12話
村人たちはじりじりと近づいてきた。だがよく見ると、若い男性はほぼいない。年寄りや女性が多かった。皆同様に痩せて、服もボロボロだ。
ニナは、聖女の祈りを村人たちへ聞こえるように言葉にした。
「村人たちよ、怒りを鎮め、癒しを受け取りなさい」
ニナの全身から、輝く光の粒子が大量に上方へと放出され、村人たちの頭上から滝のように落ちてきた。まるで負の感情を洗い流していくようだった。
村人たちはしばらく放心状態だったが、我に返ると、先ほどまでの荒々しい感情がとても穏やかになっていた。次第に罪悪感に襲われ、持っていた農具や棒を思わず地面に落とし、ひざまずいた。
その集団の中から若い男性が一人、前に出てきた。男性は片目を負傷していた。ニナはその男性から話を聞くことにし、テントへ入るよう案内した。
初めて見たニナの加護の力に感動したアリスは、しばらく固まっていたが、ニナに声をかけられ、ハッと我に返った。
「アリス、悪いけど、まず村人たちに何か温かい食事を振る舞ってもらえるかしら? そのあと、こちらの男性にもお願い。テントで待ってるから、急いでね」
「ですが……その男性とテントでお二人きりというのは……」
片目の男を鋭い眼差しでアリスは睨みつけた。
「大丈夫、話を聞くだけよ。それにアリスが用意したほうが早いし、美味しいでしょ?」
微笑むニナを見て、しぶしぶテントを離れたアリスは、超高速で食事の用意を始めた。
「聖女様……本当にすみませんでした。それに俺を信用してテントに入れてくださり……感謝します」
「いいのよ。座ってゆっくり話を聞きたかったから。アリスがいないから、白湯でいいかしら」
オレンジピールを一つ入れた白湯をテーブルに置いた。
「お名前は?」
「リオといいます」
「目は……どうしたの?」
「昔、戦で負傷しました」
「そう……ちょっと試していいかしら?」
ニナは立ち上がって、テーブル越しにリオの負傷した目へ手をかざした。そして心の中で回復を祈ってみた。
すると、なかなかの勢いで、ズバーンと光の粒子が目に発射された。思った以上の出力に、ニナのほうがびっくりしていたが、リオは『どうかしましたか?』といった感じでキョトンとしていた。
(やっぱり、イメージ通りにはうまくいかないわね。何度か練習したほうがいいのかしら……リオの頭ごと吹っ飛ばしちゃったかと焦ったわ……)
ニナが手を下げると、彼は「あっ!」と声を上げた。
「何? どうしたの? 痛い?」
「いえ……その……うっすらと見えます……見えます!」
「そう! 良かったわ! リオの治癒能力を上げてみたの。リオが自分で治したのよ」
「何という奇跡……もう一生見えないと覚悟していたのに……俺たちは聖女様の使節団と知ってなお、襲うつもりで近づきました。それなのに……後悔しております!申し訳ございませんでした」
リオが頭を下げているところに、アリスが入ってきた。村人の食事の準備を終え、彼の分の食事を手にして、肩で息をするほど急いで戻ってきた。
ニナは笑顔で食事を勧めた。
「リオ、召し上がって。落ち着いてからでいいわ。なぜ私たちを襲うことを計画したのか、話してくれる?」
リオはガツガツとかぶりつくように食べ、食べ終えるまでに何度も何度も「美味い」と言った。
リオが住む村は帝国の国境にあるため、この領地の管理をしている貴族が全権を委任されている。その貴族は税の取り立てが厳しかった。土地は痩せていて、生活に必要な作物も限られたものしか育たない。若い男性は市街に働きに出て、その稼ぎはそのまま税金で取られてしまう。
リオは片目が不自由なため市街では雇ってもらえなかった。村に残って開墾したり、牧畜もしたが、うまくいかなかった。だんだんと税金の支払いが滞り、食べることにも困り、もう打つ手がないと焦っていた。
そんなとき、聖女が村を通過すると聞いた。皆で襲って金品を手に入れ、そのあとリオがすべての罪を被って自首する計画だったという。
「そんなことしたって、焼け石に水でしょ?」
ニナはアリスにレモンティーを入れてもらいながら、正直な感想を述べた。リオは言葉もなくうなだれていた。
ニナは手をポンっと叩いて、閃いたような顔をした。
「でも、話はわかりました。焼け石に水でも、焼け石に加護ならちょっとは良いかもしれないわ。アリス、明日はここにテントを張ったまま、村の状態を見に行きましょう。何かできることがあるんじゃないかしら」
