#1
「よお!待ってたぜ、魔法少女!今日こそはてめーを倒す!」
「わー!レヴィ君、学校終わるの待っててくれたんです?一緒に帰りましょー!」
「帰らねえよ!!おいやめろこっち来んなー!!」
――――まただ。待ち伏せしてたのは俺なのに、どうしていつもこうなるんだ。
無駄に足の速いチート系魔法少女(今は女子中学生の姿をしている)から必死の形相で逃げ回りながら、悪の組織の下っ端戦闘員レヴィは歯ぎしりをした。
レヴィの宿敵、魔法少女リトル・ローズ。ヤツの正体は人間界の女子中学生、姫野のばら。世界征服の邪魔になる魔法少女を排除するため、レヴィはローズを倒すべく日々奮闘していた。ローズの正体を知ってからは、毎日のように放課後のローズを正門付近で待ち伏せしているが、結局こちらが追い回される羽目になり、しまいには魔法で吹き飛ばされて惨敗。ここまでがお決まりのパターンである。
「あっ、姫野さんの彼氏だー」
「超イケメン」
「がんばれー」
クスクスと笑いながらこちらを傍観しているのは、魔法少女の学友たち。誰が彼氏だ、どうしてそうなった。レヴィは心底嫌な顔をしたが、今はこのチートサイコパス女だ。悔しいがこの半年、戦闘でこの女に勝てた試しがない。余計なことに気を取られている暇はない。
レヴィはまったく気づいていないが、この半年毎日のように正門でローズを待ち伏せするレヴィは、はたから見れば別の学校に通う彼女を迎えにくる健気な彼氏だ。のばらの正体は周りには知られていないので、ちゃんとした事情を知る人間は学校にはいないのである。
そうとは知らないレヴィは今日こそはと意気込み、いつもの河原にやってきた二人は、いつものように対峙した。肌寒くなってきた今日この頃、ひと気のない穏やかな河原で、殺伐としているのはレヴィひとりだけである。
「覚悟するんだな、リトル・ローズ!今日こそは邪魔なてめーをぶっ倒す!」
「え?私、レヴィ君の邪魔してるんです?」
「世界征服のためには、てめーら魔法少女は全員邪魔なんだよ!悪いが消えてもらうぜ!」
「なんだ、そっかぁ。私なにかしちゃったのかと思ったよぉ」
「いや安心するとこじゃねーし!なんだってなんだオイ!?」
「――――のばらーーー!!大変だーー!!」
でかい声でつっこんだレヴィは、横入りしてきたもっとでかい声に飛び上がった。何事かと顔を向けると、半泣きのウサギもどきが猛スピードで顔の横を横切った。戦慄するレヴィ、その後ろで、のばらはそれを難なく受け止めた。
「キャロちゃん、どしたの?」
「のばら、出番だ!こーんなにでっかい魔族が出たぞ!」
「大変!すぐ行くね!」
「は?おいちょっと待て!てめーは俺と!」
慌てて口を挟むと、のばらの腕の中でウサギがぱっと振り返った。目があった途端、くりっとした瞳が半目になる。
「なんだレヴィ、また来たのか。懲りないなぁ」
「なんだとこのウサギもどき!!」
「ウサギもどきじゃなくてキャロだッッ」
長い耳をぴょこぴょこさせて怒るウサギもどき、もとい妖精のキャロは、魔法少女リトル・ローズの契約者だ。ローズの力を引き出しただけあって、強い魔力を持った妖精だが、見た目はヒラヒラした服を着た白ウサギである。
「もーいい加減諦めろ!お前じゃローズには勝てないぞ!」
「誰が諦めるか!世界征服のためにはてめーらは邪魔なんだよ!」
歯を剥き出して睨みつけたが、キャロはきょとんとして目を瞬かせた後、また半目になった。
「なに言ってんだお前、まだわかんないのか?ローズは“リトル・アリーヤの再来”とまで言われてるんだぞ?」
キャロは大袈裟に両手を広げて見せた。二頭身ほどなのでかわいらしい仕草だが、キャロは渾身のドヤ顔である。
「アリーヤもすごいけど、ローズはもっとすごい!なんたって、ボクの相棒なんだからな!ふふん、ボクってすごい!」
「それはてめーがすごいんじゃなくてローズがすごいんだろ」
「ハッ、たしかに!!」
「えへへ、レヴィ君に褒められちゃったぁ」
「褒めてねーよ!!」
でかい声でツッコミを入れてしまってから、レヴィははっと我に返った。いけない、これではまたいつもの流れに持っていかれる。
「とにかく!でかい魔族の前に俺と勝負しろ!今日こそはてめーをぶっ倒してやるぜ、世界征服のためにな!」
「レヴィ君、ダメです!」
「エッ」
ふわふわした美少女にビシッと指を突きつけられて、レヴィは怯んだ。続けて、のばらがすちゃっと魔法のステッキを出したのに飛び上がった。
「世界征服なんてダメダメ!そんなこわーいこと考えるより、私とお友達になりましょ!そうしましょ!」
「ッ、なにおぞましいこと言ってんだテメェ!?死んでもお断りだッッ」
「そっかぁ、ざんね〜ん!」
「ちょっっっま、やめろ!!」
レヴィは悟った。この女を相手にするといつもこうだ。変身すらしていない中学生の女の子に、杖の一振りで追い返される。
「くらえっ、〈マカロンボンバー〉!」
「あああああああ――――!!」
パステルカラーのマカロンによって、レヴィは空へ吹き飛ばされたのであった。
