8話
大神官から『神託』などと仰々しく言われていたため、ニナはもっと厳かな感じを想像していたが、いざ始まると神はわかりやすく簡単に説明した。
聖女になったからといって、特に修行などは必要ない。一日一回、民のことや国のことを思って祈れば、加護は国中に舞い降りていく。
器の大きさによって、発する加護の量が違う。広範囲になれば、器によって届く加護の量に差が出る。狭い範囲に強く願えば、効き目も高い。
神からの力を多く受け取れば、その分たくさんの加護を人々に与えることができる。人々に奉仕や善行をすればするほど、それに比例した神の力が聖女に授けられる。
加護は、四種類ある。
・治癒力が高まる
・運勢が上がる
・邪気や災難から守る
・能力や活力を増幅させる
使いたい加護を念じて祈れば、四つそれぞれ使い分けできる。
毎日の祈りでは、総合的な加護が国民すべてに注がれる。
聖女は神ではないので、基本的には人間の願いを後押しする存在。万能ではない。
……以上だ、と神は言った。隣でミシェルが拍手喝采していたが、鳥なので拍手の音はしなかった。
「人々の幸せを願って精進いたします」
ひざまずいて祈るニナに、神は顔を上げるように言った。神を見上げると、かなり近寄ってニナの顔をマジマジと見た。
「……ほお、なるほど。そういうことか。そなたが入れ込むのも頷けるというものだな」
神はチラッとミシェルのほうを見た。ニナもつられてミシェルを見ると、神へ礼儀正しくお辞儀をしていた。なぜかミシェルが微笑んでいるように感じた。
最後に神はニナへ手をかざした。
「ニナ・フォン・アルヴァレス、選ばれし娘よ。思い通りに生きなさい。これはそなたの運命である」
空から強い光が降り注ぎ、ドラゴンの姿は見えなくなった。
ミシェルは翼で涙を拭うような素振りをして感動していた。
「いやいや、最高でしたね! 可愛いニナが聖女になってくれたので、もう思い残すことはありません」
「えっ!? ちょっと待ってよ! まだ寿命残ってるんでしょ?」
「心配してくれたんですか? 感激です! 私の寿命はまだ大丈夫ですよ。ちょっとそのまま動かずにいてください。記念に本日のニナを写絵に残さねば……」
ミシェルは透明の紙のような物を空中に浮かべ、光る羽ペンをクチバシで器用にくわえて絵を描いた。あっという間に描き上がったが絵心はまるで無く、非常に残念な仕上がりだ。ニナは絵を覗き見て、クスクスと笑いながらミシェルを見つめた。
「困ったら助けに来てくれるって言ってたわよね……私が困っていなくても、会いに来ていいわよ……毎日じゃなくて、たまに……ね」
「嬉しいです! そうするつもりでしたが、お言葉に甘えてコソコソせずに会いに参ります!」
(『そうするつもり』だったのね。何だか『言って損した』気分だわ……)
感無量のミシェルは、踊るように羽ばたいて天に向かって飛んでいった。
割とあっさり神託が終わった。大神官に挨拶して馬車へ戻り、待っていたアリスと一緒に帰った。
「ニナ様、いかがでしたか?」
「神様、格好良よかったわ! ドラゴンだったのよ!」
「伝説のドラゴンですね。ニナ様とドラゴン……とっても絵になります!」
ミシェルの写絵を思い出して、ニナは吹き出した。
「さて! 早速だけど、帰ったら明日のお茶会の準備をお願いね、アリス!」
翌日から、ニナは目的に向けて行動した。
毎朝、起きてから『お祈りの時間』を日課とした。特にどう祈ったらいいかわからなかったので、とりあえず『みんなが幸せになりますように』とだけ祈った。指輪を開いて読んでみたが、お祈りの仕方は各自それぞれのようで、参考にはならなかった。
「ねえアリス、ここ最近、何か幸せになったと感じるようなことはあったかしら?」
「ニナ様にお仕えできていることが、すでに幸せでございます」
「もう……そんなんじゃ比べようがないわね。まあいいわ。お昼には友人の令嬢たちが到着するから、お迎えの準備をお願いね」
午後から友人の貴族令嬢たちがアルヴァレス侯爵邸に集まった。彼女たちはニナが聖女になったことに敬意を表した。
「私が聖女になったからといって、皆様と友人なのは変わらないわ。さあ、お茶にしましょう」
