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アルマ、歓待を受ける


 結局一度も白馬から降りることなく、アルマはディートハルトと共に王都の一等地にある豪奢な屋敷へと足を運ぶこととなった。

 その屋敷とはもちろん、アメルハウザー公爵家所有の屋敷である。

 立派な外門をディートハルトの顔パスで抜け、広い敷地内を悠々と進み。

 屋敷本体の玄関口まで来てようやく、ディートハルトは颯爽と白馬を降りた。

 当然のようにアルマを片手で抱き上げながら、である。いわゆる子供抱きというやつだ。


「今度こそ、本当にお疲れ様でした」

「……うん。とりあえず地面に降ろしてくれる?」

「このままではいけませんか?」

「いけません」


 間髪を容れずキッパリと言い切るアルマに、渋々従うディートハルト。

 久方ぶりの地面の感触を確かめたのち、アルマは大きく腕を回して伸びをした。


「ん~~~っ!」


 あわせて首をコキコキさせながら、改めてアルマはディートハルトの方を振り返る。

 正確には、彼の後方にいる白馬が目的であった。

 パレードから休みなくここまで働かされた白馬を(ねぎら)いたかったのだ。

 しかし、そんなアルマの行動を先読みしたかのように、ディートハルトが傍に控えていた使用人と思しき男性に声を掛けた。


「厩舎へ。世話は念入りに」


 はい、と返事をしながら白馬の手綱を受け取る男性は、恭しく礼をしたのち、あっという間に白馬を連れ去ってしまう。少々残念に思いながらも、呼び止めるのも変なので、アルマは白馬を名残惜しそうな目で見送った。


「さぁ、中へ入りましょう」


 そんなアルマに対して、爽やかな笑みを浮かべるディートハルトが彼女の小さな肩を押すようにそっと手をかける。

 と同時に、屋敷の玄関扉が使用人の手によって開けられた。

 まるで打ち合わせでもしていたかのような、無駄のない動きに「これが公爵家の使用人……レベル高いなぁ」と感心するアルマ。

 促されるままに広々としたエントランスへと足を踏み入れれば、二人の男女が機敏にこちらへと近づいてきた。


「「――お帰りなさいませ、旦那様」」


 男性の方は執事服、女性の方は侍女服を纏っている。どちらも年配と言って差し支えない風貌だが、加齢による弱々しさはなく、熟年ならではの安定感が穏やかな表情や所作から見て取れた。


「アルマ様、紹介します。執事長のゴードンと、侍女長のサマンサです」


 ディートハルトの声に合わせてお辞儀をする二人に、アルマも慌てて頭を下げる。


「は、初めまして。えっと……アルマと申します」

「アルマ様、畏まる必要はありません。これからはここが貴女の家なのですから」

「ちょっ……! ディー、またそんなこと勝手に言って……!」

「勝手なことではありませんよ。僕の中では既に決定事項です」

「わたしの中では決定事項じゃないから!」


 自由人過ぎるディートハルトの言動にアルマが振り回されていると、二人のやりとりに焦れたのだろうゴードンが、こほん、と咳払いをする。


「……旦那様、我々にもそちらのお嬢様をご紹介いただけますか?」

「ああ、そうだな。彼女は今日からここに住む。彼女の命令は私の命令だと思え」

「な、なるほど……? ちなみにお嬢様とのご関係を、お伺いしても?」


「この方は――私の最愛の人だ」


 しれっと。本当にしれっと、ディートハルトは宣った。

 ゴードンとサマンサをはじめ、周囲に控えていた使用人たちは全員漏れなく目を丸くして固まってしまっている。

 そうはそうだろう。

 成人をとっくに過ぎた主人が、あろうことか年端もいかない幼女を最愛と呼称したのだ。

 世間ではそれを客観的に見て幼女趣味と呼ぶ。

 今まで恋愛事の一切をこの屋敷に持ち込んだことがなかった主人からの衝撃的な告白は、優秀な人材が揃う公爵家の使用人たちをもってしても、容易に処理できるような情報ではなかった。


 こうして文字通り場が一瞬にして凍り付く中、元凶であるディートハルトはまたしてもひょいとアルマを抱き上げた。そして未だに目を見開いたままのゴードンやサマンサに構うことなく指示を出し始める。


「とりあえず食事の用意と、食後には彼女の身繕いを頼む。今日は既製品で構わないが、明日は商会を呼んでくれ。特に服飾に強いところを――」


「ディー!!! ストップ!!!! もうほんと止めて!!!」


 アルマはガシッとディートハルトの頭に抱きつくと、大声で叫んだ。そうする以外に止める術を持たなかったので。

 流石に驚いたのか、アルマの目論見通りディートハルトは完全に停止する。それを確認した後で、アルマはゆっくりと拘束を解き、ディートハルトの瞳を覗き込んだ。


「……ディー、あのね。わたしも流石に怒るよ? どうして何でもかんでもすぐ勝手に決めようとするの? まずは落ち着いて話をしようよ。あと使用人の人たちをむやみに困らせるのも駄目だから。分かった?」


 アルマの言葉に、ディートハルトの瞳が大きく揺れる。これは動揺しているのだな、と分かった。

 何故動揺しているのか自体はよく分からなかったが。使用人たちの前で叱られたからだろうか?

