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天使の推しは悪役令嬢  作者: Nica Ido
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4話

 執事が部屋をノックして、夕食の準備が整ったことを告げた。ニナはアリスと一緒に食堂へ向かった。父親とリュシアンはすでに席についている。


 夕食は祖母への配慮もあって、肉料理は控えめだったが、色鮮やかな野菜や果物を多く使い、ニナの好みに合わせたメニューが食卓に並んでいた。


 食事を楽しんだ後、コーヒーが運ばれたところで、ニナは本題に入ることにした。


(やっぱり死んだということは伏せて話したほうがいいわね。またお兄様が泣き出してしまうわ……)


 せっかくの和やかな雰囲気を壊してまで正直に話さなくても支障はない。重要なところだけ掻い摘んで話を始めた。


「実はあの事故のあと、目を覚ますまでの間に、神の掲示を受けました。まもなくお祖母様が天に召され、次の聖女は私だそうです」


 そう切り出すと、ミシェルから告げられた内容と選ばれた理由を伝えた。二人とも真剣に話を聞いていたが、『事故による記憶の混濁』かもしれないと半信半疑だった。


「お父様、お兄様、ちょっとこれをご覧になっていただけますか?」


 虹色の宝石の指輪を開き、文字を浮かべた。それを見て二人は驚き、信じるしかない状況となった。


「そうか……辺境伯夫人のことを思うとやりきれない気持ちになるが……ニナは聡明で、私の自慢の娘だ。素晴らしい聖女となるだろう。急なことで驚いたが、とても名誉なことだ。ニナ、精進しなさい」


 父親は喜びが遅れてやってきたようだ。戸惑いから徐々に解放され、表情はようやく明るいものになっていった。


 リュシアンは初めから無邪気に喜んでいた。


「さすが我が妹だ! 聖女様か……可愛さに神々しさが加わって、もう無敵だな! お祖母様もこのことを知れば、きっと喜ばれるはずだ!」


 兄の喜ぶ姿を半分受け流して、ニナは父親に提案した。


「お父様の怪我の具合が良ければ、急ぎお祖母様のところへ参りたいと思いますが、いかがでしょうか?」


「私なら大丈夫だ。明日の朝、出発しよう。部屋に戻ったら、長旅に備えて早めに寝なさい」


 リュシアンは、出発までに事故の報告をするよう騎士団に催促すると言って席を立った。リュシアンの判断力や行動力を、ニナは高く評価している。


「さすがお兄様! 頼りになるわ!」


 リュシアンに聞こえるようにつぶやくと、彼はキメ顔でウインクし、颯爽と歩いていった。


 アリスとともに自室に戻ったニナは、眠くはなかったが就寝の支度をした。


「ニナ様、明日の準備はこちらでよろしいでしょうか」


 用意された荷物をチェックしたニナは、「いつもながら完璧ね。これでいいわ」と頷いた。


 アリスはアロマオイル入りの温かいタオルを用意して、ニナへ目のパックを始めた。


「アリス、先ほどの話を聞いて、総合的にどう思ったかしら? 私の想像通りにうまくいけば……なんて、少し考えていることがあるのだけれど」とニナは話を切り出した。


 先ほど指輪を開けて見せてもらったあと、アリスはある程度の予想をしていたが、それは『ニナの考え』とほぼ同じだった。


 話をすべて聞き終え、「素晴らしいと思います」と答えたアリスは、心の中で誓いを立てた。


(すべてはニナ様の仰せのままに。私はどこまでも付いてまいります)


 アリスがタオルを外すとニナと目が合った。


 ニナは『ありがとう』と謝意を返すように微笑んだ。そしてベットに入り、長く感じた一日が終わった。




 翌日、早朝に騎士団からの一報があり、事故の第一次調査報告書が手に入った。ニナたちが書簡に目を通すと、やはり故意による犯行で、犯人を捜査中という内容だ。


 捜査はそのまま騎士団に任せて、今は祖母に会うことを優先し、辺境伯の居城へ向かうため馬車に乗り込んだ。


 貴族会議も近々予定されているため、あまり長くは滞在できないが、可能ならば少しでも祖母と話がしてみたいとニナは願っていた。




 アルヴァレス侯爵邸を出立して三日後、辺境伯の居城へ到着した。


「皆、よく来てくれたわ。あなた、お怪我は大丈夫ですか?」


 母キャロルが出迎えて、心配そうに夫の顔や腕を見た。


「私は大丈夫だ。それよりもルイーズ夫人のお加減は……?」


「それが……もう意識がありませんの。すでに二日間も眠ったままで……医師も、もう体力が持たないだろうと仰っていて……」


 二人が話していると、ガルフィオン辺境伯が杖をついて出迎えた。


「遠路をよくお越しくだされた。ひとまず部屋へ入られよ。続きは一息入れながら話そう」


 部屋に案内されると、ニナにはカフェオレ、他の全員にコーヒーが運ばれてきた。


「孫たちも大きくなった。私たちもそれだけ歳を取ったのだから、当たり前だな……」


 祖父は力なく笑った。


 コーヒーを急いで飲み終えたリュシアンは祖父に願い出た。


「先ほどお祖母様は眠っていらっしゃると母から聞きました。会話ができなくても構いません、今からニナと一緒に寝室に伺ってもよろしいでしょうか?」


「ああ、会ってやってくれ。孫たちが来たとなれば意識も戻るかもしれない」


 祖父は執事に命じて、二人を祖母のところへ案内させた。


 父は二人がいない間に『ニナが次の聖女に選ばれた』ということを報告した。それは同時に祖母の死を意味していた。部屋に残った大人たちは、暗い雰囲気に包まれたが、ニナが聖女になるという誇らしい気持ちにもなった。


