駄々っ子お嬢様と溜息を吐く執事
とある国に、駄々を捏ねるお嬢様と、溜息を吐く執事がおりました。
「やだやだやだやだー!!」
「お嬢様……良い加減にして下さい」
「嫌ったら嫌! なんで、私があんな浮気症ナルクソ王子と婚約しなきゃいけないの!?」
「お嬢様。殿下のことをそのようにおっしゃってはいけません」
「カイトはこれからのストーリーを知らないから言えるのよ! そりゃあ十歳児だもん! 子供なんて割とみんな天使よ!! 金髪碧眼、肩書王子に騙されてたら痛い目見るんだから!」
「本当に何をおっしゃっているのですか……」
執事はお嬢様の台詞に頭を抱えてしまいます。
(最近、お嬢様はいつもこの調子です。これから先のストーリーがどうちゃらだとかヒロインが登場して捨てられるだとか、おかしなことばかり言っておられる。
……何故、こうなってしまった?
私の教育が間違っていたのでしょうか。
いや、明らかに教えていない単語も発してらっしゃいますし……やはり一年前に頭を打ってしまったのが原因?)
あれか?これか?いやあれか?と、あらゆる理由を考えて話を聞いていない執事に、お嬢様は痺れをきらしました。
「良い!? 王子と結婚するくらいなら、私はカイトと結婚するんだから!」
「……はい?」
執事は心の底から、何言ってたんだお嬢様、と思いました。
「良いこと? 絶対、カイトが惚れるような立派なレディになってやるんだからね! そしたら王子との婚約は無しよ!!」
ーーそんなお嬢様の余りにも頭の痛い発言に、執事は考えることを放棄して、笑顔を浮かべました。
「あはは。そうですね。その時は是非」
そんなことは無いと、高を括って。
* * *
「高を括っていたんですがね……」
「どうかしたの? カイト」
数年後、宣言通り聡明で立派なレディへと育ったお嬢様は、見事国王を説得するほどの実績を残し、王子との婚約を破棄するまでに至りました。
「いえ……立派になられましたね。お嬢様」
「ふふ、そうでしょう? 頑張ったもの。カイトの好みの女性になれるようにね」
「……はは」
そんなお嬢様の言葉に執事は目を逸らします。
実は好みとは関係なく、多国語を話せる女性の方が、だとか、ダンスが上手な女性の方が、だとか、乗馬を共に楽しめる方が、だとか、お嬢様が根を上げるだろうと思って無理難題をふっかけていただけだったのです。
もちろん、お嬢様は努力して数ヶ月後にはマスターし、その度に、「わたくしと結婚してくれる気になったかしら?」と、自信満々な笑顔を浮かべていたのですが。
「髪の毛を切ろうとした時は焦りました」
「それは、カイトが短髪の方がって言ったからよ?」
「本当に切ろうとするとは思わなかったですし、諦めてくれると思ったんですよ……」
「あら、わたくしのこと嫌いだったの?」
「いいえ。まさか。逆ですよ」
「逆?」
「危うく好きになりそうだったので」
「……っ。今のは、ずるい、わ」
顔を真っ赤にしたお嬢様は、その後、泣きそうな顔で笑いました。
「カイト。わたくし、王子様との婚約は解消したのよ。今のわたくしは、どうかしら」
いつものように、お嬢様は言葉を紡ぎます。
「わたくしと結婚して下さる?」
真っ直ぐと、強く、綺麗な目を向けて。
そんなお嬢様に、いつも呆れながら否定の言葉を返していた執事は、初めて、真剣な表情でお嬢様を見つめました。
(……敵わなかったですね、最後まで)
「いいえ」
「っ……」
「むしろ、お願いするのは私の方でしょう」
「……。え……それ、って」
驚きと期待に溢れながら涙を溢したお嬢様に、執事は跪き、宝石を埋め込んだ指輪を差し出します。
「お嬢様……いいえ、アイリス様。私と、結婚して下さいますか?」
「……っ、はい。はい……、もちろん、ですわ!」
それが初めて、執事がお嬢様の名前を呼んだ瞬間です。
ーーそう。これは、立派なレディになったお嬢様が、元執事の旦那様と、幸せに暮らすお話。
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