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天使の推しは悪役令嬢  作者: Nica Ido
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2話

ーー現在、ニナは天界にて極上イケメン天使とご歓談中ーー


「……確かに馬車が倒れたみたいだったけれど……あのときに命が尽きてしまったってことですのね」


 目覚めたばかりで、記憶を辿るだけでも疲れてしまった。


「……お茶を頂けるかしら? 少し落ち着いて考えをまとめたいわ」


「お茶なら目の前にありますよ」


(……いつの間に? でもすごく美味しそう。フルーツティーと一緒にミルクゼリーのベリーソース添えも置いてあるわ。今の私の気分にぴったり合ってる)


 香りに癒され、一口飲んだお茶があまりに美味しくて、ニナは思わず微笑んだ。


 秀逸なイケメンをそばに侍らせての美味しいティータイム。ゆっくり堪能して過ごしたかったが、そうも言っていられない状況だ。


「とても美味しいお茶だったわ。あの……あなたの名前は?」


「私に名前はありません。お好きにお呼びください」


(そんな……今初めて出会った人、っていうか天使に名前を付けるなんて……面倒ね)


 あれこれ名前を考えていると、逆に質問された。


「ニナから見て、私はどのように見えているのでしょうか?」


「そうね……、一般的には、えっと、まあ、とても感じの良い……華やかな男性……かしら」


 感情を抑え、評価の半分くらいを伝えた。


「ああ! そうなのですね! とても嬉しいです! 神の国では私たちに決まった形や性別はありません。今ニナが見て感じているすべては、ニナの思考が反映された姿になりますので、良い印象でほっとしました」


(よく見ると、最初は『イケメン』と思ったけれど、男性とも女性とも判別できないような美しさね……)


 そう思いながら見惚れていた自分に気付き、笑顔で取り繕った。


「なるほど……だからお茶もお菓子も、私が今欲しいと思う物が出てきたのですね。神の国って便利だわ。そうそう、鏡は見れるでしょうか?」


 そう言うとすぐ目の前に鏡が現れた。けれど、何も映らなかった。実体が無いからだと気付き、改めて『死んだ』実感が湧いてきたニナはため息をついた。


「落ち込んでいるニナも可愛いのですが、話を進めても大丈夫ですか?」


 ニナは気を取り直して、先に呼び名を決めようとあれこれ考えた。


「……わかりました。ではまずあなたの呼び名ですが、『ミシェル』というのはいかがでしょう? 男女どちらでもありえる名です」


「ありがとうございます。では、早速名前を呼んでみてください」


「ミシェル」


「ああーー! ニナから名前を呼んでもらえる日が来るなんて!」


 何だか悶絶しているようなミシェルを無視して、ニナは淡々と質問した。


「ではミシェル、私に好意を持っているかのような態度に見受けられるのですけれど、天使の方々は地上の者に対して皆そうなのですか?」


「違います。もっと事務的です」


「……ミシェルの態度は明らかに事務的ではありませんね。千切れんばかりに尻尾を振っていそうな態度ですもの」


 お茶を一口飲んで、視線を戻すと肩が触れるほどの距離にミシェルが座っていた。


(私がミシェルの名を呼ぶ度に、ちょっとずつ距離を詰めていませんか? 近いんですけど!)


 咳払いとともに少し距離をとったが、同じだけ寄ってきたので距離は変わらず、近いままミシェルは話し始めた。


「一つの国に一人の聖女が存在することをご存知ですね」


「はい。お祖母様が聖女ですので、存じております」


「私たち天使は神のお手伝いで、事務や体力仕事もあり色々忙しいのですが、その合間に『聖女の管理』もしなくてはなりません。ニナは『聖女の器』の持ち主なので、ニナが生まれたときからずっと見ていました」


 聖女の器とは、通常の人間にはない、聖女になるための資格が生まれつき備わっている者のことを指している。


「次の聖女はニナしか有り得ないと私は考え、他の天使や神に推薦していたのです」


「私がですか?」


 意外すぎてニナは笑ってしまった。


「お祖母様は愛に溢れたお優しいお方でしたので、聖女に相応しかったと思いますけれど、私はそういうタイプではありませんし……まあ、タイプも何も、私はもう死んじゃってますし」


 お茶のおかわりを、と思った途端に、今度は目の前に温かいベルガモットティーとチョコチップサンドが置いてあった。


(神の国は素敵ね、次は何が出てくるかしら?)


