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5 猫好きの騎士と魔女

 スイレンは少々困惑していた。

 店に入るなり個室に通され、すぐさま運ばれてくる大量の料理。

 テーブルの上に並べられた料理を行儀よく口にするルリと、勢いよく食べ散らかす子猫。

 テーブルを挟んで向かい側には終始目を輝かせながらその様子を眺めている騎士、エルクス。

「こんなに近くで猫の姿を見られるなんて…!感激です…!」

 猫達の食事姿を見守りながらふにゃふにゃとした満面の笑みを浮かべるエルクスに、スイレンはある気配を察知していた。

(この男から同類の気配を感じるわ…)


 そう、無類の猫好きの気配を!


 先程、商店街で騎士達に厳しい態度を取っていた人間と同一人物とは思えないこの変わりよう。

 これは自宅で猫達にデレデレしているIQ低下状態のスイレンの姿と完全に一致している。

「無理に食事にお誘いしてしまい申し訳ないと思っているのですが、実は私スイレンさんの姿を一目見た時から肩の子猫さんが気になっていまして…!魔術に興味があるというのももちろん本心なのですが、近くで猫さんを見たいという気持ちもあり、意を決して話しかけてしまったのですがまさか宝石から猫が出てくるとは思っておらず、その上喋ることができるなんて嬉しすぎてもう――」

 猫の可愛い姿を見たときにテンション爆上がり過ぎて早口になる気持ちもよくわかる…というよりまるっきり自分の姿を見ているようで、現実から目を逸らしたくなったスイレンは、組んだ手の上に顎を乗せ、スッと目を閉じる。


(困ったわ…この男。あまり人間に関わりたくないというのに……)

 男に興味がないどころかどちらかと言わなくても嫌い寄りのスイレンは、絶対に関わりを持ちたくないと思っているのだが、猫好きの同志と知っては邪険に扱うこともできない。


 スイレンはとてもとても困っていた。


「あの…困らせてしまってすみません…」

 スイレンが目を合わせてくれないので、エルクスは助けを求めるようにルリを見る。

「大丈夫だ若者よ。魚料理を注文するんだ。それでスイレンは落ちる」

 こそりとルリが言った言葉に首を傾げながらも、エルクスは素直にそれに従い、店で一番良い魚料理を注文した。


 そして部屋に魚料理が運ばれて来るや否や、

 ピカアァァァァとスイレンの左耳のピアスが赤い光を放ち、ガーネットの中から白黒ハチワレの猫が素早く飛び出した。

 飛び出した猫は店員が料理をテーブルに置くのを待たずに皿の上の魚を掠め取って部屋の隅に着地し、ガツガツモゴモゴと急いで魚を頬張り始める。

 新たな猫の登場に動揺しつつ、ルリの言葉の意味も分からず、エルクスは困惑していたが、ふと向かいに座るスイレンの様子がおかしいことに気づく。

 ここまで無言を貫いていたスイレンの肩がわなわなと震え――


「お魚くわえたザクロキャンワイイイイイィィィィ!!!!」


 我慢の限界に達したスイレンはロケットのように綺麗なヘッドスライディングでザクロのいる部屋の隅に滑り込み、魚に夢中のハチワレ猫ザクロの体に頬ずりをしてしまう。

 ザクロは迷惑そうにしながらもいつものことなので気にせず魚を堪能し、家の外で醜態をさらしてしまった事に気が付いたスイレンは床にうつ伏せになったまま硬直していた。


(やってしまったわ………)






「わかったわ…もう私が折れるわよ……」

 素の姿も見られてしまったし、もうどうしようもないと、スイレンは深いため息を吐きながら席に戻った。

「ウマい魚だった。スイレンこいついいやつだ」

「ザクロがそう言うんじゃ、もうしょうがないわね…」


(あの…どういうことでしょうか?)

 状況が呑み込めないエルクスはこそりとルリに耳打ちする。

(ザクロはスイレン以上に人間を見る目が厳しい。ザクロに認められたならスイレンも若者と会話をしてくれるということさ)

