさで応対した。
「姉さんを倒させは、しない!!」
妹が参戦する。
手で印を結んだあと、両腕に巻いた包帯から妖しげな光がもれると、腕が枝分かれしながらスコルニーに伸びていく。
「……術式・瑜伽蓮妙吒天!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
「いよっし! そのまま捕らえてて!」
「姉さん、なるべく早く! すごい力っ!!」
「合点承知之助!!」
だが斬りかかる前にスコルニーは妹の術を怪力で破壊し、飛びかかる姉に睨みつけた。
「あへ、ヤッベ」
「姉さん!」
術が強制解除されて、蓮の花びらのような光粒子が舞う中、スコルニーの強烈な一撃がくる、かと思われた……。
「あ、が……」
例のノイズとともにスコルニーが元に戻る。
どしゃりと倒れて、荒い呼吸をしたのち、気を失った。
「……死んで、ないよね?」
「気を失ったみたい。どういうことなの?」
「アンデッドになったんじゃなくて、ホントに復活した? でもあんな復活の仕方ある?」
「わからない」
「……なぁんか、変な気分になるなぁ」
未知との遭遇にふたりは不気味さを残しながらも漁りをやめて、スコルニーを籠に入れてアジトへと運ぶことにした。
「……ん、うう」
スコルニーが目覚めると、最初に目にしたのは薄汚れた天井だった。
次にうまそうな匂いと空腹感。
「目が覚めましたか? ご気分は?」
「あ、あぁ」
「今粥ができますのでもうしばらく……」
「あの、ここは? 俺はどうして」
「お、目が覚めたね若旦那~。すごいよ死んでからよみがえってアタシらと互角やりあったんだからぁ」
「え、俺が復活? 戦ったって……」
「ありゃ、記憶がない?」
「お粥、できました。まずは食事にしましょう」
温かい食事をすませたのち、ぼんやりとだがスコルニーは記憶を呼び覚ましていった。
「ありがとう。俺はスコルニー。とあるパーティーのメンバーだった」
「知ってるよ。あのホトケさんたちの仲間でしょ。アタシは”カルラ”。妹と漁り屋やってんだ」
「ご紹介にあずかりました。妹の"ビルシャ"です。姉の補助をしております」
「漁り屋……そうか……」
「へへ、こんなチンピラでごめんね」
「いや、そうじゃない。……あの、仲間は!」
「お仲間さんたちは残念だけど復活できなかったね~。アンタのことでいっぱいだったから、ホトケさんはそのままさ」
「形見のひとつでも持ってこれればよかったでしょうが……申し訳ありません。気がきかず」
「あぁいや、いいんだ。……俺は運がよかったらしい。ははは、はは……」
「一体ぜんたい、どうしてあんな場所で死んでたのさ。魔物のやり口じゃあないね」
「あぁそれは……」
スコルニーは死に至るまでのことを話す。
「即死使いグレモルって、最強も最強じゃない」
「そのような人に理不尽に……あぁ、胸が痛みます」
「レアモンスター探しってだけで、なんで皆が殺されなきゃいけなかった……。俺は、悔しい」
うなだれるスコルニーをそっとするべく、ふたりは席を外した。
そして時間は過ぎて夕刻、鬱屈した気分を晴らすために小屋の外に出る。
茜色に染まる積み石にカラカラ回る風車。
草木のない灰色の山を墓場かなにかに見立てた幽寂な土地だ。
「寂しいところでしょ?」
「カルラ……。ここは一体?」
「地元じゃ怨山って言われてるよ。ひっどいよね~。アタシらが住んでるところをさぁ~」
「この周りにあるのは……」
「あぁ、妹がやった。律儀な娘でね。仕事するたびにああするんだよ。……ビルシャだったらもっといい仕事あるだろに。私についてくるって言ってきかないんだから。ホント、アタシにはもったいない」
「前になにかやってたのか?」
「……アンタと同じだよ。ギルドやって、まぁいろいろ」
散歩がてらカルラと歩く。
「アタシらは孤児でね。寺院にほかの子供と一緒に住んでたんだけど、これがまた腐れ坊主ばっかでね。嫌になって宝をいくつかかっさらって出たんだよ」
「いきなり泥棒か」
「ハッ、向こうだってメチャクチャ好き勝手やってたんだから大したことないよ。んで、転々としつつ最後にたどり着いたのがギルドパーティーってわけ。でもそこも最悪だった」
「それで漁り屋に?」