 美味しそうなお茶を一口飲み、ニコニコとお菓子に手を付けた。


「お茶を楽しみながらで結構ですので、もう少しお話をがんばって聞いてくださいね、可愛いニナ」


 そう言って立ち上がると、ミシェルは光る羽ペンを用意して、空中に図解を書きながらわかりやすく説明した。


 現聖女が亡くなると、選ばれた聖女の器の者が、神からのお告げを受け次の聖女になる仕組みになっている。


 器を持つ者はごく少数しか存在せず、生まれたときに器の大きさも決まっており、個々で差がある。選ばれた者しか聖女になれず、聖女に選ばれなければ、本人は器保持者と気付かないまま寿命を全うする。


 そのため、器保持者は天使たちで管理され、聖女の寿命に終わりが近づいてきたら、その時点で生存している器保持者の中から聖女を誰にするのか検討し、神に推薦する。


……が、今回は異例の事態となっていた。


 その原因の一つが、ブラン王国がベルレアン帝国と同盟を締結したことだ。


「それがどうかしましたの? 帝国に攻め込まれず、傘下に加わったことは最悪の結果を回避できたということで、特に聖女とは関係ないのではないかしら?」


「端的に解説すると、同盟の条件を見るにあたり、王国は帝国から受ける庇護が大きすぎて、吸収合併レベルに近いと判断されたため、『帝国の従属国に近い状況ならブラン王国に聖女はいらないだろ、帝国全体に聖女一人でいいよね!』となったのです」


「それはそちらの都合であって、私には関係のない話じゃないかしら?」


 そう呟いてみたが、そのまま話は続けられた。


「そして今、ニナのお祖母様は間もなく天に召されようとしています。もちろん天寿を全うされてのことなので、天界の関与はありませんが、このタイミングということが、異例と言われるもう一つ原因なのです」


 ミシェルは図解の中の、帝国の部分を差した。


「今、偶然にも、帝国の聖女も天に召されようとしているのです」


 この広大な範囲に一人も聖女がいなくなる……言い方を変えれば、この広範囲が今後一人の聖女に任されることになる。


 聖女交代と国の領土拡大が同時期という前例が無い。今回、一般的な器保持者が聖女になることも可能だが、器が小さいと加護も少ない。これまでの『二人分の加護』の量が、地上から一気に減りすぎると帝国中が不穏に陥る。天界で協議中の現在、解決策は未定だった。


 次の聖女様って大変そう……とニナが思っていた矢先、ミシェルが目を輝かせた。


「最新の『聖女の器ランキング』第一位は誰だと思いますか?」


 質問しておいて、即、答えを教えた。


「ニナです! ダントツです! 二位とは天と地の差なんですよ!」


(一位の私は死んで天界にいるし、二位の方が地上で生きているなら、まさに仰る通りです……)


 意味のまますぎて、ニナの反応はゼロだった。


「今回の聖女選びに関しての争点は、『帝国の聖女』と『王国の聖女』の二人分の加護を一人で対応可能な器の者が、次の聖女に選ばれるのが望ましいということです。ニナが聖女になればすべて解決なのです」


「私はもう天に召されておりますのに?」


「生き返らせたいと神に申告しております」


 ミシェルはニコニコしている。


「私を生き返らせるって……生きるとか死ぬとか、そんなに簡単にできることなんですか?」


「いいえ、とても困難で、非常に重い代償が必要となります。でも天使である私の寿命を99.999%差し出すことで合意してもらえそうです」


「えー! 99.999%って! すぐ死んじゃうわ! あの……天使様が死ぬってことがあるの?」


 驚きつつも、天使が死ぬとどうなるのか興味が湧いた。


「天使の寿命が尽きることと、人間の死とは少し違います。そもそも実体がありませんので。私という存在は、尽きれば天使以外に転生し、転生前の記憶は残らないそうです。そして私の代わりの新たな天使が現れますので、天界の天使の数は永遠に変わらないのです」


 他の天使も、代償を払ってまで人間を生き返らせたりすることがあるのか聞いた。その試みは天使の間では不毛な行動だと認識され、事例は皆無との答えだった。


「私の器が次の聖女に理想的だからといって、ミシェルが寿命を使ってまで推薦するなんて……天使に比べたら一瞬で寿命が尽きる私を生き返らせて、ミシェルは虚しく思わないのですか?」


