4 騎士達と魔女
ガシャーン、と商店街に着くなり何かが割れる音が耳に飛び込んできた。
最近はよくトラブルに遭遇するものだと思いながらスイレンは音のした方向に目をやると、陶器屋の店の前で三人の騎士が店の女性を取り囲むようにして立ち、大きな声を出していた。
女性の足元には割れた陶器の欠片が散乱している。
「魔力もない女ごときが、俺たちの邪魔をするつもりか!」
「そちらからぶつかってきたんじゃないですか!商品、弁償してください」
「はぁ?こっちは仕事中なんだよ、そんなことしてる暇なんてない、ない」
必死に対抗する女性に、騎士は肩をすくめて嘲るように笑う。
会話と状況から察するに、店先で仕事をしていた女性に騎士がぶつかり、商品を破損させてしまったのだろうが、騎士は謝罪するどころか女性を馬鹿にしているようだ。
(偉そうな人間はどこの国にもいるものだけど、この国の騎士は目に余るものがあるのよね)
この国に来てから似たような光景を頻繁に目にしたスイレンはげんなりとした顔をする。
普段なら人間同士のトラブルに関わるようなことはしないのだが、今日のスイレンは少々虫の居所が悪かった。
(猫を轢いてみたり強盗してみたり弱いものを嘲ったり…)
果ては生物で金儲けをしようなどと。
(本当に鬱陶しいわ)
「ったく…女と違ってこっちは忙しいんだよ」
捨て台詞を履いて去って行こうとする騎士の前に、スイレンは仁王立ちで立ちふさがる。
よそ見をしていた騎士はドンッと正面からスイレンにぶつかり、反動で尻もちをついて転んでしまった。
「いって……なんだお前!」
「あらまあ、魔力のたーくさんある強い強い騎士様が、女ごときにぶつかられた程度で転んでしまうなんて思いもしませんでしたわ」
先ほど女性を嘲笑していた騎士を見下ろすと、騎士は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「騎士を侮辱してただで済むと思うなよ!」
「この程度で侮辱だなんて、あなたはずいぶん立派な騎士なのね」
美しい笑みを浮かべながら、スイレンは相手の力量すら見抜けないのかこの屑男が、と内心で悪態をついていた。
煽られて怒り狂った騎士は腰に差した剣を抜き、抜かれた剣身は炎を纏った。
店先にいる女性が小さな悲鳴を上げたのが聞こえる。
この国の騎士は剣術と魔術を組み合わせた戦いを得意としていることはスイレンも知っている。
確かに攻撃に利用できるだけの炎を出せるなら魔術師としては有能な部類であるだろう。
(私が女だから自分より弱いと思って見下しているのでしょうけど…こんな露骨に自分の得意魔術は炎です!ってアピールしてどうするつもりなのかしら……)
派手な魔術を見せて脅しているつもりなのだろうか。
手の内を明かしてしまっている上に、攻撃する前から炎を燃やすことで無駄に魔力を消費してしまっていて、脅しにしてもコスパが悪すぎる、とスイレンは目の前の騎士に対してダメ出しばかり考えていた。
「女のくせに騎士に盾突きやがって!後悔しても遅いからな」
(口を開けば女のくせに、女ごときと…。本当に眩暈がするほど鬱陶しいわ)
考え事をしているスイレンに、怒り狂った騎士が炎を纏った剣を振り下ろした。
騎士は勝ち誇った笑みを浮かべていたが、振り下ろした剣は見えない強靭な糸に阻まれ、キイィィィィンと糸と擦れる音だけ鳴らして空中で止まってしまう。
スイレンの魔力の糸が見えない騎士には何が起こっているのか全く分かっていない。
「親切に手の内を晒してくれるものだから、他にも何かあるのかと期待していたのだけど……。見た目通りの大雑把な魔術でガッカリだわ」
騎士がどれだけ力を込めても剣はスイレンの目前で止まったまま少しも前に進まない。
羞恥の次は力みすぎて顔を真っ赤にしている騎士に飽き飽きした様子で、スイレンはすいすいと円を描くように人差し指を動かし、水属性を付与した糸を剣に絡ませ炎を消してしまう。
「こんなに暖かい陽気に炎だなんて、猫よりも寒がりなのかしら。ねえ?」
肩の上の子猫を撫でながらこの騎士をどう料理してやろうかとストレス発散の方法を考えていると、スイレンと対峙している騎士達の後ろから別の騎士達が現れた。
「お前達、そこで何をしている」
整った容姿の若い騎士が、じろりと鋭い視線を向ると先ほどまで強気に振舞っていた騎士達が途端に狼狽し始める。
「街中での抜剣は非常時以外は原則禁止のはずだが、許可は取っているのか」
「クレオール隊長…!こ、これはその…この女が俺達を侮辱するような事を言ってきたので…」