「実際死んでった連中見てると思うよ。……こいつらアタシらよりずっと恵まれてんのに、なぁんで野垂れ死んだのかなって。アタシらより強くて、人望があって、アタシらより愛されてたんじゃないのかってさ。死んだら結局同じかって」
「カルラ……」
「あは、湿っぽくなっちったね。もうすぐごはんできるだろうから、先行ってて。アタシはまだやることあるからさ」
「ああ、わかった」
わけがわからないまま命を狙われたにも関わらず助けてくれたふたりには感謝しきれない。
カルラの笑顔がビルシャの優しさが、スコルニーに生の実感を与えてくれた。
「あら、お帰りになりましたか。どうぞお座りになってください」
「どうも……。あ~そういやここってイスないんだな」
「ふふ、私たちの生まれ故郷ではこういったものでして。あ、ご不便でしたよね」
「いや、クレームを言いたいわけじゃないんだ。珍しかったから。……聞いたよ。外にある石とかクルクル回る小さいのはアンタが?」
「せめてもの供養、と言えば綺麗事になりますが」
「カルラ、アンタのことすごく褒めてたよ。自分にはもったいないって」
「私が無理を言ってついてきたんです。いつも姉さんと一緒だったから、離れたくなくて」
「……そっか」
「これからアナタはどうなさるおつもりですか?」
「これから、か。……俺は王都に戻ろうと思う」
「即死使いのもとへ?」
「このまま引き下がってられるか。俺はアイツを許せない」
「あの、力で?」
変異した際の力。
ぼんやりとだが覚えている感覚が怒りとともにめぐってくる。
「そういうことでしたら、明日王都までお送りいたしましょう」
「ふ、止めないんだな」
「地獄はいくつも見てきました。今さら人道だなんだとのたまふつもりはありません。なにかあるようでしたら、アナタの供養もいたしましょう」
「そうしてくれ」
「さぁ、もうすぐ夕飯ができます。どうぞくつろいでください」
そうして一晩をこの山で過ごし、夜明けとともに3人で王都へと向かった。
王都につくのは昼ごろになるとのことだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日の昼ごろ、王都の大手ギルドパーティーのアジトではグレモルがくつろいでいた。
血生臭い冒険者たちのものとは思えないほどの豪邸で、噴水やプールなど本来なら考えられないほどのものが設けられている。
グレモルはプールサイドでパーティーの女性陣とともに、優雅なひと時を楽しんでいた。
「ねえグレモルさん、一緒に泳ごうよぉ~」
「あらダメよ。今はおねえさんたちと一緒に休んでるんだから」
「独り占め禁止令わすれたとかマジありえないんですけど~」
「はいはい喧嘩しない。時間はたっぷりあるんだ。ちゃんとひとりずつ丁寧に相手してあげるよ」
「さすがグレモル様ですわ」
「ホント。ほかのギルドパーティーだったらこうはいかないもんね」
「君たちは幸運だ。このボクと一緒にいられるんだから」
現場はドリンクにフルーツに水着姿の美女の盛り合わせ。
もはや貴族以上に贅沢をしているとしか思えない。
この世の快楽を寄せ集めたようなひと時を過ごしていると、ギルドパーティーのリーダーが現れた。
「グレモル、急で悪いんだが仕事を……」
「悪いけどボクは忙しい」
「でも、これは他と連携しての大事なクエストだし……」
「リーダー、今日の予定は仲間たちとの交流会でキリキリなんだ。腕利きならここにいくらでもいるじゃないか。それにね、ボクの一番嫌いなこと知ってるだろ? 急に仕事をふって予定を狂わされる。それが一番腹が立つんだ!」
「わ、悪い。でも、大勢が別の案件で出払ってて……それに今回は『聖女様』からの依頼でもあるんだ」
「……聖女の? あー、あの人か」
「普段から懇意にしてもらってるし、なにより聖女様もクエストに出張るって言ってる。どうか出てもらえないかな?」
「……あと30分ね。それ以外は認めない」
「わ、わかった。先方には忙しいから遅れるって言っておく。よろしくたのむよ」
不機嫌な態度が多少和らいだグレモルは「あ、そういえば」とリーダーを呼び止めた。
「ねぇねぇ、この娘なんだけどさ」
「なんだ? どうかしたか?」
赤いビキニの少女を近くに来させて抱き寄せながら。
「最近入ったってらしいけどさ、この娘本当に三軍なのかなーって」