 ミシェルは『虚しい』という表現に反応したようで、少し早口で、真剣な表情で熱弁し始めた。


「今まで何百年も聖女の器の管理をしてきました。ですが、今までニナほどの器を見たことがありません。この時代にニナが生まれたのは、きっと偶然ではないのです。ニナなら万人に加護を与え国を豊かにしてくれる、私はそう感じて、一目見たときから胸が高鳴ったのです! ニナが生まれたときから私は応援しています! ニナが立派な聖女になってくれたら死んでもいいと思ってます!」


(もう死の概念が何だかわからなくなってきた……)


 熱意だけは伝わったので、ミシェルに微笑みかけた。


「ニナが生まれて初めて笑ったとき、初めて歩いたとき、初めて馬に触ったときの表情、父親におねだりするときのキュルンとしたあざとい表情……いつも見ていました! 可愛すぎますニナ!」


(うわー……私のこと激推ししてくれてる……あ、神推しと言うべきかしら。いくら天使だからって、私のプライベートを見過ぎじゃない?……引くわ……)


 表情が引きつっているニナを見て、興奮しすぎたことに気付いたミシェルは、声のトーンを戻した。


「でも天使の寿命は人間より遥かに長いので、99.999%差し出してもまだしばらく大丈夫ですよ、可愛いニナ」


「ミシェルの寿命が短くなったから、私に『時間がない』って言っていたのね……」


「いいえ、そうではなく、はやく可愛いニナを生き返らせないと埋葬されてしまうからです」


(えーっと……この時間って現在進行形だったの? 身体が腐っちゃうってこと? 神様! 大至急お願いします!)


 ニナは思わず手を合わせた。


「神からの承認が降りてくるのが今日なのか明日なのか……なるはやでお願いしているんですけど。あ! 大丈夫ですよ! 生き返った際には傷跡とか無しになるように、寿命上乗せして『痛み・傷無しオプション』付けてますからね、可愛いニナ」


(だからか……小数点以下多いなって思ったのよ。結構ギリギリまで寿命を渡しちゃったのね)


 ニナは『死』が少し怖くなり、人間が死んだときのことを尋ねた。


「神の承認が降りなかったら……私が天に召された場合はどうなるのかしら?」


「死んだら個が曖昧な魂となって、しばらく神の元で過ごし、色々審査を受けて、さまざまな命あるものへ転生されるのを長い間待ち続けることになるでしょう。罪のある者は罪を償うための……いやいや! 可愛いニナに罪なんてありませんので割愛します」


「そうなのね……今は中途半端な承認待ちの身分だから、好きな物や美味しい物に囲まれ放題の神の国に、ちょっと寄り道している感じね……」


(魂になったら……うーん……退屈そう。オシャレもできないし。聖女一択しか選択権が無いみたい)


 ニナはあっさりと返事した。


「わかりました。ミシェルがそこまで応援してくださってることですし、私が聖女になればよろしいのね」


「さすがです可愛いニナ! あなたなら皆を幸せに導く素晴らしい聖女になれます! 地上でも私がサポートしますね」


「ミシェルは地上にも来てくださるの?」


「動物の姿になって地上に現れることが可能です。ニナの近くにいる生き物の身体を借りて現れます。身体を借りるのも寿命を使うので、頻繁に地上へ降りることはできないかもしれません……大きな身体も借りられないと思いますが、必ず会いに行きます!」


(私より先にミシェルの寿命が尽きそう……)


 そしてそれには条件があるとミシェルが話を続ける。


「動物の姿の私を、ニナが『私』だと認識して話しかけなければ、意志の疎通はできません」


「それでは、私がすぐミシェルだと気付くように目印をお願いできるかしら」


「これでどうですか?」


 ミシェルは髪の毛を部分的に金髪に変化させた。


「動物であっても、どこか一部分が金色であれば私だと強く思って話しかけてください」


「そうね、それならわかりやすいわ」


 ニッコリと返事をした。


「感動です! 今までは、忙しい仕事の最中に何とか時間を作っては見守っていた可愛いニナが、私を強く思って話しかけてくれる日が来るなんて! 今すぐにでも地上に降りたいくらいです!」


(私はここにいるのに今降りてどうするの?)