 ザクロを呼び出すために魚を頼めと言ったわけか、とルリの言動に納得しつつ、エルクスは感謝の念を込めて両手を組んだ。


「それで?私に何を聞きたいの?騎士隊長さん」

「呼び捨てで構いません」

「はいはい、じゃあエルクス。女の使う魔術に興味を持つなんて、あなた変わってるわね」

 この国の男は女の使う魔術は弱すぎて戦いに使えるものだと思っていない、ということをスイレンは一年間この国で暮らしていくうちに理解した。


 女は戦えない、とこの国では決めつけられており、その証拠に女は騎士に志願する権利すらない。

 騎士は魔術を使える中でも特に優秀な男達だけで構成されており、それ故エリート意識が強く、魔力の弱いものを軽視する傾向にある。

 騎士になるには男性が得意とする魔術である身体強化等の魔術の習得が必須とされていて、女はその教育を受けることすらできない。


 そう、この国での女は家や店を守るためだけの存在とされているのだ。


「あなたは私の魔術を見たことがないといったけど…私の魔術はごく一般的な、女性なら誰でも使える魔術よ」

「え…、それは一体…?」

「あなた自分の母親がやっているのを見たことがないかしら。刺繡と裁縫よ」

 そう言われてエルクスは思い出した。

 子供の頃、母がくれたハンカチには怪我をしないようにと、刺繍でささやかではあるが加護が付けられていたことを。


「しかし…貴方の魔術は普通とは違いました。魔力の糸には水の属性が付与されていましたし…」

 スイレンがケンカを売った騎士は全く見えていなかったものがエルクスには事細かに見えていたらしい。

 騎士隊長というのも伊達ではない、ということか。とスイレンは少し感心した。


「私の魔術は基本的には繊維を操る事と、魔力を糸状にすることができるだけよ。普通の女と何も変わらないわ」

「では水の魔術は…」

「私だ」

 ルリはコップの中から水だけを浮かび上がらせ、空中でぐねぐね動かしたり霧状に霧散させたり戻したりと、魔力で水を動かして見せる。


「凄いですね!ルリさんはケットシーなのですか!?」

 森の中には魔術を使える猫ケットシーが住んでいると言われているが、エルクスは実物を見たことは無かった。

 ケットシーは警戒心が強く、なかなか人前に姿を現すことが無いからだ。

「いいや、私はこの地域の猫ではないのでね。遠い土地の生まれで…アダンダラと呼ばれる猫だ」

「ではザクロさんも?」

「おれはネコマタだ。スイレンの使い魔はネコマタばっかりだ」

 馴染みのない猫の名前が飛び交い、エルクスは少し混乱した。


「私の故郷では魔術の使える猫はネコマタと言うわ。ケットシーは親猫から魔術を教わるらしいけれど、ネコマタは長く生きたり、自分の身に危険が迫った時に突然魔力に目覚めることが多い種よ」

 諦めて食事を楽しむことにしたスイレンは、料理を切り分けながら答えた。

「なるほど…勉強になります」

 エルクスは猫好きとして、猫に関する文献は多く読んできたつもりだったが、国内では知りえない新しい猫の情報を知ることができ、満足そうに微笑む。


 この微笑は非常に希少価値が高く、運悪く目の当たりにしてしまった女性達を膝から崩れさせ顔面を崩壊させるという破壊力を持つことで有名なのだが、スイレンはそれを知る由もなければ意にも介さずノーダメージでスルーし、猫達はこいつモテそうな雰囲気出してるなあ、と料理をつつきながら考えていた。


「スイレンさんはその…たくさんの宝飾品を身に着けていらっしゃいますがもしかして……」

 スイレンの身に着ける宝石から猫が出てくるのを二度も目の当たりにしたエルクスは、もしや他の宝石にも使い魔がいるのでは…と期待を膨らませソワソワしている。


「九個全部に使い魔がいるぞ」

「九匹も!」


「全員猫だぞ」

「パラダイスですね!?」


 ザクロから期待以上の返答が返ってきて、エルクスは幸福感のあまりテーブルに両腕を付き、体を支えた。

「お前おもしろいな」

 好きなだけ料理を堪能したザクロはお礼とばかりにエルクスの膝の上に乗り、ざりざりと食後の毛づくろいを始める。

「ザクロさん!?!?」

 エルクスは突然のご褒美に顔を真っ赤にしてカチカチに固まってしまった。


「あの…私…何故か生き物に嫌われることが多くて、これまで猫に触れたことがなく……」

 猫好きでありながら今まで一度も猫を撫でたことのないエルクスは感動のあまりぶるぶると震えている。


 エルクスは魔術師としても剣士としても秀でるあまり、溢れ出る強者オーラのせいで生き物に近づいただけで蜘蛛の子を散らすように逃げられてしまうという悲しい男だった。


「ご迷惑でなければ少々お背中を触らせていただいてもよろしいでしょうか……!」

 爆発しそうな興奮を抑えつつ、絞り出すような声でエルクスは懇願する。

「いいぞ」

 どうぞ、とばかりにザクロはエルクスの膝の上で香箱を作って座る。

「で、では!失礼いたします」

 ごくりとつばを飲み込み、緊張の面持ちでエルクスはザクロの背中にそーっと手を置いた。

 

 ふわり。


 ふわりふわり。


「……………………」


(ふわふわで、しっとりでつやつや……)


 念願叶ってついに猫を撫でることができたエルクスは完全に言葉を失っていた。

 ルリはこいつも猫を触るとIQが下がるタイプか…と呆れ顔になっていたが、スイレンはというと口にも表情にも出さず、心の中で大きく頷いていた。


 その気持ちわかるわ~~。と!

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