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2 魔女の仕事と銀髪の美女

 その女性は一般市民というにはあまりに整えられていた。

 陶器のようになめらかでハリのある肌に、派手すぎない素材を生かした隙のない化粧。

 装飾も何もない一見地味なデザインの服を着ているが、使われている素材はおよそ庶民では手の届かない質のもの。

 持って生まれた髪質というのもあるだろうが、明らかに毎日手入れされているであろう毛先まで管理の行き届いたゆるいウェーブのかかった長い銀髪は入口から差し込む光に反射して眩しいほどだ。


「いらっしゃいませ、どうぞおかけになってください」

 カウンターの前にある椅子に座るよう促すと、洗練された所作で女性は椅子に腰を下ろした。

「本日はどういったご用件でしょうか」

 詳細は分からないが、身分を隠さねばならない理由のある貴人なのだろうということは見て取れた。

 しかしこの店には訳ありの女性がよく来店する関係上、客側が自ら明かさない限りスイレンから身分などを尋ねることは無い…というのが建前上の理由でスイレンが身の上を知りたくなるほど人間に深い興味を持つことがないというのが大きな要因ではある。


「あなたの店では特別な服を仕立てていると聞いて来ました」

 美人というのは声まで美しいらしい。猫の次の次の次くらいに美人が好きなスイレンは平静を装いつつ目の前の美女を堪能していた。


「ええ、当店で扱うものには全て魔力が込められておりますので、女性の方々には大変重宝いただいております」

 スイレンは女性としてはとても珍しく一般男性と同等の魔力を所持しているが、大抵の女性は男性よりも魔力量が少なく、ちょっとした道具を使うだけの魔力すらも持っていない女性もいる。

 スイレンの作った服にはスイレンの魔力が編みこまれており、魔術の素質さえあれば服に込められた魔力を使って女性でも不自由なく魔術を扱うことができるようになるのだ。


 彼女も魔力の強化が目的で来店したのだろうか、と少し思案していると、美女は意を決した様子でこう言った。

「私……、男性に負けないくらい強くなりたいのです!!!!」

 それはそれはスイレンの度肝を抜くには十分な、とてもとても大きな声だった。





 銀髪の美女は名をステラと名乗った。

 彼女は魔術の素質はあり、意欲的に学習し数多くの魔術を使えるようになったが、魔力量には恵まれなかった。

 習得したものの魔力量が少ないが故に強度の低い魔術になってしまったり、すぐに魔力が底をついてしまうので一度に使用できる魔術にも限度がある。

 話を聞いた分には、生きるには問題ないくらいの魔力量であったが、彼女の宣言した目的が男より強くなりたい、なのであれば確かに現状では難しい。


 統計的には、女は男の十分の一ほどの魔力量しかないことが多い。女性魔術師として優秀なスイレンであっても純粋な魔力量だけならば平均的な一般男性程度しか持ち合わせておらず、国を守る騎士に選ばれるような男達に比べると圧倒的に少ない量だ。

 加えて習得できる魔術の傾向においても、男性の方が戦闘向きの魔術を習得しやすく、女性は一般家庭で使用するような弱い魔法しか使用できない傾向にある。

 同じ系統の魔術を使用すると、男性であれば爆発を起こせるのに対し、女性はランプに火を灯す程度の威力になってしまうというのが現状であり、女性でありながら男性より強いというのは本当に稀なケースなのだ。


 スイレンの作った服を着れば確かに魔力の補助を受けることができるが、それはあくまで普通に生活する上での用途であり、戦闘用の魔術を使おうものなら服に付与された魔力など一瞬で使い果たしてしまうだろう。


 ステラの話を聞いて、しばしスイレンは考えていた。

 彼女の願いを叶える方法は確かにある。

 あるのだが、スイレンはステラの容姿をまじまじと眺め、その方法を口に出して良いものか悩んだ。

「スイレン、何やら訳ありのお嬢さんのようだ。話してやったらいいだろう」

 それまで置物のようにカウンターに座っているだけだったボスが口を開いた。


「まあ!猫が喋るなんて!この子はあなたの使い魔なのですか?」

「私はスイレンの保護者だ」

「触ってもよろしくて?」

「頭だけなら許そう」

 ボスの返答に満面の笑顔になったステラは可愛らしいわ~と言いながらボスの頭を撫でている。


「私も魔力が多ければ使い魔とお話しできるようになるのかしら…」

「喋るということに関してならば人間よりも我々側の問題であるから何とも言えぬが……まあこの話は長くなるので今はやめておこう。…スイレン」

 ボスに先を促され、スイレンは渋々と口を開いた。


「そうね、結論としてあなたの要望に応え得るものは作れるわ。……それにはあなたの髪を戴く必要があるのだけれど」


 スイレンは繊維を操る魔術を得意としている。

 繊維で構成されているものであればあらゆるものを分解、再構築することができ、その際自身の魔力を付与することができる。

 主たるものは植物繊維や動物繊維で構成されるものであり、その中には人間の毛髪も含まれる。

 生き物の毛髪には個体差はあるが魔力が含まれており、それを素材として織ることにより、通常より強い魔力の含まれた特殊な布を作ることができる。

 しかし動物の毛髪とは言うものの、人間…特に貴族の女性にとって美しい髪は高価なドレスと同等に価値のあるものだ。身に着けるものすべてがステータスとなる社交界で、ステラほどの美しい銀髪ならば失うのは大きな痛手となるだろう。

