7話
スイーツに満足していると、シャルロットが二杯目のお茶として、レモングラスのフレッシュハーブティーを二つメイドに頼んだ。そして、ずっと気にしていたことを打ち明けた。
「ねえ、ニナ様、あの……ロイは重い刑罰になるのでしょうか?」
「そうですね、やはり家紋の入った馬車に細工をした罪は償っていただかないと示しがつきませんけれど、事情は承知いたしました。ロイの身柄はこちらにお任せいただけますか? シャルロット様のお気持ちを汲んで、悪いようにはいたしません」
「ああ! ありがとう、ニナ様! どうぞ……どうぞよろしくお願いいたします」
少し心が晴れた彼女はゆっくり息をして、ハーブティーを口に運んだ。
「ロイに一言、『あなたの妹は孤児院へは行かせません。私のところでメイドとして雇う手続きをする』とだけ、お伝え願えますか?」
ロイの両親は亡くなっていたため、彼が妹を養っていることを知っていたシャルロットは、罪を償って帰ってくるまで妹の生活と教育を保証することにした。
「さすがシャルロット様ですわ。きめ細かい心配りに感服いたしました。私が責任を持ってロイに伝えましょう」
続けてニナも打ち明けた。会議でロイが釈明したあと、シャルロットを疑うような講釈を述べたことについて謝った。
「シャルロット様に失礼な態度をとり、申し訳ありませんでした。事故はロイの単独行動だろうと思っておりましたけれど、確証がありませんでしたので、私が納得するまで兄に調べてもらいましたの。その結果、シャルロット様は私の想像通りの素敵な方でしたので、ロイの告白に嘘はないと納得いたしました」
事故の原因は自分のせいだとシャルロットも謝った。
本当を言うと、ニナはこの事件を利用してシャルロットの好感度を上げ、すんなり二人が婚約してくれれば、自分が辞退しても気まずくならないと考えてのことだったが、彼女とは親しくしたいと思っていたので本心は伏せた。
「これからあの優柔不断な王太子殿下をお支えになられるのですから、シャルロット様も大変ですわね」
「あら、聖女様ほど大変ではありませんわ」
二人は笑いながら楽しく話し、今までのことなども振り返って語り合った。シャルロットはニナに関心を持った。
「ニナ様は、これからどうなさるおつもりなの?」
「そうそう! その件でお話をしたくてお茶にお誘いいたしましたのに、楽しくてすっかり忘れるところでしたわ」
ニナはやっと本題に入った。
「私、ベルレアン帝国の皇太子殿下との結婚を企んでおりますの」
シャルロットは絶句した。そして、『今日は何度驚いたことかしら……』と胸に手をあてた。そのあとにはなぜか笑いが込み上げてきて、彼女は高らかに笑った。
「ニナ様、何という大きな計画でしょう! 感激いたしました! 楽しいわ。もっと早くニナ様の友人になりたかった……」
笑ってしまったが、彼女は心の底から感心していた。
「そこでシャルロット様に援助をお願いしたいのです」
「何なりと仰ってくださいませ。協力は惜しみませんわ」
明るく笑い、堂々としているシャルロットを見つめて、ニナは独り言のように呟いた。
「いつも控えめにされているシャルロット様ですが、今とても輝いて見えます。ご自分の力で事業を成功させていらっしゃるのですから、本当のお姿はもっと自信溢れる、大胆で勇敢な方だとお見受けいたしました。そしてお優しく、美しい。私も見習わなくては……」
心からの素直な感想を思わず言葉にしてしまった。
シャルロットは照れながら謙遜し、話を逸らそうとニナの願いを再度尋ねた。ニナは改めて姿勢を正す。
「ベルレアン帝国へ送る、国からの正式な使節団を用意していただきたいの。そして、その使節団は『聖女の挨拶』のために結成し、私を主役として送り出してもらいたいのです。王太子殿下から国王陛下に進言していただけるように、シャルロット様なら取り計らってくださるかと思いまして……」
(私が直接お願いしたら、『ブラン王国で聖女活動しなさい』って却下されそうですもの……)
ニナの目論見は、使節団として訪れ、帝国側からもてなされ、皇太子と仲良くなり、そのまま居ついて婚約者となり結婚することだった。
これは『帝国全土の聖女』になることを決めたときから考えていたことだ。目標はより高みへ変更された。
待っていれば、いつか帝国側から要請があり、帝国へ向かう日が来るだろう。だがそれは何年後の話になるかわからない。ニナは一日も早く皇太子に会ってみたいと考えていた。
シャルロットはニナの計画をわくわくしながら聞いていた。
「そういうことなのですね。なるほど、婚約者辞退も頷けますわ。個人的にご挨拶に行っても、皇太子殿下に気に入られるには印象が弱いと私も思います。出会いは派手なほうが盛り上がりますもの! 私にお任せくださいませ。ロイのこともありますし、全面的に協力いたしますわ。ニナ様の準備に必要なドレスやアクセサリーは、私がすべてご用意させていただきます」
(わあ! 思わぬ収穫! 今度アリスと一緒にシャルロット様のお店へ選びに行かなくっちゃ!)