「騎士の本分は民衆を守ることのはずだが、貴様らは何か勘違いをしているようだな」
隊長と呼ばれた男は剣を抜いている騎士の腕を恐ろしい握力で握り、迅速に剣を収めろと端正な顔を凄ませて圧をかける。
騎士がすごすごと剣を引いたので、スイレンも糸を解いてやる。
「貴様らは特別に私が直々に鍛え直してやろう。貴様らの上官にも伝えておくから心配はいらない」
爽やかな笑顔で肩に手を置かれ、騎士たちの顔が青ざめる。
(クレオール隊って言ったらあの…)
(地獄の特訓で有名な…)
ぼそぼそと隊長に聞こえない声で会話をする騎士達は、クレオール隊の騎士達に囲まれて逃げる場所もない。
「連れていけ」
隊長の命で迅速に動き出したクレオール隊の騎士達は、三人の騎士を罪人のごとく引きずって城の方へと連行していく。
強制連行されていく騎士達の悲痛な叫びが遠ざかり、スイレンの耳に届かなくなるまでそう時間はかからなかった。
「うちの騎士達が迷惑をかけたようで大変申し訳ございません」
「謝罪ならそちらのご婦人にどうぞ」
絡まれたことを口実にストレス発散を目論んでいたのに邪魔をされてしまい、スイレンはつまらなそうに答えた。
愛想の欠片もない返答をしたにもかかわらず、若い騎士は素直に頷き店の方に走っていった。
(この国の騎士は傲慢な人間が多いと思っていたけど…例外もいるみたいね)
店の女性に深々と頭を下げる騎士を見て、スイレンは店を離れる。
どうやらあの騎士は先ほどの騎士達よりも立場が上のようなので、話も丸く収めることができるだろう。
(人間同士のトラブルなんて首を突っ込むものじゃないわね)
人間になんて進んで関わるものではなかったとスイレンは足早にその場を離れようとするが…
ダダダダダダダダ!と物凄いスピードで背後から走ってくる先ほどの騎士の男。
周囲の女性達がその騎士を熱い視線で注視していることから、その男が一般の女性達にとって好ましい容姿であることは理解できた。
しかし!
スイレンは人間の男の面の皮の造形などには何一つ興味がない。
美女は良い。
綺麗な女性は派手な服でも着こなしてくれるだけの力がある。
女性服の製作を生業としているスイレンは女性を着飾ることが好きだし、例え容姿に自身がない女性でもその人に似合うデザインの服を考え、美を向上させる事にも喜びを感じる。
しかし、いかに美形であろうとも男には興味がない。
絶望的なまでに、男には興味がない。
それは魔力に不自由のない男達にはスイレンの服は必要ないので、そもそも関わる必要がないというのも理由ではあるが、過去の経験から男自体に良い感情を抱いていないというのが一番大きな要因であろう。
スイレンが好んで会話をする男性は父、弟、祖父のたった三人だけなのである。
従って、どれだけ美形であろうとも男に追いかけられるのはスイレンにとって喜ばしいことではなかった。
「すみません!あの、貴方の魔術の事を教えてくれませんか!」
全力疾走でスイレンの横に並んだ騎士がスイレンに声を掛けてくる。
先ほどの下卑た笑みを浮かべた騎士達とは対照的に、キラキラとした尊敬のまなざしを向けてくる若い騎士。
「私はこの国の騎士隊長を務めているエルクス・クレオールと申しますが、貴方のような繊細な魔術はこの国では見たことが無くて…」
エルクスと名乗った騎士は、スイレンの魔術に興味津々といった様子で話し続けるが、対するスイレンは無言のまま歩き続ける。
エルクスはスイレンが嫌がっている気配を察し、魔術について聞きたい気持ちと諦めた方がよいのかという葛藤でしゅーんと意気消沈し始めていた。
その時――
「私が答えてやろうか若者」
スイレンの右耳のラピスラズリのピアスが青い光を放ち、宝石の中からスラリとした肢体の猫が姿を現す。
「ル、ルリ姉!?」
体の多くを白い毛で覆われているが、耳と尻尾、脚先と顔の中央だけが濃い色に染まった特徴的な被毛の猫は宝石から抜け出るとエルクスの頭の上に降り立った。
「えっ…ね、猫が喋っている…?」
「ふむ…言葉を発しただけで驚かれるとは…この国は本当に魔術を使える猫が少ないようだ」
ふぅーむ…と少し考えながらルリはとりあえず人前だしな、と思い前脚で顔を洗う。エルクスの頭の上で。
「ちょっとルリ姉、急に出てくるなんてどうしたの?」
「たまにはスイレン以外の人間の顔を拝むのも悪くはなかろう。それに先程魔術を使ったから腹も減ったしな」
スイレンとルリの会話を聞きながら、騎士はぶるぶると体を震わせ、
「あの!それでしたら是非、私に食事をごちそうさせてください!!!」
何故か大興奮しているエルクスの特大ボイスがスイレンの耳を突き抜けた。