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3 街の猫と魔女

 スイレンは入念な身支度をしていた。

 普段は少しラフな服装で街を散策するのだが、昨日子猫を保護したこともあり、今日は何が起きても良いように万全の態勢で外出すると固く決意していた。


 膝上までスリットの入った黒のマーメイドワンピースは細部のレースに至るまで、全てにスイレンの魔力を織り込んだもので、よく見るとレースの柄に猫があしらわれている。

 靴は黒のサイハイブーツで殺傷力の高そうなピンヒールをチョイス。軽量とバランスの魔術が付与されており、長時間悪路を歩いても重い物を持っても疲れることは無い。

 世の中のすべての女性の悩みである、『ピンヒールは可愛いが、歩いている時必ず足首をグキリとやってしまう問題』を解決した夢のような靴なのだ。

 全ての女性の悩みを解消するためスイレンは自身が使用・販売する全ての靴に魔術を付与している。これを履くことにより、いつどんな靴を履いていても心置きなく猫と追いかけっこができるのだ……!!!

 スイレンはブーツを履きながら、我ながら天才的発明!と心の中で自画自賛した。


 化粧台の宝石箱に収められた装飾品を一つずつ取り出し、身に着ける。

 長く癖のない黒髪を結いあげてサンゴのかんざしを挿す。

 翡翠の指輪を右手の人差し指に。

 ガーネットのピアスを左耳に、ラピスラズリのピアスを右耳に。

 琥珀の猫型ブローチを左胸に、首元に猫型にカットされたダイヤモンドのネックレスを付ける。

 左手首にムーンストーンのシルバーブレスレットとサンストーンのゴールドブレスレットを。

 そして右足首に瑪瑙のゴールドチェーンアンクレットを付けた。

 

 価値の高い装飾品を多数身に着けたが、スイレンが成金趣味なわけでも特別裕福なわけでもない。

 スイレンの実家、ツキオリ家は職人の家系だ。スイレンの身に着ける装飾品は全て実家で作られたもので、宝石の加工は祖母が、金属の加工は弟が行っている。

 祖母は魔術師としても優秀で、スイレンの所持している宝石は全て祖母が特別に魔術を付与したものとなっている。そして金属部分には猫好きの姉の為、弟が至る所に猫の装飾を施している。


「よーし!準備完了!」


 化粧台の前から立ち上がり後ろを振り返ると、待ちくたびれて思い思いの場所ですやすや寝ている猫たちの姿がある。

「遅いわよお、スイレン」

 スイレンのベッドで香箱座りをしていたヒスイが立ち上がって大きく欠伸をしながら伸びをした。

「僕はお昼寝好きだから全然いいけどねえ~」

 コハクは窓際で日の光を浴びながら、お腹を出してゴロンゴロンと寝返りを打っている。

「すぴーすぴー」

 ゲッチョーさんは寝息を立てながらふわふわと宙を遊泳していた。浮かびながら寝るとはなかなか器用な猫である。


「さあ、みんな行くよ~!入って~!」

「「了解~~」」


 スイレンが両手を広げると、九匹の猫が返事をしてスイレンの身に着けた宝石の中に入っていった。

 祖母の宝石は猫を連れ歩くための快適な部屋なのだ。一匹につき一つの宝石が割り当てられており、猫たちは自分の名の宝石に入る。

 爆睡しているゲッチョーさんは寝言で返事はしたものの動く気配がなかったので、ニッチョーさんがブレスレットに押し込んでいた。


 残ったのはスイレンの枕の上にでんと寝転がっているボスと、ベッドの真ん中にちょこんと座っている灰色の子猫。

「あなたも一緒に行きましょうね。もしかしたら親が探しているかもしれないし…」

 スイレンの言葉が分かっているのかいないのか、子猫はピャーンと鳴いた。

 ボスの頭をひと撫でし、スイレンは子猫を抱きかかえる。


「ボス、店番よろしくね」

 承諾の意を込めて、ボスはゆっくり眼を閉じた。






 