 辛抱強く、アルマはディートハルトの瞳を直視し続ける。

 するとディートハルトの方が居たたまれなくなったのか、先に目線を逸らした。心なしか頬もわずかに赤くなっているような気がする。


「……分かりました。貴女の望むとおりにします」

「ほんと!? 良かった。ありがとう、ディー」


 要求が無事に通ってホッとしたアルマが笑えば、ディートハルトが敵わないなというような表情で微笑む。

 そんな一連のやりとりを固唾を呑んで見守っていた使用人たちは、()()()()()()()()()()に度肝を抜かれていた。


 氷のように冴え冴えとした美貌で、決して他者におもねるような言動をしたことのなかった孤高の主が。

 この幼女のすべてを許容するどころか、彼女こそが自分の主人だとでも言わんばかりの態度を見せつけてくる。

 ゆえに、使用人たちは深く胸に刻み込む。

 今日から自分たちが仕えるべき相手に、この謎すぎる幼女が加わったのだと。


 そんな彼らの決意など知る由もないアルマは、ディートハルトに抱き上げられたまま、改めて深々と頭を下げた。


「突然来てしまってすみません。わたしのことは気にせず、普段通りにしていただければ――」

「そんな! とんでもないことでございます。……アルマ様、お困りのことがありましたら何なりとお申し付けくださいませ」


 使用人を代表して、ゴードンが優し気な笑みを浮かべながらアルマに告げる。

 その態度に驚きつつアルマが周囲を窺えば、使用人たちは皆同じように微笑んだり頷いていたりして、余計に混乱した。普通、見るからに平民の幼女が現れたらもっと不審がったり嫌悪感を持ったりするのではないだろうか、と。

 逆にディートハルトは使用人たちの反応に満足したのか、


「食事は出来次第、私の部屋へ。それとダグラスが訪ねてきたら応接間に通してくれ」


 言って、スタスタとアルマを抱えたまま屋敷の奥へと進んでいってしまう。

 それを合図に使用人たちは各々で動き始め、ディートハルトの後ろにはサマンサだけが付いてきた。

 アルマは行儀が悪いのを承知の上で、ディートハルトの肩越しにサマンサへ声を掛ける。


「あの……わたしが言っても説得力ないんですけど……別にディー……ディートハルト様は、幼女趣味とか、そういうんじゃないんで……」

「は……はぁ……?」


 アルマの言葉に不思議そうな顔をするサマンサ。

 すると、ディートハルトが淡々とした声で会話に交ざってきた。


「別に僕は他人からどう思われようが気にしませんけど?」

「わたしが気にするよ! 特にお家の人に誤解されたら気まずいでしょ!」

「誤解……まぁ、確かに幼女趣味に目覚めたつもりはありませんが」

「え!?」


 驚きの声の主はサマンサだった。

 どうやら本当にディートハルトが幼女趣味に目覚めたと思っていたらしい。

 そこでようやく事態の拙さに気がついたのか、ディートハルトが立ち止まってサマンサを振り返った。


「……サマンサ、他の者にも伝えておけ。私は別に幼女趣味というわけではない。アルマ様が特別というだけだ。他の女はたとえ幼女だろうが老女だろうがどうでもいい」


 それはそれでどうなんだろうと思ったが、混ぜっ返すと逆に誤解を生みそうだったので、アルマは黙っていた。サマンサはサマンサで、主人の言葉を呑み込むように、神妙な顔で頷く。


「つまり、アルマ様だけが旦那様の特別ということですね」

「その通りだ。全員にその認識を共有しておいてくれ」

「畏まりました。……ところで、アルマ様はお好きな食べ物は御座いますか? 逆にお嫌いなものや、アレルギーなど御座いましたら教えていただければと」


 それからサマンサはディートハルトにではなく、アルマに対して質問を開始した。

 もてなす側として知りたい情報を仕入れるためだと理解し、素直に答えていくアルマ。

 それはディートハルトの部屋に着いた後も少し続き、サマンサはお茶の用意と質問を終えると、


「それでは、後ほどご夕食をお届けに参ります。失礼いたします」


 と言って、にこやかにその場を去っていった。


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― 新着の感想 ―
[一言] おぉ!連載になってる! 短編に続きがあったら面白そうだと思っていたので嬉しいです! さてさて。この年齢差。 今世はどう埋めていくのですかね、アルマ様!
[一言] 謎すぎる幼女、最高です!これからアルマ無双が始まるのですね。ワクワクしてお待ちしています。
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