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ディートハルト二十八歳、生涯でただ一度の

お待たせいたしました。後日談その2、アルマ十六歳です。

ディートハルト視点になります。

またボーナストラック的イチャイチャ話+アルマも作中世界観では遂に成人しましたので、完全プラトニックをお求めの方はご注意くださいませ。


 その日、ディートハルト・アメルハウザーは執務室で最後の決裁書類へのサインを終え、一人帰宅の準備を行なっていた。そして、この後の予定に頭を巡らせては柄にもなく緊張していることを実感する。


 昨日、アルマは王家より騎士爵を賜り、準貴族ではあるものの貴族籍を手に入れた。

 約束の十八歳よりも二年ほど早い叙爵。それは彼女の実力とたゆまぬ努力の末につかみ取ったものであることを、ディートハルトは誰よりも理解している。


 だからこそ、今日。

 ディートハルトは必ず()()を行なうと決めていた。


 しかし執務室を出る直前、室内に来訪者を告げるノックの音が響いた。


「――団長、御在室でしょうか?」


 扉の向こう側から発せられた声にディートハルトは軽く眉を顰める。しかしすぐに表情を普段のものへと切り替えると、短く「入れ」と入室の許可を出した。


「失礼します」


 そう言って頭を下げたのは、第二騎士団の若手においてアルマと双璧を為す少年。


「ガルム、用件は手短に」


 ディートハルトは執務机の椅子に座ったまま、正面に立ったガルムへと鋭く目線を向けた。あの孤児院で出会った時から実に七年。噛みつくしか出来なかった子供から精悍な若者へと成長した彼は、今や第二騎士団の第三騎兵隊副隊長を務めている。

 普段はあまり執務室へは寄り付かないガルムがわざわざ出向いたくらいだ。どんな用件かとディートハルトが簡潔に言葉を促せば、


「……実は先ほど、アルマに結婚を申し込みました」


 ガルムは実に真面目な顔で、あまりにも突拍子もないことを口にした。

 思わず目を剥いたディートハルトに、ガルムはしてやったりといった表情でニヤリと口角を上げる。


「驚きましたか?」


 驚いていないと言えば嘘になる。が、


「――わざわざ振られに行くとは貴様も酔狂だな」


 瞬時に冷静さを取り戻したディートハルトは真顔で淡々と返した。

 その反応と答えが面白くなかったのか、ガルムはつまらなそうに軽く唇を尖らせる。


「なんでオレが振られる前提になってるんですか?」

「当然だろう。彼女が受けることなどあり得ないのだから」


 断言すれば、今度は苦笑交じりに溜息を吐かれた。彼の表情から、自分でも玉砕覚悟のプロポーズだったことは窺い知れる。しかし、それでも言わずにはいられなかったのだろう。


 認めたくはないが、ディートハルトにもその気持ちは十分理解出来る。

 行き場のない感情を持ち続けることは苦しい。区切りをつけなければ前へ進むことも困難だ。

 その点、この少年は自ら進んで引導を渡されに行ったのだろう。

 かつての自分にはそれすら赦されなかったことを思えば彼に同情する気持ちは欠片もないが、その気概自体は評価出来る。


「……お見通しって感じでムカつきますけど、確かに振られましたね。それはもう見事に」


 あっけらかんとした態度のガルムに、ディートハルトは無表情のまま問う。


「だが、後悔はしていないのだろう?」

「? 何に対してですか?」

「彼女を好きになったことに」


 こちらの確信を持った言葉に、ガルムは虚を衝かれたような顔をした。


「貴様は見る目がある。彼女ほど素晴らしい女性は他にいない」


 さらに続けて言葉を重ねれば、目の前の少年が今度は唖然とした表情をする。

 その変化具合に静かに目を向けていると、しばらくして我に返ったのか、ガルムはどこか悔しそうな顔で頭を掻きながら、


「よくそんな歯の浮くようなこと言えますね……」


 と、頬に赤みを帯びながら明後日の方向へと視線を泳がせた。

 さらにぼそりと「これは勝てねぇわ」と零し、大きく肩を竦める。


「オレとしてはもうちょっとくらい動揺して欲しかったんですけどね」

「趣味が悪いな」

「それくらいは赦されるでしょ? なんせこっちは十年ものの初恋なんですから」


 それを聞いて、ディートハルトはしばし考えるように目を伏せた後で、


「それならば、こちらは十八年だな」

「……は?」


 ガルムからしたら全くもって意味不明な言葉を告げ、ディートハルトは自嘲気味に口もとを歪めた。



 ――その夜、ディートハルトは自室にアルマを招いた。

 二人で夕食を取った後、彼女をエスコートする形で自室へと連れてきたディートハルトは、広い室内の中央に備え付けられたソファーに彼女を座らせる。

 普段なら侍女がお茶の用意をする場面だが、ディートハルトは敢えて事前にそれを断っていた。

 逆にこちらが呼ぶまで、部屋には誰も近づかないようにと厳命してある。


 さらにいつもならアルマの対面に座るところだが、今日は敢えて彼女のすぐ隣に腰を下ろした。

 手を伸ばせばすぐに抱きしめられる距離。十六歳となり成人したアルマの姿は、もう完全に子供ではない。大人の女性として十分な色香を纏った最愛を前に、ディートハルトは眩しいものを見つめるように自然と目を細めた。