 スイレンの住むエルト王国は豊かな自然に囲まれている小国で、保有兵数などの武力は少ないものの他国の侵略を受けることも少ない比較的平和な国だ。

 大きな森や川から受けられる恩恵が多く、天然資源の名産地である。

 スイレンが商店街へと続く道を歩いていると、子猫はスイレンの腕の中から抜け出し、体をよじ登って肩の上に乗った。

 どうやら街の様子に興味があるようだ。


「なんだか興味津々みたいだけれど…やっぱりこの子はこの街の猫ではないのかしらね」

 子猫はそわそわと落ち着きのない様子で街を観察し、スイレンの肩の上をくるくると歩き回っている。


 スイレンの現在地は昨夜子猫を保護した場所から道路三つ分ほど離れたそう遠くない位置ではあるのだが、この様子から察するにこの土地は見慣れた場所ではないのだろう。

 街をしばらく歩いていると、道の端で会話をしている女性の声が耳に届いた。

「最近はなんだか物騒だねえ…。強盗もここのところしょっちゅう現れてるし、さっきも隣の通りに衛兵が走って行ったしねえ…」

「昨夜も近くの通りで事故があったみたいだよ。馬車に乗ってた侯爵が足を折ったんだって」

「最近王子サマが進めている政策もあんまりいいもんじゃないって噂だし…なんだか心配だねぇ…」

 女性達の横を通り過ぎながら、スイレンは肩の上にいる子猫の横顔を撫でる。


「足の骨一つで済むなんて…運のいい人ね……」

 冷たい笑みを顔に貼り付けて、スイレンはぼそりと呟いた。

『ちょっとスイレン!あんたまーたなんかしたんでしょ』

 右手の指輪から少し興奮気味のヒスイの声が飛んでくる。宝石の中にいる間は基本的に、猫達の声はスイレンにしか聞こえない。


「この子をひき逃げした男にちょっと罰を与えただけよ」

『だからってあんまり人間に危害を加えるのは良くないわよ?』

「仕方ないじゃない。あの男、馬車の御者はちゃんと気づいて避けようとしたのに、邪魔だからってわざと撥ねさせたのよ」

 子猫を保護した時、スイレンは魔力の糸を飛ばして馬車の中の音声を聞いていた。

 馬車はおよそ街の中で出すには相応しくないスピードで駆け抜けていったため、その理由を知るために糸で音を拾ったわけだが、聞こえてきたのはスイレンにとって最悪の内容だった。

「耳が腐りそうな内容を聞いちゃったから、うっかり手が滑って飛ばした糸が車輪に絡まっちゃったのよね~」

『それは仕方ないわね!』

 うっかりではなく故意であることは誰が聞いても明らかであった。

 怪我をした男が外道だと知って掌を返したヒスイは、グッジョブ!と宝石の中でグッと拳を握った。


「御者は怪我をしないように街灯に吊っておいたわ」

『よくやったわ!…でも珍しいわね、スイレン。命令だったとはいえ実行犯の人間を助けるなんて』

 普段のスイレンなら、猫を傷つけるものみなごろしと言わんばかりの勢いでぼこぼこにしそうなものなのに、とヒスイは疑問に思った。

「御者の人はものすごく後悔していたし、それに音声を聞いた感じだと子供みたいだったからさすがにね…」


 地位の高い人間であろうと猫に手を出した相手には容赦のないスイレンではあるが、誰彼構わず見境なく攻撃するわけではない。

 猫種に比べると別段人間を愛しているわけではないスイレンだが、子供相手に容赦なく攻撃するほど冷酷でもない。

「まあ…誰かが助けに来るまでの間、街灯にぶら下がったままだったとは思うから、少し夜風で体が冷えたかもしれないけどね」

『頭を冷やすにはちょうどよかったかもしれないわね~』


 ヒスイと会話をしながら隣の通りに抜けると、数人の衛兵が一軒の家の前に集まっていた。

 先ほど道端で会話をしていた女性達はこのことを言っていたのだろうかと、スイレンは興味本位で騒ぎの元へと歩を進めた。

 家の前には一人の幼い少女と、家の敷地前にはロープでぐるぐるに縛られた三人の男がおり、その男達を取り囲むように衛兵達が立っている。

 周囲にはスイレンを含めた野次馬達。

 そして一匹の猫が塀の上に伏せた姿勢でその様子を見ていた。


「この男達は近頃街を騒がせていた強盗なんだが…、どうしてこいつらがここにいるのか君…心当たりは無いのかい?」

「ううん…、わたし朝から森に果物を採りに行っていたから何も知らないの……」

 衛兵の問いに戸惑いながら、少女は首を横に振っている。

「近くの家に住んでいる者たちにも聞き込みをしてきましたが、朝にはここに強盗の姿はなく、昼頃いつの間にかこの状態で現れたと……」

「いったい誰がこの者たちを捕まえたのだろうか……」

 衛兵達も家の所持者である少女も、何が起きたのが全く分からずお互いに困惑していた。


「では君…なにか思い当たることがあったら詰所の方に連絡をして欲しい」

「はい…わかりました」

 大柄な衛兵たちに囲まれて緊張気味の少女が小さな声で答えると、衛兵たちは強盗を詰所へ連行して行った。


 野次馬もいなくなり、少女と猫とスイレンが残る。

「あ…!今日採ってきた果物、売りに行かなきゃ!」

 傍に置いてあった果物の入った籠を背負い、少女は猫に視線を向ける。

「猫さん、わたし商店街に行ってくるからね!猫さんの好きなお魚買ってくるから、待っててね!」

「なぁーん」

 少女は猫に手を振って、商店街の方に駆けていった。


 少女の姿が見えなくなると、猫は前足の上に頭を乗せて、日を浴びながらまどろみ始めた。


「あなたよね、あの強盗を捕まえたのは」

 スイレンが塀に近づいて声をかけると、猫はゆっくり瞼を上げた。体の大きさはコンゴウさんより少し小さいくらいだが、同じ長毛種でとてももふもふしている。コンゴウさんは混じりけのない真っ白な毛をしているが、この猫は頭や背中に茶色やこげ茶の毛が混ざっている。


