6話
婚約者候補がライバルの婚約者候補を推薦したことに驚愕していないのは、アルヴァレス侯爵とリュシアンだけだった。
勝負が優勢なうえに罪人という『切り札』を出し、あと少しで勝てた勝負から手を引いたのだ。思いもよらぬ展開に会場は混乱していた。
その空気の中、国王が問いかけた。
「では、アルヴァレス侯爵令嬢。辞退する意志があったのならば、なぜ今日まで表明しなかったのか、申してみよ」
会場が静まった。ニナは深呼吸して、紐解くように答えていった。
「あの事故は、マーティン侯爵家の御者によって引き起こされた可能性が高いと、兄より聞いておりました。それが『誰か』の指示によって行われたのであれば、狙いは私だったのではないかと考えました。ですので、事件が明確になる時を待ち、今日に至ってしまったのです」
あえて『誰か』と濁し、『シャルロット』と名指しはしなかった。
「そのため、失礼ながらマーティン侯爵家に仕える従者の、最近の動向などを調べさせていただきましたところ、偶然にもマーティン侯爵令嬢についての情報を得ることになってしまいました」
(本当は、主軸でシャルロット様のことをお兄様に調べてもらったのだけれど、そのまま言うと、初めから彼女を疑っていたように思われますものね)
ニナはシャルロットのほうを向いて、ニコリとした。
「マーティン侯爵令嬢はご自身でいくつも店舗を経営しており、実業家としての手腕が高く、多くのブティックや、アクセサリーなどの装飾品店をはじめ、多岐にわたり営んでおられることを知りました。どれも有名な人気店です。恥ずかしながらそのことをまったく知らずに、私たちは社交界に必要な品や情報を、マーティン侯爵令嬢の店舗から仕入れておりました。ですが彼女はそれを自慢したりアピールしたりすることもなく、しかも多大な利益のほとんどは、平民の病院や学校などに寄付されているそうです」
シャルロットは会場の脚光を浴び、ちょうどその最高潮のところでニナは言葉を締め括った。
「先ほどマーティン侯爵令嬢が、『自分にも責任がある』と仰られたのは、皆様もご覧になられた通りです。思いやりのある素敵な方だと感銘いたしました。彼女に忠誠を誓う従者も多く、目立たず奉仕活動もなされるようなお方が、私に策略を用いるとは思えません。よって、私はロイの告白を信じ、単独犯と判断します。民心を得て、王太子殿下をお支えする未来の王妃として相応しいのはマーティン侯爵令嬢だと確信いたしましたので、私はこの場で婚約者候補を辞退させていただきます」
ニナはアルノーへ向かって、問いかけた。
「王太子殿下のお気持ちはいかがでしょうか? 静観したままでよろしいのですか? 責任を持って、思いを声に出してくださいませ。未来の王が幸せを手に入れる力を持たねば、国民も幸せになりませんでしょう?」
ニナは祖母から、『ニナが幸せになれば、みんなも幸せになるわよ』と言われたことを思い出していた。
アルノーは立ち上がり、意を決してシャルロットへ思いを告白した。
「私は、シャルロット・ル・マーティンを婚約者に選びたい! シャルロット! 私が優柔不断なばかりに皆を巻き込んでしまった。今回のロイの件は私にも責任がある」
アルノーは姿勢を正し、国王のほうを向いた。
「私とシャルロットの婚約をお許しいただけますか?」
「アルノーがはっきり意思表示するのは珍しいことだ。今後、王となるならば、優しさとともに毅然とした態度が必要であろう。アルノーがそう選ぶのなら、私たちも賛意を表明する」
国王も王妃も笑顔で祝福した。
「王太子殿下……私は年上でございますし……私でよろしいのでしょうか?」
嬉しさに震えながらも、シャルロットは恐る恐るアルノーへ不安な気持ちを伝えた。
「私は……私はシャルロットのような年上の女性が好きなんだ!」
シャルロットもアルノーも耳まで真っ赤になっていた。
会場の雰囲気は大団円へと向かっていたところに、再び扉が開いて、今度は大神官が入ってきた。
「国王陛下、申し上げたき儀がございますので、参じました」
「おお、大神官。次の議題は『聖女』である。入られよ」
神官たちを引き連れて大神官が入ってきた。特別席に案内され、着席した。
リュシアンとロイは入り口近くに臨時の席を用意され、移動した。ニナとシャルロットもそれぞれ自分の席へ移動しようとしたとき、ニナが小声でシャルロットに話しかけた。