「――アルマ。改めて騎士爵の叙爵、お慶び申し上げます」

「……うん、ありがとう。私もこんなに早く達成出来るとは思ってなかったから嬉しい」


 はにかむように応えたアルマの顔を眼下に収めながら、ディートハルトはそっとその頬に右手を添える。今までならば何かと理由を付けて逃げられていたかもしれないその行動を、今日のアルマは素直に受け容れてくれた。

 とはいえ恥ずかしさまでは拭えないのか、部屋を照らす暖色の灯りとはまた別種の赤が、その肌を柔らかく染めている。


「でも、まさかマクミランの姓を賜るとは思ってなかったなぁ」


 照れ隠しなのか、アルマが明るい口調で言った。そう、叙爵の際に平民のアルマに与えられた貴族籍の名はマクミラン――奇しくも、前世の彼女が有していた姓そのものだった。


「……本当にディーが進言したわけじゃないんだよね?」


 彼女の疑念は当然のものだ。

 だが、これに関してはディートハルト自身は本当に口出ししていない。


 今や名実ともに第二騎士団の若きエースの座に位置するアルマ。

 そんな彼女が救国の英雄の一人に挙げられるレスティア・マクミランの再来と呼ばれるのは外見的な要素もあり最早必然だった。また叙爵に至った最終的な功績も隣国絡みであり、それもマクミラン姓を与えられる要因の一つに数えられるだろう。


 ただ、そこに加えて最後の一押しはディートハルトの存在にあるのは間違いない。

 自分がレスティア・マクミランを心酔していたことは貴族の中では有名だ。そんな自分が掌中の珠のように寵愛しているアルマに対する、これは王家からのささやかな計らいなのだろう。


「マクミランの姓は、不服ですか?」

「そんなことはないけど……不思議な気持ちにはなるよね。だってもう私はレスティアじゃないし」

「どんな名前をしていても、僕にとって貴女は貴女でしかありませんけど」


 ディートハルトとしては当然のことを口にしただけだったが、アルマは何故か驚いたように目を見開いた。そしてパチパチと瞬きをすると、どこか安心したように表情をゆるめる。


「……うん。そうだよね。私は、私。レスティアだった過去も、今の自分も。全部があって、今があるんだよね……」


 彼女はたまに前世の自分と現在の自分を区別しようとする節があった。だが、そんなことは些末なことだとディートハルトは思う。というよりも、ディートハルトにとって大切なのは今、ここに彼女がいるという事実だけだ。見た目も名前も出自も何もかも関係ない。

 彼女が彼女でありさえすれば、それだけでディートハルトの世界は十全なのだから。


「アルマ」


 呼べば、そのシャンパンガーネットの瞳が無言で「なに?」と問うてくる。

 美しいその色の中に自分の姿が映ることへの喜びを噛みしめながら、ディートハルトは。



「貴女を愛しています――僕と、結婚してください」



 微かに掠れた声で、彼女の生涯を自らのもとに縛ることを欲した。

 自分がこの二十八年間で唯一望んだもの。極度の緊張から喉に渇きを覚える。


 沈黙は、おそらく十秒にも満たなかっただろう。

 アルマが一度目を伏せると、その眦から一筋の涙がすっと流れた。再び開いた濡れた瞳がディートハルトを捕らえる。その甘美な熱を、ディートハルトはきっと永遠に忘れることはないだろう。



「……私も、ディーのこと愛してる……ずっと、一緒にいたい――っあ……」



 ディートハルトは考えるまでもなく、弾かれたようにアルマの唇を自らの唇で塞いだ。

 ずっとずっと、焦がれて、焦がれて、焦がれて――どうしようもないほどに、手に入れたかった。


「っ……ふっ……ん……ぅ」


 左腕でその細い腰を抱き寄せ、息を奪うように口づける。苦しそうにしているのに止められない。

 押し返そうとしてくる腕の感触すらも愛おしく思いながら、ディートハルトは文字通り貪り続けた。


 やがてアルマからの抵抗が完全になくなったところで、ようやく一度唇を離す。

 改めてその顔を覗き込めば、頬を真っ赤にして涙を流しながらハクハクと息を吸うのも苦しそうな彼女がいて。やり過ぎたと思う自分と、もっと味わいたいと願う自分が混在することを正しく認識したディートハルトは、