リオは明るい表情になり、テーブルに頭が付くほどお辞儀した。
「ありがとうございます! 聖女様のご厚意に感謝いたします! 皆には俺から話しておきますので、今日はこれで失礼して、また明日お迎えにあがります」
「そうね。夜更かしはお肌の敵だもの。では、明日。ごきげんよう」
ニナと約束したリオは、村人たちと一緒に、ニナや使節団の人たちへお辞儀をして帰っていった。
翌日、使節団には『今日はこのまま待機、出発は明日へ延期する』と伝え、リオの案内でアリスと一緒に村へ向かった。
リオが荷馬車で迎えに来たので、アリスが荷台にクッションを敷き詰め、ニナ用の席を用意した。その上に座り、揺られながら見る景色は開放的だが、貧困を絵に描いたような寂しい村だった。
ニナは、田舎道のあちこちで生えている植物が気になった。
「ねえリオ、あのトゲトゲした緑の植物は何かしら?」
「あれはアロエといいます」
「あれがアロエなのね! 実物を初めて見たわ。あれ美味しいわよね」
「え? 食べれるんですか? 村の者は、怪我したときにポキッと折って塗るくらいで、食べるなんて発想はありませんでした。勝手にあちこち自生してるんですよ」
村をひとまわりしたところで、ランチにしようと声をかけた。アリスが用意したハムエッグサンドイッチとジャワティーを三人で食べながら、ニナはずっとアロエのことを考えていた。
「リオ、食事が終わったら、アロエに詳しい方を紹介していただけるかしら? それと、この村で一番広い畑の場所を教えてちょうだい」
「おそらく俺の母が詳しいと思いますので、自宅までご案内いたします。それと、畑とは言いがたいのですが……俺が開墾に失敗したあたりが一番広いかと……まずは母のところへ行きましょう」
移動中に見えた家の脇にもアロエが自生していた。各家庭に植えられていることが当たり前のようだった。
「アリス、アロエの料理のレシピってわかる?」
「はい、料理もデザートもマスターしております」
「そのレシピを今から書ける?」
「20分もあれば、数種類をイラスト付きで完成させられます」
持ってきていたカバンからメモ用紙を取り出し、揺れる馬車の中で、何の支障もなくハイスピードで書き始めた。
ちょうどアリスが書き終える頃、リオの家に到着した。
リオの母親は病気ではなかったが、栄養不足でいつも寝込んでいた。
「ただいま! 母さん、聖女様をお連れしたんだ。少し話せるかな?」
突然の聖女の訪問に驚いた母親は、リオに支えられ寝床から起きあがり、痩せた身体でふらふらしながらも丁寧にお辞儀をした。
「昨晩、息子が大変失礼なことを致しまして……」
「リオのお母様ね。ごきげんよう。昨日の件は謝罪を受けて終わったことだから、もういいのよ。それで、今日伺ったのはアロエについて教えていただきたいの。アロエってどうやって増やすのですか? タネですか?」
予想外の話を振られたので、母親はあたふたしながら答えた。
「えっと……タネもあるようですが、私たちは子株を持ってきて、傷薬用に家の周りに植えています。あ、子株というのは、大きく育ったアロエの生えぎわから出てくる小さなアロエのことです」
「なるほど……わかりました、ありがとう。リオ、今から村の方々にできるだけアロエの子株をたくさん持って、リオの開墾跡地に集合するように伝えてください」
今から何が始まろうとしているのか、リオにはまったく理解できなかったが、『聖女様の言うことは絶対!』と、疑問に思わず家を飛び出した。
リオから「聖女様からの伝言だ」と言われた村人たちは、次々と隣近所へ声を掛け合った。箱や袋にたくさん子株を入れて、村人全員が開墾跡地に集まるのに、それほど時間はかからなかった。
「それをみんなで、間隔をあけて土に植えてください」
ニナの号令で、村人たちは子株をあちこちに植え、終わると不思議そうな顔をして戻ってきた。
「では、祈ります! 大地が潤いますように、アロエがすくすく育ちますようにー!」
ニナが声高らかに祈りを捧げると、地面からドカーンと光の柱が村中にいくつも突き出てきた。天まで届きそうなその柱は輝きにあふれ、アロエを植えた畑だけでなく、村全体の畑を栄養価の高い極上の土に変化させた。そして、アロエは一瞬で見事に成長し、人の背をはるかに超える高さにまで成長した。
村人は全員、奇跡を目の当たりにして呆然と立ち尽くしていた。