色とりどりのお菓子やサンドイッチが載ったケーキスタンドが運ばれてきた。その他、何種類ものプチケーキのビュッフェにフルーツポンチ、コーヒーや紅茶など。アリスの指示通りの完璧なお茶会メニューだ。
ひとしきりおしゃべりして、ニナは友人たちから情報収集し、お茶会はお開きとなった。
次の日、ニナは友人たちから聞き取った情報と、自分のアイディアをまとめた。
アリスはニナから口頭で聞いた内容をすべてメモし、そこからスケッチやパターンを起こした。
それらが出来上がると、ニナはシャルロットへ手紙を送り、会う約束をした。
数日後、ニナはアリスと一緒に彼女の店に向かった。到着すると、シャルロットを筆頭に、店の従業員全員が整列し、聖女に敬意を表して出迎えていた。
「もう、シャルロット様まで……私はシャルロット様の友人なんですから堅苦しいことは無しです! さあ、一緒に私のドレスを選んでくださいませ。アリスも一緒に! 早く早く!」
シャルロットも嬉しそうに、三人ではしゃぎながらドレスやアクセサリーを選んだ。
その後、シャルロットからカフェに誘われて、彼女が経営する市街で一番大きくお洒落なカフェへ行き、その中の個室に入った。その個室は特別仕様で、人目を気にしなくていいようなプライベート空間になっていた。
「個室ですから、ゆっくりくつろいでくださいませ。アリスもね」
シャルロットはメイドを呼んで、自分はコーヒー、ニナにはココアを、そしてアリスの分のコーヒーも注文した。アリスは遠慮したが、ニナにも「いいじゃない、私の隣に座って」と促され、恐縮しながら席についた。
「シャルロット様、実はちょっとご覧になっていただきたい物がありますの」
ニナの合図で、アリスは持ってきたアタッシュケースから数十枚のデザイン画を出した。
「私の友人の貴族令嬢たちから情報を集めました。今、どんなアクセサリーや靴が欲しいのか、どんなデザインのドレスが着たいのか。国外に詳しい外交官の友人からは、珍しいデザインの話も聞いてまいりました」
ニナが説明を始めると同時に、シャルロットはデザイン画をチェックする。
「それを集約して、さらに私が欲しいと思うものを書きおこしたのが、そのデザイン画です。アリスがイメージを絵にしてくれたんですの。上手でしょう?」
「これは……どれも斬新で素晴らしいアイディアですわ! 特にこの髪飾りは、簡単に装着できそうなのに、華やかで上品です! このドレスも、この靴も……」
シャルロットは興奮しながら褒め称え、これはかなり社交界でも話題になると力説した。
「では、このデザインの物を作って、ニナ様へお届けしたらよろしいのですね」
「それはとてもありがたいですわ。ところで話は変わりますけれど、使節団のお話は進んでおりますでしょうか?」
使節団として帝国へ行けなければ、せっかくのドレスも意味がない。
「王太子殿下にお願いしましたところ、すぐに国王陛下へ進言してくださいました。もう決裁を得ておりますわ。上手に取りなしてくださったようで、『早く使節団を結成して、堂々と豪華に送り出すように』と仰せでした!」
ニナとシャルロットは声を上げて、勝利を掴んだかのように喜んだ。
個室なのに小声で、「経費はすべて国費で賄ってよい、とのお達しですのよ!」とシャルロットが言うので、「じゃあ、まだまだお店で選んでも良かったわね」とニナも思わず小声になった。
「また日を改めて私の店へ来ていただければ、新しい品物を仕入れておきますわ。それに、このデザイン画の通りに仕上げるためにも、少しお時間をいただきたいのです」
「もちろん結構ですわ。それと、ここから先はシャルロット様と取引のお話をさせていただきたいのですが……」
取引という言葉に少し反応したものの、「何なりと仰せください」と軽く返事をしてコーヒーを口に運んだ。
「デザイナーの私とライセンス契約を結んでいただけないかしら?製造販売店オーナーのシャルロット様に、是非ご検討いただきたいのです」
シャルロットは今までの話を、『ニナ専用のオーダーメイド』だと思って話していたため、これを一般向けに販売することは考えていなかった。
(こんな素敵なデザインを商品化して販売できるなんて……)
思わずコーヒーを飲み損ねて咽せてしまった彼女を見て、ニナは笑顔でハンカチを差し出した。