えんぴつは失くならない
「またか」
ちっと舌打ちしてペンケースを開けた。鉛筆をとる。
シャーペンをおとし、さがしても見付からない。だから鉛筆をつかうことにしたのだ。
大学入学と同時に、格安で借りられたこの部屋へ越してきてから、シャーペンは度々消えた。シャーペン派なのだが、越してきた初日に二本シャーペンを失くしてから、マークシート試験用に買った鉛筆もつかうようになった。今までここで十数本のシャーペンを失っている。
六角形だからか? 木だからか? なにかが気にくわないのか? 鉛筆は落としても何故か消えない。
家具を廊下へ出して、部屋中隅から隅までさがしたこともある。でもシャーペンは見付からない。
となるとこちらも対策をとるしかない。鉛筆をつかうか、シャーペンをつかう場合は落とさないように気を付けるかだ。シャーペンが失くなるだけだから、必要以上に気にしない。「心理的瑕疵あり」というのはこれのことだろう。
ただこうもシャーペン行方不明が続くと、出費が痛い。
「おい」単位のことでいらついていたのもあって、相当険しい声が出てしまった。「シャーペン代払え」
次の日、机の上にシャーペンの櫓ができていた。「持ち手のゴムが劣化しててつかいたくねえよ。っていうかこれ半分以上俺のじゃないだろ。誰がつかってたかわからねえもん握れるか」
文句を云って家を出、夜になって戻ると、壁に下手くそな字で「ごめん」と書いてあった。消しゴムで消せたからよかったが、「壁に落書きするな」と叱っておいた。結局シャーペン失くなってるし。
翌日、机に落書きされていた。字は震えていてまともに読めない。
「無理すんな」
あまりにも元気がない様子なので、ちょっと可哀相になってそう云った。「悪かったよ。鉛筆つかうから」
夜、また壁に落書きされていた。シャーペンの素晴らしさや美しさについて長々と書いてある。あいつもシャーペン好きだったのか。
「よさがわかるなら他人のをとるな」
そうつっこむと、三十秒程あって、一番最近落としたシャーペンが机の下から転がり出てきた。
溜め息を吐く。
「ほしいシャーペン買ってやるから、俺のを勝手にとるなよ」
机の下を覗きこむと、目玉と耳がみっつで灰色のやつが体を複雑に折りたたんでそこに詰まっていた。なんだ、ここに居たのか。気付かなかったな。
三千円のシャーペンを買うことにはなったが、泥棒避けになるので助かっている。家賃も安いし、まだしばらくはここに住むつもりだ。