 それが分かっていたので、スイレンはその方法を口にするのを躊躇っていた。


「髪…、それはどのくらい?」

「あなた次第かしら……」

(最悪禿げる危険も……)


 スイレンは遠い過去に練習という名の実験台にした父の頭をつるんと綺麗なお月様にしたことを思い出していた……。

 スイレンの父は男性にしては珍しく魔力のとても少ない人間だった。それ故生活する上で不便なことも多く、それを助けたいという一心で本人の髪を使って衣類に魔力を付与する魔術を考案したのだが、残念なことに父の魔力は驚くほどに少なく…。

 背中程まであった父の毛髪全てを使用して、出来上がったのは布面積の少ない腰巻エプロン一つだった。

 娘の手により突然頭皮を禿げ散らかされてしまった当人である父は笑っていたが、母には今思い返しても恐ろしいほどの形相で怒られたというスイレンにとって苦い思い出だ……。


 ステラくらいの年代であればこれから婚約話が持ち上がったりする頃だろう。そんな年頃の令嬢が髪を失うのは本人としてもやりきれない思いがあるに違いないと――…

「いいでしょう!やります!」

「即決ね!?!?!?!?」

 年頃の令嬢の心情を思い、痛めかけたスイレンの胸は驚きで別の方向に痛んだ。


「髪なんてまた伸びますので!」

(立派な教育を受けたパーフェクトレディかと思ったら、とんでもないお転婆レディだったわ……)


「それに…私にはどうしてもやらなければいけないことがありますから」

 覚悟を決めたような清々しい笑顔を向けられたのだから、スイレンとしては断る理由などない。


「わかりました。必ず満足いただける品を提供するとお約束致しましょう」

「どのくらいで完成するでしょうか?無理を承知でお願いしたいのですが、一週間ほど仕上げることはできますか?」

 申し訳なさそうな表情になったステラを安心させるように、スイレンは強気な笑みを浮かべる。


「期日などありません。お望みのものは直ぐにあなたの元に」

 スイレンがステラに向かって手をかざすと、彼女の銀髪は光のように霧散し極小の繊維に分解される。

 同時にカウンター脇の棚が開き中から白と青の布が飛び出すと、宙に浮いたままばらばらに裁断されてステラの髪だったものと融合していく。

「さあ手を出して」

 言われるがままにステラが両手を差し出すと、その手の上に白を基調とした騎士服がふわりと収まった。


 目の前で起きた出来事にしばし言葉を失ったステラは、ひと時の間をおいて口を開いた。

「ドレスでは…ないのですね」

 出来上がったものが意外だったのか、ステラは目を丸くして腕の中にある服に視線を落とす。

「あら、そんなに驚く事でもないでしょう…あなたは剣術も嗜んでいるのだし」

「――どうしてそれを!?」

「どうしてかしらね?」

 驚きの連続で口が開いたままのステラを眺めて含みのある笑みを浮かべつつ、スイレンは美女はどんな表情でも美女だな、と頭の片隅で考えた。


「それはそうと、あなた魔力の量が少ないだけで才能はかなりあるみたいね」

 スイレンが指さしたのは残されたステラの髪。

 腰まであったステラの髪は短くなってしまったものの、肩ほどまで残っている。


「素材が優秀だったおかげで量が少なくて済んだわね。…その服は例え体形が変わっても誤差なくあなたに合うものであり、そしてあなたの髪から作った魔術の回路が編みこまれているわ」

 普段販売している商品はいわば使い捨てのもの。スイレンの込めた魔力が無くなってしまえばただの服になる。しかし今回の方法で作ったオーダーメイド服はそうではない。


「その服はあなたのもう一つの体。回路を通してあなたの魔力を服に溜めることができるものよ。ここまで説明すればどのように使えばいいか分かるわね?」


「私!やれる気がしてきました!」


 ステラは大きく頷くと、肩から下がっているバッグの中をまさぐりだす。そして…

「こちら!お代です!」

 カウンターの上にスイレンが青ざめるだけのお金を勢いよく差し出し、再び度肝を抜いて去っていったのであった…!

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