 ミシェルを見て少し吹き出しそうになり、ごまかすためにお菓子を口にした。


「では、承認が降りたらすぐにニナを地上へ戻します。それまで少しの間でも、器や聖女についての講義をいたしましょうか?」


「うーん……面倒なのは嫌なので、あとで読んでわかるように講義内容を書面に書いていただきたいわ。わからないときはミシェルが来て教えてくださるのでしょう?」


 ミシェルの言っていた『キュルンとしたあざとい表情』というのは、こんな感じだろうとやってみたが、ニナはいつも無意識にやっているため、ぎこちない表情になってしまった。


「ああ! がんばってキュルンっぽいことをやってくれているのですね。全然違いますが、それはそれで萌えます。では取扱説明書のご用意と、その他通常業務など立て込んでおりますので、少しの間失礼しますね、可愛いニナ」


 ミシェルはスッと消えてしまった。


 慌ただしく経緯を聞き終え、疲れたニナは、ふかふかのクッションにもう一度寝転がった。穏やかな景色を見つめながら、色々と考えを巡らせてみた。


「私が聖女様になる……全然ピンとこないわね」


 祖母が、聖女だという事実しか知らなかった。どのような聖女で、どんなことをしていたのだろうか。


 その前に、なぜ馬車があんな事故を起こしたのだろう。アルヴァレス侯爵家専用の家紋入り馬車だった。家紋入りであれば、職人たちもプライドを懸けて作るし、御者の点検も完璧なはず。


 転倒するなんて、何か細工でもしない限りありえない。すでに騎士団が動いて調べているだろう。


 そんなことを考えていると、ミシェルがパッと現れた。


「ニナ、地上へ戻りますよ」


 思った以上に早く承認が降り、ミシェルが慌てて準備して戻ってきた。そして、優しくニナの手をとって歩きだした。


「この指輪に聖女に関する説明書が入っています」


 歩きながら、美しい虹色の宝石の付いた指輪を差し出した。


「聖女もしくは聖女の器保持者しか指に入らないように作りました。使い方は、指に付けた状態で、開閉を命じるだけです」


 指にはめて、開くように念じると、空中に次々と文字が浮かび始めた。その文字は淡い光を帯びている。読む暇は無さそうなので、すぐ閉じた。


「時が来たら、ニナに神からのお告げがあり、聖女認定となります」


 急に身体が浮いて、足元をみると、遠くに地上が見えていた。


 ミシェルは天使らしく大きな羽をはばたかせ、降下スピードを調整していた。


 ニナを抱えるというよりは、花束に手を添えているかのように寄り添って、侯爵邸へ降りながら話を続けた。


「聖女の加護を上手く使うためには、毎日感謝と祈りを捧げ、加護を使い慣れることです」


(うーん、もう面倒になってきた……)


 そう思っていることを見透してミシェルは微笑んだ。


「面倒そうな顔も、とても愛らしいですねニナ。ただ、これだけはよく覚えていてください。神からのお告げの際にも聖女の解説を受けると思いますが、ニナの器は別格なので、それだけでは不十分かもしれません。ですので、器や加護など、聖女についての情報を集約した説明書を指輪に納めています。困ったら読んでみてくださいね」


 話しているうちに、もう侯爵邸まで到着して、屋根を通り抜けていた。


「この指輪は私の手作り……あ、失礼……神器ですので、指輪自体にも浄化や厄除の効力があります。私からのプレゼント……ではなく、お守りとして常に身に付けてもらえると嬉し……良い効果があると思います」


「はいはい、ありがたく身に付けさせていただきますわ」


 ベットに横たわるニナの身体、そのそばまで近づいた。家族や使用人たちが咽び泣いている。


(え! 私の顔色、悪っ! あとでマッサージしなければ!)


 父親は頭や腕に包帯をしており、ニナの手を握って祈っていた。


(……もう生き返るから大丈夫よ、さあみんな、泣き止んで)


 お葬式前のような雰囲気に驚きながらも、早く生き返って安心させなければ、とニナは気持ちがはやった。


 ニナの身体に魂が合うように、ミシェルがゆっくり降ろして寝かせ、つぶやいた。


「素敵な聖女とならんことを……」


 ミシェルの微笑みが意識とともに薄れていった。ニナは柔らかいクリームに落ちていくような感覚だったが、同時に、自分の手足にだんだんと温かみが戻ってきていることも感じていた。


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