ニナは最高に気分が上がっていた。しかし、露骨に喜ぶのもはしたないので、悟られないよう感謝の言葉だけ述べた。
そのすまし顔を見て、すべてお見通しのシャルロットはクスクスと笑った。
楽しい時間はあっという間に過ぎた。帰り際、シャルロットは声をかけた。
「これから聖女様になられるなんて、本当に大変なことも多いのでしょうね。想像もつきませんわ。何とお声をかけたら良いのか……」
「んー、どうすれば良いのかは、明日神殿で神様に伺ってまいりますわ。私は成るようにしか成りませんもの。まずはできることから……」
ニナはシャルロットの手を取り、両手で握った。
「私の友人であるシャルロット様に神の御加護がありますように」
二人は笑い合い、手を振って、それぞれの馬車に乗った。
邸宅に戻ったニナは、『シャルロットから使節団の話をしてもらう』約束を取り付けたことを父親に報告した。そばで聞いていたリュシアンは、ニナが帝国へ行ったら戻ってこないかもしれないと寂しがった。「帝国に遊びにきたらいいじゃない」とニナに言われ、それもそうだとすぐに復活した。シンプルな良い兄だ。
夕食後、ニナは部屋に戻り、シャルロットの店で『選び放題』の権利を得たことをアリスへ興奮気味に話していた。アリスはニナの言葉をすべて聞き漏らさず、しかし着々と明日の神殿への準備を進めていた。
貴族会議の翌朝、雲一つない快晴。ニナは神殿へ向かった。
神殿は小高い丘の上にあり、まるで天界への入り口のようにも感じた。
到着すると大神官が出迎え、神殿の中心へ案内された。中心は吹き抜けになっていて、見上げると空が見えた。
「こちらでお待ちください。神からのお告げがあるでしょう」
簡素な石のベンチがあり、座ってぼんやりと空を見ながら、ニナは祖母へ思いを馳せた。
聖女の交代は必ずしも親族ではない。聖女の器に選ばれること自体が無作為で、偶然にも今回は祖母からニナへバトンタッチされた。新しい聖女が決定すると国中にお触れを出すが、特にパレードなどは無い。ただし、聖女が天に召されたときは国が主催するセレモニーが執り行われ、皆が祈りを捧げる。
「お祖母様もここで神託を受けたのね……」
感慨深く思っていると、一羽の鳥が降りてきた。よく見ると羽が数本、金色だった。
「あら? ミシェル?」
「こんにちはニナ。今日も可愛いですね」
「ごきげんよう。先日はお祖母様とお話しさせてくれてありがとう。今日はどうしたの?」
「今日はニナが聖女になる記念すべき日ですので、天界から見守るだけでは我慢ならず、生で見るために降りてきました」
(……寿命どうなってるの? 頻繁には来れないんじゃなかったのかしら?)
ミシェルはベンチから少し離れたところに降りてきて、羽をとじて座った。
「ニナ、神のご登場ですよ」
天から光が徐々に差し込み、爆発的な輝きの中から巨大なドラゴンが現れ、ニナに語りかけてきた。
「おやおや、私がドラゴンとは……そなたがニナ・フォン・アルヴァレスだね。聖女の説明をする前に、質問を一つ。なぜ私をドラゴンだと思ったのかな?」
神託では、神の姿は聖女の想像が具現化して現れる。普通は髭をたくわえた老人であったり、優しそうな女性であったりすることが多いが、神がドラゴンの姿で現れたのは初めてだった。
「特に理由はありませんが、人の姿はミシェル……えっと、隣にいる天使様のお姿として、すでに想像してしまいましたので、神様は伝説のドラゴンくらい風格のあるお方かと、ぼんやり考えておりました」
「そうか。このドラゴンは神使なのだよ。今も地上で、神の力を加護の原動力として受け取り、国々の聖女にその力を分配して送る電波塔の役割を担っている」
「そうだったのですね。言い伝えでは聞いておりましたが、一度この目で見てみたいと思っておりました」
「可愛いだろう。人間界でいうなら、私のペットだ」
(……ペット、大き過ぎっ!)
「悪い人間ばかりになったら、地上を焼き尽くしてくれるのだよ」
(ペット恐っ!!)
ドラゴンの可愛さを色々ニナに語ったあと、神は仕切り直して聖女について話し始めた。