「おや、このご時世に魔女とは珍しいね…」

「街猫で魔術が使える猫も珍しいわ。元は外から来たのかしら…?」

「私は旅猫でね…。森で大きな怪我をしてしまったところをあの娘に助けられてね」

「幼いのになんて有能なのかしら」

 とんでもなくいい子だわ!と感激したスイレンは一瞬で彼女のことが好きになった。


「両親もおらず、毎日森で採れたものを売って得た僅かな金で生活しているんだ。そんな身の上で行き倒れた猫を保護するなど…呆れるほどのお人よしだよ」

 傷は癒えたものの、一人で暮らす少女を放っておけず、この家で一緒に暮らして見守ることにしたのだと、猫は言う。


「なるほど…、それでこの家に侵入しようとした強盗を捕まえたわけね」

「そうだ…。あの娘は私が言葉を理解することも、魔術を使えることも知らないのでね。あの子が驚かないよう強盗には扉に手をかけた瞬間に眠ってもらったよ」

 確かにそれなら少女が何も知らないのにも納得できる。


「今の時代は大丈夫だとは思うが、昔は些細なことで魔女狩りの対象になったものだからね……、念のため娘が家から離れるまでは捕縛した強盗に認識を阻害する魔法をかけて外に転がしておいたよ」

 過保護に思えるかもしれないが、過去には魔女狩りが横行した時代があった。当時であれば複数の男を小さな少女が倒したなどと誤解されたなら、魔女と判断されて処刑されてもおかしくはない。

 現在は異端狩りをするような国はほとんど無いが、おそらく長生きして色々なものを見てきたであろうこの猫は、少女に火の粉が飛ばないよう、密かに強盗を処理したのだろう。


 スイレンが会話している間、暇を持て余した子猫は塀の上から下がっている猫のふさふさの尻尾にちょいちょいと手を出して遊んでいたのだが、ついに我慢ができなかったらしくスイレンの肩から塀の上に飛び乗ると、ふさふさの尻尾をあぐあぐとかじり出した。

「あっ!こら、初対面の猫にそういうことをするのは良くないわ」

「よいのだ、子猫のすることだからね。……この子は昨夜命を落としかけた子だね」

 猫は自分の尻尾にじゃれついている猫をじっと見つめ申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「昨夜の現場はここから近かったからね……。私にもこの子の声は聞こえていたのだが、助けに行けなくてね…。声が聞こえなくなったから心配していたのだが、魔女殿が助けてくれたようで安心したよ…ありがとう」

「礼には及ばないわ…。猫を救うのは私の使命ですので」

 猫を虐げたものに罰を下すのもね、と心の中で拳を握り締めながら、スイレンは狂気を感じるほどのいい笑顔で答えた。


 恐ろしい笑顔のスイレンを尻目に、しばらくの間子猫をまじまじと観察していた猫がおもむろに口を開いた。

「……ふむ、どうやらこの子猫は森の猫だね」

「森というと、この国に隣接しているあの森かしら?」

「そうだ。この猫は森の中で暮らしていた猫達と魔力の質が似ている。森の猫はいわゆる、ケットシーと呼ばれる猫種だ」


「ケットシー!あなたケットシーだったの?…本物を見るのは初めてだわ」

 スイレンが子猫に顔を近づけると、子猫は嬉しそうに尻尾を立ててビャーン!と鳴いた。

「街猫でないなら魔術が使えそうだけど…、この子にはその気配を感じないわね…」

 本来すべての生物は魔術を使用することができるが、人間の生活圏に住んでいるものや、人間に家畜化されてしまったものは魔術を使うことができない。

 ケットシーだというのなら、子猫でも魔術が使えるはずだ。


「ケットシーは親が子に魔術を教えるからな。この子は恐らく、言葉や魔術を教わる前に親から引き離されてしまったのだろう……」

 猫の言葉にスイレンの表情が硬くなる。

「なるほどね……。生き物を商売に使っている輩がいるという話だったけど…、早めに見つけ出した方がよさそうね」


「貴重な情報をどうもありがとう。早急に取り掛からなければならないことがあるから、私はそろそろ失礼するわね」

 スイレンは掌の上に魔力繊維を集めて作った名刺を猫に差し出した。

「名乗るのが遅れたけれど、私はスイレン・ツキオリ。もしもあなたや、あの子が困ることがあったならうちに来るといいわ」

「これはこれはご丁寧に。私はジン。今後ともよろしくスイレン」

 ジンは器用に指で名刺を挟んで受け取った。


「ではまたね、ジン」

 ジンの尻尾から子猫を引き離して肩に乗せ、スイレンは商店街へと向かった。

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