 寝室を訪れると、祖母は眠っていた。顔色は悪くない。だが、ずいぶん痩せていた。


 リュシアンは祖母の手を取り、祈りを捧げている。そのときニナは、揺れるカーテンにふと目を向ける。ベランダに猫がいた。


「お兄様、少し……ほんの少しでいいの、私とお祖母様の二人にしていただけないかしら」


「わかった。隣の部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ」


 優しく微笑んで、リュシアンは部屋にいた執事やメイドを連れて部屋を出た。


「……ミシェル?」


 カーテンの影からピョコッと現れた猫は、毛の一房が金色だった。


「やあ、可愛いニナ。地上で見るニナも……たまりませんね」


「そんなこと言う雰囲気じゃないでしょ……ウロウロしてたからすぐわかったわ」


「気付いてもらえて良かったです」


 猫の姿ではあるものの、同時に天界でのミシェルの姿も認識できるという、不思議な見え方をしていた。


 ミシェルはニナの足元を一周して座った。


「なぜここに来たかと言うと、ルイーズは程なくして天に召され、私が連れていくことになったからです。今なら少し彼女と話すことができますよ。ニナだから特別に、です」


 ミシェルは『特別に』のところを小声で言い、強調した。ニナは「職権濫用じゃない……?」と思ったが、まずは祖母が優先なのでお願いした。


「地上で会えてとても嬉しいわ、ミシェル。少しお祖母様とお話させていただけるかしら?」


 猫は逃げるようにベランダから出ていった。その姿に金色の毛はもう無かった。ミシェルが猫に身体を返したのだろう。ベッドへ視線を移すと、実際には祖母が横たわっているのだが、透明な上半身だけが起き上がって見えた。透けて淡く光る姿は魂なのだろうとニナは想像した。


「……お祖母様? 私と話すことはできますか?」


「あらあら! ニナじゃない! 元気にしてたの?」


 思った以上に明るい声だった。


「ご無沙汰いたしております、お祖母様。伺うのが遅くなってしまって……」


 ニナが話しかけているにもかかわらず、祖母は斜め後ろを見ながら、独り言を話しだした。


「……ん? ニナが? あら……へー……え! そうなの?!」


 動物の姿を借りていないミシェルをニナは見ることはできないが、『魂』と『天使』の関係なら可能だ。


 おそらくミシェルがそばにいて経緯を説明しているのだろうと思い、ニナは静かに待った。


 祖母の視線がニナに向いた。


「ニナは聖女の器だったのね。だからこちらの天使様が手を貸していらっしゃるってことね。話せて嬉しいわ、ニナ」


「私、次の聖女に選ばれましたの。色々とお祖母様にご教授頂きたかったのですけれど……」


「大丈夫よニナ。特別難しいことはないわ。毎日国民のことを思って祈ればいいのよ。自分がどうしたいか、自分に何ができるか、できる範囲でやればいいの。ニナは『持てる者』になるのだから、それを皆に分けるだけ。そして、さらに多くを得なさい」


 祖母はまるで少女のような笑みを浮かべて『聖女なんて簡単』と言ってのけた。


「私は幸せだったわ……ニナが幸せになれば、みんなも幸せになるわよ」


 話している間に、祖母の姿は薄くなり、やがて見えなくなった。ニナは隣の部屋にいたリュシアンに声をかけ、医師を部屋に呼ぶように言った。


 その後、家族に見守られ、祖母は天に召された。姿は見えなかったが、きっとミシェルが優しく寄り添って、祖母を連れていってくれたのだろうとニナは想像した。


(お祖母様が見たミシェルは、どんな姿をしていたのかしら。それも聞いてみたかった……)


 ニナはその晩、天に向かって祈りを捧げた。


 数日後、身内だけの葬儀に出席した。日を改めて国をあげたセレモニーが執り行われる。


 葬儀後、ニナは祖父や家族に、祖母と少し話せたこと、最期に『幸せだった』と満足していたことを伝えた。祖父は寂しそうに微笑んで、「そうか……」とつぶやいた。


 葬儀の翌朝、しばらく祖父の城に残ると言った母親は、また事故が起きることを心配して、帰りの馬車では充分注意を払うよう御者に伝えた。


 ニナたちはバタバタと帰り支度をして馬車に乗り、祖父に別れを告げた。出発しようとしたとき、ニナは一度乗った馬車を降り、祖父の元に駆け寄った。


「お祖父様、私はまだ聖女ではありませんが……お祖父様に神の御加護がありますように」


 ニナは祖父の手を握って祈った。祖父は「なんと気の早い、可愛い聖女様であろうか」と目を潤ませ、微笑みながらニナの頭を撫でた。


 手を振る祖父と母親へ、ニナは馬車の窓越しに笑顔で「ごきげんよう」と挨拶した。


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