「……苦しかったら、鼻で息してください」

「ぅえ……? や、まっ……――ッッ!?」


 甘く蕩けるような声音を出しながらも容赦なく再びその赤い唇に自分のそれを寄せる。

 初恋を自覚してから十八年。

 今日ぐらいは赦して欲しいと誰に言うでもなく脳内で言い訳をしながら、ディートハルトはその行為に耽溺する。


 ――結局、ディートハルトがアルマの唇を解放出来たのは、彼女が酸欠に陥る一歩手前のところだった。


 自分の腕の中でぐったりとしたアルマを膝に乗せて抱きしめながら、ディートハルトはその頭頂部に唇を落とす。ちゅっ、というリップ音に反応したのか、俯いたままのアルマがぷるぷると身体を震わせながら呻くように声を出した。


「……ディー」

「はい」

「はじめてのキスって、もっとこう……かわいい感じじゃないの……?」

「どうでしょう? 別に誰かと比べるものではありませんし……嫌でしたか?」


 流石にやり過ぎた自覚しかないので、叱責も覚悟の上で伺いの言葉を口にすれば。


「……いや、じゃ、なかったけど……食べられるかと思った」


 アルマは両手で顔を覆いながら、率直な感想を告げてくる。それを耳にしながら、ディートハルトは当たらずとも遠からずだなと冷静に心の中で頷いた。


 愛する人と想いの通った口づけは当然ディートハルトも初めての経験だが、際限なく求めてしまう辺り、飢餓感に襲われた状態での捕食活動みたいなもので。

 実際、今もまだ足りない。もっと味わいたいと考えている自分がいる。

 そして一度この味を知ってしまった現在、もう昔の自分に戻れる気は一切しなかった。


 とは言え、アルマに嫌われるようなことをするのは本意ではない。

 今日のところは唇への口づけは打ち止めにし、ディートハルトはそれ以外の箇所を愛でることに専念する。


 ――髪、額、耳、頬、項。


 柔らかく優しく触れていくと、その度に腕の中の華奢な身体が羞恥に身悶える。

 だが、それでも腕から逃げ出そうとしないことから、ディートハルトは自分こそ甘やかされているなと強く感じた。若い頃ならばもう少し遠慮したかもしれないが、二十八歳になり色んな意味で図太くなった自分は、そういう機会を逃すほどお人好しではない。


 堪能したところで最後に首筋に顔を埋めながら、


「……アルマ、愛してます」


 もう一度、念を押すように感情を吐露する。

 すると腕の中で彼女が身体を捻り、上半身だけディートハルトの方を振り返った。

 アルマはじっとディートハルトを下から覗き込む。その身体を支えるように抱え直しながら彼女からの言葉を待っていると、


「ディー、目を閉じて」


 アルマが真剣な表情を向けてくる。不思議に思いつつも逆らわずに瞼を下ろしたディートハルトは、腕の中から彼女が身体を上へとずらすのを感じ――


「……今度こそ私が幸せにするから。約束する――私の、大好きなディートハルト」


 その言葉とともに、自分の額に小さくて柔らかなアルマの唇が触れたのが分かった。



『これね、おまじないみたいなものなの。貴方に幸福が訪れますようにって』



 甦るのは、あの懐かしくて切ない夜の記憶。

 ゆっくりと目を開ければ、愛しい人が自分からディートハルトの頬に手を添えていて。


「待っていてくれて、本当にありがとう――」


 羽根のように軽く、アルマの方からディートハルトに口づけた。

 そしてどこか満足そうにこちらを見上げながら、本当に幸せそうに熔けた瞳で笑みを浮かべる。


 瞬間、ディートハルトの中で何かが切れる音がした。

 これでも自制していたのだなと頭の片隅で冷静に分析しながらも、ディートハルトは最後に残された理性と言う名のそれを手放し。


「――アルマ、これは煽った貴女が悪いです」


 完全に責任転嫁した上に反応の言葉の間すら与えず。

 ディートハルトは最愛の人の後頭部に手を回すと躊躇なく呼吸を奪うように口づけを再開したのだった。



次回は後日談ラスト、アルマ十七歳をお届けする予定です。

6月12日(日)更新予定ですので、最後までお付き合いいただければと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] I’m waiting!!! まだお預けですか? お預けくらうほど美味しくいただけるので楽しみに待ってます!
[一言]  次で最後なのが残念です。  ゼム先生のその後についての話し、もしくはゼム先生視点があっても良いのではと思いました。  最初の方で登場したきりですが。  なんたって、騎士団でもとびきり優秀な…
[一言] いやっもうっ この甘さに何も言えません・・・ もう~~~~じっくりとじっくりと読みました。 先生はムーンではお書きにならないのかしら もう~~~~もっともっとこのあたりと この先を読みたいで…
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