「マーティン侯爵令嬢、会議が終わったあとで、お茶でもご一緒にいかがかしら?」
思いもよらぬニナからのお茶の誘いに、シャルロットは動揺しつつも喜んだ。
「もちろん! お誘いいただき嬉しいわ! では、のちほど談話室にてお会いしましょう」
二人とも微笑んで会釈し、席に戻った。
次の議題『聖女』についての話が始まった。
「国王陛下、ならびに王族、貴族の皆さまに神託をお知らせいたします」
大神官が発言した。
「聖女であり辺境伯夫人であられたルイーズ・ラ・ガルフィオン様が天に召されましたことは、皆さまもご存知かと思います」
会場にいた誰もが手を合わせ、祈りを捧げた。
「神のお告げを申し上げます。『ベルレアン帝国と同盟とはいえ、ブラン王国の影響力は弱い。よって、ブラン王国はベルレアン帝国の従属国と同等である。聖女は国に一人のみ。帝国全体に一人でよい』とのことでした」
国王は愕然としていたが、貴族たちは『……でしょうね』という顔つきだった。
お人好しな国王は、帝国の巧みな話術に乗せられ、相手から出された同盟の条件をそのまま受け入れていた。結果的に不利益で理不尽な同盟だ。従属国と言われても致し方ない。
貴族たちはひそひそ話していたが、国王の咳払いで会場は静かになった。大神官は話を続けた。
「それによって、今後はベルレアン帝国の聖女から加護を受けることになると、神殿の誰もが思っていたのです。ところが、昨夜ベルレアン帝国の聖女が天に召されたとの知らせがありました。私たちも驚きを隠せませんが、神からの啓示で新たな聖女が『一人だけ』、明日神託を受ける運びとなりました」
大神官のお告げの内容が入り組んでいたため、すぐに理解はできなかったが、皆が一番知りたいことを国王が質問した。
「では、新しい聖女様はもう決定しておるのだな?」
「はい。こちらにいらっしゃいます、アルヴァレス侯爵令嬢であられるニナ・フォン・アルヴァレス様です」
会場がどよめき、皆の視線が集まると、ニナが席を立ち再び中央に出ていった。
「私、ニナ・フォン・アルヴァレスが次の聖女に選ばれましたことを光栄に存じます。天命に従い精進してまいります」
ニナが一礼したところで、リュシアンは捕縛中のロイをそっちのけで立ち上がり、大きな拍手を送っていた。会場のほとんどの人たちは、あまりの状況の変化についていけていなかったが、リュシアンにつられて拍手を送った。
そして、誰もが驚き疲れ、動揺したまま貴族会議は閉会し、二つのお触れが国中に出ることが決定した。
『アルノー王太子殿下の正式な婚約者はマーティン侯爵令嬢に決定』
『新たな聖女様に選ばれたのはアルヴァレス侯爵令嬢』
ニナは、夕食までには帰ると父親に告げ、シャルロットと約束した談話室へ向かおうとしたが、リュシアンから呼び止められた。
リュシアンとロイの処遇について話していると、続いて大神官がニナに近づいてきた。
「ではニナ様、早速明日、神託の儀式を行いますので、神殿へお越しください。それから、書簡を送っていただきありがとうございました。おかげさまで、私たちも混乱を招かずに済みました。このようなことは前代未聞でございましたので……」
「とんでもございません。こちらこそ、神のお言葉をこの貴族会議にて発表していただきたいなどとわがままを申し上げ、恐縮いたしております」
大神官と明日の約束を済ませ、リュシアンには帰ってからロイのことを相談しようと伝え、急いでニナは談話室に向かった。
すでにシャルロットが座って待っていた。ニナは笑顔で席についた。
「ごめんなさい! お待たせしてしまいました、マーティン侯爵令嬢」
「いいえ、私もさっき来たばかりですわ。お忙しいのに、お茶に誘っていただいて嬉しい! よろしければ名前で呼んでくださいませ。私とお友達になってくださるかしら……」
「まあ! 光栄です! では、私のこともニナとお呼びください」
「では、ニナ様、お茶はアップルティーを用意しましたわ」
話していると、アップルティーとシナモンロール、フルーツワッフルが運ばれてきた。
「まあ! 美味しそう! シャルロット様もご一緒にいただきましょう!」
二人とも会議で疲れていたため、甘い物がとても美味しく感じて、仲良くスイーツを堪能した。食べ終える頃には、すっかり友人となっていた。