「え、どういう……」
「あれだよ。いくら新人だからってその人の実力を見てあげないのはどうかなって」
胸を押し当てる少女に嬉しそうにしながら格上げを頼み込んでいる。
グレモルの悪い癖だ。それにつけこむ若い女も頻発しているのが悩みの種。
グレモルのお気に入りになれば、昇段試験をパスできるという暗黙のルールが女性メンバー間に広まってしまっている。
「わかった。検討しよう」
「サンキュー。うし、じゃあちょっと早いけど仕事行っちゃうかーハハハハハハ!」
上機嫌になりいくつか果物を食べさせてもらったのち、彼は着替えて準備をすませ表へと出た。
「お待ちしておりましたわグレモル様」
「あぁ聖女様。ごめんね。いろいろ立て込んでてさ」
「いえ、急にお呼び立てしてしまったこちらこそ……」
「ああいいよいいよ。じゃあ行こうか」
即死使いと聖女。
ふたりならんで歩くさまは王都の人々にとっては神秘的にさえ映る。
グレモルの人気は言わずもがな、彼女は『愛と慈悲の聖女』とまで言われた存在で、お互いが街を象徴するかのようにデカデカと広告や絵が街中にあるくらいだ。
実物が歩いているとなれば歓声は大きいものになるのは明白だった。
「はぁ、いちいち大げさだな」
「ふふふ、それだけ我々が希望の象徴となっているということなのですよ」
「やれやれ、そういうんじゃないんだけどな。ボクの力は『死』の力。そこに慈悲はありはしないってのにさ」
「そんなことありません。アナタのお力は人類にとっての至宝です」
「なんだかおだてられてるみたいだなぁハハハハハハ。だってお互い綺麗なくらい正反対なんだもん」
「正反対、ですか。ええ、そうですね。アナタはいわば死を司る存在。いわば上位者とも言える恐ろしいお方。ですが、アナタが力を振るわずとも人は死にゆくもの。戦争、病気、そして飢え。ですがそういった世の中だからこそ、私は愛をもって人々を救いたい。愛は本来誰もが持ちうるもの。それを呼び起こすのも私の仕事。グレモル様にもあるでしょう? 愛」
「ああ、あるとも。ボクは強者だからね。愛に満ち溢れているさ」
「そうですか。よかった」
しかし、そんなときだった。
「見つけたぞ」
スコルニー、ふたりの前にあらわる。
「いや、誰? 邪魔なんだけど?」
「あの、どちらさまですか?」
「……あんなことまでしておいて呑気にデートか? 俺たちのことはもう、覚えちゃいないってか」
「あのさ、急いでるんだけど。いちいちイラつかせないでくれよ」
スコルニーの登場に周囲がざわめく。
カルラとビルシャは隠れながら静かに事の成り行きを見守った。
「やっぱりそうか。虫ケラを潰すみたいに、なんとも思ってねぇか……」
「君アレでしょ? ボクに嫉妬してるクチでしょ? いるんだよね、そういうやつ。あのさ、ボクに嫉妬するのは勝手だ。それだけの力を持っているからね。でもこうやって人に迷惑をかけるのはちがうんじゃないかい? いいか、ボクらは今から仕事へ行くんだ。仕事の邪魔をするなんて人として最っ低だよ?」
「……っ!」
「あの、おふたりになにがあったかは存じません。ですが、どうか一度怒りをおおさめください。このまま争いになるなど見過ごせません。癒えぬ心の傷があるのなら、改めて私がお話を聞きましょう。私の愛なら、アナタを救えます。きっとお力になれます。だから……」
「クックックックックックッ……ハハハ」
スコルニーは聖女の言葉をかきけすように。
「……愛なんていらねぇんだよ。懺悔もいらない。思い知らせてやる! 激しい屈辱と、後悔を!」
空間に変異が起こる。
カルラとビルシャの前で起きたのと同じ。
ノイズを突き破り、あの姿を現す。
「変身した……?」
「あれは、まさか、そんな! 実在していただなんて!」
「フハ、フハハハハハ、ゲハハハハハハハハハ!! 最高の気分だ!」
気分の高揚が抑えられない。
自分の内にある倫理観や理性が強酸にあてられたように溶けていくこの感覚。
ふと誰かの言葉を思い出す。
────『黒バラのワイン"を召し上がれ。"シニスター"がアナタの絶望に力をくれる。……えぇ、きっと役に立つ。だから面白いものを見せてね?』
(どこの誰だか知らねぇが、上等だ。そんなに見たいならみせてやるよ!!)