+++++
この世は人間が住まう人間界と、妖精や魔族が住まうリバース・サイドに分かれている。
リバース・サイドは裏世界のことで、人間には認識できない。生まれつき魔力を持ち、異空間を目視できる存在が生まれ暮らす世界。彼らには人間界への憧れが根底にある。
リバース・サイドの秩序は乱れており、荒廃した地球をイメージすればそのままだ。そのため人間界への移住を目指すものが多いが、よほど魔力の強いものでないと人間界では生きていけない。人間側がリバース・サイドの住人を認識できないからである。そのため魔力を使って人間を襲い、人間界を征服してリバース・サイドの頂点に立とうとするものが後を絶たない。
レヴィが所属する悪の組織もそのうちの一つだ。人間界を侵略するため、世界の平和を守ろうとする魔法少女を倒すべく日々奮闘している。
「――――お。おかえり〜レヴィ、またダメだったみたいやな?」
「うるせーよ」
アジトに帰ると、昔馴染みのルネが出迎えた。ボロボロのレヴィは悪態をつき、ジャケットを放り投げてソファにどかりと腰掛ける。むすっとした顔で頭上のテレビ中継を見上げたレヴィは、げ、と声を上げた。
『――――やってくれました、リトル・ローズ!渋谷の街に現れた巨大な魔族を、たったひとりで!魔法少女、無敵のリトル・ローズ!』
『ローズー!!』
『ローズありがとー!!』
先ほどしてやられたばかりの宿敵が、たったひとりで魔族を撃退したというニュース中継である。ピンクのふわふわしたドレスに変身したリトル・ローズは、人間たちからの歓声と拍手を両手いっぱいに浴びて、花が咲くような笑顔で手を振りかえしている。レヴィは苛立ちに任せてテーブルを蹴った。
「大活躍やなぁ、お前の宿敵。アリーヤの再来とまで言われ出したし」
「けっ、いい気になりやがって」
「腐んなや、せやから僕も一緒に戦うゆーてるのに」
「うるせえ!あいつは俺の獲物だ、引っ込んでろ!」
荒れる相方に、ルネは苦く笑って肩をすくめた。こうなってしまうと何を言っても響かない。ルネはレヴィのため、魔力回復薬を取りに行くことにした。
レヴィはぎりぎりと音を立てて歯軋りをした。人々からの賞賛と羨望を集め、キラキラと輝いているあの女がどうしようもなく憎い。俺はこんなに惨めな思いをして頑張っているのに、あいつは初めから、俺の欲しいものを全て持っている。力も、名声も、全てだ。あんな能天気なヤツが感謝される世界なんて間違っている。
「あの女は俺が倒す。そして、こんな世界ぶっ壊してやる!」
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「はいレヴィ君、あーん?」
「で、なんでこうなる!?」
いつもの河原にて、レヴィはクレープでぐるぐる巻きにされながら、のばらに卵焼きのささったフォークを差し出されていた。目一杯体を捻って避けながら、なぜこうなったのか思考をフル回転させる。
いつものように放課後ののばらを待ち伏せして、いつものように追いかけっこになって、痺れを切らしたのばらに魔法で拘束され、あれよあれよといううちに河川敷に並んで座る羽目になったのであった。
「お昼食べ損っちゃったの。お昼休みにね、裏山で魔族が出てね、」
「わかった!わかったからやめろ食わそうとすんな!」
「魔法で凍らせてたから新鮮だよ?」
「そういう問題じゃねーッッ」
美味しいのに、と卵焼きを口に運んだのばらから、ずりずりと遠ざかる。ぐるぐる巻きにされているので芋虫のような動きである。
レヴィは横目でのばらを見た。こいつがなにを考えているのかさっぱりわからない。いや、なにも考えていないのかもしれないが、昼飯を抜いてまで魔族を相手取るところを見ると、そういうわけでもなさそうだ。
つまりは俺が舐められているだけでは、とそこまで考えた時、本人からあっさり解答があった。
「私ね、ずっとお友達がほしかったの」
「……あ?」
「私、人とズレてるんだって」
レヴィは顔ごと向けてのばらを見つめた。そんなことを言われているのか。仲の良い友達がたくさんいて、能天気に日々を過ごしているもんだと思っていた。
「だから、レヴィ君が毎日会いにきてくれて、とっても嬉しいの」
「……敵同士だ、友達になんてなれねーぞ」
「今は敵だけど……私にはそんなことどうでもいいの。レヴィ君が会いにきてくれるだけで、寂しいのがどこかに行ってくれるから」
のばらのまっすぐな瞳に、レヴィは胸の奥がふわっと温かくなるのを感じた。
「……そうかよ。それならせいぜい、油断して寝首をかかれないようにするんだな」
「えへへ、うん、気をつけるね」
「お前、わかってねーだろ……」
「そうだレヴィ君、これ食べたらなつさんのお店行こう!ココア飲みたいなぁ!」
「やっぱりわかってねーだろお前!!」
――――俺はお前の宿敵だ!!
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こんな感じのハチャメチャラブコメの予定です。よろしくお願いします!