「バカだねぇ。どんな力で挑もうとボクに勝てるわけが……」
「グレモル様! あれは『シニスターアーマー』です。聖典にありました。獣の貴婦人が持つとされる黙示録の鎧! まさか、てっきり架空のものとばかり」
「へぇ、だからなに? レアモンスターの持ち物を手に入れたから勝算ができたって? バカバカしい」
「ゴチャゴチャうるせえんだよ。あ゛あ゛あ゛……もう我慢できねぇ。ブッ飛ばしてやる!!」
「……花よ摘まれん、我が華は荘厳なる真理の導きなり。『カルペ・ディエム』! はい、終わ────」
普通ならどんな相手でもここで死ぬ。
一騎当千の猛者だろうが凶悪なドラゴンであろうが、無傷で瞬殺できる。
発動すれば誰も止められないから、誰もが疾駆するスコルニーを見ているしかなかった。
そう、すぐに死ぬ、はずだった。
「デェエエリャアアアアアア!!」
「がはぁあアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!?」
「……────え?」
死ぬどころかさらに勢いをまして、振りかざした拳がグレモルの自慢気だった顔面に炸裂した。
無抵抗にフッ飛ばされ、豪快な音を立てて壁にめり込むグレモルに誰もが呆然とする。
「ウソ……即死が効いてない!? なんで?」
「あの鎧の効果なのか!?」
「あ、ありえねぇ。あの、グレモルが……?」
「なんなんだアイツ、やべぇよ!」
「アイツって確かスコルニーだろ? なんか、雰囲気全然違うような……」
「あ、ああ……!」
恐怖と現実感の喪失。
だがそれもスコルニーの雄叫びですぐにかきけされる。
グレモルに馬乗りになり何度も拳を打ち付けた。
しまいには命乞いまで始めたが、そのさまを楽しむかのようにゲラゲラ笑いながらグレモルの顔面を集中的につぶしていく。
「呑気に寝てんじゃねえぞオラァアアア!!」
「ぐ、ぐあ!! がはぁ!! ぐわああ!! やめ゛っ! やめ゛で……あ゛あ!!」
「や、やめなさい! これ以上彼に暴力をふるうなら」
聖女の声で動きを止める。
「……俺の邪魔をしようっていうのか?」
「ひっ!」
ゾワリと怖気たつ聖女はたじろき、先ほどの威勢もなにもかもがなくなってそのままへたり込んでしまう。
「コイツの味方をするくせに、なにひとつコイツから奪われてもないくせに!」
「あ、あの……っ」
「愛とのたまうお前なんぞに、俺の怒りがわかってたまるかぁあああ!!」
渾身の一撃がグレモルの顔面を殴りつけ、血しぶきが四方八方に舞った。
「これで、終わりだぁ……!」
ぐったりとするグレモルを上空に投げ飛ばすと、腰を低くするように重くかまえる。
『シニスター・ボルテックス・アタック!!』
どこからともなく地の底から這い出るような声が響くとともに、スコルニーの外骨格から闇色のノイズとプラズマエネルギーがあふれでた。
それは紋章となり右足に集中する。
「でぇえりゃああああああああああああああああああああ!!」
そしてかけ声とともに、飛び上がり強烈なかかと落としを見舞う。
直撃した瞬間に極太レーザーが真下へと放出された。
かかと落としの運動エネルギーと直下レーザーによる相乗効果で、グレモルの落下地点はすさまじい爆音とともに巨大なクレーターを作った。
「が、がぁ……は……っ!」
「なんて、威力……これほどとは……っ!」
バリアを張り巡らせて被害を最小限に抑えたが、シニスターアーマーを使いこなすスコルニーに恐怖を覚える。
人はこんなにも変貌してしまうのか、人はこんなにも憎めるのか。
着地するスコルニーを見上げるようにへたり込みながら、彼が向ける視線にガタガタと震える。
「チッ、まだ生きてやがるか。だが、そうだなぁ。このまますぐに終わらせるのはもったいない。ジワジワなぶり殺しにしてやる。たっぷり時間と日数をかけて恐怖と痛み、そして絶望を与えてやる!! ハハハハハハ、ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
衛兵たちが駆けつけてくる音が聞こえる。
警笛や喧騒が激しくなった。
ふん、と鼻で笑いながらスコルニーは煙の中へと消えていく。
そう、復讐はまだ始まったばかり。
最強と名高いグレモルに天敵が現れた。
その情報は瞬く間に王都中を駆け巡る。
13人。
自分を含む13人の命。
それをアイツは無慈悲に奪った。
奪った命の数だけ、復讐を。
「震えて眠れ。俺が地獄への道を舗装してやる!!」
↓↓↓↓ ★★★★★、ブックマーク、評価是非是非お願いします!! ↓↓↓